「この偽装も、もはや不要」
ランサーは黒剣と短剣を柄の部分で連結すると、黒衣を捨て去り、その魔力を他へ回し始めた。
鎧より消え去る漆黒の下からは、白銀が現われる。
特徴的なのは、歴戦の戦いでつけられた傷が、肩甲など重傷には遠い場所にしかないことだ。
まるで鷹が翼を広げる様に戦化粧を施しているかのようであった。
「この紋章をつけて、『本人』に挑む…。これも聖杯戦争の妙というものですか」
「キリスト教圏で最も偉大な騎士にそう言ってもらえると、こそばゆいですな」
ランサーが付けて居るのは、他ならぬ聖ジョージが姫を助けて竜と戦った故事にちなみ、獅子心王が十字軍に参加する騎士たちに付けさせたと言うガーターベルトだ。
そこにはセント・ジョージクロスと呼ばれる赤十字が付記され、その紋章を持って聖ジョージ自身に挑む。
彼の名は、ヨーロッパの母と言われた第一の貴夫人、アリエノール・ダキテーヌに仕えるウィリアム・マーシャル。
生涯にわたり五百以上の一騎打ちに勝利し続け、西洋圏で不敗と呼ばれた騎士である。
アリノエールのサロンに置いて、円卓の物語りは円熟を迎え、その子である獅子心王に伝わったと言う。
即ちマーシャルこそがランスロット、日本で言えば光源氏と藤原道長の関係が近いだろう。
「ランスロットのモデルがランスロットを名乗るとは、なんとも皮肉。討ち取って名を上げよ!」
『『応!』』
竜牙兵たちが、左右より、そして聖ジョージが正面から迫る。
だが見るが良い、彼こそはナイトマスター。
騎士道の黎明期に置いて、最強と詠われた男である。
「遅い」
それは後の先から、先の先までを奪い尽くす究極のカウンター。
双刃の剣槍を回転させて聖ジョージの剣をいなすと同時に、竜牙兵の一体を切り倒している。
僅かに遅れてもう一体、庇おうとした竜牙兵が崩れ落ちた。
「残り八十ほどですか?」
いつのまにか放っていた抜き手を、竜牙兵の胸元から引き抜いて行く。
はらりと銀線が落ちることで、手繰り寄せて居たのだと気づくことが出来た。
もし竜牙兵が庇わねば、アトラムだか聖ジョージだかの胸元が引き裂かれていたかもしれない。
「あの一瞬で…化け物め。だが、貴様に対軍宝具が無いことくらい想像が付く、先ほどと変わっていないぞ!」
「然様。わたくしめには対軍宝具はありません。ですが、その欠点を放っておくと思われますか?」
円卓の騎士すら上回る、圧倒的な個人技量。
それと引き換えに、対軍能力を所持していない。
確かに欠点だが、この騎士の腕は容易く捨てがたいほどの物だ。
「ならば、対軍用の礼装を持たせれば良いだけの話。さて、答え合わせと参りましょう」
銀線が空を舞うと、回り込もうとした竜牙兵をまとめて薙ぎ払った。
魔力で強化された糸は鋭利な刃と化して切り刻み、運の悪い個体を真っ二つにすらする。
だが、それは序章に過ぎない。
「城を護りし炎よ…爆・導・索!」
糸より垂らされた油の混合物は、魔術的に加工された特殊な油だ。
やはり特殊な火種で着火すると、まき散らされた場所を燃やし尽くし、竜牙兵すら消し炭に還る。
「なっ…『ギリシアの火』だと!? そんな物を復刻させていたのか」
「アインツベルンの得意魔術をお忘れですかな? 中東の石油王よ」
それは錬金術により創られ、何度もコンスタンティノープルを守り通した対軍礼装である。
魔術原理を用いて居ることもあり、その強力な火力は、十分な神秘を秘めていると言えるだろう。
そして…。
ウィリアムが消滅の危機に陥ってまで、無理をした理由はこの炎の意図を隠す為でもある。
アインツベルンが得意な錬金術であり、彼にとって掛けて居る能力を補う対軍礼装。特に不自然さは無いが…。
だが、こちらに向かっている事情を知らない者が見たらどう思うだろう?
