隣には陸奥が座り、向かいには先程の艦娘達が座った。それぞれの前にカツカレーが並ぶ。カレー独特の旨味が詰まった匂いが大鳳の鼻をくすぐった。
カレーの茶色に福神漬けの紅色とコーンの黄色が散らばる。ひとまず及第点といったところか。陸奥のカレーには琥珀色の蜂蜜がかかっていた。意外と甘党なようだ。
「さてと全員揃ったことだし、新たに着任した大鳳の歓迎会をしましょう」
陸奥が音頭を取ると駆逐艦の2隻がパチパチと拍手する。
「といってもカレー食べるだけなんだけどな」
眼帯の少女がカレーをぐちゃぐちゃとかき回しながら茶化す。スプーンが陶器のカレー皿に当たる度に小刻みで硬質な音が奏でられる。 間宮謹製のカレーは感動的な美味しさだった。予想通りルーがレトルト袋に詰められていたが、米は機械内で炊くので炊きたて。カツも機械内で揚げるのはさすがに驚いた。スパイスの効いた辛みが舌を蹂躙する。トンカツにかぶりつくと、カラリと揚がった衣がパリリッと音をたて、内に秘めた肉汁と油を解放した。肉の旨味が適度な歯ごたえとともに骨を伝っていく。これがMAMIYAの力か…と感嘆せざるえない。
「しょうがないじゃない、急だったんだし。ね?」
陸奥が口を尖らせつつ大鳳に同意を求める。夢見心地だった大鳳は急いで頷き同意を示す。
「ありがと。では、改めて。アタシは長門型戦艦二番艦の陸奥よ。この支部の秘書艦をしているわ」
「確か陸奥秘書艦はビッグセブンの一角でしたよね?!」
名前が陸奥だとわかった時から気になっていたことだ。ビッグセブンとはあの大戦以前巨大な41cm砲を搭載し圧倒的攻撃力を有することで世界にその名を轟かせた7隻の超弩級戦艦である。大仁本帝国海軍はそのうち2隻、長門と陸奥を保有していたのだった。やらかしてしまったからずっと訊けず仕舞いだったがようやく訊けた。
「え…、あ…、そうね…」
「すごいですよね~。あ、もしかして長門さんも建「おい新艦!陸奥の話なんかいいじゃないか。オレの話を聞けよ」
深く陸奥の話を聞きたかったが、眼帯の艦娘がせっついてきたため仕方なく彼女へと向き直る。また後で陸奥と2隻で話を聞けばいいだろう。
「さてオレの名は木曾。球磨型軽巡洋艦5番艦だ。この支部の大黒柱的存在だな。この支部で困ったことがあったら全てオレに聞け」
頼もしく自分の胸を叩く。水色のライン入りセーラー服の襟に巻きつくえんじ色のスカーフが揺れる 。
あきれ顔で陸奥はカレーを口に運ぶ。
「大黒柱さん。アタシの命令を聴かずに独断専行ばかりするバカ軽巡がいるのだけど、どうすればいいかしら?」
「その前に自分の命令を考え直してみるんだ。道理に合わない弱気な命令をしていないか?その軽巡は立派だ。ちゃんと自分で考え最善策を選び行動している。後で間宮羊羮でもあげるべきだな」
「始末書をあげとくわ。アドバイスありがとう」
「な……! 」
歯ぎしりする木曾を尻目に陸奥は少しずつカレーを掬う。
2隻のやり取りを前に大鳳は押し黙った。不安が更に増えた気分だ。果たして本当に歓迎されているのだろうか?
