堕ちてきた元契約者は何を刻むのか   作:トントン拍子

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 イヤッフー!書き上げたぞー!イェーイ!

注)深夜のテンションで可笑しくなっています。

 前回、中途半端な所で切ってしまったため、少しテンポが悪いかもしれません。猛省せねば………。

 では肩の力を抜いて気軽にお読みください。


第一章十四節 祝勝 (編集中)

 

 

 

 「結果は変わらない」。笑いながらナーガはそう言いきった。

 下の斜面ではカサンドラ軍が二つ目の柵を壊し始めている。止めを指すには、もう一つ柵を壊してもらわなければならないが、この調子なら問題ない。

 前線に出ている指揮官の傾向は開戦時の木偶人形(捨て駒)で大まかに把握出来ているし、後ろに陣取っている総大将は静観を決め込んでいる。

 もしかしたら両者とも何かしらの違和感を感じているかも知れないが、今の好機を逃してまで軍を下がらせる程ではないのだろう。

 何せ、今まで散々苦渋を舐めさせられてきた怨敵が防戦一方な上、手の届く距離で“背中を見せて逃げている”のだ。「追うな」と言う方が無理である。

 

(………)

 

 ちらりと、横目でナーガを見る。

 形式は違えど今回のような魔法を用いた策は俺のいた世界でも少数ながら使われていた。

 だが異世界(ここ)に来るまで魔法を知らなかった男が魔女から魔法()を聞いただけでコレを思い付き、実行へと踏み切れるだろうか。

 魔法が無い分、工業技術が発達して魔法に変わる【道具】が作られ、戦術として確立していた可能性もあるが、そうなると、この男は本当に記憶喪失なのかという疑念が頭を過る。

 そこでナーガから視線を切り、思考を中断する。これ以上はただの不毛な妄想でしかない。

 

(妙な奴だ)

 

 この一言に尽きる。

 最初は飄々とした腹の読めない若者。今は軍師然とした策略家。

 興味、という程ではないが僅かに警戒せざるを得ない男。それが現時点でのナーガへの評価だった。

 

 

 

「急ぎ過ぎだアクレイム!速度を落とせ!」

 

 混成部隊の進軍速度を上げて魔女を追撃させるアクレイムにホラーツは制止をかける。

 

「ですが、今の様に抵抗されていては満足に後退も出来ません!もっと圧を掛けて奴等を完全に追い払わなくては!」

 

 その返答に面倒なことになったとホラーツは歯を軋ませる。

 柵を二つも潰せば魔女共も多勢に無勢と砦に逃げ帰ると踏んでいたのだが、現実はそう都合良くはいかないらしい。

 加えて魔女に対して攻勢を維持できている今の状況が部隊全体の攻めの気を増長させている。

 

(これ以上勢いが付いたら止められなくなる)

 

 最悪なのはこのまま深追いをしてしまう事だ。それだけは何としても阻止しなければならない。

 

「ライバッハに色気を出すなと言われたのを忘れたか!?」

 

「っ、しかし「いいから聞け!」…」

 

「お前の懸念も分かる。だが、勢いのまま奴等を追い詰めて増援を出されたら、こちらの被害も馬鹿にはならん。…焦るなアクレイム」

 

「……申し訳ありませんホラーツ殿」

 

「何、俺もお前ぐらいの頃は似たようなもんだった。後一つ二つ柵を壊しても逃げない様なら牽制射撃を掛けつつ下がるぞ」

 

「了解!」

 

 手間のかかる同僚(後輩)だとホラーツは内心苦笑する。

 

 

 

 一方、部隊の先頭では兵士達が三つ目の柵へと辿り着いていた。

 

 

 

 僅かに開けた大盾の隙間から兵士達が長槍の石突きで柵を壊し始める。

 

「ったく、面倒臭ぇな」

 

 兵士の一人がそう愚痴る。

 

「まったくだ。組が甘いから壊しやすいが、こう多いと、なっ!」

 

 もう一人の兵士がそう同意する。事実確かに数は多いものの柵の組み立て自体は想像以上に簡素なものだった。

 これなら入り立ての新兵の方がまだ頑丈な物を作る。時間稼ぎ以外の何物でもない。

 

「それに、また【札】が張ってあるぜ。魔女の(まじな)いか何かか?」

 

「知るかよ。害はないんだ、奴等の魔法が飛んで来る前にさっさと壊しちまおうぜ」

 

