増設人工島、その用途は様々で倉庫だったり船の修理をするドックだったりする。
中でも夜如達が落ちた増設人工島の地下は燃やすことができないゴミを貯めておく廃棄物処理殻だった。
作りかけというのもあり、中身はほとんど空洞で幸いにも燃やすことのできないゴミで生き埋めになることはなかった。
しかし、夜如達を地下に追いやった力は
大半の衝撃はナラクヴェーラに向けられていたとしても、空洞の多い地下に衝撃が分散し外壁には亀裂が走る。
人工島の地下とはつまり海中。
亀裂からは海水が少しずつ増設人工島へと流れ込んで来てしまっていた。
「ちょっとは手加減を覚えなさいよ!!」
「仕方ないだろ!!こっちだって必死だったんだよ!!」
海水で全身がびしょ濡れの中で古城と紗矢華は盛大に口論を繰り広げていた。
そんな二人を仲がいいなと夜如は和かに見守る。
落下中に紗矢華は古城に抱えられてことなきを得たのだが、くだらない争いも夜如の目には紗矢華が古城に特別な感情を抱きかけているようにしか見えなかった。
どうということはない、ただ単に無自覚天然女たらしが記録を更新続けているだけなのだ。
夜如はそんな古城の性格を知っていることから、口論が仲間割れよりも逆に親睦を深めていると理解している。
だが、今は延々と言い争いをしている場合ではない。
「あの、そんなことより上に戻りましょうよ。事故だとしてもある程度の時間稼ぎにはなったと思いますし」
「え?ああ、そうだな。結果オーライだよな!」
「まぁ、第四真祖の眷獣をまともに食らったんだから…………そうでもないらしいわね」
「「ん?」」
夜如と古城は自分達がいる場所の更に下を覗き見た。
増設人工島の地面から一直線に続く大穴の一番下にはナラクヴェーラがぎこちない動きで這いずり上がろうとしていた。
先ほどまでの外見に不釣り合いな柔軟な動きが見て取れないのを見るとかなりのダメージを負わせたのはわかる。
それでも第四真祖の攻撃を耐える装甲は驚異と言わざるを得ない。
更に、驚きなのはナラクヴェーラの傷ついたはずの足だ。
「再生してるのか!?」
「元素変換よ。流石神々の兵器ね、錬金術の力も組み込んでいるなんて」
紗矢華が切り落としたはずの足が再生していたのだ。
増設人工島の建材を触媒にして自らの体と同じ素材を作り出して融合する。
科学じゃ証明できない、まるで世界を書き換えるような力でナラクヴェーラは着実にダメージを回復していた。
「飛行機能が再生してないのは幸いでしたね。でも、本当に上に戻らないと追い抜かれちゃいますよ」
夜如が二人を担いで上に上がろうと軽くストレッチを始めていた時だ。
金切り音のような鋭い音が増設人工島の大空洞をこだました。
夜如も古城も紗矢華も互いの顔を見合わせる。
ここにいる三人共がナラクヴェーラが地上に這い上がるまで時間があると思っていた。
だからこそ、この瞬間三人は思わず声を失ってしまう。
「は?」
そんな沈黙は古城の間抜けな声で破られる。
古城は恐る恐るナラクヴェーラがいた一番下を覗いた。
しかし、そこにはナラクヴェーラの姿形は神隠しのように消えていた。
代わりに大量の海水が滝のように外から漏れている。
古城は大空洞に身を乗り出した
「レーザーで外に逃げやがった!!」
不利な地形であるここでまた戦闘を起こして自分達をわざわざ危険に晒すよりか、そのまま放っておいて穴から出てこようとしているところを突き落とすある種のハメ技にかけようとしたのが仇となってしまったのだ。
飛行やよじ登るなどして地上へと戻るのを諦めたナラクヴェーラは安全な海中からの脱出を目指したというわけだ。
「夜如!先行ってろ!!次は油断するなよ!!」
「分かりました!!」
古城の激を背中に受けて夜如は全速力で地上を目指した。
「ん?」
赤黒い鬼気を纏った夜如が地上に着地すると熱線が目の前を通過して行った。
この熱線自体は偶然通り過ぎただけなのだが、夜如の背中に冷や汗をかかせるには十分だった。
口を半開きにした夜如が大きく見開いた目を九十度右に向ける。
とんでもない光景が広がっていた。
「増えてる………」
増設人工島の上には何故かナラクヴェーラが五機も増えていたのだ。
海中に逃げ込んだナラクヴェーラを含めると合計で六機ということになる。
何故このような状態になっているのか。
ナラクヴェーラは好き勝手に暴れていた。
「いや〜、参ったね」
「………ヴァトラーさん?」
「おお、眼ダ」
黄金の霧から人型になって現れたのは戦王領域の貴族であるディミトリエ・ヴァトラーだった。
夜如にとっては相手が貴族であろうとなかろうと友人を襲ったり今回の主犯であるクリストフ・ガルドシュと手を結んで絃神島でナラクヴェーラと殺し合いをしようとしたしたり、いい印象を持てない人物だ。
強く睨んでしまうのも無理はない。
「説明を求めてもいいんですよね?」
「勿論、と言ってもボク自身知らされていなかった代物だよ。どうやらさっきまで君たちが戦っていた機体を含めてここにあるナラクヴェーラは全て子機だったらしいんだ」
「子機?親がいると?」
「うん、親を司令塔に無数のナラクヴェーラが進軍する。それこそが神々の兵器と呼ばれた所以らしい。不幸中の幸いなのは親がまだ出てきてないということかな?」
「オシアナス・グレイブからですか………」
ヴァトラーは肯定せずにこやかに笑った。
