「ここまでする気なかったんだけどな…。ドクにお願いして治療用の…」
え?
と溜息をついて居た少女は声をあげそうになった。
「なに、それ…」
崩れ落ちそうな少年の体が、踏み留まるまでは良い。
だが、零れ落ちた腹わたが押し込まれ、血煙りあげながら立ち上がるなど、論外だ。
その様子に目を見張って居たのは冬の少女だけでは無い。
「おっ。そのレベルの傷を直せんのか。心強いじゃねえか」
「違う! ボクには大怪我は無理だっていったじゃない! 御爺様の再生蟲だって、こんな速さで治るわけが…」
ライダー陣営の二人もまた、顔を見合わせて首を傾げるところだった。
そうしなかったのは、単にランスロットがまだ攻撃態勢に居たからである。
「カーハー、アー…」
「クソッ! 糸ってなんだよ! そんなくっだらねえもんが何で武器になりやがるっ」
ヴォン!
光り輝く銀光閃が、二度三度と輝いて夜に光の軌跡を描く。
勢いをつけた袈裟がけの振り降ろしから、間髪いれずに逆袈裟に。
人理を越えたその剣撃も、光の剣には殆ど重さが無いからだ。
「■■■■!」
言うなれば、ライトセーバーとかビームサーベルと呼んでも差し支えあるまい。
あまりの軽さに常の人ならば自分の腕を切り落とそう、だがここに居るのは剣戟の頂点。
ひとつの時代に置いて、無双の域に至った達人中の達人である。
どんなに奇妙な武器であろうとも、そんな無様なハメを晒すはずがない!
「こうなったらちっとばっかし距離を離す。50%まで稼働率上昇だ!」
『イエス・マイロード。大英帝国より新しき教えまで逆行。太陽を撃ち落とさん』
ライダーが掲げる黄金の剣は、振動して魔力を撃ち放った。
持ち主が持つ波のように奔放な青色の魔力が、核を得て、まるで雷光のように収束する。
だが敵もさる者ひっかく者。
仮にも英霊たる者が、魔力は魔術を向けられたくらいで引きさがりはしない。
「オー! ハー、シャッ!!」
鋼線に込められた魔力を使って、収束された魔力の核を切り割いて行く。
「何でもありかよ。まあ。あの不貞野郎ならこのくらい出来ても当たり前だけどよ。…セイバーのマスター、もういいのか?」
ライダーは魔力弾が切り落とされるのにめげず、今度は小さくまとめて何度も解き放った。
ガコンガコンと礼装が起動し、そのたびに補助用の宝石かなにかが排出されていく。
それでも放ち続けたのは、治療を終えたらしく、共同戦線を組む仲間が立ちあがって来たからだ。
その時間稼ぎに意味は有ったのだろう。
よたよたとした足取りは確かで、いや、むしろ絶好調。地響きすら立てそうな存在感。
「良くは無い。立って歩けねば死せる運命、立っても棒立ちでは死す運命。ならば抗うしかないではないか、反逆の騎士よ」
「てめえ…。誰だ?」
ボロボロだった腕は一度落とした剣を握り締め、折れた骨は先ほどよりも強く、千切れた肉はミッチリと組み直されている。
それらの異様さまでなら、まだ治療魔術の結果と言えるであろう。
だが、よりおかしなのは、血にまみれた顔が、血笑すら挙げている事である。
あまりの異様さと威容さに、ライダーは一つの結論に辿りついた。
「さてはセイバーだな。オレの知ってるやつなのか?」
「英霊という名の奴隷である以上。そうであるかもしれないが、そうでないかもしれない。だが、どこかで争った者がこうして肩を並べるのであれば、運命に逆らった甲斐もあるだろう」
それは絶望的な運命に勝利した証だとセイバーは語る。
そして死神の様な黒騎士相手に、笑って絶望的な戦いを挑むのだ。
「■■■■!」
「その武器は確かに恐ろしい。だが、軽いぞ! せーえええい!」
ビュルビュルと振りまわされる銀線に、セイバーはただ耐え切る得ることで打開した。
避けるも叶わぬ、受けるも叶わぬ。
絶望的に見える武器ではあるが、戦技を載せるには軽すぎるのだ。
重さを載せられぬ剣など、急所狙いさえ防げば無いも同然と、自分を膨大な魔力で治療しながら、一心不乱に突き進み始めた!
