Fate/promotion【完結】   作:ノイラーテム

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黄金の鷹

「令呪を持って我が刻印を受け入れなさい! タイムアルター・トリプルアクセル!!」

 イリヤスフィールの持つ魔術刻印が唸りを上げて稼働する。

 彼女が持っていた鋳造式刻印と反発しないレベルゆえ、言うほどの強さは持たない。

 父親である衛宮切嗣が使う場合よりも、限界も、効率も悪いだろう。

 それでもなお、その効果は絶大であった。

「イエス、ユア、マジェスティ!」

 効果を受け入れたのは人ではなくサーヴァント。

 今回召喚された英霊の中でも、最も速度に優れたウィリアムであることが空前絶後の力を発揮した。

 ナイトマスターとでも言うべき彼は、技量だけならば円卓を越える。

 その彼が、他者の三倍稼働するということはもはや理不尽を越えた大暴力でしかない。

「アトラム・ガリアスタ、お覚悟!」

 回転する双刃槍が十文字の真空刃を作り上げる。

 だが恐るべきはそれだけでは無い。

 解き放たれた風の刃に、放った張本人が後から追いつくと言う不思議な光景。

「マスターお下がりください! これはもう、人間の形状をした暴力。まさしくドラゴン」

「今更その認識か、温いわ!」

 まったく同じ場所へ三度、刃の嵐が繰り出された。

 都合三度の斬撃と、同時に着弾する三度では意味が異なる。

 恐ろしい事に、この連撃は狙って行われたことだ。

 どれほどの技量があれば叶うのだろう、僅か一合の打ち合いで、守護騎士と呼ばれた聖ジョージの剣が叩き壊される。

『いかん、防げ防げ!』

『ファランクスだ、者ども出会え、我が身を持って盾に成れ! 八重垣!!』

 竜牙兵たちは、スパルトイを中心に戦陣を築いて迎撃を開始する。

 たった一人に対して、盾を構えた個体が列を無し、その肩越しに槍で攻めざるを得ないと判断したのだ。

 だが、それでも戦力差を、低く見積もって居たと言わざるを得ない。

「もう…遅い!」

 割って入った個体から、次々に切り刻まれていく。

 時間差を造るのは、なるほど時間稼ぎには向いているのかもしれない。

 だがしかしその刃はナイトスレイヤー! 一瞬で数体を斬り伏せることが出来る相手に、その考えは失策でしかない。

『いかん! 手近な者と組め。二列突撃を掛けつつ、奴の前面で合流する』

 とうとう竜牙兵は、頭脳まで使い始めた。

 あまりの暴力に、ただの歩兵で居る事に耐えられなかったのだ。

 されど対するはランスロット・アキテーヌ(ダキテーヌから来たランスロット)

 まるで燕が剣を避けるように、ぬるりぬるりと、突撃の全てを迂回し続けた。

「笑止な。三倍動けるからといって、常に三倍である必要もあるまいに」

 ある時は三倍の速度で走り、ある時は的確に数歩だけ歩く。

 頭で考えても出来ないことをウィリアムはやってのける。

 

 可能とするのはイリヤスフィールがもたらした大魔術。

「ウィリアム、ウィリアム!」

 そして…。

 我が身を省みぬ、その献身である。

「お嬢様。召喚されての短き間でしたが、ご厚情を賜り深く感謝いたします。士郎様と末願くお幸せに」

 一歩、また一歩と動くごとに、彼の霊器は光を帯びて崩れて行く。

 複数の二列突撃を迂回して、雷がジグザグに動く様な複雑な軌道。

 魔力の光が崩れるたびに、軌跡を描いて鮮やかに駆け抜けて行った。

 向かう先はただ一つ!

