「っ…粘菌!? なんとかしなさいよギルガメッシュ!」
「落ち付いてよ凛。この程度のことはピンチと言うほどでも無いから」
隠れ潜んで居た遠坂・凛とギルガメッシュは、自分達を覆う布の輪ごと移動を開始した。
雪崩じみた勢いで迫る粘菌に、凛はパニックに成りかけるが、小さなギルガメッシュの方が落ち付いて居るくらいだ。
いや、子供の姿をしていようと英雄王であることには変わるまい、平然として当然ではあるのだろう。
「ハデスの隠れ兜は物理駄目って言って無かった?」
「勿論、物理的には無理だね。だから他の宝具を用意するんだけど…。はい、この銅剣を握りしめておいて」
凛が受け取った銅剣を眺めると、ソレは鏡の様に磨き上げられて居た。
良く似た装飾の銅剣を、ギルガメッシが構えた瞬間に、二人の服装が変化する。
凛の髪は金色に、リボンは赤く、ミニスカもキワドイ活動的なスタイルへ。
同時にギルガメッシュの方は、ワンピースのような、それでいて少女めいた…いわゆる男の娘的な姿に切り替わる。
だが、その変化以外には全く変化が無い。
粘菌達も、こちらへは寄ってこれないようだ。いや、そればかりか……。
「あんたねえ。こんな便利な物があるなら、さっさと出しなさいよ。まったく。それとも服装以外に他に欠点があるわけ?」
「服装はカレイドの礼装をイメージしたオマケだから関係ないよ。欠点は無いんだけど問題は運用の方だね。…見た方が早いか」
二本の銅剣は、二人の周囲に強力な結界を作っているようだ。
粘菌は楕円を描いて完全な空白を作り上げて居た!
「この通り、完全な防御を敷いてしまうのが欠点かな。この銅剣は君たちの国で言う、日月護身剣や破敵剣の源流と呼べる物で、内側に居る限りは安全が保障されるけど」
「なっ! これじゃあ私たちが潜んでるのがバレバレじゃないの!」
真っ黒な墨を白紙の上に落として、一か所だけ白い部分が残る様な物だ。
防御を敷いて居る間は安全でもこうまでバレバレでは、色々対策されてしまうだろう。
「彼らの後方も覆えば良い。そしたら他の連中にはバレないと思うよ」
「助けるみたいでシャクだけど、仕方無いか。せめてあの虫が片付けるまでの我慢ね」
二人がそんな話をしている間に、入口の方向で無数の魔虫が粘菌を食い散らかし始めた。
おそらくはアトラム陣営であろう。
仕方無く、凛はギルガメッシュと別れ、ホムンクルス達の居る場所の周辺に移動して行った。
粘菌もその区域から除去されていくことから、傍目には、ライダー陣営が後衛を守った様に見えるかもしれない。
「さて、ヒントはあげたんだ。ちゃんと行動して欲しいものだね」
ギルガメッシュは赤い瞳で、ホムンクルス達を眺めた。
その動きを受けて、ライダー陣営の周囲で音が震えた。
『お嬢様。そちらの後方十数mに渡り空間が反転。鏡同士で作った様な回廊が形成されています』
「ありがとうセラ。貴女はそのまま戦域管制を続けてちょうだい」
イリヤは後方に居るセラと言うホムンクルスではなく、どこか遠くにこそ語りかけた。
あるいは、そこに居る存在は偽者なのかもしれない。
「どうやら私達に隠れて漁夫の利を狙ってる連中が居るみたいね。貴女の礼装じゃないんでしょ?」
「こんな隔離空間を用意できるなら誤魔化すのに苦労しないわ。確か宝石爺の術で鏡面回廊という結界があったと思うから、系譜を引くミス遠坂じゃない?」
イリヤが問うと、セラの恰好をした人物が反応した。
おそらくは第三者が幻覚…あるいは、姿を似せて変装しているのかもしれない。
「シロウ! こっちは大丈夫だから、キャスター相手に遠慮しないで!」
「判った! そろそろ決着を付けるぞ!」
「よくぞ言い切った。ならば俺を越えて見せな! そしたら御褒美の一つもくれてやらあ!」
イリヤの声を聞いて、シロウは片手に炎の剣、もう片方に白い剣を構え、粘菌を焼き払いながら前進した。
分身が消えて独りになったクーフーリンの元へ、徐々に歩みを進める。
だがライダーが波のような魔力でまとめ、それを炎の剣で焼き払おうとも、ある一定以上進むことが出来ない。
それもそうだろう、これはクーフーリンが複数の陣営をまとめて倒す為の切り札である。
こちらも切り札を切るか、あるいは彼と同じ様に、幾つか布石を打たなければ無理だろう。
「慎二、桜! 本命を頼む!」
「了解。ようやくボクの腕を見せる時が来たってもんだ」
「任せてください。決して外しません」
士郎の指示で、二人が同時に黒き矢を構える。
慎二が構えるソレは先ほど見たブラックドックよりも禍々しく、桜が構えるソレは優美であった。強いて居るならば、桜が構えた方は、士郎が牽制用に放って居た矢と同じモノであるくらいだろうか?
