夜如は壁にもたれながら忙しなく時間を何度も何度も繰り返し確認する。
首から垂れ下がる時計はもう既に十時を回っており、空を見上げれば満天の星空が広がっている。
最先端の科学と魔術で作り出されている絃神島は汚染物質が少なく空気が澄んでおり日本本土と比べると格段に夜空が美しく煌めいている。
それに合わせて今日は夏祭りも開かれており、街行く人々も星々の輝きの元を楽しそうに手を取合い無駄にくっついて歩き回りそれはもう星々に負けない程の光を放っていた。
「遅い………」
そんな光の影になるよう夜如は一人で寂しく塞ぎ込んでいた。
絃神島西地区の繁華街で男子一人が制服姿でいるのは周りから冷ややかな視線を時折浴びる。
昨晩に那月から仕事の手伝いをしろと言われて猫の為に了承しいざ仕事だと思ったらこの仕打ちである。
人には時間を守れと口を酸っぱく言っているのに自分の時に限ってこれだ。
ましてや本来九時には古城と合流するはずなのにこの時点で1時間の遅刻となっている。
「待たせたな」
「いや、本当に待ちました………よ………」
その声と共に空間が捻じ曲がり那月とアスタルテが夜如の眼の前に現れる。
流石に今来たばかりではないし、文句の一つも言おうとしたのだが二人の姿に息を飲む。
「………何ですかそれ?」
那月達が浴衣姿だったのだ。
那月は黒の浴衣でアスタルテは青い浴衣を着ていて髪色に合わせているのか凄く似合っている。
夜如が固まっていると那月がやれやれと溜息を吐いて説明する。
「知らんのか?これは浴衣と言ってだな。平安時代の湯帷子というものが発祥で蒸し風呂の際に着ていたものだが現代では夏祭りの正装というやつになっているものだ」
「いやいやいや!じゃなくて何で浴衣姿なんですか?」
「駅前でレンタルしていてな。ちょうど良いと思い着て見たんだが、どうだ?」
的外れな回答をしながら那月はその場で回って見せた。
アスタルテも可愛らしく体を揺らして変な場所がないか確認している。
確かに通り行く男性達の視線を奪い一緒にいた女を不機嫌にしているぐらいには魅力的な姿ではある。
「まぁ、可愛いっちゃ可愛いですけど」
「遠慮するな。欲情したとはっきり言えば良いものを」
「そこまでじゃないですよ!!」
「近親相姦………」
「アスタルテ!?何処で覚えたのその言葉!?違うからね!?」
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結局、その後も那月の唯我独尊は止まらず夜如の制止を無視して夏祭りを満喫した。
射的などの遊戯や焼きそばを食べたりと想像以上に謳歌して夜如もアスタルテと一緒にたこ焼きなどを奢ってもらい途中から古城との約束を忘れて普通に楽しんでしまう。
約束の繁華街のショッピングモール屋上には遅刻一時間が決定してから更に一時間プラスして遅れてしまった。
「それで人を二時間も待たせたってことか?」
「美味しかったです」
「誰もたこ焼きの感想聞いてねぇよ!!」
古城の怒りの形相を前に夜如とアスタルテは仲良く二人で一緒のたこ焼きを笑顔で頬張っている。
那月の理不尽さを知っていたからこそ古城は真面目な夜如に念入りに集合時間などを言っておいたのにこれでは意味がない。
夜如の那月に対してのチョロさを甘く見ていたのだ。
「まぁ、これあげるんで。姫柊さんも」
「あ、ありがとうございます」
「おい!?」
古城の突っ込みを無視して夜如は世界最強の吸血鬼の監視役としてついて来ていた雪菜に祭りで買っておいた焼きそばを渡す。
那月は不満そうにしているがこの時間まで仕事をしなくてはならないのだからこれくらいの労いはあっても良いだろうという夜如の計らいである。
夜如同様、別部署でも最近の国家公務員は定時上がりというものがなくなり残業ばかりのようだ。
「さっさと食べて力に変えとけ。いつ”仮面憑き”が出てくるか分からんからな」
「なら早く来いよ!!」
焼きそばを頬張った古城は相変わらずな那月に正論をぶつける。
今回、夜如や古城を集めたのは最近絃神島の上空に現れる謎の飛行物体の実態を確かめるというもの。
過去の発見場所からどこに出現するかはある程度予測できるもののいつ現れるかは不明なのだ。
しかし、那月はどこ吹く風で夜空を見渡すだけ。
その表情は思わしげで夜如の中に根拠のない不安が僅かに宿るのだった。
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「出た!!」
「「「「!?」」」」
仮面憑きが出たのはそう遅くなかった。
夜如の声に皆んなが夜如の指差した方向に目を向ける。
そこでは夜の空を最新の航空機やドローンでも不可能であろう動きをした光る物体が二つ確認できた。
しかし、奇妙なことにその二つの光を感知しているのは視覚だけなのだ。
魔族の中でもトップクラスの感知能力を持つ鬼のツノでさえ何も感じない。
「あれが仮面憑き?何も感知できないんですが………」
「鬼のお前でも駄目か」
「剣巫の私でも何も感じません」
獅子王機関の剣巫ですら感知できない程の隠密性。
これは魔力を発していないと同義である。
しかし、魔力を発していないとなると今回の事件はかなりめんどくさいことになる。
「絃神島の上空で戦闘を繰り返す謎の飛行物体。特殊な魔術か最新鋭の科学兵器実験か、まぁ本人達に聞けば良いだろう。アスタルテ」
「
那月がアスタルテに呼びかけるとアスタルテは浴衣の袖口から携帯を取り出して何かを操作する。
何も知らされていない夜如も古城と雪菜のように何が起こるんだとアスタルテを見つめる。
ドンッ!!
