堕ちてきた元契約者は何を刻むのか   作:トントン拍子

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 お久しぶりです。3ヶ月掛かってようやく書き上げる事ができました。
 今回、感想欄にてアドバイスを頂き、試しにルビを振ってみました。
 丁寧にアドバイスして下さったバウム様、本当にありがとうございました。
 では、拙い文章ですが、よろしければ気楽にお読み下さい。


第一章八節 蹂躙 (編集中)

 

 

 

 逃げて行く兵士達を見ながらほんの僅かに期待していた分、ほんの僅かに落胆する。一騎討ち(時間稼ぎ)まで仕掛けておいてやっていた事は逃げる算段かと。

 

「異端に組する外道よ!次は我等が相手だ!この首、刎ねてみよ!」

 

 しかし、その落胆も次の瞬間には覆った。

 兵士達の逃げて行く“方角”を確認していると、少し離れた場所から指揮官であろう男が小隊を編成してこちらに剣を向けている。

 

(……良い顔だ)

 

 やはりダニ共とは違う。指揮官を含め全員の顔に決死の覚悟と気迫が宿っている。

 俺がいた【場所(連合軍)】で見た顔だ。俺に着いてきた【あいつ等(臣下)】がしていた顔だ。

 奴等はこんな顔を向けられていたのか、こんな想い(殺意)をぶつけられていたのか。

 羨む気持ちなど欠片もないが、

 

(やはり、悪くない)

 

 頬がつり上がるのを感じながら指揮官のいる小隊へ足を向ける。逃げる兵士は後回しだ。方角は確認したし、指揮官が言ったようにその先に本隊がいるのならこいつ等の相手をした後に追撃し、皆殺しにすればいいだけだ。

 歩くような速度だった足が急かされるように速くなる。

 

「構え!」

 

━━━歩きから早足へ

━━━早足から小走りへ

━━━小走りから疾走へ

 

「放てぇ!」

 

 必殺の殺意を乗せた矢が迫り来る。

 逃げ道を塞ぎ、こちらの勢いを殺す為の弾幕。

 

━━━当たるものだけを切り払うがその一瞬、足が止まる。

 

 それを見逃さず膝立ちになっている前列が即座に次の矢を射る。

 

━━━また切り払う

 

 数瞬の間を置いて、後列が追撃の矢を放つ。

 

━━━更に切り払う

 

 前列が射る。切り払う。(繰り返す)

 後列が放つ。切り払う。(繰り返す)

 前列が射る。切り払う。(繰り返す)

 後列が放つ。切り払う。(繰り返す)

 

━━━足がその場に縫い付けられた。

 

 鬱陶しい矢の弾幕に顔が歪む。普段ならこの程度は物の数ではないのだが、病み上がりと疲労の蓄積もあって体に“ズレ”が生じ始めている。

 これでは埒が明かないと刹那視線を左右に走らせ、あるものを見つけた。僅かな隙をついて体を横へ投げ出し、矢の弾幕から逃れると直ぐ様“それ”へと駆け寄る。

 

「逃がすな!」

 

 指揮官の号令に兵士達が即座に狙いを修正して矢を放ってくるが、既に目的の物は手の内にある。瞬時に“それ”へ魔力を付加させ、迫り来る弓矢へ振り抜いた。

 

 

 

 男が横へ体を投げ出し、その勢いを殺さぬまま弾幕の外へと抜け出した。

 

「逃がすな!」

 

 このまま逃走を許し、撤退している者達を追われては我々の意味がない。即座に令を発し、男を逃がさぬよう追撃を加える。

 しかし、此方の予想に反して男は近くの物資に掛けてあった布を剥ぎ取ると、それで迫り来る矢を打ち落とし、こちらへ再度前進を始めた。

 

「怯むな!絶えず矢を射続けよ!」

 

 だが、今度は止まらない。

 

(化物め。しかし…いったい何処の者だ?これ程の武勇ならば名なり顔なりが知れてる筈だが…)

 

━━━?…何だ?

