通販やってくれい!!
「………」
まるで光の届かない深海に放り出されたような感覚だった。
目を開けて辺りを見渡しても、自分の体すら見ることができない。
体を動かしても何かに触れることはなく、何処かに移動している感覚も無い。
本来、何も感じることのできない空間にいきなり放り出されたら恐怖心や警戒心を浮かべる筈だ。
しかし、不思議と恐怖心も警戒心も感じなかった。
死ぬ瞬間、人は何の感情も浮かんで来ないという話がある。
それがこれなのかと、夜如は他人事のように考える。
「………」
声も出せない、動くことも感じることもできない空間は時間感覚を狂わせる。
一分、一時間、一年、幸いなことに感情が欠落している夜如が時間を気にすることはなかった。
それでも時間は誰かに気にされるなど関係なく自然の摂理として流れて行く。
無情にも時間が経つごとに夜如の中から感情どころか思考までもが失われる。
そうなると、生きているのか死んでいるのかもわからない。
ただ、一定の動きを繰り返す機械のように夜如は空間を浮かぶ。
「………」
すると、二つの淡く青白い光の球が夜如の目の前に現れる。
しかし、感情も思考も捨てた夜如に光に対する反応は無い。
光は夜如の周囲を回り始める。
時折、夜如の体を突っついたりと夜如のことを心配しているように見える。
しばらくすると淡かった光は徐々に輝きを増し始め、光子が夜如の体全体を包み込む。
優しさに満ちた光だ。
眩い光が消える頃には元の淡く青白い光の球も消えていた。
後に残るのは先程と変わらない人形のような夜如だけ。
「………」
暗闇は何処までも続いた。
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「あ、目が覚めましたか?」
「………」
目を覚ますと銀髪の美少女が夜如の服を脱がしていた。
銀髪美少女の手にはタオルが握られており、夜如の体を拭いてくれようとしているのが分かる。
しかし、寝起きに美少女が自分の服を脱がしている光景は中々のプレイボーイでない限り混乱するもので、夜如の顔は林檎のように赤くなる。
「か、か、か、叶瀬さん!?」
「はい、叶瀬夏音です。おはようございます」
夏音は慌てふためく夜如を気にすることなく聖母のような笑みで挨拶する。
更に夏音はそのまま夜如の露出する胸にタオルを当てた。
「な、何してるんですか!?」
「えっと、汗を拭いてさしげようとしていました」
「自分でできますので!!」
何故ここに夏音がいて夜如の看病をしているのか気になるところだが、夜如の中で羞恥心の方が優っているために夜如は夏音から少々強引にタオルを受け取ると素早く後ろに後退する。
しかし、夏音が引き下がることはなかった。
「駄目です!しばらくの間は絶対安静と言われました」
「いや、もう大丈夫ですんで!!」
おっとりとした顔立ちとは逆に案外頑固なところを見せる夏音は後退して壁に背中を押し付けている夜如へと迫る。
夜如は両腕を交差させて必死に顔を横に振った。
夏音は頬を膨らませて可愛らしく言う。
「数日も寝込んでいました!南宮先生にもこれから報告するので言うことを聞いてください!」
「数日も………?」
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取り敢えず粘る夏音をどうにか説得して部屋から出すと着替えなど身なりを整える。
夏音とアスタルテが交代で看護してくれていたらしく、着替えは布団の横に置いてあった。
夜如は人前に出てもおかしくない格好になると部屋を出て夏音から話を聞く。
「___ってことでした」
「あぁ………」
夏音の話によると夜如が気絶した後、事件は解決に向けて動いていると言うことだ。
事件の首謀者たる叶瀬賢生は人工島管理公社が預かることになり、賢生の実験に協力したメイガスクラフトは吸血鬼ベアトリスバトラーと獣人ロウキリシマの独断だと切り捨てた。
叶瀬自身も模造天使の魔術の影響でしばらくの間入院していたらしい。
円満解決とはいかないもののこの事件は終わったと言うことだ。