 兵士達は最初こそ見慣れない札に対して警戒をしていたが何も起こらないと知る今では装飾程度の認知しかしていない。

 彼等は長年の戦いで魔女がどの様な魔法を使ってくるかおおよそ分かってはいたが“どの魔女がどの様な過程を経て魔法を行使するか”までは把握出来ていなかった。

 

 

 

「【全員入ったな】?」

 

「うむ、ギリギリだが入っておる。これなら討ち漏らしもあるまい」

 

「善哉善哉、じゃあ仕上げだ。レラ、派手にやっちまえ。リンナ、巻き込まれない様にユウキとノノエルに全力で防御させろ」

 

 顔をこちらに向けずに声を掛けてきたナーガさんに返事を返、すと、意識を集中させてわたしと繋がっている全ての札へ魔力を満遍なく通、す。

 

「…『炎と覇王の非業の使徒よ、』」

 

 手摺から後ろへ離れた場所、で、わたしは今から放つ魔法のため全裸になって呪文を唱え始、め、る。

 少しでも魔力の無駄をなくすため、に。少しでも多く魔力を札に送るため、に。

 

「『燃えて火となり黙して死となり、』」

 

 急激な魔力の消耗に一瞬意識が遠退きかけ、る。だけ、ど、まだ足り、ない。

 

「『行きて活きて逝きて、念じ燃じ然じ、』」

 

 限界まで絞り出、して、わたしの魔力をありったけ送、る。

 

「『(かぎろい)の炎帝の加護と火后』!」

 

 呪文を唱え終わった瞬、間、耳をつんざく爆発音と共に地面が揺、れた。

 

 

 

(妙だな…)

 

 魔女との交戦を始めた第三中隊(ホラーツ)第五中隊(アクレイム)の混成部隊が早くも三つ目の柵を壊し始めた頃、俺の中に一つの疑問が浮かぶ。

 

「隊長、どうされました?」

 

 顔に出ていたのだろう。シリーエスが問い掛けてきた。

 

「……奴等、何故増援を出してこない?」

 

「?…確かに。何時もなら二体目の巨人を出すなり、砦から魔法で威嚇や牽制をしてくるはずですが」

 

 その言葉通り普段の魔女共なら直ぐにでも次の手を打ってくるのだが、今はその予兆すら無い。

 砦の望楼には数人の人影が見えるが慌てる事なく下を静観をしているように見える。

 

(仲間が劣勢に陥っているのになぜ……)

 

 

 

━━━まさか!

 

 

 

「シリーエス、前線部隊に撤退の伝令を出せ!」

 

 【罠】。それが脳裏に過り、背筋に悪寒が走ると同時に叫んだ。

 

「隊長?どうされまし「いいから早くあいつ等を下がらせるよう伝令を出せ!」っ、りょ、了解!伝令!」

 

 何故、もっと早く気付かなかった。

 何故、もっと慎重にならなかった。

 いや、そもそもこんな(発想)をいったい幾人が考えつくというのだ。

 こちらの進軍を“阻む為の防護柵”ではなく、“引き込む為の防護柵”など。

 

(木の巨人も、今の抵抗も、全て【囮】か!?)

 

 だとしたら、

 

(間に合うか?)

 

 しかし、俺の願いも虚しく伝令が飛び出した直後、前線の混成部隊の地面から爆発音と共に巨大な【火柱】が吹き上がり、全てを飲み込んだ。

 

『………………』

 

 悪い夢でも見ているのだろうか。

 俺も、隣にいる副官(シリーエス)も、誰もが唖然として声を発することが出来なかった。

 罠による被害を少しでも減らせるかと思っていたが、まさか全てを一網打尽にされるとは。

 

『━━━!!!』

 

 即死できなかった兵士達が断末魔を上げながら炎の海から転げ出てきた。

 意識が現実へと戻る。

 

「………………俺達の負けだ。これより我等はエイン砦へと撤退する!イグナーツ、本陣の第六中隊(エックハルト)に帰還の為の物資以外全ての焼き払えと伝令を送れ!合流場所はシュバイツ川の橋の前だ!」

 

「は、はっ!」

 

 早馬に乗った伝令を見送り、残った部隊を返そうとした時、シリーエスが待ったをかけた。

 

「待ってください!生存者の救助は!?」

 

「アレではもう助からん。…それに、ああも律儀に駄目押しされてはな」

 

 煙と陽炎に揺れる砦を忌々しく見やる。そこには正面の門を開く二体目の木の巨人がいた。

 

「………っ」

 

 悔しそうにシリーエスは顔を歪めた。

 

「であれば、今の俺達の使命はこれ以上一人も被害を出さず、今回得た情報をゲオバルク将軍に伝える事だ」

 

 カサンドラ(こちら)の【本命】、黒の森侵攻軍。その総司令官であるゲオバルクに今回の事を全て話さなければならない。

 だが、

 

(どれだけ信じてもらえる?)

