「涼しい顔でやってくれる…八枚舌め」
「アインツベルンにも声を掛けてたのか。やれやれ…本当に節操が無いな」
一日掛けて判明した情報に、アトラムは苦虫を噛み潰した。
彼に雇われたもう一人の男も、これには失笑を禁じ得ない。
なにしろ、アトラムに彼を紹介したのは、他ならぬ八枚舌と呼ばれる時計塔の魔術師だからだ。
「どうする? 俺の信用が置けないってんなら、残念だが傭兵契約を打ち切るのも已む無しだが」
「いや。将来の敵対勢力をまとめて磨り潰す魂胆だろう。…ここは君を信用しておくとしよう」
怒り心頭だし不信感を全て拭えはしないが、アトラムは男の戦力を惜しんだ。
戦闘系の魔術使いとして一級品だが、何よりネクロマンサーである彼は、作り上げた生物系礼装の管理に最適なのだ。
流石にサーヴァントは無理にしても、採算を無視した戦闘用ホムンクルスを倒せるだろう。
そして何より…勝ち残った後に置いても、彼との協調は有益な筈であった。
「それで良いのですマスター。我らという武器を、危険も承知で使いこなすのが貴族や騎士と言うモノ」
バーサーカーは愉快気に状況と、アトラムの決断を肯定した。
「それに出て来ない人物と、前線に赴くマスターとでは収穫に差があります。彼女たちとの絆、時計塔や本国に居て得られましたか?」
「私の”マグダラ”か…確かにな。あの子の献身は何にも代えがたい」
バーサーカーの言葉にアトラムは頷いた。
彼は冷酷で計算高い魔術師だが、だからこそ…。
聖別された中でも竜化が定着した少女の価値を見直すし…親を見る雛鳥のような目には、打算的だと自覚しつつも愛情を注ぐ。
もし、アトラムが彼女を心の底から愛していたなら、あるいは正気だったなら。
彼はここでリタイヤし、竜を花嫁に迎えた幸せな魔術師に成れただろう。
だが野心とプライドに塗れた男は戦いを決断する。
「八枚舌の用意したミレニアム小隊とやらは、アインツベルンと共にロンドンだ。戻る前に、今夜の襲撃で最大級の成果を得てやる」
「ということは、迷の森対策もだが、亜種聖杯も完成したのか?」
ニタリとアトラムは笑顔を浮かべた。
陰謀家として八枚舌と言う魔術師に及ばずとも、礼装の開発者としては天才的だ。
一から創り出すのは無理でも、ヒントから出来の良い偽物を作るくらいは問題無い。
そして考え方を変えるのであれば、本物に近い偽物は無理でも、似て非なる有用な駄作はもっと簡単なのだ。
「魔術礼装でも作りはしたが…。初期型のロータリーエンジンを手に入れたからな。アレなら『私の』聖杯に相応しい。相性の良い血を用意できる」
「科学的アプローチか? まったく魔術師のすることじゃねーな」
魔術師に取って、材料は自らの特性や立地に根ざす方が使い易い。
石油王と呼ばれる彼にとって、一族の勃興を助けた黒き泉から、汲み出した黒き水を魔術的に精製することなど容易い。
四十七士と例えられた技術者の作り上げた傑作エンジンに、特殊生成されたハイオクガソリンが、空気と共に注ぎ込まれるのだ。
「万能の釜として起動するならともかく、データ観測用なら十分だろう。科学的な方はオマケだがね」
魔術的に作成された礼装と、科学的に製造された礼装。
二つの亜種聖杯が疑似的に存在する事で、データを様々な角度から検証するつもりであった。
高度な科学は魔術と区別が付かないと言うが…、こと聖杯の骨子足る第三魔法は、いずれ科学でも立証されると言うモノも居るくらいだ。
第三魔法を疑似的に存在すると仮定して、過程である聖杯の亜種を作ると言う矛盾が、ここに成立していた。
「では一休みしたら出陣するとしようか。まずは四次のアインツベルンに習うとして…結界破壊を任せよう」
「給料分の仕事はキッチリやるさ。で、どうやって結界を破壊するんだ?」
アトラムは男を影の戦力として投入する事に決めた。
己とバーサーカーでサーバントに対処し、邪魔な結界を粉砕する算段だ。
