The music of mind for twintail .   作:紅鮭

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 モディリアーニとは、1884年イタリアに生まれた偉大な画家である。
 その作風は肖像画に見られる虚ろな目と長い首で特にジャンヌの肖像が有名である。
 ジャンヌはモディリアーニの妻であるが、モディリアーニはジャンヌと結婚する以前にも他の女性と子供をもうけており、モディリアーニが病死した2日後、子供を残したまま窓から身を投げ後追い自殺した。
 人を愛することはある意味一種の呪いなのかもしれないねぇ~。



タチェット・デイズ/うなじと蟹

 人ごみでごった返している屋外駐車場。

 ゴールデンウィーク直前の週末になると、玩具メーカーはここぞとばかりに需要を見越して新商品を投入してくる。

 輝見市の大型ショッピングモールの玩具店。今回新発売の玩具はショッピングモール内での混雑を避けるためにテントを張り、外で販売されることになった。その販売用テントの前には整理券を持った多くの客が長蛇の列となって並んでいた。

 その中には神堂慧理那と神堂家メイド長・桜川尊の姿があった。

 

「お嬢様、買い物なら私に任せて頂ければ……」

 

 尊は主の身を気遣い、心配そうにこう言うのだが、決まってこう返されてしまう。

 

「自分で買うからこそ、玩具は愛着が湧くのですわ。私はあれを買うまではここを離れるつもりはありません」

 

 慧理那はそれだけを言うと、前へと向きなおる。

 そんな慧理那を複雑そうな顔で尊は見た。

 今、慧理那が言ったセリフは何回も聞いたお約束のセリフだが、今日は一段ときつく聞こえる。

 何かの使命を背負っているといったような顔を慧理那はしていた。

 

「(…何せ、今日の慧理那のお目当ては、自分が愛してやまないツインテイルズの玩具なのだからな)」

 

 尊は慧理那の小さな手に握られている整理券をちらりと見た。

 

──完全可動・AGT(アームド・ガール・ツインテイルズ)シリーズ・テイルレッド

 

 今日発売するテイルレッドのフィギュア。

 ツインテイルズを愛する慧理那だからこそ、商品を購入してレジを離れる最後までしっかりとやり遂げなければならないという使命感にでも駆られているのかもしれない。

 だがそのことを尊は心配しているのではない。尊が心配する最大の理由は、こういった外出の度に現れるアルティメギルのことだ。

 危ない目に逢っても、慧理那が応援しているツインテイルズが必ず助けに来てくれるが、それでも仕える身としては複雑だ。

 ずっと屋敷にいてくれとまではいかないけれども、こういった買い物くらいなら使用人たちに任せてもらいたいなのに。

 しかし慧理那が頑として聞いてくれない。

 

 

「(お嬢様は……もしや……ツインテイルズに会う為に、わざわざ危険な状況を望んでいるのでは…?)」

 

 

 尊は片時も目を離さないでいる中、疑うような視線を混ぜながら慧理那を見る。

 そう懸念を抱いていると隣りから声が掛かってきた。

 

「すみませーん、整理券番号何番ですか?」

 

 ベレー帽にスカーフ、ラフなストライプのTシャツ、癖っ毛のない髪が特徴な慧理那に比べ一回り大きい少年が飄々と話しかけてきた。

 傍らにはペットと思しき少し大型のカピバラを引き連れている。

 

「えっと……102番です」

「あ!じゃあ、後ろですね」

 

 えへへ~、とそう言ってその少年は後ろに割り込んでくる。

 

「(この子もツインテイルズのファンなのでしょうか?それにしても可愛いですわね。一瞬女の子かと思いましたわ)」

 

 ウキウキ気分のその少年は顔は可愛らしく中性的に整っており、体もきゃしゃで声さえ聞かなければ女の子と勘違いされなくもない少年だった。

 尊もまじまじと観察しているとその少年も慧理那を凝視してきた。

 

「ねぇねぇ、きみ名前は?」

「え?わたくしですか?わたくし、神堂 慧理那と申しますわ」

「へぇ~、慧理那ちゃんって言うんだ。僕、緑ヶ浜 ラモンよろしくね」

「え、ええ…よろしく」

 

 子犬みたいに人懐っこく慧理那に擦り寄ってくるラモン。

 

