The music of mind for twintail . 作:紅鮭
それは『日本ツインテール協会』が定めた記念日である。
この日、男は想いを寄せる女性に2本のヘアゴム、またはリボンを渡し、受け入れた女性は自分の髪をツインテールすることでその想いに答える知る人ぞ知る習わしがある。
因みにこの日は『夫婦「ふう(2)ふ(2)」の日』でもある。
さて、ウチのテナーは誰と結婚するのかな~?
陽月学園高等部体育館。
一時間目の授業を中止し、全校集会が開かれていた。
後ろに数人のメイドが控え、壇の上には、昨日あの現場にいた生徒会長、神堂慧理那。
その集会の内容は勿論の事、マクシーム空果の件である。
「皆さん。知っての通り昨日、謎の怪物たちが暴れまわり、町は未曽有の危機に直面しました」
まぁ、確かに未曽有も未曽有だね。
金とか命や地球侵略ではなく、明確な意思を持ってツインテールを狙う異世界の怪物など前代未聞である。
おまけに響輔の肉体は既に死に、今は異世界からやって来た美女と一体化している他に類を見ない体験を現在進行形でしているのだから。でもまぁ、一体化しているのが美女というのは存外悪くないかもしれない。
「実は、このわたくしも現場に居合わせ、そして狙われた一人なのです」
「なっ……!!」
「なんだって!」
慧理那のその告白は多くの生徒に衝撃を与え、それが徐々に騒ぎへと発展し始めた。
「どこのどいつだ許せねぇ!!」
「刺し違えてでもぶっ殺してやる!!」
「おい!俺の体にダイナマイトを巻け!黙れ!言う通りにしろ!!」
まるで我が事の様に、いや我が事以上に怒りを爆発させる。
生徒たちは暴徒の群れと化し、男女問わず声を荒げて叫ぶ。
響輔の聴く周囲の生徒の心の音色はまさに雷鳴が如く、四方八方から耳を劈き、この体育館を覆い尽くした。
「皆さんのその正しき怒り、とても嬉しく思いますわ。他人のために心を痛められるのは、素晴らしいことです。まして、わたくしのような先導者として未熟者のために」
会長はその小さな体を身振り手振りして、熱く語る。
「しかし、狙われたのはわたくしだけではありません。この中にも何人かいらっしゃるでしょう。まして目を学校の外に向ければ、さらに多くの女性が、危うく侵略者の毒牙にかかるところだったのです」
その発言に再び生徒たちはざわめくが、それを遮る様に、しかしと会長は拳を握り、強く言った。
「今こうしてわたくしは無事ここにいます。テレビではまだ情報は少ないですが、ネットなどで知った人も多いでしょう。あの場に、風のように颯爽と現れた……2人の正義の戦士に助けていただいたのです」
途中から少し声が甘くなっていた。それはまるで憧れの君に心を焦がす姫君。
嫌な予感を感じて背中を冷や汗が伝う。
「わたくしは、あの少女たちに、心奪われましたわ!!」
うおおおおお! と喝采が起きる。
「その言葉を待っていたんだ会長!」
「よかった…胸を張って小っちゃい子はあはあと言うのに、正直引け目を感じていたんだ! 」
「会長!一生付いていきます!」
「私もあの現場にいたわ。特にテイルファング様はすべからく尊いよ〜」
「私はレッドたん!」
「私は2人共々惚れ惚れしちゃったわ」
男子だけでなく女子の方も大騒ぎで、刑事映画のラストシーンで作戦成功の知らせを受け一同大喜びするシーンの様だったが、全く持って感動出来なかった。
もう日本の未来が心配になるような発言が次々と飛び出してくる。
「これをご覧あれ!」
会長の合図でスクリーンが準備される。
そこに映し出されたのは、誰が撮影したか知らない最高画質のテイルレッドの姿だった。
「「「ウオオオオ―ッ!!」」」
「オア────ッ!!」
全校生徒が昨日の戦いの映像に心躍らせ、体育館はスタジアムみたいに歓声に包まれた。
その時、響輔は歓声は上げなかったものの周りの生徒同様、テイルレッドに少しばかし魅入っていた。小さい身体ながら自分の背丈より大きな怪人を相手に立ち回るその姿には目を見張るものがある。そして、テイルレッド以上に楽しみにしているテイルファングの出番はまだかまだかとそわそわしていた。
「テイルファングは!?テイルファングはまだ映らないの!?」
テイルファングの戦う様は昨日マルシルの映像で見させてもらったが、響輔はテイルファングの映像も大きなスクリーンで観れる事に不安半分、期待に胸が大きく高鳴っていた。
