頑強な壁に勝るとも劣らない金属扉を開くと、いくつかのフローターが並ぶ棚と、外海に繋がる生け簀のような水槽があった。ここは装備庫最後のブロック、浮機庫で、艦娘達はここから直接海洋へと出撃する。
「遅せーぞ」
あらかた装備を整え、模擬弾頭に切り替えた砲身の最終チェックをしていた木曾は口を尖らせる。木曾の艤装は軽巡としては珍しくアーム型艤装であった。機関部からアームが伸びており、その先に連装砲の砲塔が光る。アームは自律式ではなく、半自律式。、木曾の視線を追うように忙しなく向きを変える。眼帯のせいで右の視界が頼りないからか、右肩には板状の小さな防壁を取り付けている。腰には短刀を提げているようだ。
「ごめんなさ……ぃぃぃっっっーーー~~!!」
自分の浮機を取ろうと棚に近づいたら何かで弁慶の泣き所を打ってしまった。豪傑弁慶よりはるかに強い艦娘だが痛いものは痛い。
転びこそはしなかったが思わずうずくまる。
清潔かつ整頓されているはずの装備庫で何故ひっかかったのかと若干苛立ちながら、ひっかけたものを涙混じりに薄目で見ると
「キュー~~??」
「それ」は心配そうにつぶらな丸い瞳で大鳳を、特に膝頭を見つめていた。
「それ」は高さ45cmほどの小さなものだった。
「それ」は灰色のドラム缶のような胴体に駆逐艦が扱う12.7cm連装砲を取り付けた、しかしそれほど武骨でもなくどこか丸みを帯びた見た目をしていた。
「それ」は生物ではないが機械でもなく、なんとも判別しがたい。
「何これ?」
呆気に取られながら又「それ」を上から下まで眺め回すが答えは出ない。「それ」は何も言わない大鳳に不思議そうに見つめ返す。困り果てて大鳳が後ろを振り向くと、木曾は水槽に降り立ち推進機の出力を調整し、陸奥は面白い玩具を見つけたかのようにクスクス笑っていた。あの、こけたのだから心配とかしたらどうですか。と、そこで気づく。2隻とも操作している動きをしていない。つまりこれは命令を受けずに行動している…?
海から甲高い声が響いた。
「連装砲ちゃんも木曾も陸奥さんも皆みんなおっそーい!」
島風が頬を膨らませつつ海から浮機庫の開口部をくぐってきた。魚雷発射管をランドセルのように背負い、後ろに2つほど何かを引き連れていた。それらの大きさはバラバラで見た目に多少の差異はあれど、大鳳の足元で「キューキュー」鳴いている何かと似ている、というよりほとんど同じだ。
「増えた…」
大鳳の頬が引きつく。
「それ」は島風の姿を見つけた途端、トタトタと走りだし島風の太ももに抱きつく。まるで母親に甘える子犬のように。
「もぉー。ちゃんとついてこないとメっ!…え?見たことない艦がいたから気になっちゃった?それでもメっ!!」
「キュー…」
抱きついた「それ」を持ち上げ、島風は注意すると「それ」はシュンとした面持ちになった。
鳴き声から法則性は見いだせない。未知の言語による意思疎通を行っているわけではなく、島風は雰囲気や経験で何と言わんとしてるかを理解しているように見える。
どうやら思考や言語理解は出来るが意思疎通手段は持たないようだ。
まあ正体解明に何も近づいていないのだが。
「あれは連装砲ちゃんよ」
脳内回線がショート寸前の大鳳に陸奥は助け船を出す。
「それは犬を指差して『ワンちゃんよ』と言っているようなものじゃ……」
「最後まで聞きなさいな。正式名称は『自律行動型旋回砲塔』艦娘顕現以降に生まれた新技術の結晶の一つ」
それを聞いて大鳳にはふと思いつくものがあった。
「AI…人工知能を搭載したロボットということですか?」
訓練所の図書室で読んだ記憶があった。自力で思考し、行動し、学習する機械があると。最近生まれたものというわけではなく、私達艦娘が艦であった時にも「学天則」というのがあったとか。
陸奥は微妙な表情を返答とした。
「当たらずとも遠からずといったところかしら。確かに高度なAIはあるけれどそこが思考の大元ではないし。……連装砲ちゃんはね、いわば艦娘の装備版。つまり」
「魂を持つのよ」
「魂……」
50cmに満たない体に、古来から審議されてきた未知物質が込められている。そんな壮大な話に発展し目眩がしそうだ。
「神秘科学は習ったかしら?」
「はい、概要だけさらりと」
神秘科学。オカルティックサイエンスとも呼ばれる。過去の艦船の能力と記憶を持つ艦娘の顕現で魂の存在が証明されたことを発端とし生まれ急速に発展した学問だ。更に言えば科学の論理性に心霊学の飛躍性が加わったことで既存の科学技術をこれまでに無かった方向へ加速させるきっかけとなった学問でもある。機力の発見、艤装の開発、建造、近代化改修、改造。挙げていけば限りが無いほど、国防に大きく貢献してきた。
「じゃあ、あの大戦時のアタシ達の一部またはそれに準ずるものを媒介とし、艦娘はあの世からこの世へと顕現すると教わったでしょ。あの仕組みが装備にも当てはまった、てことよ」
「なるほど」
「驚き。飲み込みが早いのね。昔の科学者達とは大違い」
「私達空母は艦載機を使役するので…」
ああ、と陸奥は納得する。漫画によくいる陰陽師の式神のように艦載機を扱う空母からすれば受け入れやすいのかもしれない。
何かを考えたのか、島風の周りでじゃれ合う連装砲ちゃん達の前に大鳳はしゃがむ。一番大きな連装砲ちゃんの頭にすっと手を置く。ぬくもりはなく、手のひらから熱が奪われるほど金属の冷たさがあった。だが、大鳳は構わず円を描くように撫で擦り、笑いかけた。
「私の名は大鳳。よろしくね」
伝わったのだろうか。連装砲ちゃんは2本の砲塔をガチャガチャと上下に動かす。他の二体は羨ましそうにワタシもと大鳳にその身を擦りつける。それらを微笑ましく思いながら顔を上げると、目を丸くした島風がいた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
不思議に思い訊くが、島風は口を真一文字に結び首を振る。
別に気にしなくてもいいかと思い直す。
「そういえば連装砲ちゃんのそれぞれの名前は何かしら?」
「? ??…連装砲ちゃんは連装砲ちゃんだよ?」
どうしてそんな当たり前のことを聞くのか、そう言いたげに島風は首をひねる。そして「この子は連装砲ちゃん。この子は連装砲ちゃん。あの子は連装砲ちゃん」と順に連装砲ちゃんを指差していく。アクセントの違いなど何もない。
どうやら連装砲ちゃんの奥はまだまだ深そうだ。
神秘科学が全て解決してくれました