「ねぇねぇ、慧理那ちゃんって可愛いね」

「あ、ありがとうございます…」

「もし良かったら僕と結婚しない?」

「へ?」

「なっ!!?」

 

 突然、ラモンは慧理那の手を取り、溌剌と求婚してきたのだ。

 された方の慧理那は目を点にして思考を停止し、主に対する無礼極まる発言に尊は驚愕を禁じえない。

 二人が言葉を発しようとした矢先にラモンの脳天に拳骨が降ってきた。

 

「あいたっ!──あっ!次狼!」

「何が結婚しない?だ」

 

 ラモンが上を見上げると、そこには革ジャンを羽織った次狼とタンクトップ姿の(リキ)がそこにいた。

 

「わりぃなお嬢ちゃん、コイツの『結婚しない?』は可愛い子には皆言うんだ。気を悪くしないでくれ」

「ごめん、ね…」

 

 ラモンの発言にフォローを入れつつ謝る次狼と力。

 はぁ…と、呆然としながら相槌を打つ慧理那。

 

「でもでもぉ…僕と結婚したらゴーデン、モフり放題だよ?」

 

 そう言ってラモンは引き連れてきたカピバラ・ゴーデンをわしわしと撫でる。ゴーデンは図太いのか全く嫌な素振りを見せない。

 

「まぁ、かわいい♡」

 

 流石の慧理那も女の子である故、このカピバラを可愛いと思わないわけがない。興味深々にハグしたり、頭を撫でたりする。

 

「おい君!いい加減にしないか!さっきっからお嬢様に対して何を色目使っている!!」

「そうだぞ、ラモン」

 

 ラモンの行動が目に余ったのか、尊が身を乗り出して止めに入ってきた。ついでに次狼も制止に加わる。

 

「色目を使うなら私にしないか!」

「「「は?」」」

 

 今度は次狼、ラモン、(リキ)が気の抜けたような声を出して呆然と返事を返す。

 先程までダンマリを決め込んでいた尊だったが、それはこの三人の男たちを見定めていたからだ。

 ライフスタイルが変化し、結婚適齢期という言葉が薄れて久しい昨今だが、それでも誰もが一度は、年齢と共に結婚を焦る時期がある。

 28歳、桜川 尊、三十路手前最終決戦の予感。

 一刻も早く結婚したいと願う彼女にとって、人間観察は婚活に等しい。隙さえあれば、未来の旦那探しだ。

 目の前の男はというと──…

 ひとりはアイドルグループに所属していそうな弟タイプの可愛らしい男子。

 ひとりは昨今の特撮で主役を飾れそうなくらい顔立ちがいい精悍のイケメン。

 ひとりは格闘家と思しき筋骨隆々、長身で端正な顔の男。

 三人とも悪くない、むしろいい!

 

「結婚を所望するならば、私が代わりに結婚してあげよう」

 

 自信満々ににっこり笑い、歩みでた。

 さらっとナチュラルに──どこから取り出したのか分からないが、婚姻届なるものを差し出す。

 その一方でラモンは目端に移すようにジト目で尊を品定めすると、

 

「──ちっちゃい子が好きなんだ、僕」

 

 慧理那の時とは打って変わってピシャリと冷ややかに返した。

 その瞬間次郎と力が鼻で笑い、慧理那が苦笑いをこぼす。

 

「おい何だ、貴様!年上のどこが不満だ!!このロリコン!」

 

 なんたる屈辱!

 傍目も気にせず、オバサン扱いされて顔を真っ赤にし、怒鳴り散らす桜川 尊 28歳 独身。

 足元のゴーデンがその様子を見ながら口を大きく開けて欠伸した。

 

 そんな時、尊の耳につけたレシーバーから受信を受け取る際に生じるノイズが聞こえた。

 

「!」

 

 その一瞬で、尊はメイドではなく、プロの護衛の顔へとなる。

 慧理那が丁度、商品を購入しておつりを貰っている所を視界に入れつつ、受信に応じる。

 そのあとに並ぶ男三人が何やら揉めているみたいだが。

 

「どうした?」

『い、今すぐお嬢様をお連れして逃げてください!』

「お嬢様!」

「尊?」

 

