俺のこんな学校生活も悪くない   作:天然水いろはす

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どうも天然水いろはすです。
9月中に更新できるとか言って調子こいてすみませんでした。
就職面接やら学年末考査やらで忙しかったんです。
ちなみに就職は無事内定で、その時は赤紙をもらった気分でした。あとは車の免許を取るだけです。
働きたくないなぁ……。
俺の話はどうでもいいですね。

では第13話をどうぞ!!



第13話

「コーヒーどうぞ」

「あ、ありがと……」

 言って俺はソファで依頼の原稿を読む陽乃さんに手渡したのだが、受け取る陽乃さんの声はどこか疲れ気味である。

 陽乃さんはコーヒーを一口飲んで、ふーっと疲れを吐き出すように息をする。

「どうでした? 俺もまだ読んでなくて内容はわかりませんけど」

「読んでみる?」

 その手元にはまだ半分も読まれていない材木座の原稿。

「え……いいんですか?」

「いいよ。私この手のもの八幡くんから借りた以外に読んだことないからさ、読むのに時間が掛かりそう」

「じゃあ代わりにこっちの方を読みます?」

 俺はさっき部屋から取ってきた小説の原稿を陽乃さんに勧めてみた。

 すると、陽乃さんは眉を(ひそ)めた。

「それって材木座くんだっけ? その子が書いた小説、だったり……」

「そうですよ。でもジャンルで言うとラノベじゃなくて青春小説なんで陽乃さんも読みやすいと思いますよ。それにこれは俺のオススメです」

 コートを羽織り痛々しい言動をする材木座が、初めて俺に渡してきた原稿が意外にもラノベじゃなくて高校生活を描いた青春小説の部類なのだ。しかも推理小説的な側面もあると言えるだろう。

 主人公の少年は、ミステリーで言うならば探偵役となるべき立ち位置の天才。だが、持って生まれた才能で、人の言動の細やかな機微からすぐに虚実を見抜くことができる彼は、その実は他者とどうやって触れ合ったらよいかわからず、孤独を抱えて青春を過ごす普通の少年の側面を強く持っている。彼は幼い頃から、無意識のうちに他者を傷付けて生きてきた。人間の嘘を判別することができるのに、人間の感情が理解できないのだ。人と触れ合いたいのに、それを成し遂げる方法がわからない。だから自分に自信が持てず、内向的で常に世界に対して怯えながら生きているような、そんな少年なのだった。

 彼の才能は、人が必死に隠そうとする嘘を(あば)いてしまう。よかれと思って暴く謎解きは、周囲の人間から見れば極めて無神経な行為と映る。「もっと人の気持ちを考えてよっ!」と声が上がったが、人の心理に(うと)い彼は、それらを暴くことが人を傷付ける結果に繋がってしまうことがわからない。

「どうして? それが真実だろう」

 彼は首を傾げて思索を続ける。

 嘘を暴き、あるべき真実を白日(はくじつ)の下に晒したというのに、どうして教室のみんなは自分のことを恐怖するのだろう。(おぞ)ましいものを見るような視線を向けるのだろう。よかれと思ってしたことなのに、どうして。

 しかし、そんな彼にも運命的な出会いが訪れることになり──。

 ざっとあらすじを纏めて、導入風に語るとするならば、それはそんな物語だった。

 俺は小説を多く読んでいる部類に入る方だと思う。それでも初めてアイツの小説を読んだ時、まるで自分が主人公に乗り移ったかのような生々しい感覚に、今までにない衝撃を受けた。

 それに加えて話が面白い、書籍化してもおかしくないレベルで。『人は見かけによらない』とはまさにこのことなんだなと思った。やっぱり外見より中身。ほんと中身の方が大切だと思います! 外見だけで判断しちゃいけないよ。特にお巡りさんとかスーパーの店員さんとかさ!

