「この火傷の痕は十年前のモノか? 知らずとはいえ私のしでかした結果か…なんと痛ましい」
「そう思うなら退いてくれると助かるんだが」
闇の中で少女の指が火傷の痕をまさぐる。
少年が声を上げると、少女は爪を立てた。
「痛っ…」
「これで知らずに付けた疵ではなく、今、正真正銘に私が付けた傷と成った」
爪に肉が噛むほど力を入れると、深く抉られていく。
「どこかのエセ神父の癖でも、うつった…ん、じゃないか? っぐっぅぅ!」
「このままシロウの疵を全て私が知らぬ物から、私が再生させた傷へと置き換えるとしよう。なに、天井の岩盤でも数えて居れば終わる」
抗議の声を圧殺して、少女はニヤリと爪先に魔力を灯す。
ほんの少し魔力を巡らせるだけで、容易く人の皮膚や肉など、あっけなく突き破られる。
そして少女の舌が傷口を舐め取ると、黄金の輝きを一瞬だけ放って、傷口は消え去った。
「ちょっと倒錯が過ぎてるような気もするけどな。癖じゃなくて性癖だったわけ……がああ!」
「安心しろ。そういう風に使ってやっても良いが、戦いの前だ。ギルガメッシュが動く前に鞘とのリンクを済ませておこう」
より強く魔力を巡らせて、肋と肋の間に片方の指を突き立て、もう片方で掌を抉りそのまま魔力を流し込む。
焼けただれたように拡がる傷口よりも先に、より強い繋がりが限定的に刻まれていく。
「お前の体は剣で出来て居る。血潮は焼けた鉄の様に熱いのに、心はまるでガラスのようだな…」
「っ!? その呪文はまさかっっギィィ。やめろ、オレの魔力じゃロクに……」
少女は笑いながら、苦い笑いを浮かべながら、サディスティックに狂乱した。
ああ、判る。判るとも。
少女が責め立てて居るのは、自分自身だ。
ブリテンを救えず、今もこんな外道な振る舞いを、
「だから、その魔力は私が払ってやろう。何、心配するな。先ほど龍の聖杯と交渉したのでな、もう町の人間から魔力を奪ってしまうこともない」
「やっぱりあんたが……。くそっ! どういう事だよ言峰! 最初から嘘だってことか?」
「何を馬鹿なことを…」
少女の言葉に衛宮・士郎は憤慨した。
先ほどから傍らに立つ男は何者なのかと。
「お前は見届ける役じゃなかったのかよ言峰! 言わなかったか、謎の昏倒事件を調べて、火消しに回ってるって…」
「言ったとも。王の祈りが届くのか、お前達の行いが防ぐのかも見届ける。そして、不足する魔力を勝手に奪ってしまう状態を何とかしようとしたのもまた事実だ」
何の嘘もあるまい?
言峰・綺礼は全てを語らなかっただけで、嘘はついて居ない。
「そして私は、真実を求める者なら誰にでも協力しよう。お前達にもそうしたし…王にもそうしただけだ」
「その結果が世界の滅びなんだぞ!? 俺が求めれば、この子を止めてくれるのか!? 世界を救ってくれるのかよ!」
激昂する。
滅びた世界からやって来たエミヤシロウは、この世界の衛宮士郎と共に激昂する。
もう焼け尽くした世界は沢山だ、行けども行けども死しかない世界など、もう沢山だ。
だから世界の滅びを助長し、おそらくは煽ったであろうこの神父に腹が立つ。
「よかろう。その代り…王の絶望を止めて見せろ」
綺礼は何のためらいも無く、士郎の言葉に頷いた。
そして自分の服の袖をめくり、ゆっくりと掲げて見せた。
「結末を望むのは王の絶望だ。絶望しかない未来ではないのならば、何の問題もなくなる。出来ないなら黙って見て居るがいい」
「なっ…それは令呪か!? それもそんなに…」
そこには、無数の令呪が刺青のように腕全体を覆って居た。
確かにそれがあれば、卑王と化したアルトリアを止める事も容易いだろう。
「なに、監督者たる教会が、抗うことすらできなかった祈りを預かっていただけだ。…さあ、他に
「……っ」
どうすべきなのだろう?
どう言うべきなのだろう?