「で、身の置く場所がなくなった叶瀬さんを那月さんが後見人となったと………」
「はい、今は南宮先生の付き添いでいませんが、アスタルテさんとも挨拶しました」
夏音は事件で心に大きな傷を負っている様子もなく嬉しそうに当時の状況を話す。
中等部の聖女などと言われているが、向かい合って話していると少し変わっている可愛い女子中学生である。
つられて夜如も笑って話に答える。
「なので、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
少々似たような境遇の夜如と夏音はすぐに打ち解けることができた。
家族が増えることで嬉しい気持ちと同時に那月のお人好しも見え隠れする。
普段は唯我独尊我が道を行く那月も子供を引き取ったりと、教師らしいことをするのでこれが夜如の中で那月の評価をぐんと上げるのだ。
この時夜如は気付いていないのだが、中等部の聖女と同棲している事実は中等部の男子から壮大な嫉妬心を煽ることとなり、南宮夜如を呪う会という団体が発足され流のだった。
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「奴は一体何者なのだ?」
「奴とは誰のことだ?」
人工島管理公社の施設に賢生はいた。
向かいに座っているのは那月でその後ろにはアスタルテが立っている。
尋問部屋のような場所にある小さな窓からは夕陽の光が差し込んで部屋全体をオレンジ色に染めている。
那月は賢生の問いに質問で返す。
「貴様が飼っている鬼のことだ。あれはどう考えても異常だ。仮面憑きの攻撃を防ぐだけならまだしも、模造天使による高次元から放出された神気でさえも防ぐなど普通なら考えられん。それこそ真祖でも無い限りな」
「鬼の特殊能力だろう。鬼の力は未知数だからな」
「いや違うな。あれはそんなレベルを超えている。………何を隠している?」
賢生は戦いを振り返りながら那月に問いただす。
結果的には倒されてしまった模造天使だがその力は強大だった。
第四真祖である古城でさえも神気を防いだのではなく、眷獣が喰らうことで無効化させたのだ。
鬼気という未知の力で守っていたとしても神気を正面から受ければこの世から消えて無くなっている筈。
未知の生物の発見に賢生の瞳は真っ直ぐに那月へと向けられていた。
「犯罪者の分際でこの私を呼び出したかと思うとそんな下らないことか。呆れてものが言えんな」
しかし、那月は深い溜息をついて首を振った。
那月は賢生の問いに答えることはなく、立ち上がり部屋から出ようとする。
「待て!」
賢生は慌てて那月を引き止める。
その声に那月はやれやれと仕方なくと言った様子で立ち止まった。
「何を勘違いしているのか知らんが、私は何も知らん。例え夜如がお前の想像通りの化け物だったとしてもお前に何の関係がある?確たる証拠も無しに憶測で物事を判断するなど魔導技師の名が泣くぞ」
振り返りもせずそれだけ言うと那月はアスタルテと共に部屋を出て言った。
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「アスタルテ、お前は気付いているか?」
帰り道、那月は唐突にアスタルテへ話しかける。
本筋を喋らなくてもアスタルテには那月が何を言おうとしているのかが理解できた。
しかし、敢えてアスタルテは惚ける。
「否定、何の事でしょうか?」
「そうか」
那月はそれ以上何も言うことはなかった。
「ただし、兄がどんな存在だったとしても私の想いが変わることはありません」
アスタルテは表情なく言う。
「そうか………」
そして、那月は不敵に一瞬だけ笑みを浮かべた。
早いですよね?
前回と比べたら短いですが、ちょうど30話と区切りがいいのでこうなりました。
そして!!やっと個人的にやりたかった章に入ります!!
もう、ここからが本編と言っても良いぐらいです!
下手なりにも伏線を残していたので期待せずにいたいしていて下さい(矛盾)!!
では、評価と感想お願いします!!