「貰った!」

「っ! させませんよ!」

 聖ジョージがウィリアムの斬撃に追いつけたのは、単に意図を見抜けただけだ。

 アトラムを攻撃しつつ、イリヤスフィールの脱出路を確保する。

 そんな都合の良いルートは一つしかない。

 脱出のための牽制にして、必殺の軌道。

「ぎっ、ぐあああ!!? め、目があああ!? 痛い痛いぐおおお」

「急所は逸れて居ます。大丈夫ですよ」

 だからこそ割り込めたし、だからこそ防ぎ得たのだろう。

 槍はアトラムの頭に突き刺さる事無く、危いところで跳ね上げられ、片目だけを深く抉った。

「申し訳ありませんな。後を…お任せします」

 敵マスターを討ち取る栄誉よりも、ウィリアムは大切な者を取った。それだけの事である。

「この、ばっかやろう! オレは反逆の騎士なんだぞ! こんなオレに何を任せるって言うんだクソ爺ぃ!」

 モードレットはプリトヴェンを操りながら、城からの脱出路に飛び込んだ。

 

 魔力を最大級に放出し、投げつけられる槍や矢を回避し、あるいは体で受け止めて腕の中の少女を守る。

「貴女も泣いてるの…? それとも痛いの?」

「オレに涙なんかねえ! オレの涙はあの時からとっくに枯れてるんだ!」

 ホムンクルスの少女を抱いて、モードレットは吠えた。

 声は否定の為に張り裂ける。

「オレに涙は無え。…でも、でもオレには居なかった。オレには何も無かったんだ」

 腕は我知らず、ギュっと少女を抱きしめて居た。

 怒った様な顔で、怒った様な声。

 回避し損ねて、次々に攻撃を受けて顔は血で染まっている。

「オレには誰も居ねえ。オレを利用とする魔女だけで、家族は居ねえ。家族に成りたいと思う人と、繋げてくれる奴なんか居なかった。なんで、てめえばかり…」

 ズルイぞ…。

 だけれども、その姿は啼いて居る様に思えた。

「ライダーは強いね…」

 ぽつりと呟くホムンクルスの言葉。

 それを受け止めたもう一人のホムンクルスは、我知らずギュっと腕に力を込める。

「ライダーは強いね…私だったら、何も出来ずに泣いちゃうから。お母様も、キリツグも居なくなって、一人でキリツグを恨んで、その後はシロウを恨んで…」

「……っ」

 これはオレだ。

 騙されて、ただ道具の様に生きるしか能の無かった自分。

 それでも尊敬する人の為に精一杯やろうとして、何もかもを否定された。

 零れ落ちるばかりで、何も残らなかった自分。

 だからせめて、届けてやりたいと思うのは、きっと自分に重ねただけの安い同情なのだろう。

「当たり前だろ! オレは強いんだ! しっかり捕まってろよ!」

「でも魔力が…」

 虫で造られた雲は魔力のパスを遮断する。

 独立行動を許されたライダーとて、普通に戦うのが精々だ。

 宝具を起動している以上は、幾らも持つまい。

「黙ってろよ! イザとなりゃあ、今のオレには無用な長物をぶっ壊すだけの話だ!」

 モードレットは腰の剣に意識を這わせた。

 儀礼剣クラレント、今はたいした力の無いこの剣を、自身の誇りと共に壊せば、きっとのこの雲も晴れるだろう。

 自身の心を覆う、この憂鬱さもきっと晴れるに違いない。

「オレがあいつに合わせてやる。だから今は…」

 不敵に笑おうとした時、何かが見えた気がした。何かが聞こえた気がした。

 自分に突き刺さる矢とは別の、風切り音!

 

 その時、黒い輝きが宙空の蟲たちを薙ぎ払う!

「穿てブラックドック、バスカーヴィィィル!」

 オーン!