 監視に回していた部下からの叫びを受け、手を取る。

 この一月、このやり取りだけで状況を察することができるほど、慣れてしまっているからだ。

 尊はきょとんとしている慧理那の手を引き、脇目も振らずに駐車場を駆けだそうとしたが…尊の足が止まった。

 

「(…くそ、遅かったか!)」

 

 歯噛みする思いで、前方を見る。

 そこには、これまでに何度も目にしたあの黒ずくめの戦闘員がいたのだ。

 

「モケー!」

 

 すると、その後ろから悠然と歩いてきた怪物は、直立した蟹のような姿をしていた。

 

「ほう、これはなかなかどうしてハイポテンシャルな幼女……。これだけの強力なツインテール属性を持つ以上、“あれ”もさぞかし素晴らしいのだろうな!」

 

「またか!化け物め!!」

 

 思わず怪人にそう吐き捨てる尊。

 いつもそうだ、お嬢様に会うたびにこの怪人らはツインテール属性がどうだこうだと言ってくる。

 理屈は分からないが、どうやらこいつらはお嬢様のツインテールを狙って襲い掛かってくるのは明白。

 蟹の怪人が突然名乗りを上げた。

 

「わが名はクラブギルディ!ツインテール属性と共にある麗しき属性、項後(ネープ)属性を愛でる探究者である!」

「ネープ…え!? うなじ!?」

 またこれだ。化け物でありながら、いつもいつも俗なことを口走る

 外で待機していた部下たちが、尊の元へ駆け寄ってきた。

 

「慧理那お嬢様を早く!」

 

 部下に慧理那を託し、尊は果敢にもクラブギルディの前へと立ちふさがる。

 

「ほう、妙齢の女性、お主もツインテールを嗜む身か!」

「妙齢だと!?化け物が!!」

 

 尊はツインテールである。ウェーブのかかったもこもこの髪を、頭頂近くから背中に落とすようにまとめている。首もとまでの長さで自己主張をするそれは、活発さを象徴するかのようなツインテールだった。怪物の言うとおり、今年28歳になる尊にはいろいろ思うこともあるのだが、この髪は神堂家にに使える誓を立てたその日から一度も変わらない。尊の誇りの一つだった。

 それを馬鹿にされたのだから、黙ってはいない。

 

「化け物め!貴様ごときに品定めされてたまるか!」

 

 怒りをみなぎらせ、蹴りを振るい上げる。

 

「くらえ、化け物!」

 

 

 尊の纏うメイド服はこういった格闘戦をも前提に作られた特注品であり、回し蹴りを余裕にできるほどの可動範囲を誇っている。鍛え上げられた脚力で放たれた蹴りは一流の格闘家と比べて遜色ない熟練された動きである。

 しかし、その蹴りを食らってもクラブギルディは何ともないように突っ立っていた。

 逆に攻撃を放った尊が足を押さえて蹲る。

 

「なんだ、コイツの身体の固さは!?身体中金属のようだ!」

 

 大の男をも吹き飛ばす威力を持った蹴りでも、こいつらにはまるでびくともしない。

 

「きゃー!」

 

 慧理那を庇っていたメイドから、戦闘員が強引に慧理那を引き剥がした。

 

「お嬢様、お逃げください!!」

 

 尊も戦闘員に取り押さえられ、羽交い締めにされ、慧理那もまた、戦闘員に拘束された。

 

「く、こいつら、こんなヒョロヒョロの身体で何て力だ!お、お嬢様……っ!!」

「大丈夫ですわ、尊!きっと彼女たちが……」

 

 決して強がりなどではなく、なんのう疑いも無く信頼に満ちたその瞳をみて尊は確信する。

 

「(ああ、お嬢様はやはりこの状況を──)」

「よし、後ろを向かせい!」

 

 クラブギルディはそう戦闘員に命令すると、左右にいた戦闘員が慧理那の背中が自分に見えるように調節させる。

 戦闘員が左右から慧理那の肩を掴み、よちよちと180度回転させる。

 クラブギルディはハサミの腕を組みうんうんと満足そうに頷く。

 

「な、何を見ていますの、あなたは!?」

「うなじだ!」

 

 不気味に思った慧理那は毅然と問う。

 そして即答される。

 

「よいか、ツインテールをする以上、うなじができるのは世の(ことわり)。美は相乗され、輝きを増す!この素晴らしいウィンウィンの関係を、俺はもっと多くの仲間に伝えたいのだ!!」