すると、どこからともなく爆発音が響き渡る。
夜如達が振り返ると繁華街の向かい側、丁度仮面憑きが戦闘しているのと逆方向から花火が盛大に打ち上げられていた。
「こうすれば多少の音や光は惑わせるだろう。庶民の目は花火に向く」
「え?あれ那月ちゃんがやったのか?どんだけ大掛かりな………」
「この私ならばあんな花火端た金で打ち上げられる。それより飛ぶぞ」
古城と雪菜がお金の盛大な使い方を目撃して引きつった笑顔を浮かべているのを余所に那月が常備している扇子を振る。
一瞬の浮遊感と視界の歪み、次の瞬間には繁華街の賑やかさが消えて花火の音も小さくなる。
代わりにあるのは花火とはまた別種の爆発音と衝突音だ。
音がする上空を見上げると先ほどまで遠くにあった仮面憑きと思われる二つの光が激しい戦闘を繰り広げていた。
遅れて夜如は那月の空間転移で仮面憑きの元、街の鉄塔に転移したのだと気づく。
「先輩上です!!」
「あれは………」
雪菜の声に古城もすぐに上空の仮面憑きを視界に捉える。
そして、その仮面憑きの姿を見て息を飲む。
幾何学模様が体全体に巡らせて血管だらけの翼を羽ばたかせる。
特徴的なのはやはり一時的な総称の通り仮面だ。
「女の子?」
光り輝く翼の生えた少女が空を飛んで戦闘を行っているのだ。
その異様な光景に夜如も眉をひそめる。
「ぼさっとするな」
「あ、はい!!」
鋭い那月の叱咤に夜如は意識を切り替えて臨戦態勢に入る。
仮面憑きの一体は夜如の臨戦態勢に入ったのを見計らったように翼を羽ばたかせて光の刃を打ち出す。
目標は夜如達ではないにしろもう一体の仮面憑きがその刃を弾いて周辺の街に降りかかろうとしていた。
「あんな特殊な魔術私は知らんぞ!」
「那月さん!!」
夜如は那月に視線だけを送って鬼気を全身から出現させる。
那月もそれで何を言いたいのかを理解して夜如を転移させた。
夜如を襲ったのは先ほどの転移した際の違和感の他に重力に従って落ちていく落下感と眩い光だ。
「眩し!?」
夜如が転移されたのは仮面憑きが放ち弾いた光の刃の目の前だ。
物体の落下より明らかに速い光の刃は夜如を襲う。
しかし、夜如が受けなければ街に大きな被害が及んでしまう。
「ん!!」
夜如は空中で両腕両脚を持ち上げて盾のように体を固めた。
鬼気も両手両脚に集中させて衝撃に備える。
しかし、夜如の想定以上の衝撃に自分の腕脚に潰されそうになる。
それでも歯を食いしばって押し返そうと限界を超える勢いで鬼気を放つ。
「あああ!!」
気合いの咆哮と共に夜如は光の刃を空中で弾き消し飛ばす。
喜んでいるのもつかの間、光の粒子となって弱々しく霧散していくのと反比例して夜如の体は凄まじい速度で街に突っ込んで行く。
夜如は那月が転移させてくれることを願ったが、見ると遠くで仮面憑きに
「くそ………!!羅生門!!」
夜如は仕方なく合唱し地面と激突する瞬間、小さな羅生門を呼び出してそれにわざと突っ込む。
「ムグッ!!」
発せられた声とは裏腹に顔面から羅生門に激突してドラのような音が街中に広がる。
顔面を赤くして鼻から鼻血も出ているが仮面憑きの攻撃から街を守った代償と考えれば安すぎるほどだ。
それでも痛いのに変わりなく、数秒声にならない呻き声をあげながらのたうち回る。
「は!?」
そこで自分が道端で転げまわる変人になっていることに気づく。
顔を上げて辺りを見渡すとやはり何人かが訝しげに夜如のことを見ていた。
中には携帯を取り出している人もいて瞬時に立ち上がって平然と何事もなかったかのようにする。
夜如はそんな人達に下手な愛想笑いを振りまいてから人では感知できないほどの速度でその場から立ち去る。
