「まったく、材料が持ち込みで無ければ文句の一つも言っているところなのだがね」
「ソレは文句じゃないのか? まあいいけどな」
朝の気だるさを越えて、良い匂いが足元から漂ってくる。
寝ぼけマナコで確認してみると、そこにはひっくり返し損なったパンケーキがあった。
「シエロさん、もう良いの…って訳も無いか。体の調子はどの程度回復したの?」
「んー。今までとバランス感覚は同じなんだけど、全体の調子が今一つ合わないんだよな」
「デミサーヴァントと人間とでは基本体力が違う。暫くはオーバーアクションを控えるべきだ」
オルガマリーが呆れた声で確認すると、士郎は綺礼から借りた雑巾で床を吹き始めた。
堕ちたパンケーキは敬虔なる犬か猫かが喜捨に預かるだろう。
「そうもいかないさ。飯食ったら出て行かないと迷惑を掛けるし、キャスターだって今日中になんとかしないとな」
「そうか。幸運を祈ると…」
「ちょっと待ちなさいよ! 倒しに行くのは良いとして、ちゃんと計画は立てて居るの?」
さらっと当然の事の様に語る士郎と綺礼の言葉に、オルガマリーは思わず制止した。
確かに士郎の命はあと二日、悲観論で考えるならば、あと一日とロスタイムと思うべきだ。
だからと言って、このままはい出撃しますと言うのは、信じられないし許せはしない。
「そりゃ少しくらいは考えてるぞ? あいつが有利な陣地って限られるし、ゲイボルクの欠片で反応を追えば…」
「そういう事じゃなくて、英霊としての正体とか、宝具の確認とか、弱点を突く為の算段のことよ!」
「何を騒いでるかと思ったら…」
呑気な士郎とオルガマリーが口論を始めると、慎二たちも眼を覚まし始めた。
皆、儀式の疲れが抜けておらず、目を覚ました者から話に参加し始める。
「じゃ、データをまとめてたボクから。これまで判ってる範囲で、キャスターの正体はクーフーリン。ドルイドとして植物を加工するから魔力抵抗でも安心できない」
「詩の方はどうなの? 威力はともかく、使い勝手は良さそうだけど」
「新しいゲッシュを結んで、バーサーカーとしての力を限定的に得てるみたいだ。能力が段々と強化されるけど、欠点も多いみたいだ」
慎二がメモを出しながら簡単に説明すると、オルガマリーが確認を行う。
それに対して士郎が、自分でも痛い目にあった事を補足した。
「確か陣地に籠り続けるのが難しいとか、大量の水が必要だから場所が把握し易いとかだっけ?」
「そうなんだけど…丸判りになった以上は、水は使わないんじゃないの? ボクなら暴走しない程度に水掛けとくけどね」
「そこには同意するわ。捨拾選択するなら重要なのは利用できるかどうかでしょ」
幾つかの情報が交錯するのだが、まずは場所の特定。
次は戦力の把握だろう。
「んじゃ次は相手の数だけど、遠坂か石油王との同盟はしそうじゃない? 戦力的にサーヴァント一体のまま居るってことはないんじゃないかな」
「遠坂はないと思う。英雄王ギルガメッシュ一人で大抵のサーヴァントならどうにでもできる。口説き落とせるとも思えない」
「私もアトラムとの同盟は無いと思うわ。マスターの方も執行者として周囲を薙ぎ払うタイプと聞いて居るし、騙し討ちまでして来た相手に気を許してないと信じたい所ね」
ハイハイそうですかと慎二がそっぽを向くのだが、どちらかといえば……。
むしろ不和があるまま、同盟を組んでいる方がありがたいとも言える。
クーフーリンにだけ奇襲を掛ければ、他が漁夫の利を狙うタイミングを狙えるからだ。
