Fate/promotion【完結】   作:ノイラーテム

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百騎夜行

「…マリー。オルガマリー。ちょっとー起きてる?」

「もうちょっと寝かしておいてやれよ。色いろあったんだからさあ」

「あ、私…」

 気が付くと、ソファーへ横になって居た。

 いつの間にか寝入って居たことや、寝顔を覗きこまれた事に、思わず羞恥で顔が赤くなる。

「寝てたみたいね。相談の最中にごめんなさい。…えっと、学校に行くのだったかしら?」

「それなんだけど…」

 酷い目に在った穂群原学園に再び行きたいとは思わないが、オルガマリーも流石に一人で残るのは嫌だ。

 聖堂教会を信用しきれていないし、その意味では、士郎が口ごもったことは、返ってありがたかった。

「何かあったの?」

「先手を打たれたんだよ! 金に物言わせるかなにかで、一時的な休校にしやがった」

「慎二の言う通りで、朝一番で連絡が入ったんだ。仕方無いからアインツベルンに行く予定を繰り上げるかって話をしようかと」

 オルガマリーは、イライラする慎二と、表情を変えない士郎を見ながら溜息をついた。

 戦力を考えれば、慎二が当てを外されてガッカリするのも判るし、士郎が容易く意見を変えないことを思えば、顔を見るだけで今後の予定が判ろうものだ。

「判ったわよ。止めてもどうせ行くと言うのでしょう? 暗示を掛け直すから、ちょっとだけ待っていて」

 オルガマリーは昨晩より深く暗示を掛けた。

 世界の疵を気にしない様に、心の疵を気にしない様に、何も気にしない様に。

「そうだ。出て行くならコレを持って行くが良い。タンスのコヤシにするよりはいいだろう。食事の礼だとでも思えばいい」

「言峰綺礼…。何であなたがそんな物を?」

 投げて寄こされた包みには、何着かの服が入って居る。

 コケティッシュな装いから、オルガマリーには少々古くさいが日本ではゴシックと呼ばれて珍重される服まで入っていた。

「何、娘が居て、まだ生きて居るならこのくらいだろうと、妹弟子の凛に贈るのだが…。殆ど突き返されていてね」

「…代用品扱いか人形扱いかしらないけど、考慮もせず渡されたら誰だって嫌がるでしょうに。ただ、この場はお礼を言っておくわ」

 街で適当に買った物よりは、随分と品が良い。

 当てつけに贈る趣味は悪いが、見つくろう目は悪くないと軽く肩に合わせてみた。

 お嬢様暮らしだからというよりは、単に一揃いの品と、サイズだけ合わせたチグハグな品ではやはり差がある。

 

 そして、彼らがアインツベルン行きの準備をしていた時。

 暗躍している者たちは、既に行動に移って居た。

 

「悪いな。もうちょっと早く特定出来たら、逃げられなかったと思うんだが」

「いや。僅かでも連中の会話を確認できただけでも十分な成果だ。タッチの差で学園は閉鎖させてもらったし、このままアインツベルンの領域を封鎖すれば、全てを確保できる」

 獅子劫界離が手ぶらで戻った事を詫びると、アトラム・ガリアスタは上機嫌で出迎えた。

 我が世の春とばかりに、満面の笑みで銀盆に手を伸ばす。

 そこには西洋では野菜扱いされ、日本では果実扱いされる糖度の高い果実が盛りあげられている。

 まるで王侯貴族の余裕ではないか。

 無論、アトラムは落ちぶれた貴族から、地位を買い取って入るのだが…。

「随分と余裕だな。何か変化があったのか?」

「穂群原学園の閉鎖に誰が尽力してくれたと思う? 最後の懸念が払われた…というやつさ。遠坂が当面動かず、マキリがこちらの陣営に着いたとあっては勝利が約束された様な物だ」

 ヒュウと獅子劫は口笛を吹く。

 よくぞ聞いてくれたとアトラムが満面の笑みで言っている以上は、陣営に組みしたというより、実質的に傘下に入れたと言う事だろう。

「良くもそこまでの事が出来たな。てっきり、何もしない事はあっても、協力するとは思えなかったんだが」

「そこはソレ。他の他所者を排除する為に贈った物を、随分と気に入ってくれたようでね。今では首ったけだよ」

 それではまるで、健常者を麻薬患者にしたてたマフィアか何かの様だ。

 本人には悪気が無いのかもしれないが、この様子では、さぞ嫌われている事だろう。

「八枚舌を排除したのか?」

「いや、幻術師の方だ。まあ、向こうも駄目もとだったみたいで、一回殺されただけでアッサリと引き下がったようだがね」

 まるでロード達が亜流の魔術師たちをあしらうような、アトラムの姿。

 順調なようで、足元が見えてないのではないか? そんな危険信号に、何故気が付かないのか?

