「………」
夜如は無表情で清々しいほど青い空を見上げていた。
雲一つない快晴で体が吸い込まれそうだ。
ここにカモメなどの鳥が何羽か飛んでいれば絵になる美しさなのだが、太平洋の中心にある人工島のためにその鳥がいない。
絵にできない美しさとは夜如が見ている青空のことを言うのだろう。
「何処へ向かいますか?」
そして、夜如の隣にも青空に負けていない美しさの少女がいた。
那月とさほど変わらない背丈に長い藍色の髪。
水色の瞳が感情を持たずに夜如を見据えている。
夜如はどうしようかと顔を人工生命体のアスタルテに向けて見つめ合った。
「………何処がいいですか?」
「お兄ちゃんが決めてください」
無表情のアスタルテに夜如の心は一切なびかなかった。
那月から互いの親睦を深めろとのお達しを受けてマンションから追い出された夜如とアスタルテ。
夜如はとりあえず数々の店がひしめき合うショッピングモールに向かうことにした。
しかし、なけなしのお金しか入っていない薄い財布でショッピングモールを楽しめるものなのか。
今まで学校へ通わずに那月の元で過ごしていた夜如は友人との遊び方が分からなかった。
時折、古城や浅葱などにご飯を奢ってもらうが、夜如にとってそれは遊びではない。
一人でならまだしも、女の子と一緒に遊びに行くなど夜如の人生の中で初めての経験なのだ。
夜如の心には不安が渦巻いている。
「ショッピングモールで何をするんでしょうか?」
そんな夜如の心境なんて気にせずアスタルテは淡々と質問する。
那月に借りた白いゴシック系ドレスが周りの視線を集めていてもアスタルテはいつも通り無表情だ。
私服がほとんどない夜如の青いジャージ姿は完全にアスタルテの引き立て役になっている。
と言っても、那月と歩いていたらこのような視線は自然と付きまとうので周りの視線が恥ずかしいとはならない。
「………欲しいものとかあります?」
「ありません。日常の必需品はマスターから頂いていますので」
「なら、ちょっと買いたい物があるから付き合ってもらえませんか?」
「
那月と一緒の時は緊張しない夜如もアスタルテと一緒だと声が上ずってしまう。
出会ったことのない雰囲気を持つアスタルテに距離を掴み損ねているのだ。
アスタルテは気にしていなさそうでも夜如は頭を悩ませる。
(こっちから動かないと………)
夜如はショッピングモールに着くまでアスタルテと仲良くなる方法を考え続けるのだった。
ショッピングモールに着いた夜如とアスタルテはまず百円ショップへと向かった。
着いて最初に入る店が百円ショップというのも変ではあるが、夜如が求める物が一番手に入りやすいのはここだ。
パーティー用品や文房具が色々と棚に並べられている。
しかし、夜如が欲しいのはそれらではない。
アスタルテを後ろに夜如が店を回っているとそれはすぐに見つかった。
「あったあった」
夜如が手に取ったのはストップウォッチだ。
腕時計に比べて段違いに安く時刻を確認できて機能も充実している。
夜如は普段からストップウォッチを首にぶら下げていたのだが、今はぶら下げていない。
数日前、海に落ちた時に壊れてしまったのだ。
「あ!」
そこで夜如は自分がとても嫌なことをしていることに気づいてしまった。
夜如自身は気にもせず無いから買おうと思っただけなのだが、そもそも海に落ちた原因はアスタルテの眷獣に殴り飛ばされたからだ。
これではまるで遠回しにアスタルテを責めているようではないか。
仲良くなろうとしているのにむしろ自分から距離を遠ざけることをしてしまっている。
夜如は錆びた機械のように首を回してアスタルテを見た。
「………」
「あ、あの。別にこれは嫌味とかじゃなくて………」
アスタルテは変わらず表情が読めない。
