Fate/promotion【完結】   作:ノイラーテム

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言葉の峰が、切り拓く

「しかし本当に真名一つで特定したんだな。確かに秘匿する理由も納得できるよ」

「やめてよね。こんなのは推論の一つ、推理ですらないから」

 まるで名探偵だと特定したことを褒めると、作業が終わったらしい慎さんは、ドヤ顔で髪をかきあげた。

 そして二人して玄関に向かいながら…推論の補足を行う。

(なお、フランシスさんは言峰への差し入れをつまみ食いして、顔を真っ赤にしてた)

 

「まず、全ての情報が証拠であると仮定する。次に情報が偶然や嘘だと仮定する。そのうち集めた情報を元に、答え合わせをしたり、間違っていれば修正をするって段取り。もちろん追加情報が嘘の場合も含めてね」

「この場合は、クーフーリンの真名、バーサーカーに近い能力とかか」

 コクンと頷きながら、靴を履き替える。

 外は寒いのでカッパを貸そうとしたら、黄色いポンチョなんてありえないとドン引きされた。

 なぜだが皮ジャン来てるフランシスさんがじーっと見てたので、カッパを渡すと嬉しそうに着こんだ。

 

「真名を看破している・偽装である。特殊能力は無い・特殊能力はあるがペナルティなどない。真実だとして本当に遠坂は何故知って居たのか、あるいは逆に遠坂がキャスター陣営ではないのか」

「……」

 歩きながら慎さんは列挙していくが、慎二ならともかく俺には着いて行けないので、黙っておいた。

 ただ話には頷きながら、ポイントは覚えておいて、どこかで参考にしようとは思う。

 ひとまず納得の出来る話としては、大量の水が不要で、実は本当に風呂桶二杯分で済むなら大前提は崩れるだろう。

 

 その場合は単に、要塞化した学校へおびき寄せようとしている。

 ただし、その場合も学校に潜んで居る可能性は同じなので、危険度を考慮する以外は、調査する方向自体は全く変わりない。

 確かに、疑うだけで何もしないよりは、推論を仮定と覚悟したまま調査を始める方が良いだろう。

「…衛宮。衛宮くーん? もうすぐ着くわよ。聞いてるの?」

「あ、ああ。ゴメン。さっきの話を考え込んでた。取り合えず、真実か嘘か知らないけど、アーチャーはキャスターのことを『老人にも女にも見えないが』って疑問を口にしてたよ」

 途中から聞いて無かったと告白すると嫌な顔をしていたが、追加情報を教えると満足げに頷いた。

「向こうも詮索してるって事はアーチャーが遠坂、キャスター陣営は逃走する過程で能力を見られたポイわね」

 情報が真実であるかは別にして、第三者のマスターに聞かせようとして、ワザと喋った可能性がある。

 そう言われると、確かにアーチャーは笑っていたような気がした。

 俺の勘違いかもしれないが、確かにその可能性もあるだろう。…俺たち、他の陣営を利用する為に。

 

 そこまで考えた段階で、言峰教会に到着した。

 冬木教会と表札にはあるが、俺にとっては言峰教会かマーボの住処という他ない。

「アポ取って理由は簡単に説明してあるけど、一応、ライダーは警戒の為に外で待機」

「おーらい。オレの能力は外向きだし、その程度なら一っ飛びだ。大船、いや黄金の大船に乗った気でいな」

 黄金だと沈むんじゃ…とか馬鹿なことが一瞬浮かんだが、この場合は至高とか究極の対決的な意味で、黄金だろう。

 陸地で舟っていうと、どうしても天の鳥船とか思い出すが…イギリスかあ。

 

 

 さて、教会というのは一種の舞台装置だ。

 音響で、視覚で、積みあげられた年月すらも利用して圧倒して来る。

「よくぞ来た。ライダーとセイバーのマスターよ。主よりこのあばら屋を預かる者として、歓迎しよう」

 圧倒される。

 この神父が神聖さとはかけ離れた、元代行者と知っては居ても、俺達を圧倒した。

 いけすかない所もあるし、ある種の外道と元の世界の記憶で部分的に知ってはいるが、それとこれとは別である。

 

「どうした、何か話が在るのだろう? それとも、二人して脱落者の一・二を争うつもりかね。それはそれとして歓迎するが」

「そんな訳ないでしょ。マスター登録の挨拶と、頼んで居た幾つかの情報を聞きに来たってだけ」

 厭味ったらしい言峰の言葉を、慎さんが一足先に切り返してくれた。

 震えながらギャンギャンと喚く様は、ある種の滑稽さを負っていたが…。

 今は凄く助かった。

 

 俺は内心で感謝すると、手に持った風呂敷を持ちあげた。

 これはある種の、対言峰用の霊装と言えるだろうか?

