どんなアルバイトにも休日は存在する。
それは法律で定められているのでどんな会社でも与えなくてはならない。
残業だらけの日本企業に勤める正社員にとって休日とは砂漠の中のオアシスなのである。
正社員じゃなくてもその感覚は同じだ。
しかし、人間と違って体力が有り余っているフリーターの鬼夜如は与えられた休日に不満を持っていた。
「いらっしゃいませ!ご注文はなんでしょうか?」
お客様は神様。
満面の営業スマイルを浮かべながら夜如は店に入ってきた客にオススメの商品を進める。
彩海学園から徒歩五分、絃神島の南地区に展開している大手ハンバーガーショップ。
夜如が第二のアルバイト先として選んでいるのはそんな所だった。
昨夜から今朝にかけて
夜如としては運送会社の裏方仕事の方が好きだし時給もいいので一週間全てそちらのアルバイトに力を注ぎたいのだが、如何せん行き過ぎたアルバイトは正社員よりも給料が高くなってしまうのだ。
アルバイトとは給料を安く済ませるための法の抜け穴。
夜如もその点は薄々気がついており、雇い主との間で口に出さないことが暗黙の了解となっている。
そのため、運送会社の休日は那月の彩海学園にほど近いここでアルバイトをしているのだ。
「いらっしゃいませ!ご注文はなんでしょうか?」
時刻は正午を超えて腹の虫が鳴く頃、朝から百回は言った言葉に自分で”うさぎです”と答えたくなってきた頃、行き交う人々が徹夜続き、ご飯抜き続きのせいで美味しそうに見えてきた頃。
二人が夜如の前に現れた。
「いらっしゃいませ!ご注文はうさぎ___」
「嘘、鬼!?」
「あれ?夜如?」
店に入ってきたのは昨日西地区のショッピングモールで吸血鬼を圧倒した少女と世界最強の吸血鬼だった。
世界最強の吸血鬼、第四真祖。
不老不死であり血族同胞仲間を持たない冷酷非情で厄災の化身たる十二の眷獣を従わせて殺戮、惨殺、破壊することだけが生きる楽しみ。
その存在はそこにいるだけで
獅子王機関、国家公安委員会に属した特務機関。
その起源は古く平安時代からあるとされていて、主に
どちらとも国どころか世界に大きな影響のある存在。
そして狙い狙われる関係。
どういう訳か敵同士の二つが今、夜如の目の前で仲良くハンバーガーを食べていた。
「私、鬼って初めて見ました!さすが魔族特区ですね。絶滅危惧種の鬼がハンバーガーショップでアルバイトをしているなんて」
目を輝かせてハンバーガーを頬張るのは獅子王機関の
夜如は直視から逃れるように第四真祖
しかし、古城は見て見ぬふりをするように空になったジュースを懸命に飲んでいる。
「いや、いくら魔族特区でも鬼がハンバーガーショップでアルバイトしているのは珍しいと思いますよ………というか、多分魔族特区の鬼って自分だけだと思うし」
「そうなんですか、やはり鬼は希少種なんですね。先輩と夜如さんはどちらでお知り合いに?」
「俺と夜如?まぁ、彩海学園で世話になってる英語教師を通じてというか」
突然の質問に古城は慌ててしまう。
古城に限らず夜如の友人は皆このような反応をしてしまうのだ。
理由としては夜如の友人というのは大抵が彩海学園の高等部一年であり、出会った要因は英語教師の南宮那月なのである。
全く見えないが二十六歳の那月に十六歳の夜如、年齢から見ても種族が違うという外見から見ても同じ苗字というのは奇妙なものだ。
加えて共に暮らしていると言われれば夜如の家族関係に何かあったのだと疑うのは高校生の頭では不思議ではないし、それどころか何かあったのは事実である。
夜如がアルバイトばかりで家に帰らないことを考えると共に暮らしていると言っていいのかはわからないが。
「まぁ、鬼だからちょっと色々ありまして。里親が暁さんの彩海学園で教師をしてるんですよ。俺は通ってませんけど」
夜如は気にすることなく言った。
すると、店内から夜如を呼ぶ声が響く。
夜如の休憩時間が終わったのだ。
これ以上ここの席にいれば雰囲気がさらに悪くなってしまう。
夜如は返事をして立ち上がる。
「そのうち学園でも会うことになりますよ。姫柊さん、今日は奢ってくれてありがとうございます」
「いえ、鬼が一人餓死してしまうのは驚愕というか忍びないといいますか………先輩よりは奢る価値がありますから!!」
「落とした財布を拾ってやったのは俺だぞ!?」
夜如はショッピングモールの事件からどうやってこんなに仲良くなったのか不思議に思いつつ笑った。
おそらく、獅子王機関の剣巫とならば鬼の里のことも知っているだろう。
夜如はそう考えていた。
しかし、雪菜はあの事件について探りすら入れなかった。
意外な形で夜如は那月の完璧さを痛感することになる。
「いやいや、本当にありがとうございます。もう少しで人間を食べちゃうところでしたから!」
「え?」
夜如は固まる雪菜を背にして従業員専用の扉から店の奥に消えていった。
そして、取り残された雪菜に溜め息を吐いた古城が言うのだ。
「あいつ、基本良い奴だけどSっ気のある天然のボケだから」