影の戦力は相手の意表を付けるし、アインツベルン陣営に通用しないから、秘匿性を使い切るならここだろう。
「放送室でコレを流してくれ。おあつらえ向きにアリアドネの糸が設定してあるからな」
「放送用のコードを電気的に遡るのか。何の曲が入ってるか知らないが、任せとけ」
魔術師として大した才能が無いのであれば、科学をも利用する。
アトラム・ガリアスタは自分の才能の限界を自覚すると、あらゆる手段を躊躇なく投入する事にした。
かくして、三百騎の竜牙兵を率いてバーサーカー陣営は出撃する。
穂群原学園高等部は、一歩踏み入った時、奇妙な違和感に包まれた。
やがてソレは、先行した竜牙兵の消失という事態で確定する。
「やっぱり迷いの森か。巨人をイメージする火山と相性悪い様にも見えるが…富士の樹海と同じで組み合わせようがあるからな」
アトラム達と判れ、男は数体の竜牙兵を連れて移動を開始。近くにある石を拾うとその辺に放り投げ、次はナイフを取り出した。
そして適当な樹に傷を付ける。
「当然、閉じた部屋じゃない。直進しない空間でも無い。そして…傷跡が成長してるということは、白紙委任の森か」
男があげたのは、迷の森と呼ばれる結界の中でも、高難度の類いだ。
空間を捩じって閉じめる術は、中に居るクーフーリンの強過ぎる神秘が閉座せない。
直進しない空間は、特定方向への多層構造にしないと意味が無いので、破壊する事は難しいが構造自体は把握し易い。
そして最後にあげた白紙委任の森とは、太陽を考慮しない植物が、勝手気ままな方向に成長する性質を利用した物だ。
おそらくは太陽の無い、夜間のみ姿を現す完全ランダムの迷宮なのだろう。
「やれやれ。ダイダロス型の稼働迷宮とは厄介だな。アリアドネが無かったら俺の魔力だと詰むぞコレ」
男は機材を取り出すと、放送機材に繋ぎ、電気の流れで放送室を特定。
自身の感覚には一切頼らずに移動を開始する。
保身のために竜牙兵を探索に出したい所だが、離れ過ぎると、植物の急成長で入れ替わる景色に巻き込まれるので出せない。
だからコレは必然だったのだろう。
「ったく、逸れちまった。どこだここ?」
「っ!?」
傭兵の男…獅子劫界離は、その日、運命に出会う。
/登場人物
・獅子劫界離
バーサーカー陣営に雇われた魔術使いで、なうてのネクロマンサー。
人の体を魔術礼装にして、徹底的に攻撃力に変えた武闘派であり、とある目的のためにアトラムに従っている。
・八枚舌とミレニアム小隊
アインツベルンに協力する、複数の魔術師たちのまとめ役。
様々な礼装やオペレートをランサーの為に用意し、その技術をフィードバックする…と言う事になっている。
だが影で色々な陣営に協力しており、それも全てはアインツベルンから直接、聖杯作成やホムンクルスの技術を得るため。
「君とは良い友人だったな」とか言うタイプなので、信用してはいけないし、信用しないことも利用する外道である。
/礼装
『閉じた部屋』
『直進しない空間』
『白紙委任の森』
『ダイダロス』
いずれも結界系概念武装の中でも上位のモノで、それぞれに異なる特性持つ。
最終的に、白紙委任の森が選ばれたのは、クーフーリンの特性、夜に力を受け取る所長の特性に合わせたため。
『科学的、亜種聖杯』
ロータリーエンジン初期型を使用し、トリプルロータリー・トリプルターボのマツダ車に接続してある。
使用されるガソリンは、アトラムの一族が勃興する際に使用した物で、彼の特性に極めてマッチしている。
これが正常に起動するかは保証されて無いが、魔術礼装としての亜種聖杯も作ってあるので、データ収集用の保険と言える。
という訳で、NPC傭兵レベルで獅子GOさんの名前がオープン。
彼が登場したのは、単純にバーサーカー陣営の戦闘経験弱いよね…というのと、竜属性の人体パーツを礼装に加工できるから。
これによって、四次ランサー陣営・セイバー陣営並の戦闘経験・開発力・資材レベルになっております。