共に温存していた魔力を注ぎ込み、これで終わらせると解き放つ!
「いけ、ハウンド・オブ・ティンダロス!」
「はん、追尾する矢だと? この俺にそんなもんは通じねえよ!」
慎二が放つ矢は、直線で突き進むブラックドックと、敵を追う赤原猟兵を継ぎ木した恐るべき矢。
一度交わしても、どこか別のナニカに当たった瞬間に、反射して追い掛ける無限追尾の矢である。
だが、矢避けの加護を持つクーフーリンが正しく認識している以上は、通じるはずもない!
「そんな事は判ってるさ! さっきから分身にすら、死角へ撃ち込んだ矢以外は通用して無いんだからな。ただし…」
士郎はその隙に、直線数歩だけを焼き払い、助走の為のスペースを空けた。
クーフーリンがサイドステップを決めている間に、ジャンプして襲いかかる!
手には先ほど投影した白い剣が、巨大化して斬撃を浴びせに掛る。
「まともにやったらの話だ!」
「白兵戦なら俺に勝てるってか? それとも何か? その間にお嬢ちゃんに射らせて、当たると思ってんのかクソ野郎!」
士郎が振りかざす剣を、クーフーリンはヤドリギの杖で受け止める。
当然だろう、彼はケルトの大英雄。
キャスターだからと言って白兵戦の才能が減るはずもないし、桜が合わせて黒き矢を放ったとしても当たる筈が無い!
ただしそれは、士郎が言った様に
「行きます! 避けてくださいね!」
「判ってる! 避けなきゃ、始まらないもんな!」
桜は避けて欲しいと言った。
士郎は避けることが前提だと言った。
ならばこの黒い矢は、むしろ上手く処理しなければならなかったのだ。
だから、黒き矢を避け、その反射軌道からも身を反らした筈のクーフーリンに…。
「あん? そのへっぴり腰はなん…だと!?」
「これにあるは分かち難き夫婦剣! そして共に砕け散る定め!」
黒き矢は、白き剣を目指して方向を転換する。
ゆえにソレは、突如軌道を変えて背後からクーフーリンに突き刺さった!
込められた膨大な魔力が、
砕け散った幻想は爆風で周囲を薙ぎ払い、直撃のクーフーリンだけでなく士郎にすら少なくない傷を負わせるのであった。
「痛ててて…もしかして馬鹿かよてめえ?」
「馬鹿にならなきゃ、あんたに勝てないだろ! モードレッド、トドメを頼む!」
「あいよ! 死にたくなきゃ歯をくいしばれ!」
続けざまに反転したティンダルスの矢も飛来し、クーフーリンを目指して突き進む。
合わせてモードレッドが坂落としに落下し、表と裏の二重の爆風で跳ね飛ばして行った。
逃げ損ねた士郎がゴロゴロと転がるくらいである、クーフーリンが避けられるはずもない。
砕けて行く霊器、そして力を失う霊基の前に一同は集まった。
「先に言っておくけど、貴方の戦闘続行系スキルは通用しないわよ?」
「なんだ。お嬢ちゃんもそこに居たのか。バセットは気にしてたんだが…。これでスッキリしたな」
セラに化けて居たオルガマリーが、直死の魔眼を持って観測する。
ゆえに生き汚く、闘い続けるクーフーリンの生命力も此処では機能しない。
そして、イリヤが近くで魂を回収すれば、キャスター戦までなら十分に役目を果たしたと言えるだろう。
だが、それは一同が死力を尽くした結果、リソースの殆どを費やした結果であるとも言える。
「ここまで必死になってどうすんだが…。まあ最後まであがいた俺が言う事でも無いけどな」
「他に何か言いたいことはある? 聞ける範囲に限るけど」
クーフーリンは魂を回収しようと近寄ったイリヤに、首を振る事で答えた。
全力で満足のいくコンディションなど、戦士にとってはただの夢。死力を尽くして負けたのだから言うべきことは無い。
ただ、ああそうだ。
一つだけ、言うべき事があった。
「忘れてた。明日には大聖杯を消せるから、…使うならそれまでに、使わせない…なら一日どうにか粘れ。なあに…お前らなら…」
「ちょっ! ヒントは! というか、そこまで協力する気なら、最初から…」
「慎二、時間が無い。さっさと逃げないと追いつかれるぞ」
消えゆくクーフーリンに文句を言おうとする慎二を、士郎は止めた。
既に粘菌が食いつくされていき、竜牙兵の軍団が門の方から姿を現し始めたのだ。
そう最初から…アトラム陣営はこの瞬間こそを待っていた。
二つの陣営が消耗するまで様子を窺い、逃げられない様に包囲して居たのだ。
「モードレッド。後を頼めるか? 逃げるだけなら…」
「ちょっと難しいかもな。流石に向こうも距離を合わせてら。前回の無茶で随分と、こっちの手を見られちまったようだ」
聖杯のとしての力を備えた、イリヤと慎二、そして狙われているオルガマリーだけならば連れて逃げられるかも?