「そんな俗説、あなたに教わられる必要はありませんわ!」

 

 大声で腐った世迷言を慧理那はバッサリと切り捨てる。

 

「たわけ!男は背中で、女はうなじで語る!この常識すら分からないとは、見た目だけでなく知性も幼いようだな、幼女よ!!」

「なっ…私が…幼い!?」

 

 初めて慧理那が動揺した表情を浮かべた。

 

「おのれ、お嬢様への侮辱は許さんぞ!!」

「年増の項に興味はない!!家に帰ってほうれい線対策に躍起になるがいい!!」

「私はまだ28だぞ!!まだ20代だ!!年増と呼ぶな、殺すぞ!!!」

 

 ピンポイントな罵倒を受け、尊は顔を真っ赤にして抗議する。

 その怒りの度合いは主を貶められた時よりも激しく見えるのは、何故なのだろうか?

 

「さて幼女よ、貴様のツインテール属性をいただくとしよう」

 

 クラブギルディが威圧的に慧理那へと近づいてくる。

 

「お嬢様!…うっ!」

「尊!?」

 

 尊は戦闘員に首筋を軽く叩かれ、ぐったりと気を失った。

 これで慧理那は一人ぼっちになってしまった。

 だが、そんな状況下でも慧理那は凛とした空気を崩さなかった。

 泣きたいのを我慢して、クラブギルディに背中を向けて必死に耐えた。

 

 

 ヒーローはいる。

 彼女は、それを知っている。

 一陣の風が吹いた。

 

 

「ガルルセイバー!!」

 

 

 笛の音が聞こえると同時に、周囲の戦闘員の首や胴体がブツ切りにされ、地面に転がる。

 

 

「なっ!?」

 

 完全に不意を突かれ、クラブギルディが周囲の戦闘員に何が起きたのか理解不能なまま狼狽えていると、慧理那との間に高速で滑り込んできたその少女は、サーベルにある狼の口──ワイルドジョーをクラブギルディに向けてきた。

 

「ハウリングショック!!」

 

ウオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォッッ!!!

 

「うぐおああああぁぁぁぁっ!?」

 

 その狼の口から暴風の様な音波砲──ハウリングショックが放出され、クラブギルディの巨体を大きく吹き飛ばした。

 ようやく解放された慧理那が後ろを振り向くとそこには──

 

「大丈夫ですか?ツインテールが麗しいお嬢さん、お怪我はありませんか?」

 

 ──コウモリに似た生物。

 

「へっ?」

「何呑気にナンパしている。たわけ者」

「あう!」

 

 深紅のツインテールをはためかせ、青い鎧を着た戦士──テイルファング・ガルルチェインがその生物──キバットの脳天にチョップをくらわす。

 

「ああ、やっぱり…やっぱり来てくれたましたのね」

 

 慧理那がうっとりと(とろ)けた声で呟くとキバットが思い出したように声を上げる。

 

「おっ!お嬢ちゃん、どっかで見たことあるかと思えば、あの時のお嬢ちゃんか?」

「ああ、そういえば見覚えのあるツインテールだと思ったが、なるほどあの蝦蟇畜生の時の──」

 

 テイルファングは登場回数が少ないので、これが慧理那との再会となる。

 

「あ!テイルファング!?」

 

 今度は違う方向から声が掛かってきた。

 少年のように力強く、声色は澄みわたる様なソプラノボイス。

 赤いツインテールをはためかしてやって来たのはツインテイルズ──テイルレッド。

 

「テイルレッドお前も来たか」

「って、あれ?何か鎧が違うぞ」

「私の新たな力だ。それより──」

 

 初めてガルルチェインを目の当たりにして驚嘆の声を上げるテイルレッド。

 テイルファングは得意気にガルルセイバーを振るう。

 テイルレッドもリボンを叩いてブレイザーブレイドを出現させ、攻撃から立ち直ったクラブギルディの眼前に突きつける。

 

