特に尻がやばい。
12話 獣人
絃神島、港湾地区にある古い倉庫の外壁二階に夜如は背中を押し付けていた。
首を僅かに動かし片目で倉庫内の様子を見るその姿は海外のスパイ映画に出てきそうだ。
時刻は夜の零時を当に過ぎており、上空には弦月が浮かんでいる。
倉庫の中では八人の男が薄暗い水銀灯を頼りにトランプを楽しんでいた。
警戒心は感じられず、まるで夜如に気づいている様子はない。
標的が警戒を解いているのを確認した夜如は歯を二回鳴らした。
すると、夜如の耳に付けた小型インカムから同様の音が届く。
夜如は鋭い息を吐くと感覚器官であるツノに集中した。
ドォーン!!
爆音が響いたのは夜如が張り付いていた倉庫の正面扉だ。
同時に音響閃光弾が中でトランプに興じていた男達の足元に転がる。
夜如は目と耳を塞いだ。
耳をつんざく音と眩い光が古びた倉庫内を駆け巡る。
その様子を夜如はツノで感じ取っていた。
不意を突かれた男達は全員、音と光を浴びたようで一瞬動きを止めて両手を目に当てている。
音響閃光弾自体にそこまで威力があるとは言えないが、強烈な音と光は対象に強烈な衝撃を受けたと錯覚を与えることができる。
錯覚ゆえに強靭な肉体を持っているからといって防げるものではない。
「撃て!!」
続いて響いたのは特区警備隊強襲班隊長の掛け声だった。
サブマシンガンの銃声が鳴り始め、音響閃光弾の音と光が消えた倉庫内を夜如はそっと薄目で覗いた。
密入国の犯罪者集団が武器の闇取引を行なっている情報を元に特区警備隊の強襲班が制圧に来たのだが、強襲班は敵に容赦がない。
正面からの襲撃に加えて逃げ出そうとした数人を第二班が追い討ちのように現れて銃で仕留める。
敵からしたらたまったもんではないだろう。
「やめ!!」
戦闘という名の蹂躙は二分程で終わった。
偵察役として派遣された夜如も一息つく。
効率面などを考えると夜如が単独で強襲すれば銃弾、音響閃光弾を消費せずに更に短時間で終わらせることができただろう。
しかし、そこは大人社会の闇が絡んでいるとしか言えない。
夜如もそこは薄々気づいているし、強襲班隊長も夜如が気づいていることに気づいている。
お互い何も言わないでいるのだ。
夜如自身、偵察の方が楽ということもあり楽してお金も入るなら文句はない。
鼻歌交じりに夜如が隊長の元へ向かおうと外壁から降りようとした時、
「退避しろ!!」
隊長の声を正確に受け取ったのは夜如以外この場にはいなかった。
隊長の怒鳴り声と重なるようにして轟音が広がり、熱風が倉庫内を吹き荒れる。
窓ガラスを粉砕して漏れ出た爆発の余波が夜如を容赦無く襲った。
「糞ったれ!!」
黒豹の姿をした獣人の男は息を乱しながら港湾地区を疾走していた。
所々に真新しい銃痕が残り、そこからは血を流しているのにも関わらず、獣人のスピードは人間の限界を超えている。
黒豹の男に撃ち込まれた
獣人だけではなく、あらゆる魔族の驚異的な肉体再生能力を阻害するのだ。
先の銃撃戦で黒豹の男はその弾を何発も受けてしまっていた。
「人間風情が………!!後悔させてやる!!」
黒豹の男は痛む身体にムチを打って跳躍した。
五階建てのビルの屋上へと着地して駆け抜けてきた道を辿る。
視線の先には一つの倉庫が赤い炎に包まれていた。
黒豹の男が命からがら逃げてきた場所だ。
武器の取引が特区警備隊に漏れて黒豹の男を始め、獣人で集められたメンバーは今は燃えている倉庫で襲撃を受けた。
あらかじめ設置してあった爆弾で黒豹の男は逃走できたものの、他の仲間は全員倒れてしまった。
「同志の仇!」
黒豹の男は取り出したリモコン起爆装置のスイッチに指をかけた。
倉庫に設置してある爆弾は二つだったのだ。
一つ目の爆弾で敵の仲間をおびき寄せて二つ目の爆弾で集まった敵も殺す。
戦場ではメジャーな罠だが、平和ボケした日本では十分有効な手段だった。
