難産のくせに低クオリティ。もっと精進せねば…
「に、入部ですか!?」
いきなり入部とか流石に驚くわ。入るって決めてたのか? でも入部届けって先生が持ってんだよな。
「あーっと、入部届け顧問の先生が持ってんだよ。でも先生忙しくて今日来れないらしいから、明日また来てもらっていいか?」
「わかりました」
「入るのって確定事項?」
「はい」
う……そんなちょっと怒った感じで言わないでくれよ。お仕事関連で聞いてんだから。
「んじゃあ名前とやってた楽器教えてくれるか。再来週のどっかで1年生の楽器決めるから、そん時の参考に」
壁に張り付けたルーズリーフの行の上には《1年 楽器》と書いてある。なんで壁に張り付けてるのかというと、1個だけ机残すの面倒だから。
「1年6組
「楽器は何やってた?」
「トランペットです」
「うーい。どもー」
高坂って名字でトランペット奏者か。なんか記憶に引っ掛かるな。
「高坂
「父ですが、ご存知でしたか?」
いやいや、ご存知も何も高坂尚也っていったら日本を代表するトランペット奏者でしょうが。
「……マジか。サラブレッドじゃん」
「父のことは誇りに思ってますが、私とは切り離してください。そのことで特別視はされたくないので」
「わかった。どうもな」
親父さんがプロの演奏者か。何処ぞの誰かさんと一緒じゃねえの。
さっきまでの怒りはどこかにふっ飛んでいき俺はそっと口元に笑みを浮かべていた。それは有望株の登場か、はたまた誰かさんと同じようなのがもう1人いたことなのかはわからない。
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部活が終わり、俺と晴香は帰り道の途中にある公園に寄っていた。
「初日から疲れた~」
「お疲れ、部長」
「ありがと。でも疲れたの、ほとんど篤のせいだからね」
「それ返せ。奢ってやったやつ返せ」
せっかく人が労いの意を込めて缶コーヒーをやったというのに文句言いやがって。
「残念でした。もう口つけちゃったもんね」
「いいから」
「えっそれはちょっと……恥ずかしい」
「いやいらねーよ? 俺こっち飲むし」
そう言いながら晴香の隣に腰掛け、自分のカフェオレを飲もうとすると
「ってえ! 何すんだ」
なぜかぶっ叩かれた。
「篤のバカ。ほんとデリカシーないよね」
「今さら何を」
「それもそうか。あーあ。何でこんなの好きになったんだろう」
「仮にも自分の彼氏に向かってこんなのとは酷くないですかね」
この扱い本日二度目なんですけど。吹部男子のヒエラルキーって本当に低いんだな。
「でもデリカシーあったらあったで篤じゃないか」
「俺の嘆きは無視かよ。んでもって更に酷くない?」
「んー?」
笑顔がスゲーかわいいから余計腹立つなー。しかし何も言い返せないのはやはり惚れた弱味。そう認めつつもちょっぴり悔しいので話を逸らす。
「1年あんま来なかったな」
「うん。このままだとすごく人少なくなっちゃうから、どうにかしないとね」
「まあこれからに期待するか。一応吹部って人気の部活だし。少なくとも麗奈は入ると思う」
「もう名前覚えたんだ」
「プロの娘っつーインパクトが強すぎてな。高坂尚也さんって知ってるか?」
「香織が前なんか言ってたような気がするけど……入部希望の子ってその人の娘なの?」
「そうらしいぞ。でも特別視されたくないっつってた」
「あー、逆にコンプレックスあったりとかするのかな」
「下手ってことはないだろうけどな」
推測だけど、多分スゲー上手いんだろうな。自信持ってたし、さらに上に行くための向上心も持ってるはず。
「今年はどうなんのかねえ」
「去年みたいなのなければいいなあ」
「さて。どうだろうな」
面倒事が起こらないように祈る晴香を横目に、俺は自分のクラスの担任を思い出していた。
「滝先生って篤のクラスの担任だっけ?」
