「それじゃあ、さっそく遠坂を…」
円蔵山のどこかに潜伏しているはずのアーチャー陣営を探そうと、意を決した一同はようやく動き出す。
だが、その機先を制するように、未知の途中で遠坂・凛が話しかけて来た。
「あら、ようやく決まったってわけ? 間桐さん」
「遠坂…」
間桐・慎二は待ち伏せられたことでギョっとしつつも、凛がこちらを完全に把握していないと僅かばかりの安堵を得た。
人形の体に混在している自分の情報を知っていれば、そこを嘲っただろう。
もっとも、間桐の家で話が通じる魔術師であれば誰でも良く、自分など眼中にないという意味かもしれないが…。
そして凛はこちらの情勢を知ってか知らずか、愉しそうに笑う。
「で、何の用なの? おおよその察しは付くけど…。こういうのって確認が必要じゃない?」
「それなら話は早い。聖杯は譲るから…」
凛は軽く小首を傾げながら、ちょっと待ったと手で抑える。
あの表情は邪悪だ…。
獲物を前に猫科の獣が舌舐めずりする様な…そういえばイリヤも時どき士郎をあの顔でからかって居た様な気がする。
「手に入ってもない聖杯の権利なんて、交渉の範囲に入らないわよ? だって私達が力づくで言う事を効かせても同じわけだし」
「くっ…」
共闘するしかないと理解出来てなお、凛は渋って見せた。
相棒のサーヴァントが万能にして原初の王である、ギルガメシュでなければこうは出なかったろう。
他にも理由はあるが、出し惜しみをしているのではなく、ギルガメッシュが安売りを許さないからだ。
「それに単なる共闘というのも考えものよね。それだと利益が無くなればこっちは手を引いても良いけど…そういうのって困るんじゃない?」
もし、安易に世界の救済を求めて手を結んだ場合、救世主になったギルガメッシュは、全てを奪って適当に喰い残しを渡しかねない。
それでは何の為の交渉か判らないし、最悪よりマシな展開から、もっと妥当な結末に導くのが自分の役目だと凛は思って居る。
「お互いの関係をハッキリさせないと駄目よね。大体、キチンとした同盟を結んでいれば、学校の時に損得抜きにバーサーカーは倒してるもの」
「…シロウを無視するって言われたら困るし、ここは仕方が無いと思う。悔しいけどリンの言う通りよ」
「判ったよ。こっちの出せるモノはみんな出す」
例え蛇蝎のごとく嫌われたとしても、成果を確実に残す。
そんな凛の心意気を感じたのだろう、イリヤと慎二は不承不承納得した。
だがしかし、ただ言いなりに成ることはできない。
それが人形と化した慎二が、女の慎ではなく、男の間桐・慎二として遺した唯一のモノだ。
くだらない矜持と知ってはいるが、だからと言って止められない。
止められるなら…そもそも、こんなナリで今ここに居はしないだろう。
「こちらの陣営で持ちこんだ礼装その他、戦力としてなら全部使って良い。その後に『魔術師の家系』として要求するなら話は別だ、桜はお前の軍門には降らない。フィフティで頼む」
「私は良いんですっ、に……」
「別に良いわよ。間桐の蟲魔術なんてもらっても困るし。権門を築く場合は、それ相応のリスクが双方に生まれるものね」
慎二と凛はあえて桜を無視した。
もともと凛と桜は姉妹なのだ、慎二が人としては既に死んでいる以上は、間桐の全てを遠坂に渡しても良い。
おそらくは、それこそがもっとも安上がりに戦力を手に入れる方法だろう。
だが、それでは…。
慎二の気が済まないのだ、自分は全て済ませてから、独り立ちできるようになった桜に後を残して行く。
凛の気が済まないのだ、自分は全てを判った上で、目下では無く対等の人間として桜と付きあって行く。
易きに、低きには流れない。
そんな無言の了承により、話はまとまりつつあった。
