堕ちてきた元契約者は何を刻むのか   作:トントン拍子

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 お待たせしました。
 前回にも増してぐっだぐだな会話回です。本来ならカサンドラ戦の冒頭まで行く予定でしたが書いている内にこんなことになってしまいました。
 また、今話には落ち龍側への自己解釈とご都合主義という名の捏造が多分に含まれています。ご注意ください。
 後々、未読の巻に今回の話に矛盾が生じるような事が書かれていた場合出来るだけそちらに寄せるように書き直そうかと思っています。


第一章四節 思惑 (編集中)

 

 

 ハリガンの話を聞きながら頭の中で情報を整理する。

 この世界で魔法が使えるのは魔女であるこいつ等だけであり遥か昔は人と手を取り合って生きてきた。

 しかしそれも文明が進み、人の社会が大きく複雑になるにつれ人は異能を操る魔女に恐れを抱き始める。そして唯一絶対神を信仰する教会の台頭によってその溝は決定的なものとなった。

 以来数百年に続く人との争いによって魔女は大陸の端にあるこの黒の森まで追いやられ緩やかにその数を減らしているのだという。

 次に魔法だが、これは俺が知るそれとは在り方がかなり異なる。一番の違いは鉄などの金属及び衣服が魔力を遮断し、魔法の行使を著しく損なわせることだ。

 特に金属類は魔力の循環を完全に遮断してしまい、仮に鉄の鎧で体を覆った場合完全に魔法が使えなくなるらしく逆に裸ならば最大限に行使できるらしい。

 それなら何故小物程度とはいえ金属の装飾や宝石を身につけているのだと疑問を口にしたがハリガンによる答えは、

 

「そなたには理解できまいよ」

 

 と、冷やかな目で呆れられた。奥の女共も似たような目つきでこちらを睨んでくる。確かに理解出来ない。

 女が自身を着飾ることに執着を持っているのは知っているが、自分の命と装飾や金銭にしかならない色のついた石ころが対当の価値であるはずがない。

 話が逸れたがこの世界において異能である魔法を行使するこいつ等が何故人に負け、俺に驚いたのか理解した。

 人に負けたのは数の違いもあるのだろうがそれは要因の一つでしかなく決定打となったのは魔法そのものにある。

 推測でしかないがこいつ等の魔法は本来、他を害するものでは無い。数百年の争いの中でその様に改良してきたのだろうがそれだけの時間があったのならもっと汎用的かつ多様性に富んでいるはずだ。

 それが出来なかった為に己と相性の良い魔法を重点的に伸ばす方法しか取れなかった。

 更に都合の悪いことにこいつ等の魔法は【他を害する】事はできても【自分の身を守れない】。ハリガンが俺の剣を払ったのを見るに最低限の事は出来るだろうがそれだけだ。おそらく障壁すら張れまい。

 魔力や魔法の特性上、防具すら纏えず肌を多く露出させなければならない為百の矢、千の矢を降らされればそれで終わり、毒矢ならば腕利きが十射れば事が済む。

 こいつ等の魔法を見たのは先の戦闘とこの呪符くらいだが話を聞く限り戦争という集団での殺し合いでは使い勝手の悪い印象しか受けない。

 追い打ちを掛けるように魔女は殖えにくい。男と交われば女だけという前提はあるが普通に子は出来る。が、全てが魔女になるわけではない。

 流石に五分と言うほどの賭けではなく、稀に祖母から孫への隔世での魔力の発現もあるとの事だがそれでも十人産まれて二、三人は魔力を有しない子が現れるとハリガンは言う。

 

(今までよく滅びなかったものだ)

 

 本当に戦争向きではない種族だ。連れてきた男共をこちらで使わないのかと問うが人と争い始めた時からの習わしで事を終えれば殺すか森から放逐するのだという。

 

「殺す、と言っても何も恨み辛みや見せしめで殺すのではない。今はそれ【相応の理由】がなければ記憶を消し去る秘薬を飲ませた後、僅な水と食料を持たせて森の外へ解放しておる」

