なにしおはば改   作:鑪川 蚕

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5話 階段

陸奥に引き連れられたのは、執務室のある本館から5分ほど歩いた艦娘寮。3階建ての建物らしい。

本館と同様外壁は赤レンガで内部は訓練所と変わらず、黒紫色の柱にあちこち黄ばんだ白の壁紙。大坂支部は支部の中で古い部類に入るらしくあちこち傷んでいる箇所がちらほら見える。

 

「1階は食堂兼談話室と洗面所、大浴場。2階が駆逐、軽巡の小型艦フロア。3階はアタシたち戦艦や空母のような大型艦フロア。トイレは各階にあるわ。キレイに使ってね」

「了解です」

「一応鍵はあるけれど、それは秘書艦のアタシが管理しているわ。基本的に鍵は閉めちゃ駄目よ。どうしてもという場合はアタシと要相談」

「了解です」

 

3階から1階まで階段を降りながら陸奥から説明を受ける。荷物を置くために一旦3階の大鳳の持ち部屋に行ったのだ。今はその帰りである。

 

「布団は後で下まで取りに来て。掃除がしたかったら1階に箒と雑巾があるから」

「了解です」

 

先程から陸奥が説明しっぱなしで大鳳は「了解です」しか言わない。気になったのか口を尖らせる。

 

「もう!本当にわかってるの!?」

「りょう……はい!陸奥秘書艦の説明はとても聞き取りやすくわかりやすいです!」

「ほんとにぃ?…何か質問あるかしら?」

「えーと、そのぉ……」

 

ないです、と返したかったが、さすがにそんな返事ばかりではまずいだろうと判断し、何かないかと辺りを見回した。今は丁度2階の小型艦フロアで黒茶の扉が等間隔に並ぶ。

 

「空室が多いですね」

 

陸奥の説明からわかったが現在この支部に着任している艦娘は自分を入れて5隻。3階にある部屋は全部で6部屋。先程の3隻は小型艦らしく、大型艦は大鳳と陸奥だけなので4部屋余る。2階も同じ構造だろうからやはり余る。

 

「舞鶴が主体の大規模作戦になると、この大坂支部にも2部隊くらい来るから、その宿泊場所を確保するためよ。後、定期的に宿泊する艦娘もいるわ」

「あ、そうか…」

 

すっかり失念していた。馬鹿と思われたに違いないと大鳳は頭を抱えたくなる。秘書艦は気にせず付け足した。

 

 

「それよりも多く来た時は相部屋になるからその時に備えて日頃から部屋を綺麗にしとくのよ」

「了解です、あ……」

 

つい言ってしまった。陸奥は頭を掻きながら呟く。

 

「これが普通なんだろうけど、いつもあの娘達を相手にしてるから逆に調子狂うわね……」

 

あの娘達とはのあの3隻だろうか。なかなか苦労しているようだ。

心苦しいが自分のせいで更に苦労させてしまいそうだと大鳳はすまなく思った。

 

「ごめんなさい」

「え?」

「ん?い、いえ!何でもありません!!」

 

声に出てしまったらしい。すぐに場を取り繕うと、陸奥はあぁ~と納得した顔をした。

 

「ドアの衝突事故のこと?謝るのが遅くないかしら?別に構わないけれど。気にしてないわよ」

「え?違…いやいや!そのぅ…」

「もしかして~忘れてたとか~?」

 

心臓に針を突き刺された気分だ。忘れていたわけではない。ではないのだが、続けざまに色々あったので謝るタイミングを逃していた。

何と言い訳しようか思案していると

 

「む~~…やっぱり許すのやめた!」

「え!?」

「あー痛い痛いー!額が痛いー!まるで扉でぶつけたような痛みー!!」

 

突然実にわざとらしく陸奥が額を押さえ始めた。大鳳はうろたえるしか術がない。

 

「そんな…む、陸奥秘書艦には大変な無礼を働いたと心から反省の気持ちでいっぱいで…いかなる処分も受けるつもりでありまして…」

「ほんとにそう思ってる??」

 

陸奥が訝しげに顔を大鳳の鼻先まで近づける。大鳳は後退りながらもはっきりと誓った。

 

「はい!本当です!!」

「そ。なら、アタシの言うことをなんでも一つ聞くのよ。約束よ。」

「ええっ!?」

「額が…」

「わ、わかりました!約束ですっ!」

 

再び額を擦りだしたので、どうしようもなく大鳳は悪魔の契約を結んでしまった。世ではこれを恐喝という。もしくは当たり屋。

 

顎に人差し指をあて陸奥が思い出したように呟く。とても様になる仕草だ。

 

「そういえば今日は金曜日だから夕食はカレーね」

「そうですねー。楽しみです…じゃなくて、陸奥秘書艦の命令は何ですか!?」

 

1階に降り着き、食堂らしき部屋が見える。それで陸奥が切り出した話題なのだが、大鳳からすれば生殺しされた気分だ。大鳳のツッコミで陸奥が心外そうな顔をする。

 

「命令なんて人聞き悪い。これはお願いよ」

「……秘書艦のお願いは何ですか?」

「『なんでも叶える』なんてワイルドカードをそう簡単に使う訳ないでしょ」

 

大鳳の頭をポンっと叩くと、さっさと食堂に歩いていってしまった。

背中に又重い荷物が載った気分で大鳳はその後を追った。


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