Fate/promotion【完結】   作:ノイラーテム

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ドラゴンブレス

「ちっとも喜べない歓喜の歌ですね…」

「まあそういうなよ。詠い手に罪はねーだろ」

 屋上に隠れたバセットとクーフーリンは、霧が晴れゆくように消え去る結界を眺めた。

 スピーカーから流れる歌は、竜の魔力を有している。

 言うなれば竜の吐息、ドラゴンブレスだ。

 

 神秘はより強い神秘によって流されてしまうものだが、特性的に相性が悪い。

 白紙委任の森はランダムに道筋を変えてしまうが、連結し続けている道は変更されないのだ。

 歌によって全ての空間が連結された事で、解除されなかったとしても、完全に効力を失っていた。

 

「ここまでは予測できたことさ。連中だって馬鹿じゃねからな。…で、嬢ちゃん達は上手くやってくれたみてえだな」

「ええ。偶然を装ったまま、挟み討ちに出来ます。それに…相手の対策が見れたのは大きい」

 二人が見降ろした場所では、弓道場から校舎に掛けて遊撃戦闘を行った士郎・慎組と、校舎を挟んでその反対側に凛たちが居る。

 対するアトラムとバーサーカーは校庭に、竜牙兵は全体に散って居た。

 屋上に隠れて居るバセット達は好きな場所に着地すればいいので、挟み討ちすることも合流する事も出来る。

 

「坊主の宝具モドキを防いだやつか? やっぱりラックや宿り侵す死棘の槍(ゲイボルク)は怪しいと見るべきだろうな」

「術の格にも寄りますが…。これだけ竜の呪具が溢れているなら希望的観測は捨てるべきだ。むしろ全員で攻め潰す方が安全のはず」

 二人は専用の術を作って、迷の森と化した学園を俯瞰していた。

 確実に全てを把握した訳ではないが、次々と宝具級の矢をバーサーカー陣営は防いで見せた。

 相手がバセット達の切り札を知って居るかは別にして、対個人の礼装への備えをしているに違いあるまい。

 その正体と、適用されるレベルが判るまでは、迂闊に使用するのは躊躇われた。

 

「それだけ判断できりゃあ上等だ。ただの猪から脱皮して、立派な英雄殺しに成りやがったな」

「出会ったばかりの頃の話でしょう…それを言わないでください…」

 男の言葉にバセットは少しだけ顔を赤らめる。

 今でも脳筋と呼ばれるタイプだなとは自覚はあるのだが、突入する前に確認くらいはしようと思う事が出来ただけだ。

 それもこれも、身動きが出来なくなってからだ。

「成長しないよりはいいさ。それに、てめえの思い切りの良さが残ってるなら、そいつは良い成長って言うんだ。…ま、俺らも出撃するか」

「はい…。お願いします」

 バセットはフェンスから飛び出すと、身を縮めて落下をクーフーリンに任せた。

 がっしりとした体に支えられて降下する。

 

 二人の姿に気が付いたアトラムは不敵に笑って見せた。

「逃げ回るのは止めたのかね? お得意の肉弾攻撃はまだ無理のようだけれども」

「時計塔の魔術士とあろうものが、呪術ごときに頼っているようですから別の方法を使用します」

 アトラムの挑発に、あえてバセットは声に出して答えた。

 お互いがお互いに、相手の情報を第三者に告げて居る。

 アトラムはバセットが本調子出ないことを、バセットはアトラムが対個人用の防御を張って居ることを伝えたのだ。

 

 状況的には傷が治りきってないバセットの方が不利。

 …ただし、消極的な対バーサーカー同盟を結んでなければの話である。

 