煙は自然物。森に結界を張って居る側が遮断しなければ、帰還予定である彼の主人が近くに居るなら察することはできるだろうし…。もう一組、向かって来ている可能性のある別グループにも注意を喚起できるのだから。
燃え盛る炎は森を焼き、結界を管理する者が遮断仕様としない為、上空に煙を立たせ始める。
城を目指していた者のうち、少年達もまたソレを確認した。
「まさかアインツベルンも攻められてるワケ? なんてフットワークの軽い」
「燃やされたか、さもなきゃ自分ちに火を点けるなんざ、他の理由はねえよな。んじゃどうする? ここで引き返しても良し、横槍を入れて戦力を削いでも良しだ」
慎二の判断にモードレットは頷いて選択肢を示した。
伝言を頼まれはしたが、それ以上の譲歩の必要性を感じて居ない。
仮に同盟を組むとしても、敗北すれば必要ないし、小聖杯なりを手に入れるのであればいっそアインツベルンが失陥していた時の方が良いとすら思う。
それが理性的な判断であり、マスター達の方が優先である以上は『作戦としては』他に考えようが無い。
「どちらにせよ近くで様子を見て、必要なら介入すべきだと思う。…ライダーに先行してもらうのが一番じゃないか?」
「あいよ。あとはマスターが反対じゃなきゃ、ちょっくら行ってくるぜ」
「構わないけど…、危険かどうかはちゃんと確認しろよ」
士郎は迷わなかった、迷っては救えない命があるからだ。
モードレットも迷わなかった、迷っては説得できるとも思えない。
だから二人の確信した態度に、慎二も頷いた。実際の処、モードレットが同情するとしても、採算の範囲だろう。
それに、横合いから勝利をかっさらい、負けてる処を救いに入る騎兵隊とはなんとも胸のすくことだろうか。
「んじゃ先行するから、このままのペースで着いて来な!」
かくしてモードレットはプリトヴェンに魔力を注ぎ込み、感情のままにひた走る。
理性で、作戦で、判っちゃいるが止められない。
良くも悪くも、それが今のモードレットなのだろうか?
あるいはホムンクルスの少女を主人と仰ぎ、義理とは言え家族と仲直りさせようとするマーシャルの姿に、何かを抱いて居たのかもしれない。
いずれにせよ、モードレットが内心を語ることなど無いのだけれども。
オルガマリーが止める前に駆け出したのである。
「クソ爺。最後までオレに迷惑かけて行く気か!」
やがて突き進むモードレットが見たのは、竜牙兵や虫たちの陣営に、後方から襲いかかるホムクンルス達だ。
分断して各個撃破されつつあるのに、この期に及んで合流しようとしている?
頭が悪過ぎて、目も当てられない。
戦えるなら城など捨てて合流すれば良い。戦えないのならば、合流せずに見捨てるべきだ。
「ウィリアム、戻りなさい! なんで私の中に戻らないのよ! …なんで」
「やっぱりアインツベルンって学者馬鹿だな…。大切なら、なんで出歩いた! なんで連れて行かなかった!」
泣きそうな顔で心配して、攻撃魔術を何度も放つホムンクルスの少女。
それを止めようともせず、竜牙兵を寄せつけまいとする二体の上級ホムンクルス。
老爺として慕われているのだろう、霊体化して戻れば良いと判っては居るのだろう、だけれどもウィリアム・マーシャルにはその選択肢がなかった。
何故ならば…。
この状況で自分が倒れれば、意地っ張りなイリヤスフィールと言えど、素直に士郎を頼らざるを得ないからだ。
メイド達も、流石に死ぬか生きるかの状況で文句を言うまい。あのオルガマリーがそうであるように。
だから、ここで朽ち果てるつもりなのだ。他ならぬ大好きな少女が居る前で…。
「馬鹿野郎だ、あいつもおまえも、…オレ自身もな! 馬鹿ばっかりでどいつもこいつも雁首揃えてアヴァロンに突撃する気かよ!」
「…っライダー!? こんな時に!」
モードレットは意表をつかれたホムンクルスや竜牙兵の中に飛び込むと、中止に居る少女をかっさらった。
そして魔力を完全に遮断する蟲の幕の中へ、躊躇せずに飛びこんで行く!