「俺も聞きたいことがあるが…。残りモンで悪いが食べてくれ。泰山ほどじゃないがな」

「ほう…。食事の喜捨とあっては、聖職者としてありがたくいただく他あるまい。まずはこちらが先に感謝しておこう」

 どこかで相席したかな? と言峰は興味深そうに首を傾げた。

 全然可愛くない小首の傾げ方だが、応える訳にもいかないので黙っておく。

 

「まずはライダーのマスター…間桐慎といったか。穂群原学園への転入はやっておいた。いや交換留学の方が良かったかな?」

「それで構わない。そのくらいはマキリでも出来るから、所詮はオマケ。本命は?」

 慎さんが学園へ?

 俺が口に出す前に、手で制された。

 それで冷静になれたが、確かに学校を調査するなら転校するのが早いだろうけど…。

 

「ふむ。少し思い違いをしていたかな? 正義の味方を目指しているのは衛宮の家系が持つ救い難いサガだと思ったが…。まあいい、肯定だと言っておこう」

「なっ! お前にジイさんの何が判る!」

 聞き捨てならない言葉に、俺は激昂した。

 

 だから、容易く首根っこを掴まれた。

 俺の心臓は、易々と言峰によって切り拓かれた。

「知って居るとも。これ以上は無いくらいに知って居るし、憧れも失望もしたがね。だが…興味深いのは、私は衛宮家とは言ったが、衛宮切嗣のことだけを言ったのではないのだが?」

「え…。それは、どういう…」

 舌で美味いモノを吟味するかのように、甘く苦く、切嗣という言葉を口に出す。

 ジイサンの事を言峰が知って居ると、元の世界で軽く聞きはしたが、それほどまでに知って居るとは思わなかった。

 

 だがそれ以上に俺を驚かせたのは、俺自身に御鉢が回って来た事だった。

「なに。私が最も尊敬し、侮蔑する衛宮切嗣の息子なのだから注目するのは当然だろう? まして、事前に町で起きた事件をなんとかしたいと聞いて居たのだが…」

 くつくつと喉の奥で笑う乾いた笑い。

 おなじような笑い方でも、不思議と空虚な響きがする。

 まるで、その音に反応した俺を、喉というドラムで転がそうとしているかのように。

 

「もしかして、受け売りかね? 正義も衛宮切嗣の御下がり。事件の解決もまた、そこの間桐慎と名乗る存在が、自己証明しようとする代償行為の、これまた受け入りという訳だ」

 二の句が告げない。

 反論なんて思いもよらない。

 がらんどうの俺の中が、奴の喉に取り込まれて、嘲笑されているかのようだった。

 

 俺の頭はグラグラと煮えたぎる牡蠣のチャウダーと化す。

 少しも考えられない、だけれど煮えたぎった怒りにバースト寸前だった。

 それを制し、話題を切り替えたのは、脇で見守って居た慎さんだった。

「ちょっと、人の事を無視した挙げ句に勝手なことを言わないでくれる? ボクは正義とか衛宮家とかどうでもいいし、何が自己証明だ!」

 素っ頓狂な声が、聖堂内に響く。

 人を諭し、導く為の場所で、滑稽なほどの大音響で喚き散らしていた。

 

 だが。確かに滑稽だが、今の俺には涙が出るほどありがたかった。

 道化じみた彼女の言葉だが、今だけは、俺の事を救ってくれた。

「では尋ねるが、今回の件を解決してお前に何が残る? 正義は不要…まあいいだろう。秘匿された事件を解決しても、感謝されることもない。カルマもダルマも業すらも信じていまい?」

 ならば何故? 我を見よ、我を見よと叫ぶモノよ。

 朗々と語る言峰の言葉に、今度は慎さんがたじろぐ番だった。

 容易く切り拓かれ、丸裸になる性根。

 ああ確かに、彼女は何も求めない聖女ではなく…自分が優れている事を証明しているかのようであった。代償はともかく、危険と採算を考えないのは奇妙であるが。

 

 

 納得はした、上手なフォローなんて出来はしない。

 だけど、先ほど助けられたことに感謝したのなら、今度は俺が助ける番だ!