 獅子劫は違約金を払って直ぐにでも離れたい気分を味わいながらも、決して抜けだせぬ自らを呪った。

 あるいは麻薬患者のように雁字搦めにされているのは、彼の方なのかもしれない。

「ということは完成したんだな。竜黄薬が」

「勿論だとも。君が望む神便鬼毒酒も、もう少しで手が届く」

 こうして獅子劫は足元まで聖杯戦争に沈みこんだ…。

 そは竜が生み出す究極と至高の治療薬。

 もう直ぐ彼の願いに手が届くのだから。

 

 そしてアトラム陣営はスパルトイを再編し、アインツベルン陣営が居を構える郊外の森を目指した。

 生き残りに新規参入を加えて、なんとか百を回復する程度。

 だが、その行進は勇ましく、骸骨の葬列にはとても見えない。

 森には城主がロンドンよりいまだ帰還しておらず、再び篭城される前にこれを抑え、同時に士郎たちとの接触を阻む為だ。

「できれば君たちにも出陣して欲しいのだけれどね?」

「はっ! そりゃ無理な話だぜ。こちとら負ったダメージがでかすぎるし、ランサーとは相性が悪いからな。バセットの上が仕事してる間は、俺の出番はねえよ」

「そういう事です。それに動くとしても、オルガマリーの目が本当にバロールの魔眼であり、暴走するか封印指定の命が下ってからです」

 アトラムの要請を、クーフーリンとバセットは即座に断った。

 誰が考えても判る様な内容を、あえて尋ねて来る。

 イヤミったらしい問答に、クーフーリンは苛立ちを隠さないが、ワザとらしいところを見ると、権力闘争に慣れないバセットを庇っているのかもしれない。

「それなら仕方無いな。では…、私がその命令をもぎ取ってくれれば、従うのだね?」

「任務とあれば否応はありません。ただし、伝言ではなく確実なモノに限らせてもらいますが」

「それだけ聞かせてもらえば問題ないでしょうマスター? その時がくれば、ミス・バセットとも肩を並べて戦うことになる」

 アトラムはバセットと聖ジョージの言葉に頷き、スパルトイ達に指示を出した。

「予定は変わったが順調だ。もうすぐ三大貴族ですら私を無視できなくなる」

 だからアトラムは気付かない。

 最初に求めて居た箔とは、生まれながらの貴族たちに舐められない程度の権威があれば良かったはずだ。

 ロード・エルメロイ二世がそうであるように、実力を示せば得られるような。

 だが、この聖杯戦争で得られる成果を手にすれば、名ばかりではなく本物のロードに数えられるに違いない。

 

 そしてアトラムは戻れない闘争の中に沈んで行く。

「マキリ・ゾォルケン。サーバントに繋がるパスのジャミングをお願いできないかな? ランサーには特性上のサポートが無いはずだ」

『よかろう。強ければ兵糧攻めにするというのは理にかなっておる』

 森が垣間見えた時、アトラムが宙空に声を掛ける。

 応と聞こえたかと思うと、ヴヴヴヴ…。と羽音が聞こえ始めた。

 見れば天を覆い尽くさんと、無数の端虫が飛来する。

「コレは凄い。アポカリプスかそれとも黄天を覆う金蝗かというところだな」

『世辞は良い。じゃが糞山の魔王と一緒にされても困るぞ? 力が取り戻せたと言うても、相応の準備無くして、これ以上は難しい』

 アトラムの讃辞に対し、彼のもとに虫がナニカの形状を作り上げて行く。

 それは知る者が見れば、間桐慎二に良く似て居ると言っただろう。

「ランサーを倒すのはこちらでやるさ。御老体は支払う対価に合わせて動いてもらえば構わない」

『フン。プレラーティを潰すの為の借りは返した。それ以上は、お前が言う様に報酬次第じゃ』

 アトラムが最初会った時より、マキリは若々しい意気を放っていた。

 あの時の様に、暗く腐って行く様な陰湿さは感じない。

 代わりに報酬と言う枷をつけられ忌々しいと思いつつも、取り戻した理性が正気を失わない為にアトラムの支払う報酬に抗えない。

 誰も彼もが願いが叶うという列車に飛び乗って死地に向かっていた。

 今はまだ、命を掛けないから大丈夫だと確信しながら。

 




/登場人物
・マキリ・ゾォルケン
 冬木にて御三家とされるマキリ、その当主たる蟲使い。支配の魔術に長け、表の顔もPTAのお偉いさんとか地主。
体を虫に移し、何百年も生きてきたが、朽ちて行く魂の劣化に徐々に衰えつつあった。
本命は桜に産ませる予定の子供か孫であり、今回は様子見のつもりであったが慎二がプレラーティに殺害されたこと。
そして、協力するならと差しだされた竜黄薬に手を出したのが、まさしく運のツキである。
若さを取り戻し、正気を取り戻し、自らの悪行を思い出してしまった。
なお、若いころの言葉でも喋れるが、アトラムと会った時の喋り方で対応している。

治療用礼装『竜黄薬』
 食せば一口で三年若返り、料理全てなら数十年とも百年とも言われる回帰の薬。
正しくは寿命では無く、精神性も含めた魔術師としての寿命。
もちろん、魂と魔力に合わせて肉体面も充実し、若返るのは間違いが無い。
マキリ・ゾォルケンはこれを自分を構成する虫たちに食べさせることで、かつての若さと精神性を取り戻した。
 竜の分泌物を利用する東洋系神秘の産物であるが…材料に関しては、シモの話題なので詳しく調べない方が無難。究極と至高を争う神便鬼毒種も、やはり詳しくは調査しない方が良いかと思われる。

 と言う訳で、獅子GOさんが少し腰が引けてダブルっぽくなったので、悪役を追加してバランスがとられた模様です。
このくらい敵が強くないと、士郎達が同盟組む意味が無いから仕方ないね!とかいうご覧のあり様。
次回はウィリアムさんが老骨に鞭打ちながら頑張るお話になる…のかな。
 あとマリーがもらった服は凛が綺礼にもらった服とゴスロリです。

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