 

 思わず言葉が出そうになったが言ってやる義理も無いため口を噤んだ。

 魔女の話を聞き終えると何故こいつ等が俺や俺のいた世界の魔法に驚いたのか理解できる。

 これで俺が剣に魔力を通して瞬間的に切れ味を増したり、周囲を薙ぎ払う事が出来ると知ったら卒倒するかもしれない。

 一呼吸おいて話はハリガン達が争っている人と国へと移る。

 現在ハリガンが率いるハインドラ一族は黒の森と領土が隣接しているカサンドラ王国と戦をしている。戦と言っても小競り合い程度で時折くる百人程の部隊を相手取っているだけのようだが。

 

「カサンドラの連中は弱いとは思わぬが精強と言えるほどでもない。防衛に専念すれば吾等だけでも追い払える。本当に厄介なのは」

 

 教会の奴等だとハリガンは苦い顔をした。

 唯一絶対神を信仰し魔女の撲滅を謳う教会はあらゆる手を使いこちらを攻め立ててくるらしく、そいつ等が組織している討伐隊もカサンドラ軍とは練度も士気も桁が違うと言う。

 昔と違い黒の森まで進軍してくることは稀であるが今よりも大きな勢力だったハインドラ一族をここまで削りきったのは教会の奸計や討伐隊の力が大きいらしい。

 

(【教会】か………どうも俺はそれに縁があるようだ)

 

 両親の仇であり滅ぼすべき敵であった帝国もその実態は天使の教会を中核とする宗教国家だった。

 だがそんな些末な感慨など最早どうでもいい。戦いがある。戦争がある。敵を、殺せる。幸いにもこいつ等に手を貸す理由がある。ならば手を貸そう。それで戦えるなら。それで敵を殺せるなら。例えこいつ等の駒となろうとも。

 空虚だった心の中が満たされてゆく。「アイツ」を手に掛け、こんな目に遭おうともソレを求めてしまう自分自身にとうとう骨の髄まで狂ったかと嘲笑する。

 

(だが、それでいい)

 

 戦い、殺せるのなら。この胸の内に巣くう【ナニカ】を忘れられるのなら。

 その後もハリガンの説明は続いたが俺には聞き流す程度の余裕しかなかった。

 

 

 

「ふぅ」

 

 カイムにこの世界の事を説明し終え、共闘の約定を交わした後アイス達と共に部屋を出た。ケイが話したがっていたが明日の顔見せの機会にしてもらう。

 昼間の事もあり念のため部屋に感知用の血界を張り、手の拘束も明日までしていてもらう旨を伝えた。

 共闘すると約定した手前、流石に気分を害したかと思ったがカイムは話が終わると好きにしろと言わんばかりに呪符を外し寝入ってしまった。

 

(ふてぶてしいというか考えなしというか)

 

 おそらくは吾等を警戒するに値しないとでも思っておるのだろう。

 普通に考えれば武具を剥ぎ取られ、拘束された状態で己を殺しうる力を持った者達に囲まれていれば隠そうとも恐怖や不安が言動のどこかに表れるものだがあやつには終始それが無かった。

 昼間の時もそうだがあのカイムという男は死を恐れていない。恐怖も感じてはいない。まるで心のタガが壊れ、狂っているかのように。

 

(事実、そうなのだろうな……)

 

 でなければあの態度を説明できない。

 

「アイス、この後少し飲むが付き合うか?」

 

 ケイとノノエルを先に部屋へ返し晩酌にアイスを誘う。

 

「はい、喜んで」

 

 アイスもこちらの意図を察し頷く。

 そのまま吾の部屋に着くとアイスを先に座らせ棚の中から秘蔵の一つを取り出した。

 酒と小振りの杯を手に持ちアイスの対面に座る。封を開け二つの杯に酒を注ぎ一つをアイスの前に差し出した。

 

