ヨハネ!!
九月も半ばを過ぎたというのに絃神島は真夏日のような暑さだった。
照りつける日差しは容赦なく人々の身を焦がし、熱せられたコンクリートは陽炎を生み出している。
上からも下からも熱が襲いかかり、高い湿度は絃神島をサウナ室に変えてしまう。
朝からこの調子だと昼頃にはもっと酷いことになっているかもしれない。
夜如は涼しい室内から眼下を行き交う彩海学園の生徒を見下ろしていた。
「この中で球技大会の練習するのか………」
夜如がいるのは彩海学園高等部の職員室棟校舎の最上階だ。
この部屋は本来、南宮那月が教師の執務を行うための部屋である。
那月の執務室はエアコンが完備され、赤く分厚い絨毯に
奥には台所や風呂場も完備されているので十分暮らせる設備になっていた。
しかし、布団派の夜如はベッドで寝ることにためらいがあるので暮らそうとは思えない。
夜如はカーテンを閉めて部屋の中心にある応接用の低いテーブルに目を向けた。
数種類のプリントが均等に積み重なっており、一番上には重石として各クラスの自作プレートが乗っている。
夜如が一晩かけてまとめた彩海学園高等部各クラスの授業プリントだ。
勿論、教師素人の夜如に那月が普段行なっている執務はわからないので、指示された通りのことをしただけである。
「これ絶対アスタルテの方が向いてると思うんですけど」
この場にいない那月への疑問は朝の教員会議を知らせるチャイムによって掻き消されてしまう。
夜如は深い溜め息を吐いて執務室を後にした。
「残り三十分です」
本を片手に夜如はストップウォッチのタイマー機能を確認した。
夜如の掛け声に教室の空気は一瞬だけ緊張する。
シャーペンの音が大きくなり一部の生徒に焦りが見られる。
夜如は視線こそ本に向けられているが、クラスの誰が最も緊張しているかや焦っているかなどをツノで感知していた。
「暁さん一時間目から寝ないでくださいね〜!」
「ッん!?ね、寝てねーよ!!」
クラスの最後尾の席でも夜如の感知力は容易に届く。
前髪に寝癖をつけて説得力のない古城は慌てて否定した。
しかし、叫んだことによりクラス全体から注目されて否定する勢いもすぐに弱くなる。
古城も実際に寝ていたのだから後ろめたさが出てきたのだろう。
いくら世界最強の吸血鬼で朝と日差しに弱くても日常生活は高校生。
事情を知っている夜如とて今は教師の立場、贔屓するわけにはいかない。
「いや、寝ててもいいですけど。せめてプリント終わらせてからでお願いします。あとで怒られるの自分なんで」
夜如は申し訳なさそうに言った。
すると、中央近くの席に座る天才ハッカーの浅葱が軽く手をあげる。
「そもそも、なんで今回夜如君なの?那月ちゃんは?」
華やかな髪型と校則ギリギリに着崩した制服の見た目とは対照的に真面目な口調で浅葱は夜如に訊く。
プリントはすでに終わっているようで手には若者向けのファッション雑誌がある。
紅茶の入れ方の本を読んでいる夜如と比べると同い年でもその差がはっきりと出ていた。
「那月さんは特区警備隊の稼業に行ってるので代わりに自分が授業を行うことになったんです。プリント配るだけですけど」
「でも、それって普通他の担任がやるもんじゃないの?」
「ですよね。ちょっとそこはわかんないです。まぁ、暁さんみたいな人の取り締まりじゃないですかね?自分は居眠りしてる人とかすぐ分かりますし」
浅葱は最後のことで納得したような雰囲気を出して後ろの古城を見た。
バカにしようとしていたのか浅葱の顔は悪い笑みを浮かべている。
だが、あろうことか古城はすでに舟を漕ぎ出していた。
これには浅葱も教師代理の夜如も驚く。
他の生徒も呆れた表情だ。
「あれ減点よね?」
「報告はします。減点で済めばいいですけど………」
今日は朝から日差しが強かった。
学校へ来るまでの間に体力を消費してしまったのだろう。
夜如は内心古城へ同情するが、プリントをしていない以上那月に報告しなければならないことを悔やむ。
