打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第4話 音の主は、

2週間後――

 

 

「……では、高校生らしい態度と高校生らしい服装でな。以上だ」

 

 

 うぇーい。やっぱ松本(まつもと)先生苦手だな。なんかいっつもピシッと、というかビシッッッ!としてるから。好きか嫌いかで言ったら好きだけどね。

 今日は1年生の本入部1日目。まずは顧問からのありがたいお話の後、楽器決めがある。滝先生は所要のため来られないので先ほど副顧問の松本美知恵(みちえ)先生より挨拶を頂いたわけだ。お次は部長の挨拶。

 

 

「えっと、皆さん初めまして。私は部長の小笠原晴香です。担当はバリサクなのでサックスパートの人は関わることも多いと思います。じゃあ」

「はいはーい。低音やりたい人?」

「まだ早い」

 

 

 コントのようにスムーズにあすかが追い出され、笑いが起こる。なんであんな早く出しゃばってったあいつ。てっきり副部長だから挨拶すんのかと思った。

 晴香が軽く咳払いをし、説明が再開される。

 

 

「じゃあ初心者もいると思うので、まずは楽器の説明からしていきます。そのあと各自、希望のパートの所へ集まってください。但し、希望が多い楽器は選抜テストになります」

 

 

 仕事のできる部長みたいにきちんと指示を出していく。みたいは失礼だな。実際スペックは優秀だし。ただ人の上に立ってどうこうってのが向いてないだけで。

 

 

「じゃあまずトランペット」

 

 

 晴香と場所を変わるように香織が出てくる。2年の香織の大ファンの後輩は既にテンションが上がっているようだ。まじえんじぇーが聞こえる。

 香織は下級生相手にご丁寧に一礼してから始めた。

 

 

「トランペットパートリーダーの中世古香織です。トランペットは金管の中でも花形の楽器です。ソロやメロディーが多いので、きっと楽しいと思います。パートは5人いてとても仲の良いパートです。是非皆さん希望してくださいね」

 

 

 流石香織。トップバッターに相応しい挨拶だ。マドンナのファンも増えるだろうな。さてさてパーカスは7番目。オーボエの次だ。

 

 

 

「次、パーカス」

「はーい。ナックルー」

「ほいよ!」

 

 

 ナックル―田邊名来(たなべならい)―はうちのパートのメンバーで俺と同じく3年生。こいつに手伝ってもらい2人でいくつか楽器を出す。

 

 

「えー、パーカッションパートリーダーの黒田篤です。パーカッションだと長いんでパーカスって言っていきます。パーカスは日本語で簡単に言うと打楽器のことです。打楽器ですから叩けば音がでます。でもただ叩きゃいいってもんじゃなくて、結構奥が深い楽器です。ちゃんとテンポ保って全体をー支える? 導く? まあそんな感じです。そんな後ろの方だけじゃなく、カッコいいパフォーマンスもあったりします。部長、いいかい?」

「え、うん。手短にね」

 

 

 スティックを手の上で一回転させてスイッチを入れる。自分だけに訪れる、一瞬の静寂。30秒程のパフォーマンスをやってみせてから再び話し出す。

 

 

「こんな感じです。えーあとは、やってもらってかな。お待ちしてます」

 

 

 よかった。結構適当だけど上手くいったはず。他のパートを眺めてましょうかね。

 

 

 

 

「……テレビとかでも見たことがあると思います」

 

 

 バリサクの紹介が終わり、次は不安で仕方がない金管の中低音の楽器の紹介だ。

 おいおい、今紙の束が見えたぞ。あすかどんだけ話す気だ?

 

 

「低音パートリーダー兼副部長の田中あすかです。楽器はこのユーフォニアム担当です」

 

 

 ユーフォ? と未経験者らしき生徒が首を傾げる。

 やっぱマイナーな楽器なんだな。俺にとっては身近過ぎて超メジャー。もう大リーグ級。なんか違うな。そっちあれだ。茂野吾郎が行く方のメジャーだ。

 

 

「ユーフォニアムというのは、ピストン・バルブの装備された変ロ調のチューバのことを指します。この楽器の歴史は未だにはっきりしていませんが、ヴァイマルのコンサートマスターであったフェルディナント・ゾンマーが発案したゾンメロフォンをもとに改良が加えられ、一般に使われるようになったという説や、ベルギー人のアドルフ・サックスが作ったサクルソン属のなかのピストン式バスの管を広げ、イギリスで開発が続けられ現在のユーフォニアムになったという説などがあります」

「はいストップ。その話どれだけ続くの?」

 

 

 よくぞ止めてくれた部長殿。個人的にその手の話は好きだが他の人にはしんどいだろう。晴香の問い掛けに笑顔でさっきの紙束を出す。アホだ。やっぱこいつアホだ。頭いいけど。

 

 

「次、チューバ」

 

 

 呆れて若干ヤケクソ染みた言い方で卓が呼ばれた。かわいそうに。卓何にも悪くないのにな。

 

 

「……チューバ担当、後藤です」

 

 

