The music of mind for twintail . 作:紅鮭
その起源は1902年の秋、ルーズベルト大統領は趣味である熊狩りに出掛けた時、傷を負った子熊のアメリカグマを仕留めようとしたが、瀕死の熊を撃つのはスポーツマン精神にもとるとして撃たなかった。
そのことがことが同行していた新聞記者のクリフォード・ベリーマンによって挿絵入りでワシントンポスト紙に掲載され、このエピソードにちなんでロシア移民モリス・ミットムがアイデアル社をおこし、ルーズベルトの逸話に触発されて熊の縫いぐるみを製造したのが、アメリカ国内初のテディベアメーカーといわれている。
なお、テディベアという呼称はセオドア・ルーズベルトのニックネーム「テディ」をもらって「テディベア」と名付けたのがはじまりと言われている。
さぁ、オレ様登場のカウントは?
世迷言を叫んだトカゲ怪人は指を鳴らした。
すると、その合図に呼応するかのようにトカゲ怪人の周りに、黒ずくめの格好をした者が大勢現れた。
「「モケェ────!!」」
同じ格好で統一された無個性な集団は戦闘員を思わせる。
「諸君!今から我々は先鋒部隊として初めての任務を開始する!隊長殿の面子にかけて、絶対に失敗は許されぬ!!」
怪人は握りしめた拳を天高く突き上げ、戦闘員全員に向けて演説を始めた。
「まずは手始めに、この町にいるツインテールの女子全てをここへと連れてくるのだ!この周辺に極上のツインテール属性が集中しているのは既に調べがついている、草の根分けても探し出せ!」
「「モケケ────!!」」
怪人の演説に賛同するように戦闘員も次々と手を上げて、掛け声をあげ、そのアルテロイドと呼ばれた戦闘員は何人かの女の子を捕まえはじめた。
女の子は怪人の言ったようにツインテールを結っている子ばかりで、心の音楽は恐怖の音色が聞き取れる。
それはこれがアトラクションや撮影の類じゃないことを意味した。
「何をする気だ?」
響輔は駐車してあるワゴン車の影からその様子をもう少し伺ってみることにした。
「それにしても、ツインテールの少ない世界よ──嘆かわしい!これだけ電気と鋼鉄にまみれながらその実、石器時代で文明が止まっていると見える!!まぁよい、それだけ純度の高いツインテールが見つけられるというもの!!」
やはり聞き間違いじゃない。
怪人は流暢な言葉を発し、響輔は今頭の痛くなるような茶番劇を目の当たりにしている。
僕には関係ないと思いながら、響輔は帰ろうかなと踵を返そうとした。
しかし、──
「しかし、トードギルディよ!昨夜のその話は本当か?」
響輔は咄嗟に振り返り確認する。
「見てくれよぉ、この左目ぇ。そいつにやられたんだ」
響輔が見たのはトカゲ怪人の仲間らしきヒキガエルの怪人だった。
「(あれ?あの怪人どこかで?)」
既視感を思わせる怪人の登場に戸惑う響輔。
「我々と互角に戦える者がこの世界にいるだと!?その者は確かにツインテールだったのだな?」
「ああ、間違いねぇ…フードの穴から通した二束の髪──ツインテールだ」
「うむ、そうか。そいつこそが究極のツインテール属性を持つ者か!!聞こえたか、諸君!やはり究極のツインテールは実在する!!怪しげな輩は構わず捕らえろ!!ついでにぬいぐるみを持つ幼女もだ!!」
怪人の意味不明なやり取りを見ていた響輔だったが、そうしているうちに戦闘員によってツインテールの女子たちが駐車場の集められていた。
彼女たちを逃さないよう取り囲むように戦闘員たちは待機している。
「何!?ぬいぐるみを持っている幼女がいない!?ふむ、女がぬいぐるみを持たぬなら、持たすが男の甲斐性よ!構わぬ連れて参れ!」
「離しなさい!」
「ん?」
すると突然、毅然とした声が響いた。
「あれは会長…?」
その声の正体は今日、学園の入学式でスピーチをしていた陽月学園の生徒会長──神堂慧理那だった。
「ほほう、なかなかの幼子!しかもお嬢様のようだな!!お嬢様ツインテール……まさしく完全体に近い!トードギルディよ!こやつが昨晩貴様が見た究極のツインテールか?」
「いやぁ、質はいいけどよぉ。こんなチビじゃねぇし…もっと深い赤色のツインテールだったぜぇ」
「チ、チビッ!!?──それよりあなた方、何者なんですの!?人間の言葉が分かりますのね!?他の子たち解放なさい!!」