「代償として、こちらが主戦力とリスクを受け持つのはどうだ? どうせ英雄王も夜までは知恵働きが主体なんだろ?」
妥協点として、危険は全てライダー陣営が担う。
ギルガメッシュが一日の半分を封印され、力が制限されているという点を、慎二は突いた。
替わりに期待するのは、自分たちでは行き詰まったアイデアを要求する。
リスクと利益をメリットに賭けて、聖杯を手に入れる為に乗って来る可能性は高い。
それに…世界の存続という無理難題を、今回限りの上位として設定したアーチャー陣営が負うならば、戦闘だけの方が気は楽だ。
「そう言ってくれると助かるわね。じゃあ私達はマスターが居ればマスターを、居なければ牽制役ってことで良いのかしら? 夜が来れば全て終わらせちゃうけど」
凛は合格という意味で、大きく頷いた。
自分達を安売りはしない…。
だが、それは値引き交渉や、更なるレイズをしないと言う事にはならないのだ。
安易に頼むのならば全てを持って行くのが魔術師。
考えても見れば良い、他所の者の魔術師が、超抜級の礼装を起動する為に、土地を貸せと言えば、全てを奪いかねない。
だが一枚噛ませて利益を渡し、そこから交渉して特権の替わりに、別の協力させることはできるだろう。
今回の交渉は、かつて三家が交渉した出来ごとに似て居なくもない。
ただし、賭けて居るのは世界の存続であり、大聖杯ではなく士郎の運命なのだが…。
「交渉成立ってことだな。でも……遠坂は今回の一件を全部理解してるってわけ? 高見の見物じゃないんだ」
「原理的には想像付くわよ?」
慎二が手を打って、挑発気味にアイデアを要求すると、凛はどこからともなく眼鏡を取り出して説明を始めた。
「時間移動は第二魔法の一部、短時の時間遡行は大魔術。…もし、この世界を先に焼却すれば、抵抗する力も随分と減るでしょうね」
「時間の推進派と逆進派をコントロールする気か?」
「その為に世界を滅ぼすなんて…」
「みんな…何の話をしてるの?」
突如として始まった形而上な物理の授業。
凛の説明を理解できる慎二やオルガマリーと違い、イリヤにはチンプンカンプン。
仕方無く、凛は地面に大きな矢印と、小さな矢印を川の様に描いて行く。
「良い? 過去から未来にしか行けないと言うのは、数倍の負荷が掛っている訳。だから生半可な魔術じゃ、僅かな時間しか移動できない」
未来の方向に大きな矢印、中には小さな矢印が数個。
過去の方向に小さな矢印が一つ分。
これらが相殺する事で、歴史は過去から未来に移行している。
「魔術での時間移動がエネルギー抵抗的に難しいのは判ったわね? ここでのポイントは良くも悪くも、難しいってこと」
「難しいのは判ったわ。でも他に何かあるの?」
凛の説明をイリヤは何となく頷く。
矢印の数が二倍・三倍、これを打ち消すだけでも難しい。
そこから前に移動するにはもっと力が掛るだろう。少し戻るだけで四倍・五倍、もっと戻るなら十倍二十倍と必要だろう。
そして、少し離れた場所に、別の矢印を川の様に描いて行く。
「最初の矢印の川を世界Aとしましょうか、もう片方の良く似た過去の世界B。このAB二つの世界を移動するのが第二魔法。簡単だけど魔法が出来ないと不可能。ポイントは…」
AからBへ、ジグザグの矢印を新しく描き足して行く。
最初の矢印に比べ、数は少ないが、異質な別ものだ。
まして、別の世界があると判らなければ、狙った世界に移動できないと言う事もあるだろう。
「魔法が行使できないと不可能ってことね? じゃあ魔術の方が、魔力次第で実行可能…」
「そう。魔術による時間遡行の場合は、純粋に魔力の準備と、効率の良い術式で済んでしまうこと。そして騎士王…いえ、卑王が狙って居るのは、この効率を上げることよ」
世界が焼失すれば、未来に向かうエネルギーはずっと少なくなる。