 

 二度、三度と矢を打ち払いながら着実に間を詰めてくる男に違和感を覚える。男が使っている技術は手練れの兵士や傭兵が稀に使う業ではあるが、驚愕する程ではない。

 

(違う)

 

 男ではない、男の持っている“布がおかしい”。

 

(何故刺さらない?破れない?………!?)

 

 打ち落とす度に多少傷が出来ていくが刺さりも破れもせず、それどころか逆に幾つかの矢を“折っている”という異常。

 そこで思い出す。今回の作戦で総司令を担っている同僚(後輩)から聞いた話ではこの技術はあくまで盾を失った時の為の【使い捨ての盾】なのだと。

 

『達者な奴なら一、二矢ぐらいの単発なら幾らでも持たせられますが、隊列組まれての一斉射は無理です。精々一回、すげぇ運が良くて二回が限度ですね。ただの布革が鉄の鏃に敵うわけないでしょう?』

 

 所詮逃げるため、生き延びる為の業だと奴は言う。では“コレ”は何だ。

 

(布が【鉄にでもなった】というのか!?)

 

 「そんな馬鹿な事があるものか!」そう、叫びそうになるのを歯を軋ませながら押し留める。男との距離はもう7ヤルド(約19メートル)もない。

 

「た、隊長!このままでは!」

 

 兵士の一人から焦りの声が上がる。三本ほど持たせていた矢筒も既に二本が空になっていた。

 

「……前列、抜剣!」

 

 ある意味、死刑宣告を言い渡された前列の兵士達から一瞬、息を飲む声がするも彼等は即座に弓と矢筒を手放し、剣を抜く。

 

「吶喊せよ!」

 

 後列の一斉射と共に死兵となった十人が雄叫びを上げ、男に襲いかかる。

 

「…奴の動きが止まったら我等諸共、射殺せ」

 

「!、っは!」

 

 残った兵士達にそう言い残し、一足遅れて自身も剣を抜き吶喊する。あの男を前にして元より生還するつもりなど我々にはない。むしろ逆だ。長年兵士として戦ってきた己の勘が叫ぶ。

 

━━━何としても此処で奴を殺さねばならない。

 

 でなければ我等(カサンドラ王国)は更なる血を流す事になると。

 

 捨て身となった兵士達が押し寄せて来ると、男は持っていた布を正面へと放った。苦し紛れの目隠しかと思ったが、次の瞬間、先程と同じように土煙が巻き上がり、男の正面にいた五人の兵士が“千切れ飛んだ”。

 

「なっ!」

 

 あまりの事に絶句していると、今度は土煙の中から幾つもの炎が飛んでくる。思わず脚が止まり反射的に腕を顔の前に翳すが、炎の群が自分を襲うことはなく僅かな間を置いて、後ろから熱風とともに兵士達の断末魔が聞こえた。

 (化物)が前にいることも忘れ、後ろを振り返る。

 

━━━まさか(ありえない)

 

 炎に焼かれた兵士達を見ながら頭に過った言葉を、否定する。

 

━━━まさか(そんなはずはない)

 

 だが、この戦いを振り返れば“ソレ”は真実味を増してゆく。

 

━━━まさか(何かの間違いだ)

 

 男一人だけだった。魔女など何処にもいなかった。ならばどうやって男は兵士や物資を焼き払った。どうやって剣の外から五人もの兵士を切り飛ばした。

 

「魔…法………だと?」

 

 無意識に洩れた言葉に戦慄する。

 

「馬鹿な…」

 

 馬鹿なバカナばかな。【魔法(あれ)】を使えるのは異端者たる魔女だけだ。奴等の血族か。いや男がいるなど見たことも聞いたこともない。それにあの剣技や体捌きは戦場で培わはければ身に付けられはしない。分からないワカラナイわからない。奴は、あの男は何者なのだ。

 そこで混乱から意識が戻る。慌てて正面を向くと最後の兵士を切り伏せた男の姿が映り、この場に残ったのは自分一人だけだった。

 

 

 

 遠眼鏡で、カイムさんの、戦う姿を見て、恐怖で体が震えた。ユウキも、敵には、苛烈に攻撃をするけど、あの子のは、怒りからだ。

 彼は、違う。あんなに楽しそうに、あんなに嬉しそうに、敵を殺す人を、わたしは、見たことがない。

 