 

 自分が将軍殿の立場なら法螺話と鼻で笑い、怒るだろう。それでも伝えるしかない。

 国を挙げて行う侵攻軍の戦力は俺が預かった臨時大隊の比ではない。

 しかし、しかしだ。この一件で“万が一”が俺の中に想定されてしまった。

 ならば伝えるしかない。どれだけ罵詈雑言で罵られ嘲られようとも。

 

(後はこの首が無事に繋がっててくれれば御の字なんだがなぁ…)

 

 首筋を撫でつつ、そんな軽口を内心で叩きながら俺達は撤退を開始した。

 

 

 

「………」

 

 目の前の光景に吾は目を奪われた。

 柵を作る傍ら、肉体強化で一族一の俊足を誇るアイスとそのアイス以上の速さで空を飛び回れるユウキで一、二、三の砦からレラの使う呪符と呪符になりそうな紙を片っ端からかき集め。

 その呪符を地面を(なら)す振りをしながら一番手前の柵から三番目の柵までの地面に“敷き詰めた”のだ。

 ナーガの策でこうなる事は予測できていたが、いざ目の前でカサンドラ軍の二百もの兵士が炎に飲み込まれるのを見ると、呆然としてしまう。

 

「…っ、リンナ!あやつ等は無事か!?」

 

 そこで我に返り、リンナに下にいる娘達の安否を問い質す。

 

「…えっ、あ、はい、ちょっと待ってください。━━━………大丈夫みたいです。ノノエルが気絶して、ユウキとケイが怒ってるみたいですけど、誰も怪我とかはしていないそうです」

 

 リンナの返答に安堵の息を漏らすと、後ろから倒れる様な音が聞こえた。

 

「レラ!」

 

 振り替えるとレラが床に倒れこんでいた。慌てて近寄り抱き起こす。

 

「大、丈夫…で、す。少…し疲れ、ただけ…です、か、ら」

 

 額に幾筋もの汗を流し、肩で息をしながら絶え絶えにレラは言葉を返しながら微笑んだ。

 

「無理を頼んで悪かったなレラ。やっぱ魔女(あんた等)すげーわ」

 

 ナーガが振り返りながら賛辞を送ってきた。顔に驚きと呆れと喜びを綯い交ぜにして、ついでに鼻の下を伸ばしながら。

 

「…後ろを振り返るなと言ったはずだが?」

 

 軽く()め付ける。

 

「っとと、…カサンドラ軍も撤退を始めたな」

 

 顔を正面に戻してナーガは話を逸らした。

 

「こっちの木偶人形(虚仮威し)を見て早々に逃げの一手。出来れば向こうの(かしら)も仕留めたかったな」

 

 軽口ではあるが言葉の中に僅かながら無念さが滲んでいた。

 

「ま、もう仕方ねぇか。……しかし、火計っていうか、火ってのはいいもんだな」

 

「?。どう言う意味だ?」

 

 その言葉の真意が分からず問い返す。

 

「いや深い意味はない、そのまんまだ。なんつーの?派手だし、分かりやすいし、何よりこう…【滅ぼした!】って感じが、さ」

 

 ナーガの近くにいたリンナとセレナが一歩二歩と距離を置く。

 おそらく笑っているのだろう。あの時のカイムと似た様な顔で。

 

「さてと、カサンドラも退いて行ったし、そろそろ下に降りようぜ。レラはここで休んでな」

 

「い、え、もう大丈夫で、す」

 

 レラがそう言いながら立ち上がるが、まだ足がおぼついていない。

 

「まだふらついているではないか。その調子で梯子から落ちては目も当てられぬ。大人しくしておれ」

 

「で、も」

 

「なら、わたしが看てます。何かあったらリンネづてで知らせますから」

 

 そう言ってリンナが手を上げた。

 

「だそうだ」

 

「…わかりま、した。姉様達も気をつけ、て」

 

 レラを備え付けの椅子に座らせ布を掛けた後、世話をリンナに任せて望楼から降り、吾等は斜面へと向かった。

 

 

 

「あたし等殺す気か!?」

 

