プロローグ
「ふむ…」
何も無い、あるいは宇宙空間にでも浮かぶような密室。
SFで言うなら、時空検閲官の部屋とでも言いたくなるような、奇妙な空間。
そこにポツリと声が漏れる。
視点の先にはテーブルと、その上に開かれた一冊の本。
「誰ぞ悪戯をしおったか。だが、それを隠さない所を見ると…」
いつの間にか捲り上げられたページに、老人らしき声が笑った。
本来ならば自分以外にありえぬことに、老人は少しだけ考え込む。
「放っておいても良いが…差し障りのない範囲で、打って見るのも一興か」
まるでチェスに向きあう棋士のように、老人は視線だけでページを捲りあげる。
二枚三枚、ページは奇妙な方向に捲れあがる。
通常は縦横のいずれにしか動かない紙片が、まるで回転する地球儀のように変動した。
ソレが止まった時、世界は流転する。
流転する焦点は老人を中心としたモノから、少年固有のモノへ。
「こんな時に慎二はともかく美綴まで居ないってどういうことだよ…。ったく…遅くなるって伝えといて良かった」
呼び付けられて久しぶりに弓道部へ顔を出し、相談のついでに、隅から隅まで掃除をし終える。
すっかり暗くなったものの、悪い気がしなかった。
「帰ったら飯にしないと…って、何の音だ?」
校舎を抜けて帰途に着こうとした時、校庭から激しい音が聞こえた。
高い金属音と、鈍い打突音が時折交差する。
音の元凶は、校庭で激突する二人の男。
一人は長柄の武器を気だるげに持ち、もう一人は双剣を構える。
「てめえ、どこの英霊だ? 剣を使う弓兵なんざ聞いたこともねえ」
「何、こたびの主は随分と傲慢でなあ。セイバーが最高の望みだそうな。臣下の願いのひとつも叶えてやるのが良き王と言うものであろう?」
長柄の武器を振り回しながら放つ男の問いに、双剣の男はこともなげに打ち合いながら応えた。
主を傲慢としながらも、臣下と見降ろしてはいる更なる傲慢ぶりだが…その溢れんばかりの自信と力は不思議と似合っている気がした。
「ところで、主は浅学ゆえに聴かせて欲しいそうなのだが…。白兵戦を得意とする魔術士なぞ、幾人もおらぬという話だ。確かに老人にも女にも見えぬな」
そう双剣の男が口にした時、俺の背筋に戦慄が走った。
長柄の男は術師で、双剣の男は弓兵?
そんな馬鹿な…。
今も打ち合う男たちは、俺の認識ギリギリの速度だ。
あれで専門家じゃないなんて、到底信じられな…。
(いや、違う! あれはポールウェポンじゃない、ただの杖じゃないか。それに…二人とも間合いを測ってる)
長柄に見えたのは、宿り木か何かで出来た杖だった。
そして、互角に打ち合っている二人にも、微妙な差がある。
杖は時折、サイズが伸びたり、周囲に雷鳴を発しており、双剣の男は対抗魔術か何かでソレを丁寧に消し、後方に及ばないようにしているのだ。
凄まじい速度で打ち合いながらも、少しずつ力を溜めて距離が離れて行く。
最初は牽制するとばかりに蹴りや肘が混ざって居たが、今ではフルスイングの大振りさえ混じって居る。
(俺なんか足元にも及ばない…。間合いを測りながらあんな動きは絶対に無理だ)
魔術をかじっては居るが、決して届かない高み。
その事に驚愕した時、なぜか、双剣の男が笑った気がした。
(マズイ。気がつかれた?早くここから逃げ…っつしまった)
俺は手早く行動しようとして、自ら墓穴を掘ったことに気がついた。
双剣の男が浮かべた笑みに、思わず後ずさりした時、木の枝を踏んでしまったのだ。
乾いた音は僅か一瞬、剣戟の音に紛れはしたが…。
一瞬たりとも見逃してくれるとは思いもしなかった。それ故に走り出す。
「ちっ。目撃者か。面倒だが仕方ねえ」
気だるげな舌打ちの音を置き去りにして、俺は全速で走り抜けた。
はしる、走る、奔る。
魔術を習いはしたし独学で練習もしたが、通用するなんて少しも思えない。
だから強化を試みなどせずに、全力で駆け抜けた。
思考を飛ばし、だけれど可能な限り体を制御。出来得る限り息を整えて素っ飛ばす。
「やったか…?」
ショートカットと視界を振りきるために校舎の中を駆け、水飲み場の当たりで足を止める。
もっと距離を空けたかったが、そろそろ息を整えないと…。
水を飲みたいのを我慢して、逃げ切れたか?と思った時。無情な声が直ぐ近くから聞こえた。
「よう、結構走ったじゃねえか。あんまり速かったんで術を使い損ねちまった」
息を整えるのを中断して顔を挙げると、そこに杖を持った男が佇んでいた。
皮の外套に身を包み、手には杖と…。キラリと輝く文字が見える。
空中に何かの文字を刻んだのだと理解した瞬間、俺は足元に転がって居た。
「何、苦しませはしねえよ。せめてもの詫びだ」
遅れて聞こえるゴウ! と言う爆音。
避けたはずなのに、俺は火焔に包まれて飛び跳ねる。
痛みはとっくに振りきれて、意識を失う過程が妙に冷静に感じられた。
致命傷だと察した男が立ち去ってくれたお陰で、俺は僅かばかりの意識を集中させる事が出来たのは、行幸だろう。
(死ぬ…のか?いや、駄目、だ。万が一に備えて少しでも…)
治癒魔法なんて適正は無い、肉体強化は間にあわない。
それに、そもそもそんな実力なんて持ってない。まして重傷を負って使用するなんて不可能だ。
(体を冬み…ん。させ、ないと…スタッブ・スリーピング…?だっけ…?)
目覚めた時に自分がどうのとか、リスクなんて考えもしない。
僅かな生存率に賭けるため、俺は意識を自分で自意識を解体した。
不思議な事に、最後に考えたのは、昔、出会った、ガキ大将…。
ジイサンと出会ってから、何年も思い出したことのない少女を眺めながら…、俺は意識を手放した。
登場人物
第二の介入者:ゼル爺
介入しただけで、多分出てきません
キャスター:?
白兵戦が得意なドルイド
アーチャー:自称セイバーさん
双剣で戦闘していた金ぴか