 犬のような雄たけびを上げて、漆黒の矢が蟲の群れを切り裂く。

 そして続けざまに、モードレットがやろうとしたことを、その黒矢が実行した。

壊れた幻想!(ブロークン・ファンタズム)

 直進しかできないが、あらゆる装甲を貫く漆黒、心を打ち砕く霊威の矢が弾けて消える。

 爆散した後に、流れ込む魔力が蟲の霧散と共に、蟲の雲の結界が晴れて行く事を教えてくれた。

「ライダー! 無事か、このじゃじゃ馬が!」

「あん!? チャンスだったから飛び込んだってだけだ馬鹿野郎!!」

 相変わらずの憎まれ口を叩く慎二にモードレットは笑い返した。

 虫の群を置き去りにし、満身創痍で脱出に成功した。

「ええい! 逃がすな、追え! 獅子劫は何をしている!?」

「追っかけたいのは山々なんだがね…」

 絶叫するアトラムに、獅子劫界離は思わず苦笑した。

 ようやくホムンクルスを倒し、…いや、正確にはトドメを指している所だ。

「イリヤ、ノ、所には、行カセ、ナイ…」

「我らが身と引き換えに…お前、だけ…でも連れて、行く」

 目が機能しないホムンクルスや、耳の機能しないホムンクルスら、廃棄処分から蘇った彼女達は最後まで運命に抗おうとしていた。

 槍で突き刺され剣で切り刻まれながらも、獅子劫や竜牙兵に抱きつき行かせまいとする。

(イリヤは第三…違う、私達の希望…だから)

 口が機能しないホムンクルスは、最後の能力を起動した。

 疑似的な高速詠唱で、声無きままに、全てを無に返す。

「くそがっ…。腕を…マスター権をもらう約束事くれてやるよ!」

 獅子劫は自爆術式を悟ると、強化したナイフで抱きつかれている左手ごと切り落とした。

 走り始める後方で、業火をあげて『ギリシアの火』が盛大に燃え始める。

「おのれ! こんなことなら5分と言わず、亜種聖杯の魔力を使って常に全力で戦って居れば…」

 最後にアトラム達が脱出した時、当初は百居た竜牙兵達も三十を大きく下回って居たという。

 

 そして森は更なる炎と煙に包まれ、イリヤとモードレットはようやく合流を果たす。

「こっち側のメイド二人は回収した! 城には誰か残っているのか?」

「もう、もう誰も居ないよ…。誰も居なくなっちゃったよシロウ…」

 見れば衛宮士郎が弓に新しい矢を構え、城に向かって放とうとしている。

 泣いて居るイリヤを抱き締めるのはでなく、彼女の替わりに燃え盛る城へ飛び込もうと言うのだ。

 それを判っているからこそ、イリヤは誰も居ないと言う事実を、ようやく受け入れる事が出来た。

「なら…全部弔っていくぞ! 我が骨子は捩じれ狂う!」

 放たれる矢はカラドボルグ!!

 全長3kmに及ぼうかと言う光の柱は、威を示すのではなく、威を狩り取った。

 森の中にあるアインツベルンの結界を切り割き、城に炎を導いたのである。

 全ては業火の中へ、破壊する為では無く弔う為の道を作り上げた。

 そこで朽ち果てたランサーやホムンクルス達の魂を連れていくために、何もかもを弔っていく。





礼装
『ブラックドック・バスカヴィル』
 直進しかできず、霊威しか傷つけぬ矢ゆえに、あらゆる装甲を貫く矢。
赤原猟兵の追尾と組み合わせることで、様々な戦術を取ることが出来るハウンド・ティンダロスに変化する。

『カラドボルグ』
 結界破りの力を持ち、範囲こそ狭いものの、直前3kmの射程を持つ光の矢。
カラドボルクⅡを参考に、本来の形に近いイメージでアレンジされている。

 ウィリアム死亡確認!
 という訳でランサーが倒れました。ちゃんと『アトロポスの鋏』は機能してますので、魂はイリヤに格納されました。
アトラムさんも獅子Goさんも大怪我、竜牙兵は大半が破壊されております。
タイムスケジュール的には、アンツベルン側も急いで帰って来てるので、それを邪魔する為にアトラムさんが強襲した感じですね。
その意味では、アトラムさんの作戦勝ちというか…まあ情報をリークした人が居たり居なかったり。

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