そして、テイルファングがついに画面に入ってきた。
「えっ!!?」
そのテイルファングの映像を見た時、響輔は思わず面食らった。
それは他の生徒達も同じだろう。
「ピンボケしてる!?って言うか写り悪!!」
『当然だろう』
内にいるテイルファングご本人──テナーがそれについての説明によると、元々ファンガイアは人間のカメラや鏡には写りにくい性質に加えて、テイルファングの首飾り・ダークネスチョーカーの効果でその姿が完全に隠蔽されているのである。
テイルファングの映るシーンのみ偶然画面全体が曇りガラスみたいに霞みがかったピンボケをしたり、画面からはみ出したり、逆光線になったり写りが悪くなっているのだ。顔を写した物が1枚もない。
「クソッ!!やっぱりテイルファングさんの画像は写りが悪いのか!!」
「神よ!!なぜこの様な酷い真似を!!」
「まるで生殺しじゃねえか!!」
「お金!お金が欲しいの!!?」
まるでアダルト画像を閲覧していたら『ここから先は会員のみ閲覧可能です』と表示されて激怒しているユーザーみたいだった。
でも響輔は「僕はマルシルに頼めばいつでも見れるだろうな~」と、優越感たっぷりの余裕の笑みを浮かべていた。
『なに頬を緩ませている?』
「え!!イヤ、別に!?」
『全く、戦いは演舞と違って見せ物ではない。それなのに
「い、いいじゃないか、せせこましいなぁ。それだけ世界が平和なだけだよ。アハハハ」
少し呆れているテナーもこれだけ騒ぐ元気のある生徒たちにひと安心する響輔なのであった。
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同じ頃、アルティメギル基地
「解析班!!テイルファングの画像解析出来たか?」
「ダメです。あらゆる手段を尽くしましたが、一向に画像を鮮明にする事は出来ません!」
「また物によってはさらに画像が荒くなってしまうものもありまして!」
「ええい、くそ!!」
「これではテイルファングの対策が進められぬではないか!!」
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「テイルファングの映像には多少の不備がありましたが、神堂家はあの方々を全力で支援すると決定しました!皆さんもどうか、わたくしと共に、新世代の救世主を応援しましょう!」
歓声は更に高まった。
誰かが『ツインテール』のコールを始めたかと思えば、それがあっという間に数人に伝染し、ついには大合唱になった。
「「「ツインテール! ツインテール!! ツインテール!!!」」」
「…………」
『これが
「テナー、人間を語るならこの場面は見なくていいと思うよ。誤解すると思うし。と言うか人間の僕から見てもこの光景に何とコメントしていいのか分からないから」
『確かに絶句するな。この光景を当事者が見れば特に』
嬉しいような悲しいような、なんとも言えない人々の坩堝に苦笑いを浮かべ、響輔はあのツインテール好きの男子生徒──観束総二の方へ顔を向けた。きっと観束君もテイルレッドかテイルファングのツインテールに興奮しているんだろうなと思いながら。しかしそこには予想外の反応をした観束君がいた。なぜか顔を青くし、憂鬱とばかりに項垂れる観束君の姿があった。
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昼休み
今日は平常授業の一日目。
まだ新しい友人と昼食というわけにも行かず、弁当派も食堂派も中学の頃からの知り合い同士で食べるのが殆どであり、響輔は自分の席で、昼食である弁当を広げる。
今日のおかずは昨日の夕飯の残りである鳥の照り焼きハンバーグ。
昨日、テナーは自宅へと帰った響輔が手際よくこれを料理しているのを見ていた。
一体となっている故感覚は共有しているので、この照り焼きハンバーグの美味しさはテナーも良くわかっている。
『いつ見ても美味そうだな。昨日見ていたが、料理は得意な方か?』
「うん、うちの母さんは体が弱いからね。僕はよく家事を手伝ってるよ」
『今度、我が城にて夕食を振舞ってはくれまいか?』
「みんなの口に合うかな~?」
『時に小僧……』
「ん?」
『貴様の父親はどうした?』
「え?父さん?」
『うむ』