街中にいた人からすればいきなり人が降ってきてのたうち回って消えるという怪奇現象にも似た状況なのだが、それでころではない。
「まだ来る!?」
空を流れ星のように飛ぶ光の刃、鉄塔の方では那月達が三つ巴の戦闘をしている。
夜如は地面を勢いよく蹴って複数の光の刃を鬼気を宿した拳と蹴りで撃墜する。
しかし、数も多く一人で全てを防ぐのが難しくならばと夜如は全速力で鉄塔に戻る。
「え!!」
鉄塔周辺を羅生門で閉じ込めてしまおうと考えていた夜如の策は打ち砕かれる。
鉄塔が傾いていたのだ。
鉄塔の根元が球状に地面ごと削り取られておりバランスを崩していた。
それでも倒れないのは数百トン、下手すると千トンを超える重さの鉄塔を那月の
しかし、仮面憑きの戦闘で鉄塔は軋んで長く持ちそうもない。
鉄塔が倒れるだろう先には渋滞中の高速道路が走っており多くの被害が出てしまう。
羅生門を出して支えようにも
「やめろて下さい!!」
夜如は空中で仮面憑きに飛びかかって片方の仮面憑きの顔面を捉える。
と思った矢先、夜如の拳が空を切った。
「あれ?」
予想外の手応えの無さにバランスを崩す。
確実に捉えたと思ったからに夜如の体は大きく崩れた。
その隙を狙って夜如が狙った仮面憑き反撃とばかりに光の巨大な剣を生み出す。
街中でそのようなものを放てば周囲に甚大な被害が及んで鉄塔も耐えられないだろう。
夜如は冷や汗をかいて鬼気を全開で放出する。
仮面憑きの技を見て古城も眷獣を召喚しようとして雪菜は魔術を無効化する雪霞狼を構えた。
その直後。
「うぉ!?」
光の剣を作り出していた仮面憑きの更に上空から一本の閃光が放たれて仮面憑きを貫いた。
閃光を放ったのはもう一体の仮面憑きで完全死角から貫かれた仮面憑きは絶叫し鮮血を吹き出しながら暴れて落下する。
夜如は咄嗟に落下してきた仮面憑きから距離をとってもう片方の仮面憑きの動きに警戒した。
すると、もう片方の仮面憑きは物凄いスピードで落下した仮面憑きに馬乗りになって追撃を食らわした。
鋭い爪で目標を切り刻んで羽をもいで一般人が見たら気絶するのではないかと思うほどの残虐非道な光景だ。
流石の夜如も見ていられず止めようとするも光の刃を周囲へ無数に展開していては迂闊に近ずくこともできない。
すると、襲われていた仮面憑きが最後の力で攻撃を仕掛ける。
と言っても瀕死の状態で放たれた攻撃はダメージにはならず相手の仮面を剥がすだけだった。
仮面に亀裂が走って真っ二つに割れて仮面憑きの素顔が露わになる。
「え?その顔って………」
近くから見ていた夜如はその顔に声を失う。
輝く銀髪に碧眼というまだ幼さが残る美貌。
ついこの前話したばかりの少女の顔にそっくり、いや同じ顔だったのだ。
「叶瀬さん………?」
夜如の呼びかけに夏音は氷河のような冷たい視線を向けるだけで何も言わず、行為を再開する。
そして相手の仮面憑きの動きが無くなると夏音は徐に口を開いた。
口には鋭い牙が光っている。
これを見て何をしようとしているのかわからない夜如ではない。
咄嗟に夜如は止めようと距離を詰めるも光の刃に邪魔をされる。
一撃一撃は問題なくとも弾き飛ばされるのは変わりなく、夏音の行為を止めることができない。
「止めるんだ!!!」
夜如の怒号も届かず、夏音の牙は仮面憑きの肉を引きちぎった。
鮮血が吹き出して肉を引きちぎられた仮面憑きの体は大きく痙攣を起こす。
「ああ………!!」
夜如の古い記憶が目覚める。
「ああああ!!!」
それを拒否するかのように夜如の意識は途切れた。
久しぶりに自分の小説読んだら矛盾やらなんやらが多いことに気づいた。
まぁ、無視する。
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