世界が地球ごと砕け散れば、未来に向かうエネルギーは無くなる。
場合に追っては、焼失・破却された時に生じるエネルギーすらも、過去への力へ流用できるだろう。
「聖杯に願いを叶える力が無かったとしても、純粋な魔力だけで事足りてしまう。狙った過去へ移動できなくとも、少しずつ焼却すれば、ズレはアーサー王とウーサー王の差で済むでしょうよ」
「とりあえず相手の狙いは判ったよ」
「金を掛けてアマゾンの森でも伐採すれば地球はともかく、『人の世界』なんて簡単に滅びるものね。聖杯なら抑止が動く前に行けるわ」
凛の説明を、慎二とオルガマリーが追認して行く。
方法が具体化した以上は、必要以上に突っ込む必要は無い。
どの道、相手を倒せば終わりなのだ。
そこまで話が流れた所で、今まで黙っていたサーヴァント達が口を挟む。
「それで、どうやって王を倒すつもりだ? あの優等生を不貞野郎が倒したみたいに、夜まで時間を稼げってか?」
「キミが倒してしまっても良いんじゃないかな?」
モードレッドが肩をすくめると、ギルガメッシュはクスクスと笑って黄金の剣を取り出した。
卑王が持っていた黄金の剣より純粋で、騎士王がかつて所持していた真なる黄金の剣に良く似ている。
そして騎士の叙勲、…いや帝王が配下の公王を定めるかのように差し出した。
「もし必要ならそうだね…特別に、この選定の剣をあげても良い。そうすればキミは誰より正当な王にも成れるけど」
「はっ! んなもん要るかよ。オレはオレが認めた連中と国が創れればそれで良い。他人の配下に収まるかってーの」
国一つを与え、奪い合いで滅ぼしかねない黄金の剣。
カリバーンやグラムの原典となる剣の授与を、あっさりとモードレッドは拒否した。
それが罠に近い試練であることを凛だけが理解しており、首を振ったことに深いタメ息を突いた。
「おっそろしい取引を簡単にしてくれるわね。まっ、その心意気に免じて戦法を教えてあげるわ。大前提として衛宮君を無事に回収すること」
「あらゆる意味で正しい選択よね。シロウを捨てるなら大人しく従わないし、鞘を取り出されたら勝ち目なんてないもの」
不思議なことに、凛はゆっくりとイリヤの言葉を否定した。
エクスカリバーの鞘は重傷すらも治癒し、一瞬であれば完全なる守りを得ることが出来ると言うのに。
それを取り戻さないと言うのだろうか?
「ソレができればこしたことはないんだけど、相手は強力な予測能力を持って居るわ。ランサーを不意打ちしなかったあたり、限界はあるみたいだけど」
「最後に顔を出して奪ってく方が簡単だからじゃねえのか?」
凛の説明にモードレッドは半分納得して、半分頷けなかった。
騎士王の絶対性を知る彼女に取って、あの予測は予知能力とさほど変わらないのだろう。
「いや、戦略的にはそうだけど戦術的には違う。相性を考えると卑王はランサーを倒せない」
「もっと言えば…ランサーだけが倒せない。全てを理解しているなら、効率なんか無視して最悪の相手を討っておくべきなの」
強力な対軍宝具、そして絶対的な対魔術能力。
軍団であろうと遠距離戦だろうと勝利は揺るがない。
だが同じ絶対的な力を持つ、対個人戦能力だけは、アーサー王であった時代から、ガウェインやランスロットなど上回る相手は居たのだ。
ましてランスロットの原典である、一騎打ちの勝利者ウィリアム・マーシャルが、勝利を確定させる宝具を発動させればおそらく逆転するだろう。
それを確実に討ち取るのであれば、表舞台に立つことによる一度きりの不意打ちは、ランサーに対して使うべきなのだ。
現に強力な防御力を持つバーサーカー、守護騎士である聖ジョージであっても、エクスカリバーの連射で倒せている。