「呪術ごときは酷いな。自滅を覚悟して、我が身と引き換えにするレベルの術を使っているのだけどね。…当然、バーサーカーの分も含めて対処はしてあるが」

 魔術や呪詛は等価交換か、それ以下が原則。代償が大きければ大きいほど効果が大きくなる。

 そして、ゲッシュに代表されるように、対価が破滅的であればあるほど、得られるモノも大きいのだ。

 生贄の人形に自らの傷を渡し、人形の傷を我が身に受けるほどの代償で有れば、宝具すら防げよう。もちろん、他者に利用されれば破滅も同然であるが、持って来ない事も隠す事も出来る。

 

「さて、確認しよう。多勢に無勢だが、こちらの陣営に協力する気は無いかね?」

 アトラムは竜牙兵に指示して陣形を整えさせる。

 範囲攻撃を想定して、少数ずつが小さなグループを作って散開しつつ、緩やかな包囲網を築き始めた。

 指示を理解し判断できる時点で、既に並の竜牙兵ではあるまい。

 

「どっちが多勢でどっちが無勢なのかしら? 竜牙兵何なんかサーヴァントの敵じゃないわ。だいたい、この位置なら、まっさきに融けて消えるのはあんたの手駒よ」

 いかに強化された竜牙兵とて、サーヴァントには叶わない。

 最初から全てを投入し、マスターだけを狙えば別かもしれないが、既に半数以下だ。

 まして範囲攻撃や遠距離戦が得意なキャスター・アーチャー・ライダーが、ここには揃っている。

 

 そして、バーサーカーが強いと言っても、三方に敵陣営があるなら、どう考えても不利なのはアトラムの方だろう。

 苦し紛れの説得としか思えまい。

 だが、アトラムは余裕を残したまま、もう一つの陣営に問いかける。

「確認しようか。そっちはどうする? 待遇は応相談だが」

「悪いが断る。先約があるからな」

「同じく」

 アトラムの誘いに、士郎と慎は首を振った。

 協力したマスター全ての望みを叶える力があるなら、そもそもバセット達を騙し討ちなどすまい。

 

「契約の順守とは素晴らしい。真摯な瞳からは、誠実さも窺える。それに実に勇気のある決断だ。マスター素晴らしき強敵ではありませんか」

「バーサーカーがしゃべった!?」

 にこやかなバーサーカーの言葉に、思わず慎が声を上げる。

 それもそうだろう、通常、バーサーカーは知性が無くなることが多いのだ。

 より正しくは…理性の大半が奪われるのだが。

 

「ああ、なんという試練! と言うやつかな? これを不幸と見るか幸運と見るかだが…。神の与えた試練と思って越えるとしようか」

「その通り。この試練を越えることが出来れば、我らにも彼らにも、この場全てのモノが称えられましょう」

 いや、既に正気では無いのだろう。

 交渉に失敗している以上は、どう考えても敗北しかない。

 まともに考えるならば、手札の全てを刺し出して、この場を逃げ出すべきなのだ。

 だが彼らは、不思議なことに決戦を挑もうとしている。

 

 何故ならば、最初から勝利など求めて居ないからである。

 彼らが狙うのはサーヴァントを倒し、亜種聖杯にデータを記載する事。

 どれだけアインツベルンの作った聖杯に迫ることが出来るかが、重要なのだ。

 三騎ものサーヴァントを倒せるのであれば、宝具の使い惜しみをするはずもない!

 

「詠えバーサーカー、宝具の開帳を許す。私の払える対価や待遇であれば必要なだけ応じよう」

「聞いての通りだ竜の子らよ! お前たちは地にありて貪る竜のままか? それとも手を取りて、誰かを守り竜討つ騎士なるや?」

 バーサーカーは朗々と詠い上げる。

 その言葉を聞いて、竜牙兵たちはビクリと身を震わせた。

 

 その言魂は強烈で、敵陣営に居る士郎たちすら無関心ではいられない程。

 超然としているのは全く意に介さないギルガメッシュくらいのものである。

 

