「その気が殺がれちゃったし、ここまでにしない? やり合うならお互い万全の状態って事で」
「私は続けても構わないけど? 姿はこんなんでも、優位に立ったなんて思わないでよ間桐さん」
遠坂の姿は、幼女と言うには凛々しく、背伸びしても少女というには下限も良い所だ。
強がっている姿に見えて愛らしく、この姿でも自分より強い魔術が使えると言う事を忘れそうになる。
「二人して時間感覚がおかしくなってる方が問題じゃない? それとも男の子が乱入して来ても構わないわけ?」
「ぐっ……。随分と余裕かましてるけど、衛宮くんを仲間に引き入れてるから余裕ってこと? まあ暗くなったら合流するってのは理にかなってるか」
遠坂は悔しそうに脱げ掛けたスカートの丈を直してるが、それでも目はこちらを睨み、片手を自由にしたままだ。
だが、時間感覚に関して、こちらも歪んで居る情報を渡したことで、しぶしぶながら納得したようだった。
「そうなんだけど、この地図を作る為に、衛宮くんに張ってるアンテナが予定より速く切れちゃってるのよね。いくらなんでも怪し過ぎでしょ」
「そっか。そんな嘘をつく必要があるとは思えないし、こっちも防音とかもう消しちゃったしね」
さらに此処で、ルーンの位置を描いた地図をチラリと見せることで、第三者の情報と言うカードを切る。
ここで仕掛けられた罠の結果として、ボクらの時間感覚は歪んで居る。
衛宮も昨夜は居眠りした訳でもないのに、思わず掃除をやり過ぎたと言う。
「思えば予兆は幾つもあるのよね。例えば…」
第一に、学校に来た瞬間に切れた衛宮とのリンクは、単に結界の負荷かもしれない。
第二に、夢中になり過ぎて、時間経過を確認し忘れたのは、偶然だったかもしれない。
第三に、遠坂まで時間経過を確認し忘れて、何らかの呪いが発動するのを忘れた事まで、偶然で済まされるだろうか?
加えて、まだまだ時間に余裕があるはずの衛宮とのリンクは、既に途切れて居るように思われた。
「間桐さんは知らないだろうけど、私の時間感覚は前に1時間ほど前にズレてた日があるのよね。でも…」
遠坂は一時的に休戦を了承した後、何かを思い出しながら説明を始めた。
どうやら思い当たる事があるらしく、情報へのお返し範囲で教えてくれてる。
「その日に行った儀式は感覚がズレたままだったのに、時間的に何の問題なかったことがあるの」
「と言う事は学校に居ると、おおむね1時間ほど体感時間がズレる? 1時間だけなのか、授業を受けるだけなら1時間分で済むのか…で差はあるけど」
二人の情報を付き合わせて、簡単な推測を立てる。
もちろん遠坂が嘘を言ってる可能性もあるし、推論が間違ってる可能性もあるが、この際は迷うより仮説でいいから走り出すべきだった。
「学校って、もともと隔離し易い区切りだしね。礼園なんて時代遅れって良く言われるわ」
「へー。間桐さんって礼園女子なのね」
思わず突いて出た言葉に、不思議と懐かしさを感じる。
他愛ない話に興じながら考えを整理していた、その時の事だ。少し離れたところで、誰かが笑う様な気配が感じられた。
衛宮がそんなことをするとは思えないので、思い当たるのは、遠坂が連れてるだろうアーチャーか、さもなければ…。
「一応正解だ。たいしたもんだな、お嬢ちゃん達」
「キャスター!? なんでここに」
そこには杖をバーベルの様に担いだ長身の男が立っている。
戦闘態勢でないのは、いつでも殺せるからか、それとも戦う気は無いと言う事だろうか?