「現れたなテイルファング!テイルレッド!ふはは、素晴らしい!お主らの強さはすでに世界を超えて知れ渡っている」

「そいつは光栄だな!じゃあなるべく大声で宣伝してくれよ!この世界には俺たちツインテイルズがいるから……侵略を諦めたほうがいい、ってな」

「休日の早朝からの侵略活動、ご苦労だな。お前達その気概は買おう……だが、このまま戦いを続ける事はあまり賢明とは言えんな」

『それに凄くメンドくさくなってきたし。帰ってくれた方がホント助かる』

「何を言う!タイガギルディ様の仇、撃たずしてどう生きながらえようか!」

「……タイガギルディって、この前倒したトラみたいな奴か……?」

「私の鎧を水着と愚弄した奴か……」

 

 テイルファングは顔を顰めて苛立つ、テイルレッドは大して気にしてない風だ。

 そんなこんなで戦闘開始。

 

「食らえっ!!」

 

 クラブギルディの脳天目掛けてグランドブレイザーを振り下ろす。

 

「ふっ……残像だ」

「何っ!?」

「ほう、あのカニ速いな……」

 

 テイルレッドが驚いて振り向くとそこにはクラブギルディの姿が。

 テイルファングは即座にテイルレッドの背後に回り込んだクラブギルディの俊敏さに舌を巻く。

 

「当然よ。俺は相手の後ろをとることにかけては隊長達をも上回ると自負している」

「やるな、あのカニ畜生。相手の頭上背後を取る事は戦いにおいて上策。それによって勝敗が決することもある」

「あー…せっかくの解説なんだけど、戦闘のための回り込みじゃないと思うよ。アイツの──」

 

 テイルファングが解説している最中、クラブギルディはずいっと首筋に顔を近づけてきた。

 

「素晴らしい!陰ながら美を支える土壌!母なる大地に生命を恵む海!最強のツインテール属性はここまでに美しいうなじをもたらすのか!!」

「超スピードの変態じゃねーかー!!」

 

 涙を流し歓喜するクラブギルディ目掛けて剣を振り上げるが、その姿が消える。

 

『今度はこっちに来る!』

「承知」

 

 響輔のアドバイスを聞き入れ、咄嗟に技を繰り出す。

 

「…──ブレード・テイル」

 

 ぼそりと静かに呟くと同時にテイルファングのツインテールが後方に向けて高速かつ、直線に伸びた。

 まるで本物の直刀みたいに伸びたそれは予想通り背後に回り込んだ直後のクラブギルディの腹を穿つ。

 

「うぐっ!?」

 

 それだけではない、ふた房のツインテールがプロペラみたいに高速回転。クラブギルディのボディを八の字に切り裂いた。

テイルファング・ガルルチェインはそのツインテールすら刃と化す。

 

「うぐおああぁぁっ!!」

 

 苦悶の声を上げ、斬り飛ばされるクラブギルディ。

 

「生憎、今の私にとって背中は攻撃範囲内だ。死角はない」

 

 得意そうにツインテールの房をかきあげるテイルファング。クラブギルディは仰向けに倒れ伏したまま動かない。

 

「──にしても貴様、今の攻撃躱せたろう?何故躱さなかった?」

 

 テイルファングは違和感を覚えていた。あの時、クラブギルディはわざと攻撃を受けた様に思えたからだ。ふとクラブギルディが仰向けに倒れたまま不遜な笑みを浮かべる。

 

「ふははっ、素晴らしい!素晴らしいぞ、テイルファング!」

 

 ビデオの逆再生みたいにムクリと起き上がると嬉しそうに両手の鋏を鳴らす。

 

「深紅のツインテールに獣の歯茎の様なジグザグの分け目、(ロウ)のような半透明な肌の細首からなるうなじを引き立たせる。まさしく神がこの地に賜わされた神秘。テイルレッドにも引けを取らぬうなじだった!!」

 

 よくもまあコメディアンみたいに歯の浮くようなセリフを流麗に語れるものだとテイルファングは呆れ半ば感心する。

 

「ほうほう、うなじを属性とするなんざ目の付け所が違うね~、あのクラブギルディという奴。俺様の尊敬する画家──モディリアーニの代表作、あのなが~い首筋がなんとも言えねぇ『おさげ髪の少女』がツインテールとうなじのハーモニーを──」

「やかましい!」

「おぐっ!」

 

 便乗してうなじの有り難みを尊ぶキバットだったが、テイルファングのデコピンを食らって黙った。

 

「つまり貴様、私のうなじに見とれて回避をしなかったのか?」

「その通り!」

 

 テイルファングの質問に臆面もなく答えた。

 