(何より)

 

 魔法を使った事が、衝撃だった。本来なら、私達(魔女)にしか使えない、筈なのだけれど。彼は、殆ど肌を晒さず、見間違いじゃなければ、たった今、“(金属)から”魔力を放った。

 

「ありえない」

 

 ぽつりと、言葉が洩れる。

 

(異世界…)

 

 昨日、姉様からの、ナーガさんの手紙を、読んだ時は、姉様なりの、冗談なのだろうと、リンネやリンナと、話し合っていたけど。それが本当で、カイムさんも、そうならば、目の前の、この事態(非常識)も、ぎりぎり、無理やり、納得できる。

 

「クゥ!カイムは無事か!?」

 

 考え込んでいたため、不意に、後ろから、姉様に声を掛けられ、胸がどきりとした。

 

「姉様、遅い」

 

「すまぬ。ユウキが予想以上にゴネてな」

 

 男嫌いの、ユウキらしい。難なく、想像ができた。木偶人形の、準備も終わって、他の子達も連れて、此方に戻ってきたらしく、ユウキの他には、アイスとケイ、リンナの姿が見えない。おそらく、彼女達が増援として、向かったのだろう。

 

「それで、下はどうなっている?」

 

 姉様の言葉に、戦が終わった事を、伝える。

 

「終わりました」

 

「…は?」

 

「だから、終わりました」

 

「いや、何が終わったのだ?………まさか、あやつ(カイム)が討ち取られたのではあるまいな!?」

 

「違う、戦が終わりました。」

 

 何故か、変な勘違いをしている、姉様に、首を振りながら訂正した。

 

『………』

 

 その言葉に、全員が、沈黙している。言い方が、悪かったのだろうか。

 

「カイムさんが、全部、やっつけました」

 

 もっと、分かりやすく、言葉にした直後、

 

『ハァ!?』

 

 今度は、全員が同時に、叫んだ。

 

「いやいやいやいや!待て、ちょっと待て!アイス達は今さっき出たばかりだぞ!?あいつ一人でか!?まだ二半刻(三十分)も経ってねぇんだぞ!?」

 

 興奮しているのか、ナーガさんが、大声で、捲し立てた。他の子達も、あれこれと、騒いでいる。

 

「クゥ、遠眼鏡を!」

 

 姉様は、わたしから、遠眼鏡を受け取り、下を確認すると、

 

「……出鱈目にも程があるぞ」

 

 唸るように、そんなことを言った。

 

「それで下が見えるのか?俺にも見せてくれ」

 

 下を見ている姉様に、ナーガさんが、せがむように言う。

 

「これは、魔力を通して使う吾等専用の【魔具】だ。お主が使ったところで何も見えはせん」

 

 その言葉に、項垂れるが、諦めきれないのか、ナーガさんは、手摺から、身を乗り出して、下を眺めだした。カイムさんは、魔法を使えるけど、ナーガさんは、使えないのだろうか。

 少しして、確認し終わった姉様が、半目で、わたしを睨んできた。

 

「…以前から、言葉や説明を極端に省略する癖を治せと言っておるだろう。焦ったぞ」

 

「ごめんなさい」

 

 治そうとは、思っているのだが、なかなか、治ってはくれない。

 

「ねぇ、姉様」

 

 お叱りの元は、これから頑張って治すとして、わたしも、姉様に、聞きたいことがあった。

 

「なんじゃ?」

 

「あの人は、カイムさんは、竜の化身?」

 

「?………何故、そう思う?」

 

 姉様は、怪訝そうに、問い返してきた。だって、今見ていた、カイムさんの戦い方は、

 

「まるで、【大型の火竜】が、暴れているみたいだった」

 

 カサンドラの兵士達は、カイムさんに、傷を付けることもできずに、切り裂かれ、焼き払われ、薙ぎ倒されていった。本物の竜に、襲われたかのように。

 

「そなたには、カイムがそう見えたのか?」

 

 その言葉に、頷く。

 