「遠慮はいらん。飲め」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 そう言ってアイスは酒を一口つけると目を丸くする。

 

「…これ、姉様の秘蔵のものではありませんか?」

 

 よろしいので、と言外に言ってきたので、

 

「気にすることはない。それに今日はそなたに随分迷惑をかけた。罪滅ぼしには足らぬが受け取ってくれ」

 

 そう返してやる。

 

「なら遠慮なく」

 

 言うなりアイスは酒を一息に煽った。性格や外見に似合わず酒好きでハメを外したのなら一人で酒樽一本を空にする。他にも少々酒癖が悪いのだがこの量なら大丈夫だろう。

 酒瓶が空になるまで他愛もない雑談に花を咲かせ酒を味っていたがそれも終わり、お互いしばし無言になる。

 

「アイス、そなたはあの男を……カイムをどう見る?」

 

 こちらから切り出した問いにアイスは反芻するかのように僅かに俯き言葉を紡ぐ。

 

「そう、ですね。率直に言うなら怖い人、でしょうか。ですがよく分かりません」

 

 そこで一度言葉を切ると少し言い難そうにこちらを見てきた。続けるよう目線で促す。

 

「…対峙した時の彼は寝物語で聞いた悪魔のようでした。しかし先ほどの彼は何もかもに疲れきっているような……まるで御婆様達のように見えたのです。あまりに落差がありすぎて、最初は同じ人とは思えませんでした」

 

「なるほど」

 

 アイスの言う御婆様、魔女だった先達者たちを思い浮かべ納得する。

 今でこそカサンドラ王国との小競り合いですんでいるが彼女達の代は教会との争いが激化していた時である。戦って、戦って、戦い抜いて、この森を死守したのだ。当然、人間に対する嫌悪も吾等とは比べ物にならぬほど深い。

 戦いで死んだ者達は幸福だ。捕まった者は魔女どころか【女】としての尊厳すら嬲り尽くされ、殺されて逝ったと憎悪に塗れた顔で幼い吾に言い聞かせていた。そしてそれ以外の時はまるで脱け殻のように、今現在も残りの生を空虚に過ごしている。

 確かに先のカイムの顔とその顔が重なる部分がある。が、思い比べてみるとやはりと言うか、だからこそあやつもナーガも吾等には必要だという想いが強くなる。

 

(このように想えるのも「彼の御人」がいたからなのだろうな)

 

 名も知らぬケイの【父親】を思い出す。彼に出会わなければ吾がカイムやナーガを保護する事もなく、ここまで穏やかにもなれなかっただろう。

 その様に思考を巡らせていると今度はアイスから問いを投げ掛けられた。

 

「姉様は彼に光を見たとおっしゃっていましたよね?確か…"生き残り"、"抗う"と」

 

「あぁ、ナーガもそうだったがカイムも吾等には無い、いや無くしてしまったモノを持っておる」

 

「私達が無くしてしまったもの?」

 

「そうだ。………なぁアイス、吾等魔女がこの黒の森に追い立てられてどのくらい立つか知っておるか?」

 

 唐突な話題の変わりようにアイスが訝しむがそれでも律儀に返してきた。

 

「百年と少し程、でしたでしょうか」

 

「そうだ。ならば御婆様方がどんな生き方をしてきたのかも知っておるな?今でこそああだが彼女達もその前の先人達も恐らくはカイムと同じだったかもしれん」

 

「カイムさんと同じ、ですか?」

 

 アイスの言葉に頷き言葉を紡ぐ。

 

「魔女を存続させ、今一度大手を振って生きられる未来を掴みとる、とな。だからこそこんな大陸の端まで追いやられても、諦めず息を潜めるような暮らしを選んだのだ」

 

「………」

 

「だがそれも最早不可能だ。百年前と比べて魔女の数もその時の半数以下になってしまった。今、他の氏族を全て集め攻勢に出ても人間共に一泡吹かせてやることしか出来ぬ。それで終る」

 