「呆れたな。肉を切らせてうなじを見る──か、お前達エレメリアンは戦いの場においても雑念を持ってくる輩が多いが、いずれその戦い方は返って足元をすくわれるぞ」

「いらぬ世話だ、テイルファング!私のこの驚異の速さの回り込みはうなじを見るためだけに日々鍛錬し、編み出されたものだ。私はどれほどの傷を負おうと、どの様な状況に直面しようと!私は少女のうなじを見る!それこそが私の信念だ!」

 

 たしかにその速さを手に入れるには生半可な努力で身につけることはできないだろう。

 だがそれだけにテイルファングは余計に腹が立つ。

 自分もこのキバの鎧を着こなすのにどれだけの修練を積み重な得たことか。

 未だに『黄金のキバ』の黄金の輝き(・・・・・)すら取り戻せていないが、影創造(シャドウ・クラフト)を使いこなし、ファンガイアのチェックメイトファイブとなった。

 たかがつまらぬ些事のために得た力に劣ることなど絶対にあってはならない。

 

「お前の信念大したものだ。だが、このうなじで見納めだ。私の背に二度と回り込めると思うな。カニ畜生」

 

 ガルルセイバーのグリップを口に咥えて、大きく跳躍する。

 

「エアロ・ホッパー!!」

 

 ウルフェンの脚力を最大限に生かし、空中を蹴り、ピンボールのごとく連続で空中を飛び跳ね、クラブギルディを翻弄する。

 

「うお!これではうなじが見えん!」

 

 さすがのクラブギルディも空を仰ぎ見るばかりで、その場で立ち往生するしかない。

 

「ウルフェンズ・スクラッチ!!」

 

 空いた左腕・ウルフェンズアームの爪──ウルフェンクロー。その指先は硬度を増し、敵を切り裂く恐るべき戦闘爪になる。手刀を繰り出すことで厚さ30cmの鉄板をも突き通す。

 そこに真空の(やいば)を形成し、斬擊を飛ばす鎌鼬の様な技──ウルフェンズス・クラッチを繰り出した。

 

「残像だ」

「何ッ!?」

 

 しかしその攻撃は躱されアスファルトに五つの爪痕を残した。

 そこでテイルファングは一旦着地する。

 すると一瞬でクラブギルディはテイルファングの背後に回り込んできた。

 

「貴様!」

「残像だ」

 

 慌てて爪を振るうも、今度はテイルレッドの背後に来た。

 

「うなじを見るなー!」

「残像だ!」

 

 ちょこまかちょこまか動き、二人を翻弄するクラブギルディ。

 咄嗟にテイルファングは身をかがめ、テイルレッドと背中合わせとなった。

 

「どうすんだ?テイルファング」

「まいったな、ガルルチェインと同等のスピードでは容易には捉えきれん──だが、案ずるな」

 

 正直バッシャーチェインか、アルテチェインになるか?と、考えたが、バッシャーチェインはともかくアルテチェインは扱いが難しい。それにフォームチェンジは基本変身一度につき一回でなければ、身体への負担が大きくなる。

 そしてテイルファングは、たった今いい方法を思いついた。

 再びガルルセイバーのグリップを今度は噴射口(ワイルドジョー)が後ろに向くよう口に咥えると駐車場の見晴らしのいい場所でかがんだ。

 

「テイルファング!何してんだ!そんなとこでかがんだら……」

 

テイルレッドの制止も聞かず、クラブギルディは予想通りその背後に回ってきた。

 

「ふははは!ついに観念したか、テイルファング!もう二度とお前の背に回り込めぬのではなかったのか?」

 

 まるで鬼の(うなじ)でも取ったかのように得意げにハサミを鳴らすクラブギルディ。

 

「恥ずかしながら私の言葉を撤回させてもらう。だが、今度こそ見納めだ!!」

 

 ガルルセイバーのワイルドジョーから音波衝撃が放出、それがジェットエンジンみたい推進力を生み、ヒールの踵を軸として独楽のように旋回。

 頭部のツインテール、ガルルセイバーが羽の役割を果たし、大きなプロペラとなって竜巻を起こした。

 

「ハウリング・トルネードッ!!」

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!?」

 

 傍にいたクラブギルディは上空へと放り出される。

 

「オーラピラー!!」

 

