南宮家の自室の布団に夜如は眠っていた。
静かな寝息と安らかな表情は眺めているだけで眠気が伝染してきそうな魅力がある。
この姿を見るとまさか発狂して気絶したとは誰も想像などしないだろう。
日は既に登っており、カーテンの隙間から溢れる日差しが夜如の目元にチラつく。
そんな日差しを遮るかのようにして漆黒の扇子が夜如の顔を覆った。
夜如の安らかな表情は変わらない。
那月はその表情をどこか悲しげに覗く。
カーテンの隙間から溢れる日差しを自分の体で遮り、程よい風を常備している扇子で扇ぐ那月の姿は普段の態度からするとありえないものだ。
「お前はまだ忘れられないのか」
腰を下ろした那月は消え入りそうな声で呟く。
すると、普段とは違う那月を安心させようとなのか夜如があどけなくニヤリと気の抜ける表情を浮かべた。
勿論、夜如は寝ているので意図した訳ではなく、ましてや那月に気をつかった訳でもない。
ただそれでも、那月を嘲笑させるには十分なことだった。
「本当に仕方ない奴だな。こちらの
那月はそれからしばらく夜如の側を離れなかった。
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「ウァ〜」
夜如が目を覚ましたのは夕方になってからだった。
日が沈みかけて空が夕焼け色に染まっている。
夜如は大きな欠伸と両腕を伸ばして靄のかかっている意識を鮮明にさせた。
同時に全体的に体が怠く軽い頭痛が夜如を襲う。
「寝すぎたか?」
夜如は痛む頭を押さえて周りを見渡す。
何の変哲も無い普段から使っていて安心できる自室だ。
それなのに夜如には違和感を感じずにはいられない。
「………何で俺は寝てるんだ?」
外は夕暮れで寝坊というには少々冗談では済まされない程で明らかに病気のレベルである。
それに夜如は朝起きる際は時計をセットしている。
それにも気付かず寝続けているのは異常であった。
「って、学校が!!」
夜如は思わず飛び起き自室を出てリビングに向かった。
時計は六時近くを回っており、授業は終わって部活動すら終了している時刻だ。
夜如は人生初めての大遅刻に冷や汗が止まらなくなる。
那月との約束に少しだけ遅れることはあったがここまでのは無い。
「どうしよどうしよどうしよ!?」
夜如は混乱する頭を無駄に回転させて必死に今後の行動を考える。
しかし、いい考えが浮かばずテーブルをぐるぐると犬のように回るだけになる。
そもそも夜如自体何故ここまで眠っていたのか理解できず昨日の夜に何があったのかさえ思い出せないのだ。
「あれ?本当に昨日の夜って何してたんだっけ?」
「報告します。お兄ちゃんは仮面憑きと呼ばれる魔族との戦闘中に仮面憑きの攻撃を受けて気絶しました」
「え?」
いつの間にいたのか夜如の背後には那月から着るよう言われているメイド服を見事にきこなしているアスタルテが栄養ドリンクの束を持って淡々と立っていた。
「栄養ドリンク?」
「半日以上眠っていたので固形物よりこちらの摂取の方が効率的かと」
アスタルテは持っていた栄養ドリンクの束を夜如に渡してその中の一本を開けて夜如の口に突っ込む。
「大丈夫ですか?」
その時浮かべていたアスタルテの何処か悲しげな表情の意味が夜如には分からなかった。
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絃神島は常夏の島。
それは夜になっても変わらず嫌な熱気はどこにも行くことなく立ち込める。
唯一の救いは風があることぐらいで慣れれば熱気も気になることはない。
加えて夜空は日本本土と比べて透き通っており、満天の星空が広がる。
この夜空は規制が多く入島が少々厄介な絃神島の数少ない観光名所だ。
そんな星空を夜如は家の屋上から見上げていた。
「眠れない………」
半日以上寝ていた夜如は完全に昼夜が逆転してしまっていたのだ。
アスタルテは既に布団に包まっており遊び相手もいない。
仕方なく夜如は天体観測をしていたという訳である。
しかし、星は綺麗でも知識のない夜如にどれが何という星なのか星座なのかは見当もつかないので楽しむこともできない。
あれがデネブ、アルタイル、ベガと言いたい気持ちもあるが満天の星空すぎて三角形がどれなのか、そもそも何の三角形だったかすら覚えていないのが悲しいところ。