「脂汗垂らしながら強がっちゃって…くぁわいいなぁもう。任務じゃなけりゃ食っちゃってもいいかもなぁ」
「ひっ、やっ!!」
そんなことを言いながらガマ怪人──トードギルディは慧理那の頬をその長い舌で舐めた。
当然、会長は嫌悪感を見せながらも強気の態度を崩さない。
響輔もこの光景には胸クソが悪くなった。
「やめろ、トードギルディ。貴様は下品すぎる。同僚が無礼をはたらいた事は詫びよう。だが、開放は出来ぬ。まずは、もののついでよ」
トカゲの怪人は彼女に大きな猫のぬいぐるみを差し出した。
「貴様はこの子猫のぬいぐるみを持つがいい!敵意もまた愛らしさと光る。わんぱくな幼女には、子猫のぬいぐるみが似合う。さぁ、抱けい!!」
戦闘員たちがどこからもってきたのか、横幅3メートルほどのピンク色のソファーを担いできた。ぬいぐるみを持たされた会長は、怪人達に無理矢理ソファーに座らされる。
「お前たち、この光景をしかと目に焼き付けよ!ツインテール、ぬいぐるみ、そしてソファーにもたれかかる姿!これこそが、俺の長年の修行の末導き出した黄金比率よ!!」
「「「モケケ──!!」」」
「ソファーか…。悪くねぇが──まぁ、俺なら天蓋付きのベッドを採用するかなぁ…」
「うむ!天蓋付きのベッドか!!かぁーっ!なぜ思いつかなかった!お前たち天蓋付きのベッドの用意は!!?何?ない!?あれほど持ち物は慎重に厳選しろと言っただろうに…──」
「モケモケーッ(リザドギルディ様ーっ)!」
貴金属を卑金属に変えるような暴言と、それに賛同するかのような甲高い声に響輔はめまいを覚える。
「何だ!?俺は今素晴らしい愉悦に浸っている最中だぞ!!」
「モケモケモケーッ(ぬいぐるみを抱いたツインテールの幼女を発見しました)!!!」
「何ぃ!!?本当かそれは!!すぐに連れて参れ!!」
戦闘員が連れてきたのはまたしても金髪に黒を基調とした赤いフリルのゴスロリ幼女だった。
しかし、幼女は無防備に、だらしなく熟睡して口からはヨダレを垂らし、手には内蔵が飛び出ている虎のぬいぐるみを握っていた。
「うぉ!!またしても金髪!!しかもゴスロリ!!無防備に寝入っている姿はまさしく無垢な天使を思わせる!!だが、ひとつ残念なのは──これはツインテールではなくツーサイドアップだ!!たわけ!!」
そのゴスロリ幼女の髪型はツインテールとは似て非なるツーサイドアップという髪型だった。
「まぁよい、貴様にはあとで褒美を取らせよう。その幼女をソファーに寝かせよ!!」
響輔は会長とゴスロリ幼女の身を案じていたいた。
「何だ!?会長、気分でも悪いのか?それとあのゴスロリ幼女──起きてるよね?」
響輔の能力で会長とゴスロリ幼女を見ていたが、会長はだるさと寒気がみてとれ、ゴスロリ幼女は緊張の音色がみてとれる。
「何をやっとるんだあの阿呆は……───っ!!?」
響輔は驚愕した。
突然、自分の口が勝手に動いたのだ。
「何だ今確かに…──」
「さて、余興は十分に堪能した!!すぐに任務に戻るぞ!!」
「「モケッ!」」
首をかしげているあいだに怪人どもは次の行動に移っていた。
会長をソファーから無理矢理立ち上がらせる。
駐車場のど真ん中あたりのスペースに何やらでかい金属のリングが宙に浮いていた。
サーカスで火の輪潜りの時に使われるような人間なら余裕で通り抜けられる程の大きさで、大勢の女子が並ばされていた。
そして、先頭に並ばされていた会長がそのリングの中に通される。
会長はだるそうに戦闘員に両の腕を掴まされていたが、戦闘員は気にする由もなく、会長を無理やりリングの中へ放り込んだ。
すると、ツインテールに束ねていた髪が解け、がっくりと気を失ってしまった。
「なっ!!!」
その光景はただリングにツインテールの少女をくぐらせているぐらいにしかわからないだろう。
そして多分、響輔にしかそれは認知できない。
音符が消えていく──
五線譜が無色となっていく──
音色が聴こえなくなっていく──
こんな光景、初めてだった。
そこで響輔は先ほどトカゲ怪人が口走った言葉を思い出す。
『全てのツインテールを我らの手中に収める!』
まさか、彼女たちの心からツインテールの音楽を抜き取っているのか?