木曾の隣の幼女2隻にぼんやり目を向ける。
どちらも木曾よりも背が低く、顔つきも幼い。おそらく2隻とも駆逐艦だろう。
理由は不明だが駆逐艦、軽巡、重巡、戦艦と、艦種の大きさが大きくなるにつれ艦娘の見た目年齢は上がっていく。
大体、駆逐艦は小学生か中学生、軽巡や重巡は高校生、大学生、戦艦と空母は20代前半くらいの見た目だ。ただ目安でしかないし、大鳳のように大学4回生くらいの見た目だが着任して間もない、もしくはその逆のことなどざらにある。
だからこの口元にカレーをつけた幼女達が歴戦の猛者であるかもしれない。
そんな事を大鳳がなんとなく考えていると、ある事に気づいた。
明らかに1隻の水を飲む間隔が短い。
口へ手を運ぶごとに持つ物がコップ、スプーン、コップ、スプーンとめまぐるしく交互に変わる。
カレーを観察すると大鳳の辛口よりも黒い。おそらく激辛なのだろう。
「大丈夫?」
あまりにも辛そうに食べるから心配すると
「え……ぇ、ダイジョーブダイジョーブ。だっ……てヒグッ、れでぃだもん……」
絶対に大丈夫ではない。薄紫の瞳から涙が滲み出ている。赤のスカーフが印象的なセーラー服に細かな汗が滲む。
水が主食でカレーが添え物のようだ。
「あら、暁。激辛を頼んでたの?アタシ間違えて甘口を頼んじゃってたのよ。もしよかったら交換してくれないかしら」
「ふぇっ?……あ、しょ、しょうがないわね。交換してあげる。ほんとは激辛食べられるけど陸奥さんのために交換してあげる」
「たまには甘口もいいものね」
「う~…お願いします…。交換してくだしゃい…」
暁というらしいその幼女は陸奥から甘口を受けとった途端に太陽のように顔を明るくし、カレーを山盛り掬い取り頬張る。
確か駆逐艦の中に暁型駆逐艦という艦級があったはず。つまりこの幼女は一番艦、ネームシップというわけだ。
本当に……?
一瞬疑わしく感じたが見た目で判断してはいけない。
そう、例え暁の隣に座る駆逐艦が奇天烈な格好をしていようと。
まず毛先が左右に緩やかに割れたクリーム色の長髪に何故か大きな黒のウサギの耳。
上はセーラー服を基本としたノースリーブで腹丸出し、へそ丸見え。極めつけはスカート。かなり短い。どれくらい短いかというと、今彼女はカレーをおかわりしに走り去った訳だが、下着が普通に見えるくらい短い。黒の紐パンだった。後ろから見るときゅっと可愛らしいお尻がこんばんは。見ているこちらが恥ずかしい。
実は大鳳もスカートが彼女並に短いが、スパッツを履いているからセーフだ。パンツじゃないから恥ずかしくない。
「島風よ。島風型駆逐艦1番艦」
じろじろと観察していた所を見られていたようで陸奥から彼女の紹介を受ける。
「あの制服は初見では衝撃的よね」
「服師のやつらの頭はいかれてるからな
。時々ああいう制服が出てくる」
おかわりを待つ島風の背中を眺めつつ、陸奥と木曾は苦笑した。
服師とは艦娘の制服を考案する海軍お抱えの服飾デザイナーである。
「ま、わたしの制服が一番ね。なんたって他の服師の人に絶賛されてるんだから」
「その絶賛した服師、憲兵に監視されてるって噂だぜ」
「なんで?」
「さぁ……?なんでだろうな……?」
木曾と暁が揃って首をひねっていると島風が戻ってきた。
「なんの話?」
「オレの制服はイケテるって話」
「違うわ、わたしのがよ」
「えー!?島風だよ!だって速いもん!」
途端にわーわーと言い合いが始まり、自らの制服の素晴らしさを主張しあう。
大鳳も参加したい気持ちが沸き立っていた。
大鳳の制服は、かなりの名声、実績を持ち鳴り物入りで海軍お抱え服師となった有名デザイナーが初めて手掛けた制服だ。艦艇だった時の大鳳の容姿をモチーフにした機能美、色彩美に長けるこの制服を非常に気に入っていて、誇りすら感じている。
だから自慢したい気持ちで溢れているが、会ったばかりの艦娘達に自慢するという行為はなかなか感じが悪い。
そうやきもきしていると肩をツイツイとつつかれた。
「アナタの制服、とても似合ってる。可愛いさとかっこよさを両立した洗練されたデザインね」
「ですよね!?」
陸奥の褒め言葉で自慢したい欲求がはじけてしまった。勢いよく食いついてしまったため恥ずかしさがこみ上げる。
心を読まれたようだ。陸奥が優秀だからか大鳳が単純だからか。
話題を変えるために先程気づいたことを訊く。
「あの…陸奥秘書艦が最初に甘口を注文していたのは暁ちゃんが激辛を頼むと予想していたからですか?」
「ええそうよ。ま、秘書艦だから先読みは得意なのよ……と言いたいところだけど」
まだ言い合いを続けている3隻を見ながら、眉尻を下げ困ったように笑う。カレーはすっかり冷めてしまっていた。
「これがいつもの光景なのよ」