 すかさずテイルレッドがオーラピラーによる拘束で、クラブギルディを空中に固定、拘束した。

 

「うおおおおおお!!うなじっ!うなじが見えぬぅぅぅぅっ!!」

 

「行くぞ、テイルレッド」

「おう!」

 

 必殺技を放つ体勢に入る。

 

完全開放(ブレイク・レリーズ)ッ!!」

「ガルル・バイトッ!!」

 

 ブレイザーブレイドの刀身が姿を変える。ガルルセイバーの刀身をキバットに噛ませ、周囲が満月の闇夜に変わると二人は同時に跳ぶ。

 

「グランドブレイザァァァーッ!!」

「ガルル・ハウリングスラッシュ!!」

 

 二つの刃がクラブギルディに炸裂すると同時にクラブギルディは爆散した。

 

 

 

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 項属性(ネーブ)属性玉(エレメーラオーブ)はキャッスルドランに捕食された。

 エレメリアンの属性玉は何故かドランのエネルギー源となるらしい。

 

 

「凄ごかった!ツインテールを極めるとツインテールで敵を斬る事ができるんですか!?」

「お前もいずれできるようになる。にしてもお前も見事な太刀筋だったぞ、テイルレッド。また腕を上げたのではないか?」

「あ、イヤ……そんなこと……」

「なになに?照れちゃっているワケ?」

 

テイルファングに賞賛の言葉を送られ、テイルレッドは顔を赤くし頬をかいて謙遜し、キバットがそれを見てニヨニヨとからかう。

 

「おっと!」

「え?」

 

 突然、テイルファングはテイルレッドの腕を弾いた。

 

「私のツインテールに触ろうとしたな?」

 

 テイルレッドは無意識のうちにテイルファングのツインテールへと手を伸ばしていたらしい。

 その顔は少し、怒っている風に見受けられる。

 

「ああ!ごめんなさい!」

 

 おどおどと頭を下げるテイルレッドを見て、微笑ましく口元を上げるテイルファング。

 

「そうだ。もしこのあと時間があれば──我が城にて休んではいかぬか?」

 

 エスコートするようにテイルファングは手を差し出してくる。

 

「え?いや、俺は…」

「遠慮するな。旨い茶菓子も用意して───」

 

 そこまで言ってスッと、青い刃が割り込んできた。

 

「すいませ~ん、ウチのレッドたぶらかすのやめて頂けませんか~?」

 

 ウェイブランスの穂先をテイルレッドとテイルファングの間に割り込ませ、言葉の内容とは裏腹に殺気のこもった低い声を掛けてきた者を横目で見やる。

 

「文字通り横槍を入れるのが好きなようだな、貧民」

 

 大量の戦闘員を倒し終え、やってきたテイルブルーにテイルファングは挨拶を交わす。

 

「は?貧民?私貧乏じゃないわよ?」

「心の貧しき者だという意味だ。だから貴様は人として薄っぺらい人間だと言いたいわけだ──おっと、薄っぺらいのは人間性だけではなかったなぁ……はははははははははは!」

 

ガキンッ!!

 

 大口を開けて笑うテイルファング目掛けて横薙ぎにウェイブランスが来るも、ガルルセイバーで受け止めた。ワイルドジョーがウェイブランスの柄に食らいつき、ウェイブランスをピクリとも動かさない。

 

「何?アンタ、喧嘩売ってるわけ?」

「ふははっ、この前の続きか?私は一向に構わんぞ?」

 

 二匹の青い獣は鋭き眼光をギラつかせる。

 互いの武器が鍔迫り合いとなって、足元のアスファルトがビキビキッと音を立てて亀裂が入っていく。

 

「やめろ!お前ら、やめろって!」

 

 それを見かねたキバットとテイルレッドが割って入る。

 

「ブルー、やめろって!ここじゃまずいって!!」

「怒りを鎮めろ!お前ら喧嘩犬か!!それにテイルファング、お前には帰ってからのお楽しみがあるんじゃないのか?」

 

 

 渋々と武器を下ろす両者。

 

 

「フンッ、これではどちらが年上かわからんな」

「行くわよ、レッド」

 