 そもそも吾の召集であやつ等が集まることなど無い。特にヴィータなど「何を今更。自棄でも起こしたのか?」と一笑するだけであろう。

 

「もう吾等には此処を守る事しか出来ず、もうそれでよいという風潮が蔓延している。誰も彼も諦めてしまっておるのだ」

 

 "今さえ生きられればいい"と先を、未来を見ることを止めてしまっている。その行き着く所は滅びだというのに。

 だからこそ吾は知恵を絞った。ケイの父親の事もある。また人と手を取り合い和解できないかと、しかし考えれば考えるほど自分達は手詰まりであることしか分からず、明確な打開策など浮かんでは来なかった。

 丁度その折だった。ナーガとカイムが此処に来たのは。

 

「吾がナーガとカイムに光を見たのは願望から来る都合の良い幻だったのかもしれん。あやつ等もいきなり言葉も通じぬ見知らぬ土地へ放り出され、家族や仲間の元へ戻る手段すら無い状況だ。なのに両者とも"それがどうした"と言わんばかりではないか」

 

 ナーガにいたっては記憶すら失っておるというのにそれすらも笑って受け入れてみせた。

 

「あやつ等が此処にいることで全てが好転するとは思わぬ。だが、あやつ等が此処にいることで何かが変わる切っ掛けにはなるはずだ。吾等魔女の間に停滞し淀んでいる風を僅でも吹き払ってくれるのなら」

 

 一人は悲観せず前を見続ける強さで。

 一人は諦めず抗い続ける強さで。

 

「吾はその【幻】に賭けてみたい」

 

 あぁ、今日は本当に"魔女"らしくない。まるでお伽噺に夢を見る"少女"の様ではないか。

 アイスは珍しいものでも見たかの様に目を丸くさせた後、いつもの様に微笑んだ。

 

「そうですか。それなら私も微力ながらお手伝いさせていただきます。それにしても……ふふ」

 

「なんじゃ?いきなり笑い出して」

 

 口元に手をあてくすくすと笑うアイスに僅かに眉を寄せて問う。

 

「すみません。こんなに楽しそうに話す姉様は久し振りでしたので」

 

「そ、そうか?」

 

 そんなに熱が入っていたか。頬が僅に熱くなり、目を反らす。それを見たアイスがまたくすりと笑った。

 ひとしきり笑った後アイスは真面目な顔に戻る。

 

「ならば、今彼等のことを御婆様達に知られるのは不味いですね」

 

「あぁ。しかし隠し通すにも限度がある。……十日持てば上々か」

 

 隠居した身であるゆえ今の長である吾程の発言力は無ないが御意見番としてあれこれ言ってくるだろう。

 それはいい、その程度なら吾だけで対処できる。問題はあの時のような【凶行】に走る者がいた場合だ。その瞬間全てが終わる。

 

「どうにかして御婆様方を納得されられるだけの理由が欲しいな」

 

「そこなんですよね。………戦場にでも連れていって功績を獲らせてみますか?」

 

「悪くはないが一人は実力が未知数、もう一人は実力はあれど死にかけだ。それにそう都合よくカサンドラの連中が来るとは思えん」

 

「でしたら━━━」

 

 その後もあれこれ意見を出し合ったが結局は実を結ばず憂いだけが残る形となる。

 しかしその憂いも次の日には吹き飛ばされてしまった。

 それだけではない魔女も、淀んでいた風潮も、カサンドラ王国を初めとした国々も、大陸の隅々まで根を生やした教会も、その全ての歴史すらも。

 異世界から迷い込んだたった二人の男が【天災】としか言えぬ大嵐を大陸中に吹かせるなど、この時は誰も予測も予知も出来なかった。

 その起点が起こるまであと一日足らず。




 カイムとハリガン各々のパートで話が噛み合わない部分がありますが、各自の主観によるものだと解釈して御容赦下さい。
 一息ついたら全話のハリガンの口調を修正しようと思います。
 次話は来月の中頃を予定しています。

 また、次回お会いしましょう。

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