 うっわ、ローなテンション。もちっと愛想良くいけよ。真顔、つか無! らしいといえばらしいが。紹介も簡潔なんだろうな。

 

 

「チューバは低音で、メロディーとかあんまり無くて、地味です……。あと、すごく重いです。マーチングの時はスーザフォンっていうのを使います。それも重いです……」

 

 

 

「………」

「………」

 

 

 

「それだけ?」

「はい」

 

 

 短っ! 地味で重いしか伝わらないぞ。あいつは後輩入れる気ないのか。

 

 

「ちょっと後藤! それじゃチューバの魅力が全然伝わらないじゃない。代わりにこの私が……」

「はいはいあすかは黙ってて」

 

 

 なんかホント、晴香どんどんあすかの扱い慣れてきてるな。そしてなぜ低音パートがあの2人を軸にして回していけているのかが改めて謎だ。

 

 

「本当は低音パートにはコントラバスという楽器があるんですが、残念ながら去年の3年生が卒業してしまい今は誰もいません。やってくれる人はいますか?」

「はい」

 

 

 一番前の列の中央付近でピンと手が挙がった。あの明るい髪色と低い身長とアホ毛はサファイア川島ではないか。早速あすかが目を輝かせながら寄っていく。

 

 

「お、おお。もしかして経験者?」

「はい。聖女でやってました」

「聖女!?」

 

 

 聖女て、吹奏楽の超強豪校じゃないか。あそこ中高一貫なのになんでうちの学校来たんだろうか。まあなんにしろ経験者がいるのは心強いし、強豪でやってたんなら実力も申し分ないだろう。

 

 

「やってくれるかい?」

「その言葉を待ってました」

「晴香、この娘もらっていい? ていうかもらうね」

「本当は希望を取ってからだけど、いいよね。じゃあ、他のパートをこれから決めていきます。各自希望するパートの所に行ってください」

 

 

 晴香の声をきっかけに1年生がわらわらと動き出す。迷いもなく希望の所へ行く者。その場で考える者。友達と何にするか話す者。様々だ。うちのパートには何人来るのだろうか。誰も来なかったら、困るな。

 

 

「黒田先輩、あんまりかったるそうにしないでください。1年生来なくなりますよ」

「そんなことないって。くぁ~」

「そんなことないってどっちの否定ですか。かったるそうに、の否定なら意味無いですからね。欠伸してますし」

 

 

 俺にキレキレのツッコミをしてくるのは我がパート唯一の2年生大野美代子(おおのみよこ)。当然ながら次期パートリーダーであり、うちの部じゃかなり真面目な部類に入る。まあ、パーカスはまともなのが集まってるってことなんだろう。俺も含めてな。大事なことなのでもう一度言おう。俺も含めて。

 

 

「パーカスに食い付いてるのはいたぞ。だからだいじょぶ。寝てていい?」

「いやそれは違う」

「あの……やってますか?」

「やってるよー。いらっしゃい」

「ここは居酒屋かよ」

 

 

 やってますか? って訊かれたからやってると返しただけなんだが。でも確かにぽかったな。

 居酒屋に入るようにして(未成年が比喩とはいえ居酒屋を出すのはどうなんだ)やってきた1年生は楽器たちを食い入るように見ている。この様子なら入るのは確実だな。我がパートは本年も安泰なり。

 

 

「あの! さっきのって、橋本(はしもと)真博(まさひろ)さんがブラスト! の日本公演の際にYoutubeにアップしていたものですよね? それをあんな完璧に再現する人、初めて見ました! 感動です!」

「お、おう。ども」

 

 

 近い、近いよ。赤いリボンで髪を結わえた1年生が大興奮で迫ってくる。パーカス大好きなのがこれでもかというほど伝わってくる。そこは非常に嬉しいのだが、ここまで迫られると少したじろいでしまう。

 そしてね、何故かサックスの方から冷気を感じるよ。そのうちニブルヘイム(広域振動減速魔法)とかインフェルノ(氷炎地獄)とか発動されそうで怖い。単純に凍らされるかも。

 

 

「私入るので、教えてもらえませんか?」

「おう、いいよ。美代子ーは無理か。沙希(さき)、この娘入ると」

「はーい」

 

 

 美代子は別の1年生の応対で忙しそうだ。いやなんか、嬉しいね。後輩だって思ってたのにいつの間にか先輩だもん。

 

 

 

 そんな馬鹿みたいなことを考えていると、それを吹き飛ばすような音が聞こえた。力強く且つ美しい音に教室中の誰もが魅了され、動きを止めた。

 

 音の主は、高坂麗奈。

 

 

「綺麗だな……」

 

 

 静まり返った教室内で思わず声を漏らすと視線が麗奈から俺に一斉に向けられた。え、何。そう思うのも束の間、寒気がして背中がゾクッとした。勘弁してくれよ。俺が綺麗だと言ったのは音のことなんだから。それは、うん。一応わかってくれてる。なら冷気は放たないで欲しいものだが、そこがオンナゴコロというものなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




個人的に橋本先生のモデルは石川 直さんです。ガチのプロ。

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