「お嬢様! なんという、何と言う事を!」
「はっ! 文句は後で垂れなクソ爺! このまま挟み討ちにすっぞ!」
中に飛び込むと、ウィリアムは既に満身創痍だった。
無理もあるまい、魔力を遮断された状態で全力の戦いを繰り広げ、礼装まで使ったのだ。
途中で全力は出せなくなるし、傷つくのは当然。…例えここで魔力を供給されても、致命的なまでに霊器が傷ついて居る。
ましてや、近くまで終わりを見定めるモノが来ているのだ。
包囲網を打ち破る為に戦えば、後は消滅を待つばかりになるだろう。
「ガキ! どうせ爺はもう直ぐ終わりだ、最後の務めを果させてやんな!」
「…うん。…ウィリアム! 私、手に入れたよ! どうしても欲しかったモノを手に入れたの! …だから命じます」
モードレットはロデオのようにプリトヴェンを操りながら跳ね回る。
その腕の中でイリヤも、既にウィリアムが助からないことを悟ったのだろう。
泣くのではなく、毅然と女主人に相応しい態度を心がけようとして、無様に失敗した。
涙を振るって、最後の一言を呟いた。
「令呪を持って我が刻印を受け入れなさい! タイムアルター・トリプルアクセル!!」
「イエス、ユア、マジェスティ!」
そして黄金の鷹が舞い降りる…。
/人物紹介
クラス名:ランサー
真名:ウィリアム・マーシャル
フランス王よりも強大なダキテーヌ女伯爵アリエノールに仕え、彼女に従って何人もの王に仕えた。
生涯にわたって五百を超える一騎打ちに勝利し、決闘裁判を避けられるほどの強さを誇る(その裁判は追放する為の、冤罪による不倫疑惑であったとも)。
アリエノールは芸術家のパトロンであり、彼女のサロンでは様々な芸術が花開いた。アーサー王物語も多く語られ、円熟の域に達したソレにより息子の獅子心王はアーサー王狂いと呼ばれるほどにまで熱中したと言う。
これらの事や、当時の西洋最強騎士であったことから、ナイトマスターとしてデイルムットらと共にランスロットのモデルの一人とも言われる。
生前、騎士・貴族・派閥の領袖として全ての栄耀栄華を手にした彼が望むのは、自分を引き立ててくれた主家の家族愛と言う…決して手に入れることの出来なかった絆である。
スキル:
『無窮の武錬』
ランク:A
解説:
ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。いかなる精神的制約の影響下でも、どんな武装であろうとも、十全の戦闘力を発揮できるという。
『対魔力』
ランク:B
大魔術や儀礼詠唱であっても、傷つけるのは難しい。
『騎乗』
ランク:B
様々な生物・乗り物を乗りこなせるが、幻想生物・竜種を乗りこなす事は出来ない。
宝具:
『騎士は無手にて勝敗を決せず』
ランク:A
解説
一騎打ちの結果、勝者は敗者の武具を奪う権利を持っていた。
無双の騎士であるウィリアムは、桁違いの勝利で財産を築いたとも、持ち主に気前よく返却して友誼を築いたとも。
この逸話により相手の武具を奪って自身の宝具として利用できる。ただし、ランクはAなので対抗判定で勝利した場合に限られる。
『黒騎士の銘は、己の為だけではなく』
ランク:D
解説:
あまりの隔絶した強さに、一騎打ちはともかく決闘裁判の類は拒絶されるほど。
ゆえに名前を隠し勝利を重ね、あるいは他者に勝利を譲り…。王の代理人として裁判を見守ったとか。その結果、自身の銘を黒騎士として僅かながら、隠蔽・変装する事が出来る。
とはいえ、彼の生誕の前と後で、マーシャルと言う名前に別の意味が宿るほどであるので、あまり強力な隠蔽は出来ない。