確信を突く質問には笑って答えるだけで決して言質を取らせない。
策略的なヴァトラーの思考に夜如は鼻で息を深く漏らした。
「足止めだけならなんとかなりそうですね」
「ほう………あれを一人でね」
舐めるようなヴァトラーの視線を無視して夜如は鬼気を強く発現させた。
激情で無意識に増幅させたのではなく、意識的にコントロールできる範囲の全力で鬼気纏ったのだ。
「では」
手を振るヴァトラーを尻目に夜如は五機のナラクヴェーラが屯する場へと突っ込んで行った。
今は頭に血が登たりはしていない。
冷静にナラクヴェーラを視界に捉えていた。
「せぁ!」
当然、いくら速くても流石に五機もいれば一機は夜如に気づく。
しかし、夜如は火を噴く槍を放とうとしているナラクヴェーラの顔面に向けてむしろ突撃しに行く。
夜如は発射のタイミングギリギリを狙って古城がやったように顎を殴りつけた。
古城と違うのはその威力。
傾けるのではなく九十度首関節を曲げてやったのだ。
ゴキンと金属が折れる重い音が鳴って火を噴く槍は別の方向へと飛んでいく。
そして、飛んで行った先には別のナラクヴェーラが夜如に突進していたのだが、火を噴く槍に体を貫かれてしまった。
「もう一発!!」
着地した夜如は間髪入れず追撃を食らわす。
次に夜如は首の曲がったナラクヴェーラの腹に拳を突き上げた。
反動で夜如の両足を中心に地面に亀裂が走って隆起したが、ナラクヴェーラは体をくの字に曲げて十数メートルも飛んだ。
数トンもあるナラクヴェーラを空中へと浮き上がらせ行動の余地を奪ったのだ。
空中ではナラクヴェーラが足を昆虫のようにワヤワヤと動かしていた。
飛行機能を発現させるまでの成長を遂げていないのは夜如の予想通りだ。
そうと分かると夜如は軽く飛んで不規則に動く足の一本を両手でしっかりと掴み、体を回転させた。
腕を引き寄せ、物体を巻き込み、空中なので足はジャックナイフのように。
「おおぁ!!」
前方のナラクヴェーラへと力の限り投げつけた。
同質量の物体をまともに受けた別のナラクヴェーラは衝撃に耐えきれず、首の折れたナラクヴェーラと共に吹っ飛ぶ。
奇しくも増設人工島の建物に激突してそれほど遠くにはいかなかったが、しばらくは動けないだろう。
崩れた建物の瓦礫が雨のようにナラクヴェーラ二機に襲いかかる。
しかし、夜如は油断しない。
相手をよく見て前の失態は絶対に犯さない。
「後二機………」
味方の火を噴く槍で全身を貫かれた機体、首を折られた機体に同じナラクヴェーラを勢いよく投げつけられた機体。
残りのナラクヴェーラも夜如の戦闘を見て警戒しているのか距離を取っている。
それか仲間が来るのを待っているのか。
夜如はふとあることに気づいた。
「じゃないか!」
振り向くとそれはすでに目の前に迫っていた。
夜如のスピードと感知力に合わせて進化したのか、一切の気配を感じさせず海から這い出てきたもう一機のナラクヴェーラが前足で夜如を殴りつけた。
火を噴く槍のレーザーを使えば熱や音で感知されて発射ギリギリで避けられてしまうとわかっているのだ。
夜如はギリギリのところで左腕を上げて攻撃をガードした。
しかし、本当にギリギリだったため、踏ん張ることができず紙屑のように吹き飛ばされてしまう。
自分が敵にやったように今度は自分が同じ状況に追い込まれてしまった。
空中では回避行動は取れない。
ナラクヴェーラはそれを分かっているのか、狙いすましたかのように火を噴く槍を撃とうとしていた。
見ると、一機だけではなく損傷のない残りの二機も顔面から赤い閃光を発していた。
計三箇所からの摂氏二万度のレーザー光線である。
「くそ………!」
夜如が頑丈な鬼だとしても生身でナラクヴェーラの眷獣にも匹敵する攻撃を三つ同時に受け止めることは不可能だ。
普通なら避けるのだが今は避けることができない。
さらに最悪なことに避けれたとしても夜如が吹き飛ばされたのは不幸にも絃神島本島の方で夜如が避けたら南地区の市街地にまで届いてしまう。
「でも………自分は鬼!!」
夜如の髪が風圧とは別の影響でゆらりと揺れる。
瞳も赤く染まってまるで吸血鬼のように力が活性化する。
すると、空中で体勢を立て直した夜如は両の手の平を合わせた。
合掌とは敬意を表しているのと同時に別々のものが一体となることを表す所作。
夜如を纏っていた鬼気が意志を持っているかのように荒れ狂い膨張する。
そして、
「羅生門!!」
かつて、日本最強の鬼が住処としていた塀と門。
それが巨大化して夜如を突き上げるようにそびえ立った。
足元、予想以上に吹き飛ばされてしまい海面から出現した壁に押し上げられて夜如は火を噴く槍を回避したのだ。
驚異の威力を誇る火を噴く槍を三つも受けた壁もなんの変化もない。
「街は壊させないですよ」
増設人工島と絃神島本島の間に立つ巨大で長い壁。
その中心であり、最も鬼気とプレッシャーを放っている悍ましくも見える門の真上。
羅生門の上から夜如はナラクヴェーラをどう止めようかと拳をコキリと鳴らした。
お久しぶりです!!
夜如くん無双になっていますが、もう少し抑えた方がよかったかな?
まぁいっか。
どうせ魔女編でチートになってもらうつもりなんで。
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