まともな相手なら、ちゃんと協定を組むだろうが、ギルガメッシュの性格的に合わないだろうし、騙し討ちをされそうという意味でアトラムは最後の最後で出て来る程度と思われるからだ。
あるいは、ギリギリまで追い詰めて見逃すことで解除を要請する事もできたはずなのだ。
だが、状況がそんな選択肢を排除してしまっている。
「ということは、クーフーリンは自分が有利に成る場所で、慢心も油断もせずに待ち構えてるってことだよな」
「あんまり考えたくない可能性だけど…。結界はまあ…いいとして、周囲が森か林で利用できるモノが沢山。そんな都合の良い場所があるの?」
「そんな場所は一か所しか思いつかないね」
士郎とオルガマリーは顔を見合わせると、自信満々な慎二の方を見た。
さきほどの同盟案は半信半疑であったが、今度は自信満々だ。
流石にこれで外せば恥ずかしいので、根拠はあるのだろう。
「ずばり円蔵山の柳堂寺」
慎二が示したのは冬木で最大の霊地。
大聖杯の入り口に当たる場所である。
「周囲は林。高台にあって、狂化で壊すまでなら結界もある。なんだったら、ボクらを迎撃して、適当な願いを叶えてしまえばいい。ほら、これ以上は無いじゃない」
「最悪じゃないのソレ…」
得意満面な慎二に対して、オルガマリーの表情は真っ青だ。
それも仕方あるまい…。
今日中にケリを付ける必要があるのに、相手は逃げ回るだけでこちらに勝てる。
それを回避する為には、相手にも有利な…亜種聖杯の力を持つ誰かが同行する必要があるのだ。
「アトラムに魂を渡すわけにはいかないのに、その場で奪われかねないなんて」
「いいじゃん。どうせマスターであるボクが付いて行く必要があるんだし。こっちが聖杯持ちと考えれば逃げないんじゃない?」
アトラムにサーヴァントの魂を渡さない為にも、それらは必須であると言えた。
無茶をしないと戦う事も出来ないが、無茶をし過ぎると、そもそもの大前提が覆りかねないのだ。
オルガマリーは命を狙われているので腰が引け、慎二は先行きが無いため自暴自棄ということが決断力に差を分けて居た。
「ふむ。その件なのだがな。言わねばならん事と、言い忘れて居たことがある」
「あんたの言葉ほど、うさん臭いものは無いな。騙す必要が無いから信じられるだけに厄介だ」
これまで沈黙を守っていた綺礼が口を開くと、士郎はげんなりした表情で苦笑した。
この神父ほど真実だけで人を傷つけられる者も居ない。
できれば黙っていて欲しいものだが、そうもいかないのが尚更残念だ。
「まずは推理の的中おめでとう。手の者からの連絡で、キャスターとそのマスターが来訪したから引き揚げると言っていた」
「チッ。知ってて黙ってたのかよ。そーかよ、そりゃそうだ。あんたは監視役であって、ボクらに協力してる訳でも無いもんな」
「慎二、ちょっと黙っててくれ。多分、もっと最悪な情報が出るぞ」
綺礼が告げたキャスターの動向に、慎二は露骨に舌打ちを返した。
その憤りには同意しながらも、士郎は綺麗がまだ本命を繰り出していないことを理解する。
このい男ならば、もっと切り込んで来ると言う、嫌な意味での確信があった。
「聖職者が嘘をつくわけにもいくまい? だから黙って居ただけだし、当てた以上は黙っておく必要も無い。だが使い魔で捜索する必要が無くなったことを感謝して欲しい物だな」
綺礼は前置きとして事実を告げた。
どこにも嘘は無いと応えたのだ。
だが、そこには真実はあっても、誠実さは無い。
そして、周囲が注目したところで、本命となる言葉の剣を振り降ろすのだ!!
