南宮家は絃神島の西地区にある八階建てのマンションだ。
それも一室だけではなくマンション全てが南宮家の所有地ということもあり、近辺も絃神島有数の高級住宅街であるはずなのだが南宮家は頭二つほど高さも美しさも飛び抜けている。
近未来を思わせる作りは目の肥えたお金持ちからしても羨む存在感を放っているのだ。
プライドが高く唯我独尊を貫く南宮那月の性格をふんだんに表したマンションと言ってもいい。
そんな高級マンションの一室が夜如の部屋である。
「さつ………」
真っ白な部屋は窓から入り込む朝日を反射させて実際より明るく見える。
家具などはほとんどなく、ベッドより布団を好む夜如の部屋は驚くほどにこざっぱりしていた。
高級マンションの広い一室を明らかに無駄に扱う様はある意味那月に似ているのかもしれない。
気持ち良さそうな寝顔。
数日ぶりの休日に夜如は寝坊を行なっていた。
しかし、夜如の安眠プライベート空間にトントンとドアをノックする音が響く。
本来なら鬼である夜如の耳は音を聞き分け、ツノは音を感知する筈なのだが、夜如の表情は一切変わることはなかった。
夜如がこの家を心の底から安全だと認識しているからである。
すると、今度はドアの開く音が鳴り小さな足音が無防備の夜如へと近づいていく。
夜如は近づいてくる存在さえにも気づいていない。
「起きてください」
小さな足音は夜如の隣にまで来ると無機質な口調で言った。
しかし、その声の大きさはほとんど呟いているようなものなので、完全に夢の中へ入り込んでいる夜如には届いていない。
すると、夜如を起こそうとしている者は少しの時間考えた後に再度口を開く。
「
「のわぁ!?」
藍色の髪を持つ美しい少女は背中から二つの白い巨大な腕を生やして勢いよく合唱させた。
窓ガラスが軋み、それどころか南宮家全体を揺らす。
流石の夜如も飛び起きて常人より遥かに発達している耳を押さえた。
この騒音は周囲の家々にまで広がり、テロか何かだと勘違いされてしまうのだった。
「何で彼女がいるんですか?」
寝間着姿の夜如は朝食のトーストを目の前にして、向かいの席の那月に問いかけた。
那月は優雅にコーヒーを啜りながら朝刊を読んでいる。
その姿はまさに貴族の振る舞いだ。
「ああ、言ってなかったな。ほれ、挨拶をしてやれ」
「
那月の隣に座っていたアスタルテは淡々と説明して頭を下げる。
ただ、それだけで那月はまた視線を朝刊に戻してしまった。
アスタルテもアスタルテで今の挨拶に満足したのか朝食のトーストを頬張り始める。
夜如はあまりに自然とこの話を流す二人に言葉を荒げる。
「ちょっと?まだ質問がいっぱいあるんですが!?」
「うるさいぞ、朝食ぐらい静かに食べることはできないのか?」
「いや、だから何で彼女がいるんですか!?」
夜如は乱暴に立ち上がって美味しそうにトーストを食べているアスタルテを指差した。
那月は深くため息をついて朝刊を折りたたんだ。
「別に大したことじゃないだろ?こいつの主人だったオイスタッハがロタリンギアへ移送されたんだからな」
「なら彼女も移送されるんじゃ?」
この日、ロタリンギアの殲教師ルードルフ・オイスタッハが絃神島を沈めようとテロを起こしてから数日が経っていた。
オイスタッハは夜如の膝蹴りに倒れ、共犯者のアスタルテも古城の眷獣に倒されて事件はようやく解決した。
未遂に終わったとはいえ絃神島を沈めるのにあと一歩の所まで行ったオイスタッハはロタリンギアが責任を持って処罰することになり事件後すぐに飛行機で絃神島を発った。
世界が公認する魔族の研究施設であり、魔族と人間が共存する島をどんな理由でも沈めようとした罪は重く、那月の見解では日本へと誠意を含めて死刑か終身刑のどちらかだろうとしている。
ただ、この事件は国が隠蔽しているので公にニュースになったりはしない。