こんな状況で届く言葉があるはずもない。
いや、手段など、受肉してから散々調べ尽くしただろう。
だが、そんなモノがあれば騎士王が卑王に
「残念だ。風渡りよ、お前には期待したのだがな。構わん、やれ!」
「なるほど、衛宮士郎に似た別世界のエミヤシロウか。宝石爺の仕業かな。まあ良い…王の仰せのままに」
世界を渡る風、即ち異世界よりの来訪者。
エミヤシロウであれば、ブリテンを救う手段があると期待していたのだろうか?
いや、元よりソレで納得出来もしなかったろう。
「デミサーバントに令呪が効くとは思えんが…。まあ追加魔力だと思えば私程度の魔術でも強制できるだろう。…残る全ての令呪を持って命じる」
「なっ!? 正気か!」
残され、受け継がれてきた貴重な令呪。
その全てを、躊躇いなく消費する。
言峰・綺礼と言う神父の祈りは、どうしようもなく歪で、それでいて真っすぐだった。
この時ばかりは卑王も、敬虔に祈りを捧げて居るかのように見える。
「お前が持つ固有結界を大聖杯を中心に起動せよ。そして…互いの求める真実へ辿りつく手段を、ここにもたらしてみせよ!」
「アン…リミテッド……ブレイド、ワークス!」
令呪によるものか、それとも強大な魔力に後押しされてか。
情報を読み取った卑王による中途半端な呪文詠唱であっても、固有結界『
よろめきながら士郎が立ちあがり、二歩、三歩と暗闇の中を歩き…。
ある場所で、おそらくは大聖杯にもっとも繋がった場所で、崩れ落ちた。
その瞬間、彼を中心に巨大な大木が円蔵山を貫く。
そして…無数の剣が、筍のように山を覆って行った。
中でも強大な力を放つは、十と三の輝きである。
「ここが私のカムランの丘かどうか…! さあ
卑王は樹の根元に真っすぐ突き刺さる、黄金の鞘へ己の呪われし黄金剣を突き立てた。
まるで誰かが来るのを待ちうける様に、剣の柄に両手を置いて瞑目する。
命動し始める円蔵山。
洞穴があると言う場所の周囲から、巨大な大木が延びて行く。
そして樹の上部はガラスの様に砕け散り、ソレは雪であるかの様に降りしきる。
「これは…シエロさんの固有結界? そうか、無理やりにでも顕現させれば簡単に鞘を取り出せるわ」
「固有結界…なるほど、だからあんなに投影が規格外だったのね」
「羨ましいと言うべきなのか…。いやまあ、これだけ寂しい光景だと何とも言えないな」
オルガマリーの声に、凛は少しだけ考え始め、慎二は呆れと羨望の中間にあった。
「寂しい? でも、これはアインツベルンの森みたい…」
そんな彼女らの中で、イリヤだけは何となく親近感を覚えた。
クーフーリンの放った宿り木に浸食されたはずの結界に、砕けた内部がガラスの様に雪の様に降りしきる。
「きっとコレは、シロウの中に居るからなのね…」
寂しいように見えるけれど、そこに誰かが居る…懐かしい、父母の居た頃のアインツベルンの森の様だった。
感慨も何もかも打ち壊すように、パンパンと音が鳴り響く。
「はい、注目! 随分と規格外だけど、これでタイムリミットと目標がハッキリしたわ。長引かせると魔術協会が衛宮君の存在に気が付いちゃうしね」
「そ、そう言えばそうね。封印指定を受けない様に、早く助け出さないと」
「まっ、樹が立って居る場所に行って、助け出せば良いんだろ? 楽勝楽勝」
凛が指摘すると、オルバマリーはホンの少しだけ残念そうに、慎二は世話が焼けると笑いながらやるべきことを思い出した。
放置しては大変なのは同じだが、時間制限があるのも確かだ。
その意味に置いて、衛宮士郎が何処に居るかが判り易いのは助かるし、こんな馬鹿げたことをするならば大聖杯の周囲でやるだろう。
「作戦の要はさっき説明した通りのまま。わたしとギルガメッシュは敵マスターを抑えるのと、ついでに防御機構を黙らせに行くわ」
「マスター? さっきまで居るか居ないか半信半疑だったと思うけど」
凛はオルガマリーの質問に頷き、山の周囲を指差して見せる。
そこには十数本の輝きが、結界を作り上げて居た。