「…そうか、だが、吾もこやつ等に出会ってからまだ一日二日しか経っていない。殆ど何も分かっておらぬ」

 

 そんなことを、口にして、「しかし」と、顔だけを、下に向けながら、

 

龍王(ナーガ)竜の化身(カイム)か………とんでもない者共を拾ったものだ」

 

 ぽつりと、独り言の様に、姉様は呟いた。

 

 

 

「何故だ…」

 

 気づけば男に向かって叫んでいた。

 

「何故!異端者たる魔女共に加担する!?神の、人の敵たる、呪われた奴等に何故━━━」

 

 言葉は途切れた。正面から、男のカオを見てしまったから。

 

「………」

 

 男は答えない。「まだいたのか?」とそのメは、あらんかぎりの慈悲(殺意)を滲ませながら優しげに(苛烈に)細められ、弧を描いたクチは迷い子(獲物)を前にした司教()の様に穏やかに(愉悦に)歪んでいた。

 嗚呼、今になって本当に理解する。この男は兵士でも傭兵でも戦士でもない。ただの(化物)だ。

 そこに誇りはない、大義はない、あるのは只々、己を満たすだけの欲望だけ。

 

「……ハハ、ハハハハハハハハ…」

 

 可笑しくて堪らない。散々、ヤツがやったことを見ていただろうが。散々、アレを化物と罵っていただろうが。

 

「ハハハハ!アーッハハハハハハハハ!」

 

 なのに、心の何処かで人間扱いしていた。ヤツなりの大義があるのだろうと、思い込んでいた。

 その実、アイツにとって我々は欲の捌け口でしかなかったというのに。

 殺される。何の誇りも大義もなく、只、欲の捌け口として(凌辱)される。

 

━━━イヤダ、ソンナシニカタハイヤダ!

 

「ハハハ…━━━━━━!」

 

 絶叫しながら化物に斬り掛かる。全身全霊の力で剣を振り下ろすが、化物には届かない。受けられ、弾かれる。それでも斬りつける。

 

━━━当たるまで、何度でも何度でも。

 

━━━刃が欠けようとも、何度でも何度でも。

 

(殺す!殺す!殺す!コロス!殺す!ころす!コロス!)

 

 兵士(戦士)として死ぬのならいい、獲物()として死ぬのだけはイヤダ。

 

「!」

 

 どれだけ斬りつけただろうか。ガギリと、鍔迫り合いになる。剣から伝わってくる力は人間のソレではない。

 

「━━━!」

 

 奥歯が砕けるのも無視して歯を食い縛り、力を込めた。目の前にあのカオがある。見るな。そのカオでこちらを見るな。

 

(迫り負けたら死ぬ…セリマケタラシヌ!)

 

 そのカオを少しでも離そうと、腕に渾身の力を込めるが、

 

━━━ミキリ

 

 鉄が千切れる様な音と共に、化物の剣が振り抜かれ、右腕の感覚が無くなる。

 そのまま数歩下がった後、全身の力が抜け膝立ちになった。

 

「………」

 

 呼吸をしても風が抜けるような音しかしない。右腕に視線を送ると肩から無くなっており、血が水溜まりを作っている。腕を探すと、目の前の地面に肩と、胸部の一部を付けたまま剣共々切断されていた。

 

「………」

 

 化物が剣を振り上げていた。汗が噴き出して目が霞む。口の中に血が溢れてくる。

 死ぬ。自分は此処で死ぬのだ。

 

「………」

 

 霞む視界の端に人影が映った。まだ、誰かいたのか。頼む。誰でも良い。人影に向かって手を伸ばした。

 

「た、たひゅけ━━━




 とりあえず一回目のカサンドラ戦はこの様に終わりました。作中で行われている突っ込み所満載の戦術等はファンタジー戦術です。あまり気にしないで下さい。
 これで一巻の内の三分の二程度が終わりました。後、五話位で一巻終われたらいいなぁ。
 この後は気分転換もかねて一節から七節までの文章を追記修正しようと思っています。次話までまた時間が掛かるかもしれませんがご容赦下さい。

 ではまた次回お会いしましょう。

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