「そうだ!そうだ!死ぬかと思ったんだからね!」

 

「悪い悪い。まさかあんな威力になるとはこっちも想定外だった」

 

 砦からカイムやハリガン達と共に降りてきた俺を見つけるなり開口一番にケイとリンネが文句をぶつけてきた。

 魔法で作った風と水の盾、更には矢避けの木の盾による三重の守りから大事には至らないと踏んでいたが、あの爆炎じゃさぞかし怖かっただろう。

 

(正直すまんかった)

 

 反省はする。ケイを含む下で頑張ってくれた魔女達の文句も罵倒も嫌味も甘んじて受けよう。

 だが、結果的には誰一人死ぬ事なくカサンドラ軍二百人を一網打尽に出来たのだ。悔いや後悔など欠片もない。

 

「………」

 

 などと思っていると、ケイ達の次に寄ってきたのはユウキだった。顔を俯かせ、全身から怒気を発しながらケイを追い越し俺の前まで近づいて来る。

 あまりの迫力に片足が半歩下がる。一体どんな罵詈雑言が飛び出てくるのか心と体を身構えて、

 

「あんた馬鹿なの!?馬鹿よね!?馬鹿だわ!馬鹿に違いないわ!こんな馬鹿害にしかならないから殺すしかないわ」

 

 顔を上げ、目をクワッと開けると同時に激流が如く馬鹿馬鹿とこちらを罵り、手に風を纏わせ始めた。

 

「ま、待て、悪か「もしくは阿呆ね!阿呆よ!あんた阿呆な事しかしないし馬鹿で阿呆なんだわ!こんな救い様のない馬鹿で阿呆な奴は生かして置く価値なんてないのよ!殺さなくちゃ!」聞けよ!」

 

 どうやら馬鹿で阿呆な俺はここで死ぬらしい。待て待て、風で刃を作るな。

 

「…いいえ、いいえ落ち着くのよわたし、今思えばこいつすけべえな事しかしてないじゃない。ハリ姉の胸揉んだり、気色悪い目でわたしやみんなの胸や臍や股やお尻を舐める様に見たり。そうやって油断させて今みたいに少しずつわたし達を謀殺しようとしたり………そうよ!やっぱりこの馬鹿で阿呆ですけべえな最低男は人間共の間者なのよ!よし殺す!今殺す!」

 

 怒りの余りもはや支離滅裂だ。

 分かった。よく分かった。こいつによる馬鹿で阿呆ですけべえな俺の評価が地の底なのは本当によく分かった。だから光を消した据わった目で俺を見るな。

 

「でも大丈夫よ。わたしにだって慈悲が無い訳じゃないわ。苦しまないように一撃で首を落としてあげる」

 

「そんな優しげに微笑みながら風の刃を振りかぶるんじゃねぇ!?」

 

 カイムは、駄目だ興味無さそうに傍観してやがる。アイスはまだ目を回しているノノエルの介護中だし、ケイとリンネは微妙に距離が離れてて間に合わない。後ろにいる奴等は引け腰になってるだろうし。もはやこれまでか、

 

「これ、もうその辺にしておけ」

 

 そう思った時、ハリガンがユウキの手を押さえる。

 

「離してハリ姉!こいつ殺せない!」

 

「殺すでない。…無事だったとはいえ、確かにこやつの策はお前達を危険な目に遭わせた。しかし策を容認したのは他ならぬ吾だ。ならばお主の恨み辛みは吾に向けるべきだろう?」

 

 諭す様にハリガンはユウキに語りかける。

 

「なんで……ハリ姉はそうやって」 

 

 「こいつ等を庇うのか」。たぶんそんな言葉を飲み込んで悔しそうにユウキは俯く。

 

「………………離して。今回だけは“姉様”の慈悲に免じて赦してあげる」

 

 絞り出す様に、それを口にした。

 

「ありがとうユウキ」

 

「ふん…」

 

 ハリガンの礼に拗ねたようにそっぽを向く。

 

「…本当にすまなかった。付け焼き刃のぶっつけ本番だったとはいえ、必要以上にお前達を危険に晒したのは俺の策の甘さだ」

 

 深々と頭を下げて謝罪する。時間が無かったとはいえ今回の策の甘さも粗さも俺の責任である。

 

「もう、いいわよ」

 

 その言葉を最後にユウキはアイスとノノエルの所に行ってしまった。

 

「すまんな」

 

 少し困ったような顔でハリガンが謝ってくる。

 

