堕ちてきた元契約者は何を刻むのか   作:トントン拍子

15 / 21
 お待たせしました。
 今話で一章は終了です。まさか一巻終わらせるのに一年と十ヶ月強かかるとは思いませんでした。なんという遅筆………。
 一章最終話は何時も通り時系列ぐっちゃぐちゃの会話会で、二章へのプロローグにもなっています。

 では、肩の力を抜きつつお読みください。


第一章終節 胎動 (編集中)

 

 

 

━━━カイムの奇襲によりカサンドラ軍臨時大隊の第二中隊が敗走した翌日の昼過ぎ

 

 

 

(………何をしているのだ?)

 

 一の砦より少し離れた場所。巨樹の上に作られている一人用の小屋で一人の魔女は首を傾げた。

 長い銀髪に褐色の肌、整った(かんばせ)から察せられる歳の頃は十代後半ほど。

 身に付けているのは肩から羽織っているマンテラのみであり、アイスに負けず劣らずの豊満な肢体を惜し気もなく晒している。

 自身が属する一族の長の命により定期的にやって来てはハインドラ一族を覗き見、もとい監視と報告を行っている(二の砦、三の砦の近くの巨樹にも同じ小屋を作っている)のだが、

 

「何故あんなに柵を作っている?いや、そもそもなんで男が………」

 

 彼女を混乱させている一番の理由がそれだった。

 開けた小屋の窓から遠眼鏡越しに見える砦の中では、黒髪の男がハインドラの魔女達にあれこれ指示を出し、暗い焦げ茶髪の男は魔女に混じって柵を作っている。

 ハインドラの方も男がいる事に対して特に反応がない。全員が一心不乱に各々の作業をしている。

 

(確か、最後に【種】を仕入れたのが六、七年前くらいだったか?…しかし、まだどの一族からも【種】が要る話など挙がってはいない。(かか)様もまだ魔力は衰えていないし)

 

 ハインドラの長が一の砦(ここ)にいる時点で間違いなく人間共は来ている。

 自分が来る前に戦って捕まえたのだろうか。ならばあの男共は、以前人間の本で見た奴隷というやつか。

 

(…いいや、それはない)

 

 基本、【種】の仕入れ以外で魔女が人間、ましてや男に関わるのは厳禁だ。何より長老衆が許しはしない。

 例えそれが人間との戦の矢面に立ち、そのため他の長達よりも発言力があるハインドラ一族であろうともだ。

 だが、己の目に映る現実は違う。

 

(何故だ?うーむ…)

 

 魔女は考える。

 

 

(うーむ……)

 

 

 考える。

 

 

 

(うーむ………)

 

 

 

 考えた末、

 

 

 

 

 

 

(かか)様に報告するか」

 

 面倒になって考えるのを止めた。

 窓を閉めて薄暗くなった小屋の戸棚に遠眼鏡を置くと魔女は羽織っていたマンテラを頭まですっぽりと被る。

 すると、まるで落とし穴にでも落ちたかの様に女の体が床へと沈んでゆく。

 魔女の体が沈みきった後に残ったのは羽織っていたマンテラのみで、もう小屋の中に魔女の気配は無く、静寂だけがその場を支配していた。

 

 

 

━━━ライバッハ率いる臨時大隊がエイン砦から魔女の棲む黒き森へ出陣する当日

 

 

 

「これはこれは、遠路遥々(えんろはるばる)ようこそお()で下さいました。アイユーブ管区長殿」

 

 カサンドラ王国の国都にある王宮。

 その謁見の間で国王であるカサンドラ三世は王座から立ち上がり重臣達と共に旧教会からの来訪者、カサンドラ王国を含むこの辺境地域一帯を管轄としているアイユーブ枢機卿を迎えていた。

 

「お気になさらないで下さい陛下。多忙な御身でありながら我等を迎えて入れて下された事を感謝いたします」

 

 聖職者然とした微笑みを浮かべながらアイユーブは(うやうや)しく礼を返し、彼の護衛たる十名の神聖騎士達も最敬礼をとる。

 

「余よりも(けい)の方こそが多忙であるだろうに、流石は教会の次代を担う傑物であるな」

 

 そう言ってカサンドラ三世はアイユーブを見る。

 この痩身長躯(そうしんちょうく)の男はまだ二十代後半という若さで枢機卿まで(のぼ)り詰めてた麒麟児である。

 そのため“黒い噂”も幾つか聞くが、半ば妬みによるものであり、こうやって言葉を交わす限りでは敬虔な聖職者でしかない。

 

「お褒め頂き恐悦至極に御座います。されど(わたくし)の様な若輩は大いなる()の威光を汚さぬよう日々精進するのみです」

 