それを聞いた雪菜は自分の脅威が第四真祖だけじゃないと改めて実感するのだった。
「やはり会っていたのか。あの馬鹿が獅子王機関など知っているはずがないからな」
「監視役らしいですよ。あと良い人でした」
太陽が沈んで星々が自分の光を主張しだす時間帯、それに合わせて街のネオンも輝き出す。
夜如と那月は夜の西地区の飲食店街を徘徊していた。
西地区は眠らない街である。
夜を好む魔族のために西地区では真夜中になっていても飲食店や商業施設が営業しているのだ。
その特性により光に集まる虫のように夜になると多くの魔族が西地区へとやってくる。
ここ二ヶ月の間に起こっっている動機不明の魔族狩りの犯人も魔族に連れられて魔族の多い西地区に来ている可能性があった。
他愛ない話をしているが、夜如と那月は街のパトロールをしているのだ。
「まったく、私の稼業を邪魔しなければいいのだがな」
「真面目そうでしたからね」
「それもこの餓鬼は奢ってもらうなど恩を売ってしまうとは___」
国家攻魔官にとって国に設置されている委員が違う獅子王機関は商売敵である。
警察内で事件の奪い合いをするのと同じで二つの組織は魔導犯罪の奪い合いを幾度となく行ってきた。
いくら稼業でも唯我独尊の高貴な那月は獲物を取られたりしたら不満なのだ。
そんな商売敵である獅子王機関の剣巫に少なからず恩を売った夜如を那月は良しとしていない。
黒い扇子で一撃喰らわせようとした時、二人は強大な魔力を感じた。
「この魔力!!」
「飛ぶぞ!」
那月の掛け声と同時に一瞬の浮遊感が夜如の体に生まれる。
西地区の明るいネオンの光が包み込む飲食店街から街灯しかない夜の公園へと那月が空間転移をしたのだ。
海を見渡せる展望通路、人気はなく、不気味な潮風が吹いている。
しかし、先ほど感じた魔力源たる存在や物質は見つからない。
「いない?」
「私の空間転移は移動時間をゼロにするものだ。感じた瞬間に飛んだのだから近くにいるはずだぞ」
夜如は感覚器官であるツノに神経を尖らせて辺りを散策する。
絶滅を避けるために敵の位置を探るようになった進化の末、感知能力だけなら鬼は魔女よりも上なのだ。
すると、四人の存在に気づいた。
二人は倒れて、二人はこの場から去ろうとしている。
夜如は去ろうとしている二人組が魔族狩りに関与している人間だろうと思い那月に黙って数十メートル先に突っ込んだ。
「止まってください!」
夜如は二人組の前に躍り出た。
魔族ならではの異常な視力と夜目で夜如は二人組の正体を目撃する。
二人組は聖教者のような法衣をまとった金髪の大男にケープコートを着た藍色をした美しい少女だった。
「ほう、気配を消していたはずですが?なかなか優秀な能力を持っているようですね」
身長は二メートルに届かないほどにしても十分圧力を感じさせる大男、片眼鏡を嵌めた顔は四十代前後だろうか。
夜如はまず大男の顔と口調のギャップに驚く。
服装通り、聖教者のような喋りだった。
「なんと!そのツノはまさか鬼!?これは流石魔族特区と言うべきか、希少な鬼と出会えるなんて」
次に驚くのは大男だった。
まるで観光しに着た客のような感想である。
だが、夜如は大男の隣に立つ薄い水色の瞳が幻想的な少女を見た。
ケープコートを着ているとはいえ足元は素足の状態で、見る限り下には何もつけていないようなのだ。
魔族狩り事件に関与していなくても児童ポルノの現行犯逮捕で大男は即刻お縄についてもおかしくない。
夜如は人知れず大男を心の中でロリコン伯爵と呼ぶことにした。
「児童ポルノ禁止法違反の現行犯で拘束します!!!」
「私をそんな低俗な者と一緒にしないでいただきたい、アスタルテ!!」
「
一瞬の出来事だった。
夜如が大男の懐まで飛ぼうと思った瞬間、相手の脅威は大男だけと思った夜如のミスが起こる。
「何!!」
夜如は最も脅威であると予想した大男に拳を叩き込めば行動不能にして一段楽になるだろうと思い、少女を完全に無視してしまったのだ。
しかし、本当の脅威は少女の方だった。
鬼の目で捉えたのは少女の背中から生える巨大な半透明の白い右腕。
それが迫ってくるのだ。
飛び出して全身が伸びきった状態の上に両足が地面から離れているので避けることができない。
夜如は即座に鬼気を全身にまとって防御する。
それでも腕の力は凄まじく、夜如は強引に吹き飛ばされてしまった。
完全なる夜如の油断。
「ごはっ!!」
公園に生える木々を薙ぎ倒して夜如は海に飛び出してしまう。
海面を水切り石のように進んでゆく夜如を遠目で確認する大男はふんと鼻を鳴らす。
「なるほど、鬼気で全身をガードしたのですか。魔力ではないので
大男と少女は闇に溶け込み消えてゆく。
気配はもうなかった。
なんか、原作よりアスタルテが強い気がしますが気にしない。
それと今更ですが、オリ主のタグを付け忘れていた………
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