何故この様な突拍子もない問いを投げかけて来るのか分からなかったが、響輔は気に留めずに答える。
「父さんは僕が生まれた時からいなくて、母さんに訊いても何も話してくれないだ」
『そうか』
何とない様な会話だったが、この時響輔はテナーの声色がかすかに曇っているのに薄々気付いていた。
「それとテナー、小僧じゃなくてちゃんと名前で読んでよ。あとあんまり人前で話しかけないで。独り言喋ってるみたいでこれじゃあまるで変な人みたいだよ」
『貴様の体裁など些細な事だ。それに私から見れば貴様は小僧だぞ』
「……テナーって年いくつ?」
『さあな、ファンガイアと
声を潜めてテナーと会話する響輔は窓際に嬉々としてたむろっている男子たちに視線を向けると、何人かが持っているタブレット端末に皆で釘付けになっているようだ。
「おー!この写真はまだみてないな!!」
「決ーめた!今日から俺がテイルレッドちゃんのお兄ちゃん!!」
「テイルファング様~♡」
「ああ、お姉様……いつかお会いしたいですわ」
「うへへ、剣持ってて可愛い……斬ってほしいなぁ」
「おれはテイルファング様のヒールで踏んでほっしいなぁ~」
これが私立高校の昼休みの風景とは思えなかった。いや、思いたくなかった。
「テナー様~、無礼極まる世迷い言が教室内を縦横無尽に飛び交ってますが?」
『蒙昧共の痴れ言にいちいち腹を立てる程私は短気ではない。妄想程度好きなだけ見させてやれ』
とは言いつつも不機嫌な様子は声を聞いてもわかる。
「あー、もう、たまらん!!」
一人の男子生徒が堪えきれずに口を尖らせ、自分の持っているタブレットに近づけていった。
「オア──────ッ!!」
するとキス3センチ手前でマグボトルが、その男子生徒の側頭部に命中した。
「痛え!何すんだ観束!!」
マグボトルを放ったのは総二のようだ。
「お前、恥を知れよ、そんな小さい子に!!」
「ああ、恥なら受け入れたさ!そしていま俺はここにいる!!」
その若さでどんな境地にたどり着いたんだ?
「……はは~ん。そういえばお前、初日にツインテール部を作りたいって言うほどツインテール好きだったよな。テイルレッドたんを独占したいのか?」
「違うううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」
そんな揉め事を横目で見ながら、響輔は昼休みが終わらないうちに食べ終わろうと必死で弁当をかきこむ。
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「はぁ~」
「そーじ、元気だしなって。人の噂も七十五日だって言うじゃん」
「2ヶ月以上もこのままなんて、悪夢だよ」
憂鬱な総二の席へ弁当を持って励ますのは総二の幼馴染・津辺愛香。
ふたりは周囲に聞こえないように小声で話す。
「それにしてもあのテイルファングって何者なんだろうな?」
総二が今テイルギアやエレメリアン、それと同じくらいの謎の存在。
「トゥアールを締め上げても、知らぬ存ぜぬの一点張りだったしね」
総二はテイルレッドとしてキャッスルドランを間近で見た。
ロボットや作り物の類ではない。呼吸も重量感も本物の生物だった。
あんな生物、この世に存在するとは思えない。
「やっぱりテイルファングも異世界からやってきたのかしら?」
「まぁ、そんなことはどうでもいい。けど俺はあの人の横に立ってわかったことがある」
総二が真面目な口調になり、自分の拳を強く握る。
そんな総二を見て愛香は少し真剣な顔になった。
「何?」
「見事なツインテールだった……いで」
「何デレデレしてんのよ!」
天井を眺めて恍惚としている総二を嫉妬した愛香は耳を引っ張り現実へ戻す。
「でも、また会いたい」
まるで聖夜の晩、サンタクロース本人からプレゼントを貰った子供みたいにその時の総二の瞳は純粋に敬愛の念が込められていた。
「ちょっとそーじ、敵かどうかもわかんないのよ。胸だってあんなデカイし!」
「そんな敵視すんなよ」
「そーじ、トゥアールの時もそうだけど、あんたってば少しは疑うことを…──」
「あの~、観束君だっけ?」
総二と愛香の会話を遮るように声がかかる。
「「誰?」」
突如として話しかけてきた第三者に二人は異口同音と答える。
そこには弁当を食べ終えた紅響輔がいた。
「何で俺の事を?」