「八幡くんがそう言うんだったら、読んでみようかな」

「じゃあ俺はこっちの依頼の方を読みますね」

 俺と陽乃さんは持っている材木座の原稿を交換し合い読み始めていく。

 しかし、俺の目はラノベの原稿へ向かわずに彼女の方へと向かってしまっていた。

 決してラノベの原稿に興味がないわけではない。ただ単に意識がそこへと向かわないのだ。俺がこれまでに味わったことのない衝撃を陽乃さんはどのように迎えるだろうか。そればかりが気になって、原稿を(めく)る手や陽乃さんの顔に意識が集中してしまう。

「あのさ、」

 不意にかけられた声に俺は身体をびくっとさせる。

 見ると、陽乃さんは顔を原稿用紙で隠して目だけを覗かせていた。

「ちょっと読みづらい、かな……」

「え? 読みづらかったですか? 俺的にはそれ結構読みやすかったと思いますけど」

 文の構成だってよくできてるし、一文自体はそこまで長くないから読みやすかったと思う。

 だが、陽乃さんには読みにくかったらしい。いかん、陽乃さんが帰るまで小説の原稿を読んでもらおうと思ってたのに……。

「違う違うそういう意味じゃなくて。その……さっきから八幡くん、私のこと見すぎだから」

「へ?」

 予想外の返答に俺は素っ頓狂な声が出た。

「女の子ってさ、視線に敏感なんだよ? だから、そんなに見られると読みづらい」

「え、いや、その……すみません。自分が好きな本を誰かに紹介すると、つい相手の反応が気になっちゃって……」

 今日の俺、陽乃さんに謝ってばかりだな。一日で最も謝罪した男としてギネス世界記録を狙えそうな勢いなんじゃないだろうか。なにそれ、超自慢できねぇ……。

「ふふっ、今日の八幡くん謝ってばっかりだね。そんな謝ってばかりいると女の子にモテないぞー」

 依頼の原稿が読みやすいようにと俺が親切心をもって陽乃さんと少し離れた位置に座ったのにというのに、彼女は一気にその距離を狭めてきた。

 肩と肩が触れるほど近くて、彼女からふわりと香るフローラル系の甘くて華やかな匂いが俺を落ち着かなくさせる。

「べ、べつに誰かにモテたいとか思ってないんで大丈夫です。ていうか、近いんですけど……」

「スキンシップだよス・キ・ン・シ・ッ・プ♪ だから気にしない気にしなーい」

 陽乃さんは気にするなと言うが、それは無理な話だろう。

 先程から左腕にヒットアンドアウェイしてる慣れない感触の所為で本来の目的を見失いつつあるのだ。

 このままいけば、依頼の原稿を読み終えずに朝を迎えてしまう。それだけはなんとしてでも避けたい。

 ここは陽乃さんの調子に合わせて、多少SAN値が削られたとしても主導権を握らなければっ!

「じゃあ、俺も陽乃さんを見習って……」

 言って俺は昨日生徒会室で陽乃さんがしたことをやり返してみた。

「は、はひみゃんくん⁉︎」

「ただのスキンシップですよ。だから気にしない気にしない」

 不意打ちに合ったような驚愕の色が見える。これは効果ありだな。

 ……それにしても柔らけぇな。女の子の頬って、こんなマシュマロみたいに柔らかいん?

「むぅ、八幡くんがやるんだったら私だって! えいっ!」

 陽乃さんは可愛らしい掛け声と共に身を乗り出して、俺の頬をつつく。

「ちょ、ダブルは卑怯でしょ!」

「やられたらやり返すものだよ。それも倍返しでね♪ ……って、きゃっ!」

「うぉっ」

 片目をパチリとつぶって決め台詞っぽいことを言う陽乃さんが急に俺の方に向かって倒れてきた。突然のことに、驚くしかできなかった俺は陽乃さんと一緒にソファに沈んでしまった。

 ここが階段の上だとしたら病院送りとなっていたが、ソファに置いてあるクッションのおかげで無事に済んだ。

 俺はいきなり倒れてきた陽乃さんを心配に思い、胸板に顔を埋める彼女に問い掛ける。

「大丈夫ですか?」

「…………」

 へんじがない、ただのしかばねのようだ。

 ……て、違う違うふざけてないで真面目になれ俺!