「だから今の能力は、確定事項を修正することに特化した予測なんだと思う。今回の場合は予定調和みたいなもんだし…、強引な手段を取られたら…その、モラル的に困るから」
「意味は判ったけど…なんで顔を赤らめてるんだ? 強引だろうが、出来る手段は直ぐにでも採るべきだろう」
凛が説明の途中で顔を赤らめたことに、モードレッドとイリヤだけが首を傾げた。
なんというか魔術を使う男女には手段の一つとして存在するのだが…、製造されたモードレッドとイリヤには難しかったのかもしれない。
「ええとねモードレッド、貴女…必要だったら衛宮君とエッチな事できる? この場合は行為をしながら魔術を行使って意味だけど」
「ばっ…馬鹿にするな! 出来るに決まってんだろ……その、本当に必要だったらな。アイツとかあ…」
「あっ、満更では無い顔。…いつの間に…まったく油断ならないわね」
「わ、私は違うわよ! シエロさんとは何でも無いんだから」
ガックリと苦笑いを浮かべる凛に対し、モードレッドとオルガマリーは満更でもない顔である。
そんな姿にイリヤは少しだけふくれ顔を浮かべた(無関心なのは慎二とギルガメッシュだけ)。
もしかしたら、知らない内に胃袋から捕まって居たのかもしれない。
「まあ、そういう訳で、この話題から判断出来る事は二つ。相手は強力な防御と回復力を手に入れるって事が確定し、遠距離からの攻撃は密度のいかんに関わらず通じないってことよ」
「ということは、もう一つは近距離戦で片付けろってこと? ライダーの霊基じゃ…」
各マスターたちは、お互いの認識の範囲でデータを比較した。
スキルは破格で、対魔術A、魔力放出A、直感B(状況修正に特化)、独立行動A。
霊基に関しては筋力A、耐久A、敏捷D、魔力A++、幸運D、宝具A++とさらに強大。
対してモードレッドは、敏捷と運こそ大幅に上回っているが、他が最悪なほど差が在る。
筋力C、耐久B、敏捷A+、魔力B、幸運A+、宝具A。
スキルや宝具に至っては、軒並み下位互換と言って差し支えない。
これでどうやって勝てと言うのだろうか?
「言っておくけど、タイムアルターを使うのは無理よ? アレは反動が大き過ぎるから他人に掛けること自体が成立しないわ」
「そういうと思ったわ。まあ、あんな大魔術、本来は難しいじゃなくて不可能なペテンだものね」
使えるのなら、キャスター戦でモードレッドか士郎に使っていた。
そう口にするイリヤに、凛は頷きつつ胡散臭い笑みを浮かべる。
「でもね、魔術師ってのはペテンを成立させることで、世界に魔術を掛けてんのよ。良く聞いて…」
「遠坂…お前、随分と性格悪いな」
得意げに説明する凛に対し、慎二は苦い笑いを浮かべて頷くのであった。
『
現在を焼却することで過去へ戻る為の負担を減らし、実行可能な大魔術を組み上げ術式として完成させる。
この方法により時間を遡って行き、任意の時間軸まで大移動を為し遂げ、そこから新しい未来に分岐させ、運命を修正構築する。
卑王の予測能力が全てを見通すモノから、事後を都合の良い様に解釈する方式に成っているのはその為。
(時間と世界管理に関しては、fateの物ではなく、惑星の五月雨や運命のタロットシリーズから流用しております)
という訳で、ライダー陣営とアーチャー陣営が完全な同盟を組みました。
凛と子ギルが上、ライダーとそのほかの魔術師が下という扱いですが、共闘では無く同盟である為に最後まで凛が面倒みます。
とはいえ、プライドに掛けてオンブに抱っこはできないので、基本はモードレッドが倒し、ギルガメッシュは最終処理だけを担当する流れ。
でないとギルは
凛が強欲気味に上位者に成ったのは、そうでもしないとギルが許さないのもありますが…。最後に口にしたペテンを為し遂げる為でもあります。