「いやあ、だって入学早々あんな目立ち方されたら、ね?」
隣にいる愛香に同意を求めるみたいに視線を泳がせる。
「ああ、うんまあ、そりゃあねぇ…」
愛香も弁護に困るように答える。
ガーンというオノマトペが聞こえてきそうな表情をする総二。
響輔も総二の様子を見てアタフタとするが、愛香は「気にすることはない」と短く言う。
「はじめまして、僕は紅響輔。よろしくね」
「観束総二だ。よろしく」
「あたし、津辺愛香」
「よろしく」
互いに自己紹介が終わったところで響輔は総二の机に肘をついて、目線を合わせる形で話しかける。
「観束君はツインテール好きなの?」
「大好き──ハッ!!」
ほぼ条件反射みたいに返されて苦笑いの響輔、本人も失言の後でハッとなり、横にいた愛香は小さくバカと呟いてこめかみを抑える。
「じゃあ、観束君はテイルレッド──」
その言葉を聞いて総二と愛香は心臓が止まりそうになるも、
「──のファンなの?」
最後の言葉でホッと安堵の息を吹いた。
「何でそう思うの?」
総二の代わりに愛香が答える。
響輔は不思議に思うも。
「だって、観束君ツインテールが好きみたいだし、好きじゃないのかな?って思って」
「ま、まぁ好きだよ。それが?」
自画自賛するような言い方だが、こう答えるのが妥当だろと総二は答える。
「集会の時だって観束君、なんか血の気が引いて青ざめた表情してたと思うんだけど、あれは──」
「はえっ!?見てたの!!?」
「あ、あれはその…──」
まさか目撃者がいるとは知らず、総二も愛香も言い訳を模索していると。
「やっぱり小さい女の子が戦うのは危ないって思ったんだよね?」
「え?」
「見た感じ二桁に行くか行かないかの年齢だったし、観束君はテイルレッドが怪我をしないか不安だったんだよね?」
「え?あ、ああ、まあ…そうだよ」
肩透かしな気分だったが、総二はテイルレッドのファンとして響輔に認定されてしまったことに複雑に思う。
「ちなみに、テイルファングは観束君的にどう思うの?」
「すごく素敵なツインテールだった!!」
「え?集会で見たあんな断片的な映像で?」
「あっ!!」
またしても反射返答。
横にいた愛香も頭痛を覚える様に頭を抱える。
「まっ、まあ……実は俺たちもあの場にいたんだよ。マクシーム宙果にそこでテイルファングを見て」
嘘は言ってはいない。
「あ、そっか。じゃあ、テイルファングはどんなところが素敵なの?」
「テイルファングは俺、じゃなくて……テイルレッドのツインテールに比べて色は深みのあるワインレッドのツインテールなのが彼女のアイデンティティになってて、戦闘員をなぎ払うと同時に流動するみたいに動くあのツインテールは本当に美しかった。きっと宝石のルビーがふわりふわりと絹みたいに柔らかくなればあんな──ハッ!!」
そこまで流暢に語ったところで総二は我に返る。
今までの経験で友人にツインテールを熱く語った結果、総二はいつも不審な目で見られ距離を置かれた。
恐らくこのクラスメイトも今までと同じような結果に、と響輔に視線を移すと──
「すごい」
不審な目とは程遠い尊敬を込めた眼差しだった。
「入学式の時から観束君を見て思ってたんだ。どうしてそんなに真っ直ぐな眼をしてツインテールに熱中できるのかって」
「え!ほ、ホントか!?」
総二は意外と言わんばかりの表情をする。
それは隣に座っていた愛香も同じことだった。
「観束君はどうしてそんなにもツインテールが好きなの?」
「そ、そりゃあ…ツインテールを好きなのに理由なんてない。ただ、俺が本気で好きだと思ったモノのを好きでいて何が悪いんだよ」
「(まただ……)」
その時の響輔は総二の心の音楽に聞き惚れていた。
ツインテールをここまで愛でる少年。
周囲の音色とは比べ物にならない壮大で昂然たる音楽に俄然興味がわいた。
「ねぇ、観束君、もし本当にツインテール部を設立することになったら、僕も入部していい?」
「本当か!?いいぞ」
「ちょっ、ちょっと!まぁ、いいか…」
ツインテール部入部に愛香が何か言おうとしたが、やめた。
「それと、俺のことは総二でいいぜ。響輔って俺も呼ぶからさ」
「改めてよろしく、総二君」
「あたしも愛香でいいわよ」
「よろしく愛香さん」
しかし、紅響輔と観束総二は知らない。
互がこらから共に戦っていくツインテールの戦士だということに。
その正体を知るのはまだ先の話。