「そ。なんで男だらけのむさ苦しいクラスにあのイケメン先生が配属されたのか謎すぎる」
「イケメンなんだ」
「数少ない女子たちがキャーキャー言ってた。野郎の中には若干僻んでるのもいたけど」
「男子はそうかもね」
女子ならまだしも、男子が同性に憧憬の念を抱くことは稀だ。もちろん容姿の面でだが。女子でカッコいいだのかわいいだの言われる例はあすかや香織。あの2人の人気っぷりは凄まじい。特に吹部内はそういうのが顕著に表れる。
男でそれが起こった場合、憧れられた側は身の危険を感じることとなる。ソースは俺。中学の頃、男塾に出てきそうな容貌の先輩に照れながらバレンタインにチョコを渡されたことがある。……あれマジで怖かった。
「篤の人気も多少は収まるかな。これで」
「俺そこまで人気者じゃねーぞ? 魔神だし、帝王だし」
「その異名後輩あんまり知らないでしょ。1年の時のことだし」
俺の異名は正しくは《爽やか笑顔の魔神》《正論帝王》だ。由来は俺が1年の時、気に食わない上級生を正論のみを使って終始笑顔で論破したことから。我ながら今思うと凄えことやったな。
話題が尽きたのでなんとなくカフェオレを飲む。なんで缶飲料ってこんなに飲みづらいんだろうか。
飲みながらボケーっとしていると篤ってさ、と晴香が話しかけてきた。
「そうしてるだけで画になるよね」
「はあ。どったの急に」
いくら恋人とはいえこんなことを言われることはほとんどない。だからいきなり言われると目を4、5回しばたかせてしまうくらい驚いた。
「いや、イケメンだなと思ってさ。普段はあんまりカッコいいとは言えないけど、表面だけ見たらモテる理由がわかる気がする」
「ああ。中学の頃周りにいたのがこの様子見たら幻滅するだろうな」
俺は基本的にグダグダだらだらするのが好きだ。面倒臭いのは嫌い。だから部活中との落差がすごいとよく言われている。部活中はそこそこシャキッとしてるからな。
「いつからだっけ。私の前でもこうなったの」
「さあね。徐々にだとは思う。取り繕わないのは楽だ。家だったら爆睡こいてるレベル」
ぐぐっと伸びをした後空き缶をバスケのスリーポイントシュートの要領でゴミ箱に放る。カランと音がし、缶がゴミ箱の中を転がってるのが見えた。
しかし本当にいつからだろう。恋人の前でも取り繕わず、むしろ自然体でいるようになったのは。
「心開いてくれてるの?」
「俺は野生動物かなんかか。いやそういうことでいいんだけどさ」
「そっか。ふふ」
晴香が笑いながら俺の腕を取る。恥ずかしいので振りほどこうとするがどうやら逆効果のようだ。
「やめれ」
「むー」
「酔っ払ってんのか?」
「酔ってないよ。ていうか、未成年なんだから酔っ払ったことないし」
「前にウイスキーボンボン1個で盛大に酔っ払ったのはどこのどいつだ!」
以前四人で俺の家に集まった時にお茶請けとして出したのだが、これがまずかった(ウイスキーボンボン自体は旨かった)。ウイスキーボンボンの極微量且つ濃度の低いアルコール分で晴香は見事、ほろ酔い状態になってしまったのだ。
あの時は本当に大変だったのに、なんで本人が覚えてないんだ。
「そ、そんなことあったっけ?」
あ、これ覚えてないんじゃないですね。記憶から抹消しようとしてますね。
「あったあった。なんならあすかが爆笑しながら撮った動画でも見せようか」
「結構です!ごめんなさい思い出しましたその出来事思い出したから情景まで思い出させるのはやめて!」
必死だなー。どんだけその記憶消したいんだよ。
「冗談。そこまでしない」
「よかった」
安堵したようにほうっと息を吐く。ここまで来ると思い出させたのが申し訳なくなってくる。
しかし、と俺は自分の左腕をちらりと見た。晴香は腕を取ったままだし、俺も結局振りほどいていない。
まだ少しだけ肌寒い季節だがこの間左腕だけはとても暖かかった。