「いや、それはこっちの台詞だ。それに、これで終いにしよう。お互い延々と謝っちまいそうだ」

 

「それもそうだな」

 

 互いに苦笑して気持ちを切り替えると、

 

「さてと、じゃあ今日最後の大仕事だな」

 

 眼下に広がる地獄絵図に視線を向けた。

 

 

 

 酷い有り様だった。【悲惨】という言葉が正しくコノ光景そのものだろう。

 酷い悪臭と惨状のためカイム以外は口許と両手に布を巻き付けて作業をしている。

 

「…まだ、息があるな」

 

 死体を荷馬車に乗せて下に運ぶために一箇所に集めていると

 その言葉に吾とその近くにいた娘達がナーガが立っている場所へ集まる。

 そこで見たのは虫の息である、人のようなナニかだった。

 

「━━━」

 

 仰向けに倒れているソレは他の死体同様、髪も肌も服も鎧も全て“焼け焦げ”て“熔けて”おり、もはや元の容姿など判別すら出来ない。

 死体ではなく生きているという事実に娘達は顔を顰めたり、背けたりしている。

 その者は唯一、比較的無事な左目で吾等を見据えて、

 

「━━━!」

 

 声にすらならない声で弱々しく叫び出した。

 

「━!━━━━━━!」

 

 助けてくれと、懇願しているのか、はたまた吾等に怨嗟を撒き散らしているのか、その声では分からない。

 すると不意にナーガが剣を抜いた。

 

「何をする気だ?」

 

「もう助からんから介錯(楽に)してやろうと思ってな。だが、こいつはお前さん等の宿敵だ。死ぬまで苦しめたいなら止めるが?」

 

 どうする、とナーガが目で問い掛けてきた。

 

「…宿敵とはいえ死に行く者を辱しめる気はない。やってくれ」

 

「わかった」

 

 そう答えるとナーガは剣の切っ先を首へと定める。

 

「━━!━………」

 

「もう気は済んだか?」

 

 顔にも声にも感情を乗せず、気遣うようにソレに声を掛けた後、刃を一閃した。

 

「…チクショウ」

 

 首を切り裂く瞬間。幻聴の様にそれは聞こえた。

 

「カイム!生き残りがいるようだから探して介錯する。手伝ってくれ!」

 

 血を払いながらナーガは黙々と死体を荷馬車に放り投げているカイムへ声を掛けた。

 こちらに返事を返さず、手伝っているアイスとケイに視線をやり、了承を得ると剣を抜いて探し始めた。

 

「吾も手を貸そう」

 

「やめとけやめとけ、気分の良いもんじゃない」

 

 その気遣いに首を横へ振る。

 

「いや、これは本来なら全て吾がやるべきなのだ」

 

 吾の言葉にナーガは呆れたようにため息を吐くと、

 

「……真面目で律儀というか、頑固で強情というか。わかった。俺はこっちを探す。向こうはあんたに任せた」

 

 そう返してきた。

 

「賜った」

 

 そして指示された場所を探し始める。

 

(…いた)

 

 しばし探し回っていると一人見つけた。

 うつ伏せになりながらゆっくりと芋虫が這うようにその場から逃げようとしている。

 

「━…、━…、━…」

 

 助けを求めているのだろうか。やはりその声の意味は分からず、両目は溶けた皮膚で覆われていた。

 

「…」

 

 長めに一房髪を切ると魔力で杭の様に形作り、

 

「せめて、お主等が信じる神の下で安らかに眠れるよう、願っている」

 

 心臓を貫いた。

 何故、そんなことを口にしたのかは吾も分からない。

 苦しむこの者への憐憫や罪悪なのか、呵責への言い訳なのか。

 

(それでも)

 

 それでも、この言葉だけは混じり気の無い本心だった。

 

 

 

 死体を全て斜面の麓に運び埋めたその日の夜、砦では兵糧や奪った物資を使い、細やかながら祝勝会が行われた。

 

「………」

 

 宴が行われている広間の隅で、俺は奪ってきた物資の中に入っていた筋張った塩っ辛い干し肉を水のような安酒で流し込んでいる。

 

『━━━━━━♪』

 

 歌い踊り、飲み比べなどをして大騒ぎしている奴等を横目で見る。

 

(何が面白いのか…)

 