「かの宮廷にて歴史を刻むのは誰ぞ、我はクエストをコールするモノ。自らの羽を食い、竜より騎士と成るモノは誰ぞ」

『アイ…』

 何処かで声がした。

『アイ、アイ』

 その声は少しずつ大きくなる。

 そう、呟いて居るのは竜牙兵たちだ。

 いかなる原理によるのかは知らない、もしや強化されているのは戦闘力では無く、この為だったのかもとすら思わせる。

 

『アイアイアイアイ…』

『アイアイアイアイ!』

 やがてそれは地を震わせる大合唱となり、次々に竜牙兵たちは骨で出来た武具を打ち鳴らす。

 あまりの出来ごとに…。

 そして、何が起きているのかを把握する為に、バセットや士郎たちは押し黙る他なかった。

 あるいは、身を震わせる声に耐え、反抗する準備をして居たのかもしれない。

 

「お前たちは誰ぞ? 歴史に名を刻みし勇者たちよ」

『ウィー、アー、スパルトーイ!』

 バーサーカーの言葉に竜牙兵が大音上で応える。

 そう、後世において創造された竜牙兵、ドラゴントゥースウォリアーなど他愛ない存在。

 だが、生きた竜より別れ落ち、人として扱われるならば、それは原初の竜牙兵。

 テーバイの勇者、スパルトイである。

 

 そしてスパルトイ達は告げては成らぬはずの真実を口にし始める。

 聖杯戦争に置いて秘めるべき、サーヴァントの真名を高らかに唱えた。

『セーント、ジョージ!』

『セント・ジョージ、セント・ジョージ、セントジョージ!』

 歓呼三唱。

 それは校庭中に鳴り響き、バーサーカーの真名を誉れであるかのように唱えた。

 まるで騎士たちが、己が武名を捧げると誓った、守護者の名前を呼ぶかのように。

 

「子らよ、我が真名を語りしことを許そう。かくあれかし」

 バーサーカー…。

 いや、聖ジョージはこれ以上ない笑顔で、暴かれた真名を受け入れた。

 

 竜の祝福、ドラゴンブレスを受けしスパルトイ達は今宵、騎士と成る。

「今こそ告げよう、アスカロンの真実を。我は竜であったモノを率いて、竜を討つクエストをコールしよう!」

『セント・ジョージ、セント・ジョージ、セントジョージ!』

 騎士に命を捧げられ、聖ジョージの左手に白きナニカが盾であるかのように集い始める。

 

 その様子を見て居た一同は、ようやく何が起きたかを理解した。

「うそ…こいつら格が低けど、一対一体がサーヴァントになってるじゃないの…。なんてインチキ!」

 比較的に驚きの少なかった凛ですら、思わず絶叫するこの事態。

 生き残った百体以上の竜牙兵たちが、残らずサーヴァントになったのだから、驚かずにはいられまい。

 

「うろたえるな! 我が強敵(とも)征服王イスカンダルは万を超える英霊すら呼び寄せた。警戒すべきは数に非ず。…そこの雑種、あの盾は武具か?」

 ギルガメッシュの言葉を受けて、驚いて居た凛や慎は冷静さを取り戻す。

 偉大なる王なれば、この程度の相手は驚くに当たらず。

 

「…違う。あれは武器なんかじゃない。そんな生易しいものじゃない…」

 そして英雄王に話の水を向けられた士郎は、恐るべき事実を口にした。

「あれは令呪みたいな何かだ。気をつけないとみんな死ぬぞ…」

「そんな馬鹿な! 衛宮の見間違いじゃ…」

 士郎は驚く慎に首を振り、刀を抜くと呪文を始める。

 

 弱いとは言え、これだけの数を相手に弓はむしろ不向きだ。

「投影開始…村正…オーバーエッジ!」

 昨晩作り上げた村正を抜くと、刃の根元を握って血を塗って行く。

 するとどうだろう、刃は血と脂で汚れるどころか、奇妙な刃紋を描き始めた。

 

