うん、笑い泣きとかですね。
ボン!という破裂音に似た音が弾けると夜如の姿は薄く霞んだ。
世界最強の吸血鬼である古城にすら夜如の姿を完璧には捉えられなかったのである。
古城は一間遅れる形で夜如が飛び出したのを理解して後に続いた。
鬼や獣人には届かないにしろ吸血鬼も十分な身体能力を持っている。
凄まじい速さでナラクヴェーラに向かう。
そして、最後に紗矢華が二人の背中を追うように駆け出した。
浅葱がテロリストの目を盗んでナラクヴェーラの停止コマンドの音声を製作するまでの間の共闘はこうしてチームのかけらも感じさせないまま始まってしまうのだった。
「第四真祖だけかと思えば、それ以外にも楽しめそうじゃないか」
三人の後ろ姿を見つめるヴァトラーは品定めをするように顎に手を当てる。
その視線を遮るように那月はヴァトラーに悪態をつけた。
「貴様の暇つぶしに付き合っていられるほどあいつらは暇じゃない」
「君は参戦しないのかい?」
「貴様の船に行って教え子を助けなければならん。今更、不法侵入云々とは言わせんぞ」
那月の凄みを意に介さずヴァトラーは肩をすくめて当然と呟く。
しかし、そのつぶやきが那月の耳に届くことはなかった。
ヴァトラーの周りには一切那月の気配はなく、魔術の痕跡すら残さないでいる。
これこそが空隙の魔女と恐れられる那月の力。
「大変だね」
誰もいない虚空を見つめてヴァトラーは面白がるようにうっすらと頬を釣り上げた。
ナラクヴェーラの体の大部分は金属でできている。
蜘蛛のように生える六本の足はそれだけでかなりの重さになるだろう。
故に一本だけでも破壊すればナラクヴェーラの動きはたちまちびっこをひくようになる。
それを狙って夜如は暴れるナラクヴェーラの正面から突っ込んで前足を破壊しようとした。
「はぁ!」
鬼気を纏った拳は鉄をも砕く。
一撃で破壊しようと最大限の鬼気を夜如は右拳に溜め込んだ。
しかし、神々の兵器と言われるナラクヴェーラは単純に突っ込んでくる夜如を見逃したりはしない。
機械のような外見とは裏腹に実に動物的な動きでナラクヴェーラは前の両足を振り上げて逆に夜如へと倒れこむように足を突き出した。
「夜如!!」
突き出された足が夜如へと迫り、後から追う形の古城は思わず叫んだ。
眷獣を完璧に扱えない古城は夜如を救う手立てがなかった。
夜如も思わぬ反撃で瞳を大きく見開いた。
古城の目にはやられると確信できてしまう状況だったが、夜如の動きは速かった。
「ふん!!」
確かに夜如も驚いた。
だが、それだけである。
目の前に迫る二本の足を夜如は両手で受け止めたのだ。
数トンもの重さが夜如の全身を軋ませる。
それでも夜如は歯を食いしばり数メートル地面を抉りながら後退してナラクヴェーラの初撃を受け止めた。
脇に抱えるようにしっかりと動きを封じる。
そこに夜如の横を通り過ぎた古城が雑にだが拳に魔力を集中させてナラクヴェーラへと殴りかかろうとしていた。
「よし!今なら!!」
「まだよ!!」
ナラクヴェーラの攻撃を受止めたことに油断した夜如は後ろからの叱咤で今度こそ心底まずいと感じた。
夜如が動きを止めたナラクヴェーラが赤い光を機械の一つ目に集中させていたのだ。
「これが狙い!?」
夜如は咄嗟に抱え込んでいた二本の足を解いて回避しようとする。
しかし、今度は逆に夜如がナラクヴェーラの足に挟まれて動きを封じられていた。
初撃でナラクヴェーラが必殺技である火を噴く槍と呼ばれるレーザー光線を使わなかったのはナラクヴェーラ自身が夜如には躱されると一瞬で判断したからだ。
実際、火を噴く槍を撃つ時の溜めの時間で夜如は火を噴く槍を避けられる。
なら、動きを止めてから確実に殺そうとナラクヴェーラは最初から動いていた。
つまり、夜如がナラクヴェーラの攻撃を受止めたのではなくナラクヴェーラが夜如の動きを止めたのだ。
もちろん、夜如にとっては絶対に解けない程ではない。
力を込めれば容易く抜け出せるのだが、その一瞬で光速に近い火を噴く槍は夜如の体を貫いてしまう。
「させるか!!」
夜如のピンチに最も早く対処できるのは古城だ。
と言うよりも、対処するなどと考えなくとも元より殴ろうとしていたのだから余計なことをしなくてもいい。
火を噴く槍が放たれる瞬間、古城は全身を使って跳躍し雷撃を纏った拳でナラクヴェーラを殴りつけた。