戦闘員は次々とツインテールの少女たちをリングへとくぐらせ、音楽を消し去っていく。
響輔は知らず知らずのうちに
リングをくぐらされた少女たちからは何も聴こえない。
楽しい音色も暗い音色も。
響輔は自分の能力を忌み嫌っていた。
だが人の心の音楽は清濁込めて好きだった。
たとえ、奴らが何者であろうと人の心を踏みにじり、奪うなど許されることではない。
『どうした小僧?怒りに震えておるのか?』
「ああ、そうだよ。多分僕は今、怒っている…!!」
怒りのあまり幻聴が聞こえてきたのか?
だが、僕はそんな事を気にする余裕はない。
意を決して飛び出そうとしたが、足がその場に固定されたように動けなくなっていた。
「クソッ!!何だよ!?僕はビビっているのか!?メチャクチャ頭にきているのに僕は…──」
『たわけ!貴様があのトカゲどもに向かって行ったところで勝負は見えている。お前たちアントローポスの出る幕ではない』
クソ!多分これは僕の本心だろうな。
僕に逃げるための理由を突きつけているんだ。
そして僕は見た。
僕のすぐ目の前、赤毛のツインテールの女の子がトカゲの怪人に襲われそうになっている光景を。
女の子は怯えているのか、その場で立ち尽くしていた。
あのままでは瞬く間に襲われてしまうだろう。
「頼む!動いてくれ僕の足!!」
僕は縫い付けられたみたいに動かない脚を無理矢理動かそうとする。
『まさか、本気で戦おうとしているのではなかろうな?お前は無力なアントローポスだぞ?何ができる?』
「確かに僕じゃ、あの怪物たちには敵わないと思う。でも、勝ち目がないからって逃げるわけにはいかないんだ!!それに、あのツインテールが好きだって言っていた観束君がここにいたら…」
そう、ツインテールを奪われることで悲しむ人が必ずいるはずだ。
『面白いな、小僧。俄然お前に興味がわいた。凡夫で強欲な男──その物乞い、少しばかり見応えがあったぞ』
そういえば僕の声はなぜこんなにも他人行儀なのだろうか?
そう考えているうちに僕の視界は暗転し、意識を失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
観束総二は怯えていた。何にと言えば、目の前にいる怪人にだ。
鼻息を荒くして、「そのツインテールでぺちぺちと俺の頬を叩いてくれ!」などとほざいているそいつに全力で怯えていた
。それは今の総二の姿と密接に関係していた。
今の自分の姿―白黒のボディスーツに、甲冑のような赤色の装甲。
短髪だったはずの髪は総二が愛してやまないツインテールへと変わり、160センチほどあった背も120センチほどに縮んでいた。
低かった声も可愛らしいソプラノボイスに、そして股にいつもぶらさがっていたはずの男の証が綺麗さっぱり消えて、代わりに女性の証である小ぶりな乳房が胸に付いていた。
そう──今の総二はどこからどう見ても完璧なツインテール幼女にしか見えないのだ。
どうしてこうなった?
それもこれもトゥアールという女科学者に渡されたブレスのせいだった。
目の前のツインテール狩りに激怒した総二は、このブレスを使って変身し、意気揚々と怪人の前に飛び出したはいいものの、怪人のリアクションに戸惑った。
男のはずの自分に幼気だの究極のツインテールだのと抜かしたからだ。
…そして、車のフロントガラスにちらりと映ったこの姿に驚いた。
そこには自分とも似ても似つかないツインテールの女の子が呆然とした顔つきでこちらを覗きこんでいたからだ。総二が手を振ると、ガラスの中の女の子も手を振った。
首を傾げると、一緒になって首を傾げる。
──そして現在に至る。
現実を受け止めきれずにうろたえる総二を怪人は怪しい笑みを持って近づいてくる。
「むう、自ら我の物になる心づもりか、ありがたい! さあ、丁重に──」
パァァァ────────────ッ!!!
「「「「ッ!!!」」」」
突然のクラクションは駐車場全体に響き渡り、その場にいた者は全員音源へと顔を向ける。
そこには黒いコートにケープのフードで顔を隠した長身の女性がワゴン車の窓をブチ抜きクラクションを鳴らしているのが見えた。
「戯れはその辺にしておけよ、畜生ども」