何も喋らないで気にしてなさそうな態度が逆に夜如の心を抉る。
すると、アスタルテはゴソゴソとドレスのポケットから何かを取り出した。
「提案。買います」
取り出したのは紙封筒だった。
アスタルテは紙封筒を左手に持ってもう一方の手を夜如に出した。
「いや、これは自分が買いたいものだから自分のお金で買います!別にアスタルテさんが気にするようなことではないです!」
夜如は差し出された手を引っ込ませてまくし立てる。
いつもご飯を奢ってもらったりする夜如でも出会って日の浅いアスタルテに奢ってもらうのは駄目だとわかっている。
そんなことすれば那月に怒られるのは明白だ。
しかし、アスタルテは首を振った。
「否定。これは私の現金ではありません」
「え?」
夜如はまくし立てていた口を止めて固まる。
アスタルテは一呼吸置いて紙封筒を見つめながら言った。
「今朝マスター、南宮那月教官から現金を頂きました。その際、この現金で楽しむようにとのことです」
「………なんで自分に言ってくれなかったんですか!?」
アスタルテのサプライズに思わず夜如は声を荒げる。
紙封筒で口元を隠したアスタルテは何故か瞳を一瞬輝かせた。
「こうすれば親睦が深まるとマスターが言いました」
夜如は気づいた。
アスタルテは無表情ではあるが無感情ではない。
単に天然なだけなのだと。
その後、二人は本屋に行ったりフードコートで昼食を食べたりと充実した一日を過ごした。
相変わらずアスタルテは無表情で夜如は緊張したままだったが、確実に二人の仲は良くなっている。
夕方となり二人は
魔族喫茶を題材にして店内は黒くコウモリや骸骨の飾りがいたるところに装飾されている。
店を切り盛りする店員の格好も女性はゴス風のメイド服で男性は黒いマントをたなびかせて店の雰囲気にこれでもかと合わせている。
更にはメニューも一風変わっており、”禁断の
「これが”禁断の聖骸布”よ!二つ頼むとは何という禁忌!!」
極め付けが店員が常にこのハイテンションだということ。
夜如はあまり店員と目を合わせないようにしながら運ばれてきた料理を受け取る。
テーブルに置かれたのはバターが乗ったホットケーキだった。
「禁断の聖骸布ってホットケーキだったんですね」
「美味しいです」
見ると、アスタルテは運ばれてきたホットケーキの四分の一をすでに食べてしまっていた。
昼食を食べた際に気づいたが、アスタルテは食べるのが好きらしい。
無表情を貫くアスタルテもこの時だけはわずかに笑顔を見せる。
「今日はとても充実した日でした」
「………!」
夜如は自分のホットケーキを食べながら頷いた。
アスタルテ同様、夜如も楽しい休日だったからだ。
最初はどうなるかと思ったが心配はいらなかった。
「そこで僭越ながら、お願いがあります」
「何ですか?」
「敬語をやめてほしいです」
アスタルテはナイフとフォークを置いて夜如に言った。
そして、続ける。
「書店で数々の文献を読む限り兄妹同士で敬語は比較的珍しいと分かりました。なので、年上である兄が敬語をやめるべきだと判断しました」
夜如は驚いてホットケーキを切り分けていた手を止めた。
まさか、アスタルテからこのようなお願いをされるとは思ってもいなかったからだ。
夜如は自分が動いて仲良くなろうとしていた。
しかし、実際はアスタルテの方が積極的に行動していたのだ。
「分かった。それじゃ俺のことも好きなように呼んで。お兄ちゃんとか冗談だし呼ばなくても___」
「拒否」
アスタルテは夜如の言葉を遮って首を振った。
「お兄ちゃんと呼ばせて頂きます」
アスタルテは僅かに笑みを浮かべた顔で言った。
デート?回です。
次回からはガンガン話を進ませようと思います。
では、評価と感想お願いします!!
ヒロインは那月ちゃん………