「聖杯機能を持つ者についてだが…。サーヴァントの魂を格納するごとに、人間としての機能を削ぎ落していくようだ。三体も取り込めば動けないとか? 誰が取り込むのかは十分に検討を重ねるが良い」
「このクソ神父…」
「ここでそれを言うのね…。まったく良い根性してるわ」
「慎二…。それにイリヤも起きたのか? ということは、本当みたいだな」
綺礼が口にした言葉を、慎二とイリヤの表情が肯定した。
口に出しはしなかったものの、考えて見れば、慎二が自暴自棄に成っているのはその辺も関係していたのかもしれない。
慎にだけなら、プレラーティがやっつけ仕事の改造をしたため、単に調子が悪いというセンもありえたが、イリヤを見ると悪い方の予測が阿多ていると言えるだろう。
「ライダーに何かあった時の事を考えると、私が近くに居るべきよね。それに…アインツベルンの悲願を考えるなら、同情は不要よ」
「イリヤ、そんな事を言わなくてもいいだろ。俺たちにも心配の一つもさせてくれよ」
どこか突き放したイリヤの言葉に、士郎が食ってかかる。
思えば、それは心配させまいとしたのかもしれない。
だからこそ、士郎はイリヤの方を抱くようにしてその目を見つめる。
キョトンとした顔でイリヤは見つめ返したが、クスッと笑った後で少しだけ顔を赤らめて切り出した。
「そういえば、会った時に言ってたよね。衛宮家のイリヤになればいいって。シロウのお嫁さんにしてくれる? 私のサーヴァントになるのでもいいけど」
「お嫁さんっ……考えとくよ」
思わぬ申し出に、つい頷こうとした士郎だが、寸での所で思い留まった。
頷こうとしたことに嘘は無いが、正確には、彼はこの世界の士郎では無いのだ。
このまま二人の自分が融合していくなら問題無くとも、勝手にこの世界の自分の将来まで決めるのは問題だろう。
「(桜が寝てて良かったな。あいつには気かせれないな)」
「(何かしら。仮契約みたいなものでしょうに…。なんでこう腹が立つのかしら。おままごとを聞いてるようで腹ただしいのよね、きっと)」
それを見て居た慎二は眠っている義理の妹を眺め、オルガマリーはムカついた事実をスルーしたのである。
「そういえば十八は越えて居るのだったな。その気があれば来るが良い。教会として祝福しよう」
「あんたにだけは祝われるのは勘弁だ」
「同じくっ! いーだ」
「どうでもいいけど、作戦の続きをしましょ。場所が特定できたんだし、あとは勝算の方よね」
玩具の具合を確かめるような綺礼に対して、士郎とイリヤは共同で不満顔を見せた。
オルガマリーはあきれつつ、腹が立つのを抑えながら強引に会議を再開させた。
「シエロさん、固有結界は?」
「ああ…。あれは魔力の問題もあるけど、できればギルガメッシュ用に取っておきたいな。相性も考えるとそんなに使えないしな」
「ハア!? 固有結界って…デミサーヴァント化のオマケとしちゃあ、羨ましい事だね」
オルがマリーと士郎が真面目に相談してるのを、慎二は羨ましそうに聞いて居た。
やはり大魔術としての固有結界は、夢の様なものだ。
性能が無ければ使う事もままならず、迂闊に使えば自滅が待つとは言え…魔術師たるものが目指すべき技の一つなのだから。
そして士郎達は幾つかのアイデアを元に、キャスター戦に備えて準備を始めたのであった。
と言う訳で、キャスターがどにに潜むのか特定した後で準備して突撃と成ります。
士郎達に取って条件が少し厳しく
1:一日でクーフーリンを倒す必要がある
2:その魂はアトラムに渡してはならない(おそらくはどこかで様子を窺っている)
3:魂を格納する、亜種聖杯持ちは動きが不自由になる
4:途中までは、柳堂寺の結界が機能する
と言うのを確認した上で、幾つか切り札を用意して戦うことになります。
もちろん、犬の肉を食わせるとかは無理なので、正面決戦になりますが。