 アイユーブの言葉にカサンドラ三世は鷹揚に頷いた。

 

「このまま立ち話もなんだろう。少々早いが晩餐の準備をしてある。どうかな?」

 

「喜んで」

 

 そう返したアイユーブを見た後、彼に付き従う神聖騎士達を一瞥して、

 

「貴殿等にも宮内の礼拝堂にて準備をさせた。旅の疲れを癒すが良い」

 

 最敬礼をしたままの“兜を外さない”神聖騎士にカサンドラ三世はそう言った。

 本来であれば国王との謁見で頭全体を覆う兜(フルフェイス)を外さないのは非礼中の非礼にあたるが、それを咎める者は国王を始めとして誰一人としていない。

 旧教会の【教王】直属の近衛兵団。その下部組織にあたる彼等は教会の枢機卿や大司教を守護する【盾】であり【剣】。つまり彼等の【武具】という認識でしかない。

 故に近衛兵と同じく彼等が人前で素顔を(さら)すのは教王と聖職者の神子(みこ)の前だけである。

 

「陛下の御慈悲に再度感謝致します」

 

 再びカサンドラ三世に礼を返し、アイユーブは控えている神聖騎士に目配せする。

 騎士達は僅かに頷くと旧教会からカサンドラ王国に派遣されている神父に連れられて謁見の場を後にした。

 

「我々も場を移すとしよう。こちらへ」

 

「はい」

 

 カサンドラ三世に促されてアイユーブが横へ並び、両者の後ろに重臣達が続く。

 談笑しながら一同は晩餐の間へと足を進めた。

 

 

 

━━━ナーガ及びハリガン達がライバッハ率いる臨時大隊を策にハメた直後

 

 

 

「………………くふっ」

 

 大断崖の斜面で噴き上げる爆炎と煙りを巨樹の小屋から遠眼鏡で観ながら一人の魔女が(こら)えきれず喜悦の笑いを溢す。

 

「くふっふっ、くははははは!あーっはっはっは!」

 

 全裸のまま小屋の窓辺に腰を掛け、片手でバンバンと窓辺を叩き、足をパタパタ振っている。

 白に近い薄紫の髪に凹凸のない華奢な体、背丈も小さく齢十ほどの少女が愉快愉快と笑い、腹を捩らせている。

 

「なんじゃあれは!?なんじゃなんじゃ!?ふははははは!見たかエリュー?人間共のあの呆けた(つら)!くふふふ!だ、駄目じゃ、腹が痛い!あーっ、………ご隠居方が観たらさぞかし悦んだじゃろうな。ぷっ~~~!」

 

「えぇ、遠眼鏡がないのではっきりとは見えませんが観てますよ【(かか)様】」

 

 エリューと呼ばれたマンテラを羽織った魔女、エリュシオーネは今だ笑いが治まらない少女の様な己が一族の【長】へ相槌を返す。

 

「それとあまり騒がないで下さい。一応(むこう)から見えないように擬装してありますが、下手をするとあの双子に見つかりますよ?」

 

「構うものか。ハインドラには幾らか貸しもある。見つかったところで(シラ)を切ればよい」

 

 エリュシオーネの憂いを切って捨て、長は遠眼鏡を斜面から望楼へと移す。

 

「やったのはレラかの?」

 

「でしょうね。当代のハインドラで炎を扱うのはあの子くらいですから。しかし、これ程大規模な魔法(モノ)は見たことありません」

 

「ふむ……魔女を捨て、森を下りた奴等の【先代】が戻ってきた訳でもあるまいし、やはりお前が見た男共の入れ知恵か」

 

 長の言葉に「おそらくは」とエリュシオーネは返す。

 魔法という異能を操る魔女は基本的にこんな回りくどい小細工はしない。

 特に戦う事に特化している者は自身の持つ魔法への矜持から、敵対者を正面から()()せ、叩き潰す事を良しとしている。

 しかし、

 

「こんな面白い事になるなら吾等も人間を子飼いにしてみるか?」

 

「…(かか)様」

 

 流石にそれは不味いと釘を刺すエリュシオーネに長は手を振って茶化す。

 

「冗談じゃ、そう怖い顔をするな。…おっ?ハリガン共が降りてきたの。………ほう、どちらも“悪くない”」

 

 ハリガン達と共に望楼から降りてきた二人の男(ナーガとカイム)を見て長はそう呟いた。

 一人はエリュシオーネと同じか一つ二つ年若い男。もう一人は自分とハリガンの間くらいの年齢の男。

 好みでいえば後者だが、前者も己が魔女を退き、子を作る時に(あて)がわれても受け入れられる程には容姿が整っている。

 