前回の戦いで脱出したことからそう思った士郎だが、モードレッドは否定した。
逃げるのが性に合わないと言う訳では無く、単純に、アトラム陣営がキッチリと追撃態勢を取っていたからだ。
天には魔虫が頭を抑え、地からは弓隊が飽和攻撃を仕掛ける為に待機している。
だが最終的に漁夫の利を奪ったのは、アトラム達では無い!
「チェックメイト、私の勝…」
「黙れ道化。…なんと無様な。まるでサクソンだな」
鈴が鳴るような声は、嘲る言葉すら美しい。
明瞭な意思、そして悲しみすら感じられる罵声。
「…そこまで無様であるなら、いっそサクソンに成ってしまえば良いものを」
「そんな…馬鹿な…」
色の抜けおちた金髪は、もはやアッシュブロンド。
黒色のゴシックロリータは、肌を病的にすら白く見せている。
手には極光を帯びた黄金の剣を持ち、絶望的な魔力に包まれて彼女はそこに居た。
自身と同じ顔の少女を見て、モードレッドは…しばし呆然としていた。
人物紹介
・言峰花蓮
ゴスロリに身を包み、黄金の剣を持った少女…その実態は!
以下、次号。
優れた戦略眼によって、アトラムの布陣を見抜いて、奇襲可能な位置に隠れて居た。
最終的に漁夫の利を得るのは、彼女である。
宝具『ハデスの隠れ兜』
プリズマイリヤで登場した、身を包んだ者の姿を、魔術的・視覚的に隠す宝具。
布状に成って形を変えはするが、それほど強力な宝具ではないので、物理的にはほぼ無意味。
宝具『破敵剣』『日月護身剣』
その昔、百済から日本に送られた、帝王守護の銅剣。
二本の間に強力な結界を築き、様々なモノから護る力を持つとか。
ただし、今回ギルガメッシュが使用したのは、その原典であるので、便利な設定機能は存在しない。
鏡合わせで作った様な回廊を、二本の銅剣の間に設定するだけである。
礼装『カレイド・ゴ-ジャス』
宝石爺の礼装を真似ることで、ここに遠坂の後衛者が居るぞー。と主張させているだけである。
子ギルが男の娘化しているが、七歳までは性別関係ないので無問題。
礼装『干将』『莫耶』
この礼装は互いに引き合う力を持っており、士郎は黒い剣を矢にアレンジし、白い方で斬りつけ反射角度を調整した。
クーフーリンは認識した矢・投擲物から護られる防御を持っているが、逆手に取って、死角から狙っている。
とはいえ、本来は数発撃ちこんで挟撃する予定であり、クーフーリンが矢避けの加護を持って居たので、接近戦で調整した訳である。
それでも不安なので、最終的には『
なお、アレンジに加えて反射を接ぎ木した為、魔力のダメージ変換率が低くなっているので、クーフーリンの霊基が傷付いて居なければ、二発では倒せなかったかもしれない。
と言う訳で、キャスターの死亡確認!
ついでにアトラムさんも風前の灯し火になります。
今回登場した花蓮さんは、別に士郎達を助ける為に現われたわけでは無く、まとめて倒す為ですので。この為、次回で中盤の『人理剪定編』が終了する事に成ります。