 ダマスカスの剣は屈強な奴隷の肉で焼き入れを行うと言うが…。

 日の本には、とある勇者の血肉で鍛えられた妖刀の伝承がある。

 徳川に仇なすと言われし、妖刀村正…。その力は英雄を狩る魔性の刃だ。

 

 他の者も、何もせずに見て居た訳ではない。

 連絡を受け、遅れて駆け付けたライダーは礼装を紐解き、キャスターは既に対軍礼装の準備を解放し終えた。

 

 かくして本格的な戦いが幕を開ける。

 学園の片隅で生まれ堕ちるナニカに一人を除いて気が付くことも無く…。

「…あ? 私…生きて…」

 竜の歌を目覚まし代わりに、災いが目を覚ました…。





/登場人物
クラス名:バーサーカー
真名:セント・ジョージ
 竜を倒し、これを捉えたと言う大英雄。
竜を解放しない代わりに教化を受け入れることを要求し、あるいは時の王の拷問に耐える真摯さで、ついには王妃すら信心の道に導いた。
その後の価値観に多大な影響を与えたとされるが、特に、騎士たちからは守護者として絶大な尊崇を得る。騎士の受勲そのものが、セント・ジョージの名の元に行われるほどなのだから。

・宝具:『聖・ジョージの名の元に』
種別:対文明宝具
レンジ:尊崇を捧げるモノ・試練を受けるモノ
効果:
 試練を受けるモノに加護(令呪に似た力)を与える。

 騎士やクランの戦士たちの剣を捧げられ、彼らに加護を与える文明そのものが昇華した物。
かつて、セント・ジョージはこの力を使って、竜に挑む自分や協力者に加護を授けたと言う。
特に竜殺しの力など無いが、令呪にも似た力を多人数に与える事が出来る(ただし令呪ほど万能ではない)。

礼装:『身代わりの人形』
 受けた災いを人形が引き受けるが、人形の受けた災いを受けてしまうという、両刃の呪術。
魔術・呪術は等価交換か、それ以下のレートであるが、代償が破格であるため、その効果も破格。
アトラムはこの呪術を使用し、一定以上の強力な攻撃・呪詛を引き受けさせている。
あくまで祝福と呪いが同義であり、コストなのでその代償を防ぐことは難しいが、日本の『方違え』など別の呪術を組み合わせ、とある呪物などを使用する事で軽減する予定である。

礼装:『スパルトイ』
 竜の牙を大地に巻いて現われる竜牙兵であるが、個体性能は大したことが無い。
何故ならば、これは故事に基づいた魔術であるため。
この礼装は原初の竜牙兵であるテーバイの勇者スパルトイに近付けた物で、沢山作れるのに、あえて三百と数を区切ったのは、報酬として与える引き取り先・戸籍などを用意できないからである。
(ノベンタ、セプティム、ワーカーなど個体名がそれぞれにつけてあると言う。)

礼装:『村正オーバエッジ』
 いわゆる妖刀ムラマサで、英雄殺しの力を持つ。
人の血と脂で鍛えられ、力を解放するたびに威力を増して行くが、毎ターン一定のHPが減っていく欠点もある。

 と言う訳で、ようやくバーサーカーの真名と宝具名が解放されました。
胡散臭い性能の対文明宝具であり、味方が増えれば増えるほど、説得可能な敵が多ければ多いほど有利になります。
正し、大きな使用制限があり、対象の同意が必要なので、「自害せよランサー」みたいなことは、本人が望まないと不可能。
また転移とか元々できもしないことも不可能になります。
文中にもありますが、本来はこういうエースを使うとフラガックでコロコロされるのですが、狂ってるバーサーカーと、影響されて試練に挑むアトラムは、採算がおかしくなってるので自滅覚悟で身代わりの人形を使用中。このため使用を控えて居ます。連発すればいつか倒せるでしょうが、現在のバセットさんは再利用モードまでは使えませんので。
 最後に、所長がアップを始めたので、前半戦もそろそろ終了に成ります。

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