視点はここで、僅かに遠く。
介入できる程に近くは無いが、かといって垣間見れぬ程に遠くない場所へと移る。
「なによアレ…。尋常じゃない。どんな英霊と契約できる宝具を渡したの?」
「……」
少女の問いに、傍らに居た黄金の鎧を着た男は無言を続けた。
視界の先にある光景は、確かに異様。
切り割かれても切り割かれても立ち続け、重さを持った武器を交えても、それだけ弾いてセイバーは進み続けていた。
「聞いてるの? アーチャー!」
「…あれは他に何も出来ぬ」
どういう意味かと目線で問う少女に、アーチャーと呼ばれた男はつまらなさそうに続けた。
「体を維持し痛みへ抗う事で、愚直に進み続ける以外に能を持たぬのだ。ヘラクレス辺りとは似ても似つかぬ」
「治癒…この場合は…。肉体操作系特化した英霊だから問題ない? それとも…」
出された答えに対して、少女は以前に聞いた言葉を含めて解釈する。
「他に何も出来ないから、アーチャーに取っては屑のような英霊だったってこと? 呆れたくらいに傲慢なのね」
以前にアーチャーは、屑だと言っていた。
確かに万能に比べれば屑かもしれないが。と少女は苦笑を浮かべたが、アーチャーは愉快さと不機嫌さを交えて肩をすくめた。
「重要なのはそこではない。きゃつは令呪を持たず、令呪を使用すること事もされる事も無い、気に入らねば持ち主すら操る…ただの反逆者だ」
だから、自分で使いもせずに他者に譲り渡したのだと、アーチャーは吐き捨てた。
少女が続けて言葉を投げようとした時、一足先に状況が動いたようだ。
アーチャーは不機嫌さを消し去り、楽しそうな笑顔のみを口元に張りつけた。
「見よ。造花め、一度引く用だぞ? 仮にも圧倒的優位に立ちながら後退するとは」
「攻撃用の宝具を使ってトドメ刺すんじゃなくて? なら案外、冷静なのね」
ニヤリと見降ろす黄金の騎士は、見上げる少女に屈託ない笑いを見せた。
それはおそらく、少女もまた、自分が同じ時なら、切り札を使うべきではないという判断を見せたからだろう。
「誰ぞ余計な知恵を付けたと見える。あのまま使っておれば、倒し切れないばかりか…」
「宝具を見極めれたのにね。…じゃ、朝も来るし今夜はここまでね」
そうだなと言って黄金の騎士は満足そうに課題を解いた少女に笑いかけた。
そして最後に視点は、再び戦場へと立ち戻る。
「後退するわ、セラ。みんなでモニターは続けてる?」
『はい、お嬢様。念の為にノイン・ゼクスと共に撤退後も暫く監視を続けます』
少女が何処かに語りかけると、大気が震えた。
少しおかしいわと呟く言葉に、同意のニュアンスが伝わって来た。
応じる言葉に頷いて、少女は次なる指示を出しつつ後退して行く。
「リズはズィーベンと一緒に、横槍対策から撤退の支援に。…大丈夫だとは思うけど、まだ他のサーヴァントが仕掛けて来るかもしれないから」
『わかった。イリヤのいうとおりにする』
次なる言葉に応じて、後方から二人のメイド姿が現われた。
共に巨大なハルバードを構えて、少女が後退する間で留まるつもりなのか、黒騎士ともども殿軍を守る。
「今回は帰ってあげるね。おにいちゃんによろしく」
戦場に小鳥が囀るような声を残して、嵐は過ぎ去った。
こうして慌ただしい一日目がようやく終わり、ようやく二日目を迎えることになる。
登場人物
・イリヤスフィールと愉快なメイド小隊:
イリヤお嬢様と、それを支援する肉体強化型・魔術強化型のホムンクルスで構成されたメイドさんたち。
いつものセラとリズ以外が、数字の名前なのは元々の予定に無かったかららしい。
なお、彼女達に礼装は作れないので、装備を作って供給する連中も居る様である。
・少女:あかいあくま
一話目に続いて再び登場。
慎が彼女の立ち位置を奪ったと言うか、彼女が出て来れないから慎が居ると言うか。
ただ、アーチャーとの仲は良好らしく、意地の悪さに文句をつけながらもワイワイやってるらしい。
相手が変わろうが姿が変わろうが、あかいあくまとアーチャーの関連と言うのは、こういう物かもしれない。
・アーチャー:金ぴか
王様なので反逆者には機嫌が悪い。
どう考えても好敵手には成りえず、自分で使用するにも、味方にするにしても使えないと言う…。彼にとって今回のセイバーは屑同然の対象であろう。
偵察に同意するなど慢心はしないが、全力を出してる訳でも無いので、やっぱり僕らの慢心王。
・セイバー:?
運命に反逆する男。
それ以上でも以下でも無く、カードに封入された英霊であったとしても、気に入らなければ持ち主を操るどうしようも無い存在。
カードを介するがゆえに令呪への関連性が存在せず、命令されることもすることも出来ない。
彼が士郎に協力したのは、単に、士郎が運命に反逆したから気に入っただけ。
運命に従っても地獄、逃げても地獄。
戦場で強者に抗う事すら難しいが、常に死地にある士郎は、相性が良かったのだろう。
なお、セイバーが持つべき対魔力・騎乗も無く、スキルは1つ、宝具は1つしかない。
スキル:
『マジカル肉体整理学』
ランクB:
彼が生きた前の時代では、肉体には無限の神秘が宿るとされていた。
彼の時代に置いては、学術的にも、魔術的にも試行錯誤の研究対象。
徹底的に解明され、彼や、その仲間の肉体管理にも利用され、実地で彼自身が積み重ねた研鑽の証である。
スキルの効果としては、肉体に関する魔術・技術の負担を一段階軽減できる。
単純な治療・強化に関して一段階なら-1や-2なので、大した事は無いように見えるが、これが同時発動や、重傷治療・致命傷治療なら-4・-8と倍々ゲームの負担率で有る為、とても有効になる。
宝具:
『我は月に背を向け、太陽に向かって吠える反逆者なり』
ランク:A
囚われ、常に逆境に居た彼が体得したスタイルであり、自身の伝説が宝具になった物。
起動中は受けたダメージを体力・魔力に変換。逆境度に対して変換率が変動する。
この特性から、強化された肉体や脳内麻薬がバッドステータスを帳消しにし、ペナルティを感じさせない。つまりは重傷時でも普段通りに魔術の行使・技術を振るえる。
基本的に普通の聖杯戦争に勝ち抜けるような、強力な宝具ではないが…。
という訳で、イリヤ達は撤退。
アインツベルン陣営は元から強いので戦闘力・魔力は強化されませんが、考え方・組織運営が学者馬鹿から、聖杯戦争の研究者へと大幅に強化されています。
ついでに隠されていたセイバーの能力が判明します(と言っても2つしかないけど)。
セイバーがセイバーなのは、本家ルートでやってた、士郎の異常な治癒能力、あと青セイバーの反則じみたブーストをそのままイメージできるからです。
次回は一瞬だけマキリさんちのお話になって、そのあと学校への予定。