巨大なナラクヴェーラがそれだけで吹き飛ばされたりはしないが、古城の拳がナラクヴェーラの頭部を傾かせたのは確かだ。
火を噴く槍はギリギリで夜如の左横をすり抜けて行った。
左半身に火傷を負うことにはなったけれど、全身を摂氏二万度の槍が突き刺さるよりは絶対にましだ。
ギリギリの距離で鬼気で身を守っていても火傷を負う威力はまさに世界最強の吸血鬼が従わせる眷獣と同等の威力。
「はぁ!!」
夜如が拘束されていた二本の足を古城に続いて駆けつけた紗矢華が巨大な剣で断ち切る。
雪菜と同じようにギターケースのようなものに隠し持っていた紗矢華の武器である。
解放された夜如はナラクヴェーラの恐るべき戦闘思考能力に一旦距離をとった。
その場所に古城も紗矢華も集まる。
「あんな神々の兵器に単身で突っ込んでも勝ち目はないでしょ!」
「あう………」
紗矢華がまるで母親のように巨大な剣で夜如を小突きながら説教をする。
夜如も命を落とすところだったので反論する余地が一切ないことから紗矢華の言葉を真摯に受止めた。
「ま、まぁ、結果的に前足を切り落とせたんだからいいだろ?」
「よくないわよ馬鹿ね!!」
紗矢華をなだめようとする古城も逆に紗矢華を怒らせてしまう。
「いい?今からはちゃんと連携を取るわよ!ナラクヴェーラを止められないと雪菜に嫌われちゃうじゃない!!」
「理由が私情的すぎるだろ!!」
地団駄を踏んで喚く紗矢華に古城は盛大に怒鳴った。
体格と不釣り合いな巨大な剣を振り回す紗矢華は更に言い返す。
その返しに古城も返す。
完全な水掛け論。
助けてもらったはずなのに夜如は感謝の気持ちが乾いていくのを感じた。
「あの、早く準備しないとナラクヴェーラ来ますよ?」
夜如が横目でナラクヴェーラを確認するとなくなった前足を器用に使って立ち上がろうとしていた。
紗矢華の剣があまりに綺麗な切れ口だったのでダメージを与えていてもバランスを取りやすくなっているのだ。
ナラクヴェーラの動きに痴話喧嘩のような言い争いをしていた古城と紗矢華も冷静さを取り戻す。
「ああ、私の剣”煌華麟”の能力、空間断絶のせいね」
「空間断絶なんてできるのか?」
紗矢華がなんてことないように言った能力に古城が首をかしげた。
「私の剣は触れた物の空間を切断するの。だから、私に物理的な攻撃は空間の断層で届かないし斬れないものもないわ」
”おお”と夜如と古城は思わず口を揃えて驚く。
全てを防げて全てを断ち切る。
チートに近い紗矢華の剣に二人は絶賛する。
「だから、私は前衛でのサポートね」
「なら自分は全力で前衛をします!」
「え?俺は!?」
夜如と紗矢華が仲睦まじく頷きあっている中、蚊帳の外になってしまった古城は二人に聞いた。
古城の最大のメリットは死なないこと。
この吸血鬼ならでわの能力を発揮できるのは前衛である。
眷獣を一体しか扱えず不安定な古城ならそれはなおさらだ。
「みんな前衛は危ないでしょ。さっきは運よく攻撃対象が鬼の彼だったから殴れたけど狙われたら素人同然の動きをするあんたなんてただの的よ」
「そこまでひどくねぇよ!!」
「まぁ、確かに………」
「お前命の恩人だぞ!!」
と、また口喧嘩が勃発している途中に太い音が地面を揺らした。
地鳴りのような揺れは余計な口喧嘩を止めるには十分だ。
三人は即座に意識を切り替えてナラクヴェーラを見た。
「飛ぼうとしている!?」
紗矢華が言ったことは正しかった。
前足をなくして機動力が落ちたナラクヴェーラは空を飛ぶ選択をしたのだ。
腹部から放出される濃縮された青い炎はロケットエンジンのようにナラクヴェーラを空へと運んでいく。
「落とせ!
古城は右腕を振りかざして叫んだ。
古城の右腕からは鮮血が吹き出し魔力が放出される。
現れたのは雷で作られた黄金の獅子。
「あれ?このまま落ちてくるんですか?」
重さ数十トンの巨体が空から世界最強の吸血鬼の眷獣と共に落下して来ている。
下にいる夜如が想像できることは一つしかない。
「馬鹿〜!!」
紗矢華の絶叫と共に落下したナラクヴェーラは増設人工島の地面を容易く割って地割れを起こした。
「「「ああ!!!」」」
三人は仲良く増設人工島の地下へと落ちていった。
話が進まない………
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