「別に不思議じゃあるまい? 俺の張った結界の中で、俺のフリしてルーンを作動させた奴が居る。壊すなら放っておくが、そりゃ見にくるだろうよ」
キャスター…クーフーリンはニヤニヤと笑いながら、話を続けた。
「マスター二人と戦おうっての?」
「ここが俺の結界の中って、忘れんなよ? ルーンは設置こそ面倒だが、準備さえ済んでりゃなんとかするのは難しくねえ」
奴に反応したのは、一体どちらだったか。
言葉の上ではあまり差が無い、何しろ二人とも同じことを思っていたからだ。
そして、この学校が奴の腹の中だと、瞬時に気が付いた。既に刻印されたルーンを利用すればいいのは、ボクがやったばかりだからだ。
サーヴァントを呼ぶ前になんとかするなり、呼んだ瞬間に広範囲攻撃を掛けるなど、確かに簡単だろう。
「んで、さっきの話だが、正解とは言えせいぜい五十点だ。それで俺が何をしたいのかが判らなきゃ…、選択肢は相変わらず、ここで殺し合うってのままだぜ?」
「嘘ね。マスターが大怪我してる以上は、出来るだけ負担を掛けたくないはずよ。でなきゃ時間経過を早める必要なんてない」
クーフーリンの問いに、敵のマスターを確認したらしい遠坂が断言する。
確信に満ちた言葉に、奴は舌打ちをした。
「遠坂さんのサーヴァントはアーチャー、ボクのはライダーって情報で勘弁してくれない? マスター怪我してるなら、その成果で十分でしょ?」
「何勝手に人の情報ベラベラ喋ってんのよ! …はあ、まあいいわ。良いモン見せてあげるから、さっきの地図を貸しなさい」
小さく可愛らしい顔に青筋を立てるが、あいにくと欠片も恐ろしくない。
だが、何か名案でもあるのか、遠坂は作りたての地図を要求した。
「処分で交渉とかじゃなくて?」
「あいつが今後も見逃がしてくれるかも判らないのに、んな事する訳ないでしょ。セカンドオーナーたる遠坂の知識をちょっとね」
ひったくるように地図を奪うと、遠坂は小さな手に宝石を握りしめた。
それは雪の様に溶けだし、地図に奇妙な染みを作る。
染みだけなら何のことか判り難いが、上にルーンの位置情報があれば、一目瞭然だ。
「これは学校に通ってる霊脈の位置情報よ。調査するにしても壊すにしても、万全って事。…どう? 加点を要求するわ!」
「くっ……ははっあはは! まったく気の強い御嬢ちゃん達だよ、気に行ったぜ」
何がおかしいのか、クーフーリンは大声を上げて笑いだした。
遠坂は思ったよりも気が短いのか、眉を吊り上げて頬を膨らませている。
「悪い悪い。そこまでやるなら及第点だ。俺は別にこの学校に悪戯する気はねーよ。そこのお嬢ちゃんが言う様に、半分は療養の為だな」
「治療しつつ、侵入者は長時間拘束、知らず知らずの内に消耗させるってこと?」
ボクの質問は簡単に肯定された。
治療時間を多めに取れるほか、時関経過が判らなければ、時間を潰している間に逃げる事も可能。
加えて、ボクがやられたように時間式の魔術は切る事が出来るし、掛けっ放しの術は魔力の消耗を誘えると言う事だ。
確かに拠点に張るには、丁度良い術式だと言えた。
「なら、残り半分は?」
「マスターの前任者つーか、ロードなんとかの残した遺産を解いて、あの裏切りモンが連れてたバーサーカーを正気に戻す術を探す為だな。でねえと、勝負にも成らねえ」
不思議な言葉を聞いた。
バーサーカーは、アインツベルンのランスロットでは無かったのか?
いや、それ以前に…。
「もしかして石油王は、せっかくの竜殺しをバーサーカーにしたの!?」
結界:『妖精の輪』
ごく限られた区間を現実と切り離し、妖精界に仕立てる物
学園全体を巨大な日時計に見立て、正確な時計と昼間の短い冬の気候を利用し、誤差を生み出している。
時間経過を誤認させ、体感時間を短くし、実際には長く時間を使ってしまうように仕向け。朝から夕方まで授業を受けると1時間程度、ずっと居る者にはもっと長い影響を与える。
この置延・消耗効果は侵入者に対して与える物であり、クーフーリンにとっては、長期療養用魔術に使用する為の材料と言える。
ちなみに、凛にとっては思わぬボーナスがあり、トラップで1時間ズレ、問題が起きる筈だったサーヴァント召喚に良い影響を与えている。
『ロード・エルメロイの遺産』
四次聖杯戦争に置いて、双子館に訪れた物の、逗留することの無かった魔術師協会枠マスターが残した物。
適当に放り込んで居たと言う話なので、成功してもはや不要に成った術式、あるいは実用化出来ずに終わった術式と思われる。
真名:ランスロット?
クラス:ランサー
実は「■■■■っ!」や「カーハーっ!」とかは、演技であり、ワザと叫んでいた。
間桐・遠坂の人間なら、四次の資料に残っている可能性高いので、誤魔化す為に逆利用したらしい。
この様に、アインツベルン陣営は、真面目に聖杯戦争へ向けて、対策と研究を行っている。よって戦術も工夫したり、銀線に続く新型武装も用意している可能性が高い。
バーサーカー陣営
石油王が召喚したのは、実はバーサーカーでランサーと言うのは誤認である。
というよりも、オークションで手に入れようとしていたのは竜殺しの英霊にまつわる物であり、竜殺しであろうと匹敵する別の英霊であろうと、大英霊をバーサーカーにするというのは無駄使いも良いところ。
しかし、豊富な魔力を用意できるならば、元から強力な大英雄を狂わせても運用できると言う事でもある。
と言う訳で、二つの英霊に関する情報が出てきました。
次回は時系列を振りかえって、冒頭で石油王陣営の話をしたあと、凛がなんで小さくなったのか説明会の予定。