「魔術的な事件ゆえに世間的には何も無い。そして魔術の世界では…。ああ、お前は魔術の世界でこそ褒められ…」

「いいじゃないか。それで良いじゃないか!」

 言峰の言葉を俺は全力で遮った。

 肯定ではあるが、全力の否定。

 奴の言葉を、全力で否定した!

 

 俺が発した言葉に意味は無い。

 だが、割って入ったことで言峰からの圧力と、固まった思考が明後日の方向に動きだす。

「受け売りで何が悪い! 誰でも無い自分を証明しようとして何が悪い! それが何にならなくとも、俺たちが目指す事を馬鹿にさせはしない!」

「衛宮…くん」

 繰り返そう、俺の発した言葉に意味は無い。

 だが、それで真っ青な慎さんの表情は、赤身を取り戻した。

 ならば少しくらいは、意味があったのだと信じられる。

 

 そして、青臭い俺の言葉を…。

 以外にも、言峰は真摯な表情で受け止めた。

「そうか。ならば誰かの通った正義の道を、上書きするだけでも十分なのだと、何も無いお前達には意味があるのだとレゾンデートルを証明して見せろ。私は最後までそれを見守る事にしよう」

 例えるならば、まさしく聖職者の表情だった。

 歪な俺たちの事を祝福している様でもあり…。

 まるで…答えの見つからない求道者が、先を探しているようでもあった。

 

 

 そこから先は詳しい事を覚えていない。

 二・三の情報確認と要請をして、用が住んだとばかりに教会を後にする。

 途中でフランシスさんと合流し、何かを話した筈だが、まるで頭に入って居ない。

 

 だからこそ、そこで正気に戻れたのは、あまりにも鮮烈的な光景だったからだろう。

 

「こんばんは、おにいちゃん。退屈だったから、御挨拶に来ちゃった」

 まるで冬を言葉にしたような、白い少女がそこに居た。

 月を従者に従えて、月光を跳ね返す白銀の髪。

 周囲に居るナニカ達も気にならないような美しさと不自然さを備えた、完成された芸術品がそこに在った。

 

 見知った顔のあり得ない姿に、俺はこん棒で頭を殴られたかのように沈黙した。

 後ろで何かに気がついたフランシスさんが息をのむのが、他人事のように聞こえる。

「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」

 スカートをたくしあげ、何重にもフリルが重なったドレープを見せる。

 その一つ一つがおそるべき魔術を秘めていると、芸術品の完成された美しさを助長していると、否が応でも自覚させたのである。

 

 

 




/登場人物

言峰綺礼
 マーボー。
他者を切って、何かする所までは切嗣と同じだが、切った後は投げっぱなしのジャーマン。
人の傷を見て、我が身の至らなさを確認するのが大好きな、ド外道。

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
 アインベルンが擁するスーパー特注品のホムンクルス。
その実力はその辺の魔術士をダブルスコアで上回り、美しさに掛けては完成されすぎて、及びもつかないどころか比較にならない造花。
少し厳しい良い方であるが、●士郎はプリヤ世界から来ているので、どうしても評価厳しくなる。
ただ、魔術回路とか魔力量とかは本家の方が全開状態なので、コンビナート(本家イリヤ)とバケツ(士郎)を比べてはいけない。
なお、魔術的には強化されて無いが、彼女もまたプロモ-ション(昇格)によって、ある種の強化がなされている。


と言う訳で、マーボーとイリヤが登場。
休みだったので掛け足で進んできましたが、次の更新の後はゆっくりになる予定です。
とはいえここまでは原作の読み違えレベル、独自展開になるまで、読者の方々に飽きられず進められるか遠い感じ。
御読みいただいて居る方々には、ありがた過ぎて感謝の言葉もありません。

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