「さてと、観るものは見たし帰るとするかの。ご隠居方にも報告せねばならんし」

 

 座っている窓辺から“ふわり”と宙返りをして小屋の中へ入った長の言葉にエリュシオーネは(いぶか)し気な視線を送る。

 

「…てっきり奴等への交渉材料(嫌がらせ)のためにおばば様達には黙っているものだと思いましたが」

 

「馬鹿を言え。いくら吾がいい加減だろうと掟は掟じゃ。心苦しいがこんな面白…、掟破りは罰せねばならん。あぁ、困った困った」

 

(今絶対面白いって言った)

 

 また長の悪癖が出たなとエリュシオーネは内心溜め息を吐く。

 興味を持った事柄に対して躊躇無く首を突っ込み、自身も被害を(こうむ)ろうとも場を引っ掻き回して楽しむのが我等が長である。

 こうなると自分はおろか、“一応”同格である他の一族の長や長老衆にも止められない。

 

(せめて、こちらに被害が飛んで来なければ良いのだが…)

 

 そんな淡い希望を抱いていると、

 

「何をモタモタしておるエリュシオーネ!さっさと戻る準備をせい!」

 

 駄々をこねる子供の様にせっつかれた。

 

「……少々お待ちください」

 

 背を向けたまま気付かれないように息を吐き出してエリュシオーネは窓を閉めると、スレイマーヤ一族の長であるヴィータ・スールシャール・スレイマーヤへと向き直った。

 

 

 

━━━カサンドラ王国来賓用の晩餐の間にて

 

 

 

「教会の栄光に━━━」

「カサンドラ王国の繁栄に━━━」

 

 

 

『乾杯』

 

 

 

 カサンドラ三世とアイユーブ枢機卿が酒杯を掲げ唱和し、重臣達もそれに続く。

 その後は宮廷料理人が腕を振るった料理に舌鼓を打ちつつ談笑が始まる。

 話の内容としては今年の何々の作物は出来が良く豊作になるだろうから、自身の身内の自慢話などの当たり障りの無いもの。

 先の大戦から隣国の何処とはやっと和平が成立し徐々に国交が回復している。だが何処とはまだ緊張が続いており、出来るなら管区長であるアイユーブに間を取り持ってほしいなど、少々込み入った政治の話も挙がったが終始穏やかな会話であった。

 

「ところで陛下。魔女の森への侵攻作戦は如何ほど進んでおられますか?」

 

 晩餐のメインを食べ終え、談笑も途切れ始めた頃を見計らいアイユーブは【本題】を口にした。

 

『…』

 

 静寂。場の空気が冷やかに張り詰めてゆく。

 

「…準備は着々と整えられている。あの大戦からまだ数年しか経っていないが、我が国がここまで早く建て直せたのは間違いなく(けい)のお陰だ」

 

 そう言ってカサンドラ三世は謝辞を述べる。

 大戦と言っても何も大陸全てが巻き込まれた訳ではない。中央に近い北西の隣国同士の戦争が飛びに飛び火して北西全土と中央、東北の一部を巻き込んだのだ。

 

━━━戦乱に乗じて領土を増やそうとする国

 

━━━それを迎え撃つ国

 

━━━被害を最小限にするという名目で隣国と同盟を結び国同士の繋がりを強めようとする国

 

━━━同盟を笠に飲み込もうとする国

 

 など様々だったが、その真相は旧教会と新教会の【代理戦争】でしかなかった。

 なお、この事実を知っているのは両教会の上層部だけである。

 

「いえいえ、私共がしたことなどほんの些細なことです。全ては賢君たる陛下の手腕あってこそ」

 

「あれだけの援助を些細と?あまり卑下するものではないぞ管区長殿」

 

 アイユーブの言葉に僅かに呆れを乗せてカサンドラ三世は彼を(たしな)めた。

 

「必要以上の謙遜は必要以上の敵を知らずの内に作ることもある。気を付けられよ」

 

「…陛下の忠言、しかと胸に刻ませて頂きます」

 

 アイユーブは胸に手を置き頭を下げた。

 それを見たカサンドラ三世は話を本題へと戻す。

 

「さて、此度の侵攻作戦の指揮はゲオバルク将軍に一任している。…将軍、詳細を」

 

「はっ」

 

 国王から指示を受けた老将ゲオバルクが椅子から立ち上がる。

 

「今回の作戦の総指揮を任されたゲオバルクと申します。現段階では本日付でエイン砦から魔女の根城である黒の森へ傭兵を含めた総勢七百人の臨時大隊を先遣隊として派遣しました。彼等には本隊である我々が到着するまで魔女のを疲弊させる任を与えております」