「陽乃さん!」

「……………………ふぇ?」

 俺がもう一度呼び掛けると、暫し沈黙した後、顔を上げてくれた。心なしか頰がほんのりと赤い。

「いきなり倒れましたけど大丈夫ですか?」

「あ、うん。ちょっとバランスを崩しちゃっただけだから」

「そうですか。てっきり具合が悪くなったかと思いましたよ顔赤いですし」

 俺のその一言に「ごめんごめん」と起き上がろうとした陽乃さんは膝立ちの状態で固まった。

「それは八幡くんが近くにいたからでしょ」

「遠回しに俺がアレルギー対象ってことですか……」

 それ知ってる。比企谷アレルギーとかなんとか言って遠巻きに8×4(エイトフォー)を噴射するやつでしょ? しかも息止めてやるのが重要なんだって八幡知ってる。し、知ってるんだからね!

「はぁ……どうして今のでそんな解釈に至るのよ。斜め下というか、捻くれてるというか……」

「俺は斜め下でも捻くれてでもないですし、経験したことを言ったまでです」

「……なんかごめんね。辛いこと思い出させちゃって」

「やめて。そんな哀れみのこもった眼差しでこっちを見ないでっ!」

 気づけば陽乃さんのペースになっていた。

 俺がどんなことをしようと彼女の予想外の行動にいつまで経っても主導権を握れそうにない。

 諦めてしまった方が楽なのかもしれない。

『諦めたらそこで試合終了ですよ…?』

 ごめんなさい安西(あんざい)先生。相手は陽乃さんなんです。魔王なんです。

 あと少しで諦めの境地に達しようとした時、リビング内に電子音が鳴り響いた。

 音の発生源。それも俺を(またが)るような体勢をとる人から。

「あ、電話だ」

 陽乃さんはポケットからスマートフォンを取り出し、電話の相手を確認した途端、慌てたように居住まいを正した。

「ごめんね八幡くん。ちょっと電話に出てくるね」

「ど、どうぞ」

 断りを入れ、陽乃さんはリビングを離れて行った。

 あの人の慌てっぷりは久々に見た気がする。電話の相手は誰だったのだろうか。

 そんなことを考えながら、まだ一口もつけてないコーヒーを飲み、テーブルに置かれた依頼の原稿に手を伸ばす。

「ふぅん、材木座がライトノベルねぇ……」

 俺がこれまでに読んだアイツの小説は青春小説、学園小説、そして恋愛小説の三種類に分けられる。

 いずれもが、主人公はぼっちという設定なんだけども、何度も読み返してみたくなるようなものばかりで、今回初めてのラノベも期待していたりする。

 原稿を一枚捲ると、用紙一面にでかでかとサインペンでなにやら書かれてある。

 

 最弱無敗の孤独者(アイソレータ)

 

 この小説のタイトルだろうか。

 どこかのラノベのタイトルの一部を繋ぎ合わせたように感じるのは気のせい……と言いたいところだが、これ絶対繋ぎ合わせたやつだろ。これと似たような単語が使われてるタイトルのラノベを二冊とも持ってるぞ俺。