また黒騎士の名前自体が複数の騎士の持ち回りであり、名指しを避けることから、単体の呪い・デバフ系の魔術を避ける効果もあるが、対魔力が機能しなくなるほか、自分や味方が使う強化系のバフも掛けられない欠点を有する。(強化では無く、発動させた礼装を渡すのは可)
『王妃の加護』
ランク:A
解説:
王族の中で随一、欧州一と呼ばれた王妃の庇護を受け、サーヴァントとしても最優のマスターを引き当てる運命を示す。
生前は権勢、サーヴァントとしては霊基を向上させるが、名前を隠している間は機能しない。
『
ランクB:
種別:対人宝具、騎士特攻。
あらゆる勝負・対抗判定を、自分の指定した能力値・属性で判定する事とが出来る。
相手が耐久力に優れて居れば敏捷で、相手が敏捷に優れて居れば筋力での勝負を挑む事が許される(他者に教えてもらい指定さえできれば、神性など所持しない能力も回避できる)。
一騎討ちのルールが未整備だった時代に、チェスや馬術なども含めた戦力調整ルールを整備し、先駆者としての名声また第三者を利用して、自分が都合の良い様に用いて勝利を収めたと言う、いわゆるマッチポンプの伝説が形になったモノ。
ただし名前を隠している・他人の武器では使用できず、基本能力とは別に、騎士・クランの戦士など勇者対象に対してダメージを増強するナイトスレイヤーの効果がある。
実質的にウィリアムは一対一の勝負に必ず勝利する事が出来るので、決闘裁判を避けられるのも当然かもしれない。
礼装:
『ドゥリンダナ』
ランク:D~C
イリヤの髪を利用した銀線で、魔力を通す事で鋭利なブレードになる。
そのまま切りつけても強力であるが、爆導索などを併用する事で様々な強化が出来る。
ランクに関しては、『黒騎士の銘は、己の為だけではなく』の影響で礼装が自分で使えない時、イリヤが専念する場合にC、ウィリアムが宝具を解除し他と併用する時にDとなる。
『爆導索』
ランク:D
錬金術で作った特殊な油を、特殊な火で着火する事により燃え盛る魔術礼装。
精製油よりも火力が強いのに、燃え残って延焼し易く、更に専用の火種以外では誘爆しないと言う便利アイテム。
反面、誰が使っても、巻きつけでもしない限りは一定の能力しか得ることはできないし、これは消耗品である。
『道路標識』
ランク:D~C
自在に外見の変わる斧槍で、基本的には町中に隠蔽したり、魔力反応を定期的に起こす事で作戦を誤魔化す事に使用する。また簡単な呪文反射効果もあるので数があればトラップにもなる。
『ナイトマスターの紋章』
ランク:D
肩から翼の様に、籠手から爪先のように伸びる光で、なぎ払いなどの攻撃範囲を大きく拡大。
範囲限定の魔力放出と言え、何度も使えるし扱い易い礼装であるが、魔力の消耗も比例して大きくなっていく。
時間魔術:『タイムアルター』
魔術師である衛宮切嗣が使っていた固有魔術で、本来は大魔術にあたる体感時間の加速を自分にのみリスクを抑えて使用出来る。
衛宮家の魔術刻印をアインツベルンが大金・礼装などを供出する事で引き取り、改装後に、令呪を使用する事で一時的に受け入れることが出来る
と言う訳で、ウィリアム爺さんのデータ紹介と成ります。
独自解釈・捏造は多いですが、ランスロットのモデルという扱いで登場しました。
イメージ的には、ランスロットの皮を被った小次郎という感じです。
対人しかないけど、戦えば必ず勝つキャラクターだから、あとは付与魔術で対軍とか付ければ、礼装のデータ収集には最適だよ! と頭おかしい強化コンセプトだったのですが、更に強化する為に衛宮家の魔術刻印が必要とか言ってロンドンに行ったため、分断して敗北する事に成りました。