「教師って大変だ………」
那月の苦労の一端を感じた夜如はデコピンの準備をしながら古城へと近いた。
夜如が近づいていることに古城は気づいていない。
(夕飯なしは嫌なんで)
「痛って!!」
吸血鬼なら再生するだろうと夜如結構強く古城の額に衝撃を走らせた。
那月から全クラスのプリントを回収しなければ夕飯なしと言われている影響からか夜如の指には力が入る。
悶える古城に合掌しながら夜如は浅葱に教えてあげるよう言う。
「すみません。夕飯抜きは嫌なんで」
今度はしっかりと口にした。
放課後、夜如は体育館にいた。
彩海学園は近日に球技大会が高等部と中等部合同で行われる。
この時期になるとどこのクラスも放課後に集まって各競技の練習をすることが義務化されていた。
教師代理の夜如に参加する義務はないのだが、身体能力が獣人をも超える鬼ということでクラスの学級委員長に練習相手として抜擢されてしまったのだ。
それもバトミントン。
球技大会にバトミントンとはこれいかにと思う夜如だったが、ソフトクリームを奢ってあげると言われれば大したことではない。
結局、他クラスに卑怯だとかずるいだとかを
「モテモテだな」
一区切りついたところで短髪を逆立ててヘッドフォンを首から下げた男が夜如を煽りに来た。
男の顔はニヤニヤと面白がっているように見える。
男の名は
チャラそうに見えるが、お金持ちで成績も良い。
彩海学園には浅葱や基樹のようなギャップのある生徒が多々いる。
基樹は座っている夜如にスポーツドリンクを渡した。
「鬼が珍しいんですよ」
「そうじゃないだろ。ここは絃神島だぜ?」
夜如はありがたくスポーツドリンクを貰った。
一般常識に疎い夜如も言われなくてもわかっていた。
絃神島は魔族の研究が公に認められている世界でも数少ない魔族特区である。
この島の住人はあまりに魔族という存在と緊密に暮らしているので魔族に対する認識が世間と少々ずれているのだ。
それこそネット上や噂だけだが、日本の魔族特区に世界最強の吸血鬼がいると流れても大して動揺はない。
日本本土では大事件かもしれないが、絃神島ではその辺にコンビニができるかもしれない程度なのだ。
だからこそ、夜如はなんで自分がここまで誘われているかがわからなかった。
身体能力がいいからと言われ続けているが、別に夜如が球技大会に出るわけではないし人間と鬼では力の差がありすぎてセーブしていても練習になるのかは疑問が残る。
鬼である自分が誘われる理由がわからないのだ。
「本当にわからないのか?」
「え?」
「………他の女には興味がないってことね」
夜如には基樹が何を言っているのかさえわからない。
首を傾げても基樹は呆れ顔で夜如から離れて行ってしまった。
そして、入れ替わるように女子が前かがみで競技練習のお誘いが来る。
基樹の言葉に懸念を覚えつつ夜如は快く立ち上がった。
「ん!?」
その時、夜如が感知したのは妙な式神の気配だった。
次に起こす行動は決まっている。
夜如は突風を撒き散らしてその場を後にした。
「ほっ!!」
体育館の上に飛び乗って式神の気配を辿る。
幸いなのか式神は校内に二体も感じ取れた。
古城と一緒に。
「また厄介ごとに………」
夜如は呆れつつも何故か襲われている古城に向けて突進した。
古城が襲われていたのはライオンの姿をした式神だった。
まるで折り紙のようなライオンは古城を襲うごとに周りの物を切り裂いている。
古城は躱すのに精一杯なのか反撃する気配がない。
夜如は右拳に鬼気を込めて勢いよく一体のライオンに叩きつけた。
「らぁ!!」
鬼の拳を叩きつけられたライオンは体を曲げて消滅する。
もう一体のライオンは。
「大丈夫ですか先輩!?」
なんかチアのユニフォームを着た獅子王機関の剣巫が流麗な槍で成敗していた。
さっさか進ませましょう!!
本編のために!!
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