「アーサー王が防御結界とか詳しいと思えないし、結界石を使ったやり方は遠坂にあるのよね。多分、兄弟子でもあったあのエセ神父が一枚噛んでるわ」
「あー、そう言えばそんな資料もあったな」
凛が溜息憑きながら説明すると、慎二は何かを思い出すように頷いた。
おそらくは間桐の家にある資料で読んだのだろう。
「監督者が前回の英霊を匿ってたってわけね。それは見つからないわ。まあ匿ってもらってた、私達が言える義理でもないけど」
「なんでそんな事するのかしら…」
「知らないわよ。単に困ってたら助けるというか、その苦労を、見ながら笑ってるって感じだと思うけどね」
オルガマリーとイリヤが顔を見合わせるが、凛は適当に相槌を打ちながら地面にABと並べて幾つか描いていく。
そして、ひときわ離れた場所に一つだけC。
中央へ同じ様に一つだけDと刻んで説明を始めた。
「良い? この手の結界にはパターンがあるけど、これは意図的に通行の許可・否定を振り分けたモノよ」
「最奥のDがシエロさんで、Cが敵のマスターとすると…そこが結界のコアか」
「そこまでは判るけど、AとBの差は?」
判り易い図だっただけに、目的地は問題無く判る。
意味がつかめないのは、ABの方だ。
話からすると、Aが通れる場所、Bが通れない場所に思えて来るが…。
「ここがイヤらしい点なんだけどね…。どちらも時間さえ掛ければ通れるのよ、基本的には。ただし、Aは無条件で、Bは鍵が無いと通行不可」
「なるほど、絶対に通さない防壁なんて無理だけど、可能にするからこそ、条件付きの方が強固に成るってわけか」
「いわゆる、『正しい順番のある道筋』ね。その上で、結界を解くべきコアを最も遠くに配置してある…」
ようするに時間稼ぎ用の結界であり、卑王陣営の目論見からすれば正しい運用だ。
時間を掛ければ掛けるほどに、固有結界における鞘の顕現率が上昇する。
同時に世界を焼却する儀式の為の時間稼ぎが出来る上、道を急ぐ場合は、こちらの戦力を分散せねばならない。
「厄介だけど、連中はこちらが思惑に乗る気だった事を知らないってのが、最大のメリットよ」
「そうか、こっちは最初から戦力分散する気だったもんな。衛宮は大聖杯と同じ場所にあるし、分散する先がコアになっただけか」
そういうことよと凛は慎二に頷きながら、今度はそこに居るメンバーを指差して行く。
マスターである凛・慎二・イリヤ・バセット・オルガマリー、そして桜とリズ。
実に七人が居る(情報管制をしてるセラを合わせれば八人)。
「こっちの強みは独自行動出来る大駒が沢山あるってこと。一組でやろうとするなら一筆書きだけど、これだけ雁首揃えれば全然問題無いわ」
「そうですね。基本をツーマンセルとしても四組がバラバラに動けます。後はタイプABを分ける区分ですが行ってみないと判らないでしょう」
「偵察から戻って来た……の?」
凛の説明を、周囲の警戒に当たっていたバセットが受け継ぐ。
ただし、もう一人の人物が居ることが、奇妙であった。
それは、先ほどアトラムを連れて脱出した魔術師である。
「てめえ、あの時の…」
「よう。俺も一枚噛ませてくれるか? せっかく望む報酬を得たってのに、世界が滅びるんじゃどうしようも無いからな」
その名は獅子劫・界離。
ここに世界を救う為の、最後の一人が合流する。
無限の剣製に足りなかった魔力を、卑王(正確には竜の聖杯と化した少女)が支払うことで無理やり顕現。
エクスカリバーの鞘を強制的に引き出して、装着する事に成りました。
そこで取り出した剣を結界石の代わりに、言峰が四次で出て来た結界みたいなのを築いてる感じですね。
ダンスしながらやればハサンが解けそうだったように、正解のルートを通れば誰でも解けますが、それ以外のルートでは難しい…という感じです。
TRPGで言うところの、鍵Bによる置延用。条件がそろえば解けるけど時間の掛るダンジョンが形成されたと思っていただければ幸いです。
次回に何が条件かを把握して、ぱぱっと戦力を振り分けて突破して行く感じになります。