オイスタッハの処罰を知る機会は少ないだろう。
「アスタルテはロタリンギア出身ではないからロタリンギア政府が受け取る義務はない。むしろ、日本で生まれたのなら日本の国籍だろ」
「でも、アスタルテは………」
「眷獣を宿した人工生命体だな」
那月と夜如はアスタルテに視線を向けた。
アスタルテの完璧なまでに左右対称の顔は見惚れてしまいそうな程に美しい形をしている。
こんな美少女が眷獣を宿しているのだ。
「何か?」
アスタルテは二人の視線に首を傾げる。
眷獣とは不老不死で無限の負の生命力を持った吸血鬼だけが従える意識ある魔力だ。
なぜ吸血鬼だけが従えるのかというと、眷獣が宿主の生命力を食らうからである。
無限の負の生命力を持つ吸血鬼以外が眷獣を従わせようものなら数日で生命力を食い尽くされて死に至ってしまう。
それがアスタルテのような華奢な人工生命体に宿すとなると長くて二週間もしないうちに死んでしまうだろう。
だからこその魔族狩り。
オイスタッハとアスタルテは夜な夜な魔族を狩って奪った魔力を眷獣へと与えていた。
あの魔族狩りはアスタルテの延命治療だったのだ。
ただし、眷獣を植えつけられたアスタルテを見た古城がアスタルテの眷獣を支配下に置いて生命力を食らう相手を古城自身に変更した事で今では何の問題なく過ごせている。
世界最強の吸血鬼なのだから今更眷獣一体の生命力の肩代わりなど、どうということはないのだ。
これでアスタルテは現在、世界で初めて吸血鬼以外で眷獣を体内に宿した生物となっている。
「まぁ、ロタリンギアからすれば自国から一級犯罪者を増やしたくないというのが本心だろう。日本の法律を逆手にとって押し付けた形に近い。絃神島もあるしな」
「まぁ、確かに………」
「暁古城が言うにはこいつは事件の最中逃げろと警告もしていたらしい。心の底からオイスタッハに従っていたわけではなかったんだろうな。そこで教育者であり最強の魔女であるこの私が名乗りを上げたと言うわけだ」
「で、でも、研究機関が彼女を狙うかも?」
「そんなものお前を置いている時点で変わらん。そもそも私に危害を加えようとするところはないだろしな」
那月は自慢げに鼻を鳴らした。
揺るがない那月に夜如はストンと椅子に座り直した。
「私が家にいると嫌でしょうか?」
「え?いやいや違います!」
すると、夜如が力なく椅子にもたれかかったことでアスタルテはほんの僅かな不安の感情を乗せて夜如に聞いた。
慌てて夜如は否定するも返ってその行動が”嫌だ”と言っているようにアスタルテには感じた。
アスタルテの表情は一見変わらないが、アスタルテが落ち込んでいるのだと夜如にだって何となくわかる。
「家族が増えることはいいことだから!」
「この餓鬼………」
必死に夜如が言い訳をしていると那月は額に手を当てて顔を伏せた。
「私はこれから仕事に出かける。お前たちは今日一日一緒に過ごして親睦を深めろ、いいな?」
「………はい」
「
那月の叱咤に夜如は肩をすぼめて返事をした。
アスタルテも無機質に返事をする。
夜如は別にアスタルテが嫌だと言うわけではない。
単に女の子と一緒に暮らすことになったことで緊張しているだけなのだ。
那月に対しては慣れているものの年頃の男の子がいきなりアスタルテのような美少女と暮らすことになれば緊張もする。
「では、なんとお呼びすればいいでしょうか?」
アスタルテは真っ直ぐな視線で夜如に問いた。
緊張していた夜如は深く考えず、ある言葉を言った。
「お、お兄ちゃん?」
那月の扇子が夜如の頭を打ち付けたのは言うまでもない。
うん、これやりたかった。
アスタルテを妹にしたかった。
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