 仕方なくといった表情をテイルファングとテイルブルーは浮かべる。

 テイルレッドの手を無理やり引きながらテイルファングとすれ違うが、テイルブルーはぷいっと顔を背けテイルレッドと一緒にどこかへ行ってしまった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにぃ!!購入出来なかった!?」

 

 戦いが終わってキャッスルドラン城内の大広間ではテナーの驚愕の大声が響いていた。

 キバットが言っていた帰ってからのお楽しみとはテイルレッドの可動フィギュア──『AGT《アームド・ガール・ツインテイルズ》シリーズ・テイルレッド』が本日発売日で手に入る筈だった。

 しかし、帰城した次狼、ラモン、(リキ)は購入できなかったと信じられない報告がテナーの耳に入ってきた。

 

「整理券は取れた筈だろう!貴様ら大の男三人そろって何たるザマだ!!何故だ!?理由を言え!!」

 

 お使いを頼まれた三人は申し訳なさそうに口を揃えて言う。

 

「「「財布を忘れました」」」

「バカッ!!!」

「だって、僕は力が持ってるとばっかりに…」

「俺は、次狼、が…」

「俺はラモンが握ってると思ってよ」

「この間抜け共がぁぁぁーっ!!!」

「あっでも、売れ残っていた。テイルブルーのフィギュアならあったよ!」

 

 キャスルドランから財布を取りに戻って、何故か整理券がなくても買えたフィギュアを差し出すラモン。

 

「何が悲しくて奴の人形など!」

「じゃあ、僕がもらうよ」

「いや、私が貰う!」

 

 響輔がラモンから受け取ろうとする前に苦虫を噛み締めた様な顔をして、とりあえず受け取るテナー。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「忌々しい。何故テイルレッドではなく奴の人形など!」

 

 フィギュアの作りはテイルレッドと相違ない出来だが、実に面白くない。

 思い返せばフォックスギルディが作製したテイルレッドの人形を壊し、いつもいつも自分につっかかってきやがって、と睨むようにテイルブルーのフィギュアを弄りながら、自室の部屋の机にドッカリ座り込んでいた。

 

「貧乳の女には碌なやつがいないな。まぁ…あのビショップよりは遥かにマシだが──ああ、もうヤツの事を考えただけで余計腹ただしくなってきた!この人形の胸を彫刻刀で抉ってやろうか?」

 

 

 ジリリリリリリリリッ!!

 

 自室に備え付けられている電話が突如として鳴る。

 誰からだと思いながら受話器を取るテナー。

 

『やあ、やっと出たね。テナーちゃ~ん』

 

 噂をすれば何とやら、あの嫌な女からだった。

 テナーは受話器を取ったこと少し後悔した。

 

「ビショップか…何の用だ?」

 

 電話越しからでもわかる位険悪な声色でテナーは答えた。

 

ビショップ(アタシ)の役目は監視、連絡、通達──それが主な任。こまめに連絡はよこしてって言っているなのだよね?それと称号じゃなくって、『デュレット』と呼んでよ、ねぇ?』

「──……デュレット、定期連絡は寄越している筈だが?」

『文章じゃなくって、通話の連絡を寄越してよ。それに貴方を心配しているのは確かなのだよ。幼馴染の仲として──』

 

 舐めるような口調にイラつくも平静を装ってテナーは話を早々に切り上げる為に話を進める。

 

「今は音也の故郷、ヘリオスで変態の異形と戦っている事は報告して分かっているだろう。今日はうなじが好きな蟹だ。その上、世間は私の事を無駄に持て(はや)す。こう連日だと疲れる。性悪な貴様の声など聞きたくもない」

「ハッ、ハハハハハハハ。疲れる?」

 

 ()を上げる様なテナーの発言にビショップ・デュレットは吹き出すように電話の向こうで笑い出す。

 

 

「それでもあなたキングの義妹なのかな?クィーン──そんなことじゃあ…あなたの中にいる音也さんのツインテールも浮かばれないよ?」

 

 その言葉と同時にテナーは目を大きく見開き、手に持つ受話器につい握力がかかって亀裂が入った。




・ワイルドジョー
鋼鉄をもかみ砕く強靱なあごで、近接戦闘時に敵に噛みつく攻撃を繰り出すこともできる。喉(柄)には音波砲(ハウリングショック)があり、猛々しい咆吼を発し、音波衝撃で敵を吹き飛ばしたり、足止めをしたりすることが可能。

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