「我らの計画のため___」
「はぁ!!」
「ッ!?………あああぁぁぁ!!!」
黒豹の男が起爆装置のスイッチを握る手に力を入れようとした瞬間、黒豹の男は突然の脱力感に呆然とする。
遠くに見える倉庫からは第二の爆発を確認できず、それどころかスイッチを押した感覚すらない。
腕の感覚が突如なくなり、違和感を覚えた黒豹の男は自分の腕を見て絶叫した。
起爆装置を持っていた右腕の関節が本来ならありえない方向へと曲がっていたのだ。
銃弾とはまた別の痛みに黒豹の男は後退する。
「あっぶなかった〜!!」
黒豹の男がいた場所には左スマッシュを振り抜いた状態の青年がいた。
目を見開いて冷や汗を流しているところ本当にギリギリだったのだろう。
それでも、青年足元には黒豹の男が先ほどまで握っていたリモコン起爆装置が転がっている。
青年はそれを拾い上げると起爆させないように扱いながら観察する。
「無線式起爆装置?うわっ!?これ暴発しませんよね?アルミホイルがあれば一応の処置ができるんだけど………ないなら”鬼瓦”で」
青年は黒豹の男を無視して独り言を呟きながらリモコン起爆装置に小さな鬼瓦をくっつけた。
リモコンからは赤黒いドロドロした炎のようなオーラが纏わりつく。
「で、あなたを捕まえれば八人全員捕まえたことになるんですけど、計画って何ですか?」
「餓鬼………!!」
青年は首を傾げた。
黒いジャージといった早朝ランニング前のおじさんのような風貌の青年に黒豹の男は怒りをあらわにする。
計画について少しでも気づかれれば殺すしかない。
折られた右腕を形だけでも気合いで元に戻し、黒豹の男は腰のベルトからナイフを取り出す。
しかし、青年はまるで怯えることなく笑みを浮かべているだけだ。
「まぁ、答えるわけないですよね」
「死ね!!」
黒豹の男は獣人特有の暴発的な加速で青年の首を狙う。
と、見せかける。
獣人の爪はナイフなどよりずっと鋭く体の一部ゆえに扱いやすい。
激情のままに突進していくように見えて黒豹の男の頭は冷静だった。
獣人の中でも敏捷性に秀でた
只者ではないことは明らかだ。
ならば、油断せず卑怯でも確実に殺すための策を練ることが大事だと黒豹の男は考えた。
左手のナイフを寸前で投げ離し、本当の狙いである頭蓋骨へと手を伸ばす。
青年は案の定咄嗟に首を守ろうと動いていた。
黒豹の男は頬を釣り上げて腕を振り抜いた。
「何!?」
しかし、又もや黒豹の男は驚愕する。
確かに黒豹の男の左手は青年の頭に届いていた。
想定では青年の頭は獣人の鋭い爪によりだるま落としのようになっていたはずだった。
それがどうだろう。
壊れたのは黒豹の男の左手の方であり、青年はダメージすら負っていない。
「いきなりですね」
「それは………」
青年の全身からは赤黒いオーラが滲み出ていた。
表情は変わらず爽やかな笑顔ではあるが獣人を圧倒するプレッシャーをオーラが放っている。
その姿に黒豹の男は膝を突く。
獣人の本能が青年の変貌に勝てないと認めてしまったのだ。
黒豹の男が見るのは青年の頭。
黒豹の男の左手に傷を負わせた原因、ツノからは血が滴っている。
無論。黒豹の男の血だ。
「お、お前は………!!」
何故気づかなかったのだろう。
黒豹の男の頭は後悔でいっぱいになる。
青年は膝を突いて獣人化を解いた男を見下す。
本人にそのつもりはなくても青年の雰囲気がそう見せているのだ。
「………鬼!!」
鬼気迫る。
青年から伸ばされる腕を見て黒豹だった男は全身を震わせた。
(だが、無意味だ………俺達が捕まろうとも計画に支障はない。絃神島が沈む未来は変わらない)
男は特区警備隊に捕まりながら、うっすらと笑みを浮かべた。
やっと次の話に進めた!!
もっと!もっと早く速く個人的な本編に!!
では、評価と感想お願いします!!