 元々騒がしいのはあまり好きではない。

 勝利の喜びと余韻はその時の勝鬨まで、態々夜遅くまで騒ぐ程ではないと思うのだが。その度に「アイツ」からは『無粋で面白味の無い男だ』などと呆れられていた。

 かといって、外で静かに飲もうとするとナーガやケイ、酔ったアイスに捕まり広間へと連れ戻されてしまう。

 前二人はともかく契約者ではなくなった俺の腕力ではアイスの怪力を引き剥がすことは叶わなかった。

 

「………」

 

 だからこうして、広間の隅で時折騒ぎに巻き込もうとする奴等を無視したり、軽く睨み付けて追い払いながら酒を飲み続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイムー!ハリガンが話があるってよ!」

 

 ナーガに呼ばれたのは宴も(たけなわ)になりお開きになる頃だった。

 面倒臭げに視線をやる。

 

「んな顔すんなよ。ほら、そんな安酒より良い酒があるからさ」

 

 そう言って手に持っている酒瓶を小さく左右に揺らした。

 

「………」

 

 静かにため息を吐き出す。まぁ、この酒にも飽き飽きしていたところだ。

 そんな言い訳と共に席を立ち広間の中央へと歩き出す。

 

「…何だ?」

 

 ナーガから酒瓶を受け取り一口流し込んだ後、ハリガンに用件を聞く。

 

「いやなに、お主等に改めて礼をと思ってな」

 

 酒のせいか頬に首筋、肩の辺りまで(うっす)らと染めている。

 するとハリガンは俺達の前で片手を地面に添えながら(ひざまず)いた。

 

「あ、姉様!?」

 

 全ての魔女が目を見開き驚いている。

 魔女(同族)ですらない者に魔女の長が最敬礼をするのがどれ程の事なのかは周りの反応を見れば一目瞭然だった。

 

「ナーガ殿。そしてカイム殿。此度の戦への力添え、ハインドラ一族の長として感謝する。貴殿方の力なくば吾等は大きな被害を(こうむ)っていた。…ありがとう」

 

 そのハリガンの誠意に、

 

「それだけか?」

 

 そう一言だけ返した。

 

『………………』

 

 何故か隣でナーガが顔を仰ぎながら手で覆い「あちゃー……」などと呻き声上げ、周りの魔女共は一人残らず俺を睨み付けている。

 呼びつけてまで何かと思えば下らない。

 元々そういう約定なのだ。改まって感謝される謂れはない。

 

「……お主。「無粋で面白味がない」と言われたことはないか?」

 

 姿勢はそのままに、顔だけ上げたハリガンはジト目で抗議してきた。

 

「…知るか」

 

 周囲からの(ぬる)い殺気を受け流しながら鼻を鳴らし、もう一度酒を煽る。

 

「あー、そのー、まぁなんだ。あんたの気持ちは俺もカイムも(しか)と受け取った!しかし、カイムじゃないがそんな仰々しい礼はしなくていい。俺は恩を返しただけだし、体を張ったのはアイス達なんだ。だからこそ、ここにいる娘達を誉めてやってくれ」

 

 ナーガの言葉に魔女共はまた目を見開く。

 

「まったく、感謝のしがいの無い男共だ」

 

 苦笑しながらハリガンは立ち上がった。

 

「それに、な。………なぁ、カイム」

 

「だろうな」

 

 ナーガに最後まで告げさせず肯定する。あれだけ“露骨”な戦い方をされれば嫌でも気付く。

 

「だよなぁー…」

 

 俺の返事に確信したのかナーガは片手で頭を掻き毟る。

 

「一体何なのだ?」

 

 怪訝そうにハリガンが問う。

 

「………宴の席をぶち壊さない様に黙ってたんだが。多分、そう遠くないうちに、…次が来るぞ」

 

 一瞬の静寂、続いて耳鳴りがするほどの大騒ぎとなった。

 その騒ぎに乗じて静かに元の席に戻ると、瓶に残っていた酒を全て飲み干す。

 

(次は“満足”に戦えればいいが…)

 

 矢継ぎ早に質問攻めされているナーガを尻目に、俺はそれだけが気掛かりだった。




 楽しんで頂けたでしょうか?

 次回で一章は終わりです。…まさか一巻で一年半以上掛かるとは思っていませんでした。自分がこんな遅筆だったとは(泣)。

 あと、報告なのですが幕間で武器物語を書くことは決定しているのですが(というかカイムの剣は既に書いてあります。)人物表を書くか悩んでいます。
 もしかしたら本編ではなく、活動報告の方に書くかも知れませんが、その時は先に報告しますので悪しからず。

 では、また次回お会いしましょう。

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