結局、星空を眺めながら睡魔を誘き寄せている間、夜如は思考の渦に呑まれるしかなかった。
「何をしている?」
「むぐ!」
唐突な後頭部の衝撃は夜如の平凡な思考の渦を穏やかなものにするのに十分な衝撃だった。
不服そうに夜如が振り返ると那月がいつも通りの見下しながら足を出していた。
鬼の感知力でさえ蹴られる寸前まで気付くことが出来なかったことから空間転移でもしたのだろう。
那月は空間を操るという超がつく高等魔術を息をするように使用する。
文句がある訳ではないが、そこいらの有象無象の魔術師からしたらチートもいいところだ。
「何って、半日以上寝てましたし今更寝れませんよ」
「睡眠の魔術を施してやろうか?安眠できるぞ」
「永眠の間違いでは?」
「ほう、よくわかってるじゃないか」
「え、本当に!?」
冗談に冗談を重ねたつもりが相当本気だったらしく、那月の手には紫色の霧が渦巻いていた。
睡眠の魔法というよりかは毒の魔法のようである。
夜如は焦って一歩後退する。
「当たり前だ。貴様がぐずぐずと無い頭を振り絞っているのならな」
「うっ………」
図星を突かれ心情辛い夜如は視線を那月からそろそろと右にずらして行く。
すると、那月の扇子が左からカウンターのように振り抜かれた。
「ウダウダしてないでさっさと言え。想像はつくが自分の言葉で言わんと意味がないからな」
那月の叱咤は日頃夜如が受けている八つ当たりとは全くの別物だった。
夜如はいつになく真剣な那月の態度に目を大きくして驚く。
教師として更に親としての言葉だったのだ。
「えっと、じゃぁ………」
夜如は一呼吸置いていつになく真剣に言う。
「俺は何で気絶したんですか?」
夜如は心底不思議そうに那月に問い掛けた。
那月もやっぱりかと軽く溜め息をついてから目を伏せた。
言うか言うまいか悩んでも見えたが、那月はすぐに顔を起こして言う。
「簡単な話だ。お前は共食いを見たんだ。仮面憑きのな」
「共食い………」
夜如はあからさまに苦悩の表情を浮かべる。
共食いと聞くと夜如の古い記憶が呼び起こされてしまうのだ。
夜如にとって過去の記憶はトラウマ同然の代物で、思い返せば鋭い刃物となって夜如の心を傷つける。
震える手を押さえ込み吐き気を盛大な深呼吸で黙らせた。
「仮面憑きは何でそんなことを?」
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「共食いを繰り返して最後の一体を決める………」
夜如は那月から仮面憑きの話を聞いて歯を食いしばって憤った。
「あくまで予想だが、負傷した仮面憑きの傷とアスタルテの言う共食いを聞けば想像はつく。何が最終目的か知らんが蠱毒と同じ要領だな」
夜如は呼び起こされた記憶から昨晩の少女を思い返す。
中等部の聖女と呼ばれている銀髪の少女叶瀬夏音のことだ。
叶瀬夏音と瓜二つの仮面憑きが存在し、蠱毒に巻き込まれている。
それは幼少期の夜如の姿と被るものがあり、無関係でいたいと言う気持ちと同時にどうしても放っておけないと言う気持ちが溢れ出る。
「那月さん………仮面憑きは今どこに?」
「行方不明だ。私も倒れかけていた鉄塔の復旧に時間がかかっていたからな。だが………あの馬鹿なコウモリと転校生なら何か知っているかもしれん。学校も二人揃ってサボっていたようだしな」
「そうですか、ありがとうございます」
夜如はそう言うと全員に鬼気を巡らせる。
「行くなら藍羽の所によることだ」
那月も夜如を止めることなく寧ろ後押しするようにアドバイスを送る。
夜如は最後に那月に向けて微笑みかけて飛び出して行った。
残された那月は深い溜め息を吐いて闇に溶け込む赤い光を見送る。
「マスター、良いのですか?仮面憑きの戦闘力は未知数です。最悪の場合は」
「心配は無用だ」
那月の後ろからパジャマ姿のアスタルテがやってきて那月に問いかける。
影から一部始終を覗いていたのだ。
しかし、那月はアスタルテの言葉を遮って家の中に戻って行く。
「それに、暁古城よりも適任かもしれんしな」
那月は心配する様子もなく淡々と言った。
アスタルテは何を根拠に言っているのかが分からず夜如が溶け込んだ夜景を無表情で見つめるのだった。
ガルパが忙しいっす。
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