 

 語られる作戦の説明にアイユーブは顎に手を置き思案顔になる。

 

「大隊規模の派遣ですか……、となると本隊の数は如何ほどになるのでしょう?」

 

「二千人を動員します」

 

 ゲオバルクの返答に驚いた様に目を見開き、カサンドラ三世へと視線を向けた。

 

「二千とは……随分と思い切りましたね」

 

 今のカサンドラ王国で二千人、いや、先遣隊を含めれば二千七百人。王都の他に抱えている三つの城郭都市に配置された守備兵を除けば、この数は今のカサンドラ王国の“全兵力”である。

 

「戦力を出し渋って失敗するよりも、持てる戦力を全てぶつけた方が最終的には被害が少ないだけの事だ。それに(けい)からの【情報】もある」

 

 そこでカサンドラ三世は一度言葉を区切る。

 

「…提供されたその情報により魔女共の数、魔法、砦の守備力、その他にも多くを知ることが出来た。感謝する」

 

「いえ、それこそ民拾者(みんしゅうしゃ)の力あってこそです」

 

 それを聞きカサンドラ三世は「なるほど」と納得して頷いた。

 民拾者(みんしゅうしゃ)とは旧教会における情報機関の総称であり、近衛兵団と神聖騎士団が旧教会の【武具】であるなら、民拾者(彼等)は旧教会の【目】と【耳】として機能している。

 だが、半分はアイユーブの【嘘】だ。

 いや、彼の言葉に嘘は無い。必要が無いから“語らなかっただけ”のこと。

 いかに民拾者と言えども魔女の血界を完全にくぐり抜けることは不可能である。

 それを(おくび)にも出さず、アイユーブはカサンドラ三世からゲオバルクへと視線を戻して問いかけた。

 

「ゲオバルク殿、侵攻の具体的な日程をお聞きしてもよろしいてしょうか?」

 

「はい、これより十日後、二千の人員をエイン砦へ集め、更に十日かけて武装と兵糧などを準備、作戦の方針を煮詰めた上で万全の状態で出陣いたします」

 

 過剰なまでに慎重だなとアイユーブは思う。

 出来ることなら後十日、いや五日早く出陣してほしいのだが、ある意味カサンドラ王国の未来を左右する一戦である。ともなれば致し方無しと思うことにした。

 アイユーブは立ち上がり賛辞を送る。

 

「素晴らしい。魔女の討滅こそ人の繁栄、そしてカサンドラ王国の繁栄に繋がります。我等が偉大なる父の加護の下、王国の勝利は必然となりましょう」

 

 アイユーブの言葉に張り詰めていた場に【熱】が帯びる。

 

「神の名の下、異端者に破滅の鉄槌を、永劫の苦しみを、そして王国に輝かしき栄光と繁栄を!」

 

 アイユーブが酒杯を掲げる。国王も重臣達も立ち上がり酒杯を掲げた。

 

「我等に栄光と繁栄を!」

『栄光と繁栄を!』

 

 カサンドラ三世に続き重臣達も声を張り上げた。

 

(そう、これで準備は整った)

 

 彼等を見てアイユーブは満足気に笑みを溢す。

 

(あの異端者共を完全に滅する為には“露払い”も大事ですからね………)

 

 そんな己の語った【嘘】と【本音】を笑顔(仮面)の内に隠しながら。

 

 

 

 これを基点に世界は胎動する。

 後に、とある国の立国史、または歴史書に「魔女の反乱」と書かれる一連の戦乱。

 その始まりに(しょ)される第一戦の火蓋が切って落とされようとしていた。




 時系列で混乱されているかもしれませんが簡単に表すと、

王国の晩餐→カイムが来る三日前
覗き見→カイムが来てから二日後
爆笑&チクリ→カイムが来てから四日後

 となります。
 落ち龍原作をお読みになっている読者様的には今回の出てきた登場人物全員が誰だテメェ状態ですがDODクロスの影響だと思ってご容赦下さい。
 それと武器物語のカイムの剣は日曜日の深夜から月曜日の昼頃投稿します。
 人物表もとい人物紹介は活動報告に載せることにしました。早ければ来週の水・木曜日辺りに掲載しようと思います(三人程の予定です)。
 ここまで読んでくださった方
 感想を書いてくださった方
 お気に入りに登録してくださった方
 評価をしてくださった方
 皆様に多大な感謝を
 これからもマイペースではありますが「堕ちてきた元契約者は何を刻むのか」をよろしくお願いいたします。

 では、また二章でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。