 大事なのは内容だとわかっていても、このパクったようなタイトルに捲る手が止まってしまう。

「材木座って何かをパクるようなやつだったかなぁ……」

 ソファの背もたれに深くもたれかかり、天を仰ぐ。

 すると、視界の端にちょうど電話を終えた陽乃さんの姿が映った。

「あ、おかえりなさい陽乃さん」

 変な体勢で言ったために声が掠れてしまった。

 その声が面白かったのか、彼女はふふんと笑う。

「ただいま八幡くん」

「電話大丈夫でした? すごい慌ててましたけど」

「あー、あれ、お母さんからだったんだよね。もう二十二時を回ってるでしょ? 『早く帰って来なさい』って怒られちゃった」

 壁に掛かる時計に目をやれば、たしかに短針は十を指しており、陽乃さんが家に来てからもう四時間が経とうとしているのがわかった。

「だから今日はこれで帰るね。材木座くんの小説、あれまだ全然読んでないから借りてってもいいかな?」

「ええ、いいですよ。本当にあれはオススメなんで読み終わったら感想聞かせてください」

 帰りの身支度をする陽乃さんに、俺は依頼ではない方の原稿を渡した。小さなバックに原稿を入れる陽乃さんはどことなく嬉しそうで、それにつられて俺も嬉しくなった。

 やはり本好き同士、なにか通じるものがある。

「もちろんだよ。じゃあ感想はこれを返したときに言うね」

「べつにメールとかでもいいっすよ」

 陽乃さんも大学生でなにかと忙しいだろうし。

 と気を遣ったのだが、陽乃さんはむすっとした顔をこちらに向けた。

「ちゃんと会って言葉で伝えたいんだよ」

「さいですか……」

 陽乃さんの考えること、たまによくわからないだよなぁ。ラノベをタイトルや挿絵を見て変な目を向ける人と同じくらいにわからない時がある。

 客人を見送るのが礼儀だと思って玄関までついていくと、彼女は靴を履き終えた後、俺を見上げた。

「今度会うときは連絡するかも」

「かも、じゃなくて連絡してください。こっちは毎回びっくりするんですから」

「だったら連絡しないで会いに行こっと」

「や、連絡しろよ」

「それじゃあ八幡くん、また今度」

「人の話聞いてないし……。はぁ、また今度です陽乃さん。お気をつけてお帰り下さい」

 俺はそう言って彼女の背中を見送る。

 が、玄関の扉を開ける彼女は「そうだそうだ」と言いながら振り返った。

「雪乃ちゃんと仲良くしてあげてね」

 そう言う彼女は俺に言葉を選ぶ余裕すら与えてくれなかった。

「……あなたの方が余っ程シスコンじゃないですか」

 扉が閉まる音と同時に、気がつけばそう零していた。

 

 

 ◇

 

 

 陽乃さんが帰った後、俺はコーヒーを淹れ直して依頼に取り掛かった。

 材木座の書いた小説──『最弱無敗の孤独者』はジャンルで言うなら、学園異能バトルものだった。

 日本のとある地方都市を舞台にし、夜の闇の中で秘密組織や前世の記憶を持った能力者たちが暗躍し、それをどこにでもいる普通の少年が自分の平穏を守るため、正々堂々、邪道な策で孤独に平穏を侵す者をばったばったとなぎ倒していく一大スペクタクルである。

 結局、これを読み終えた俺はリビングで朝を迎えることになった。徹夜だ。

 おかげで今日の授業はすべて寝て過ごす羽目になり、運悪くあった移動教室の授業も無断欠席となってしまった。それでも寝足りなかったのだが部活のことを思い出し、眠たい目を擦りながらもなんとかSHR(ショートホームルーム)を切り抜け部室へと向かうことにした。

「ちょー! 待つ待つっ!」

 特別棟に入ったあたりで、誰かを呼び止める女子の声が聞こえた。

 勿論、俺ではない。俺に声を掛ける人はせいぜい材木座と平塚先生ぐらいだ。材木座は男だし、平塚先生は……平塚先生はあれだよ。女性だから。

 とにかく、その女子の声は俺に向けたものじゃない。俺は歩みを止めることなく前へ進む。

「ちょ、なんで無視するしっ!」

「ぐはっ」

 予期せぬ背後からの衝撃に、俺は地面に倒れ伏した。

「わーわーわー! ヒッキー大丈夫⁉︎」

 大げさな反応に明るい声。そして俺のことをヒッキーと呼ぶ女子。

 俺はその女子に心当たりがある。

 冷たくて何気に気持ちよかった床とはおさらばし、ズボンについた埃を払う。

「いてて。『押さない・話さない・喋らない』って小学校の時に習わなかったのかよ由比ヶ浜」

「ご、ごめん。転ばせるつもりは全然なかっ……えっ⁉︎ 今同じこと言ったよ! 『は』の部分は『走らない』でしょ!」

 気づいちゃいたが由比ヶ浜はアホの子だった。しかし、見た目の印象とは裏腹にちゃんと謝れる子であるらしい。

「っつーか、やけに元気がいいな」

 横に並ぶ由比ヶ浜は疲れなど感じさせない軽い足取りである。

「ヒッキーは逆に元気なくない? どしたー?」

「そりゃあ、あいつの小説読んだら徹夜でよ……。もうめっちゃ眠いわ。依頼とはいえキツすぎる」

「え?」

 由比ヶ浜が目をぱちぱちっと瞬かせた。

「……あ。だ、だよねー。や、あたしも徹夜でマジ眠いから」

「お前、絶対読んでないだろ……」

 その問いには答えず、窓の外を眺める由比ヶ浜は口笛が吹けないのか、ひゅーひゅーと口に出して言っていた。口笛が吹けないんだったら、せめて鼻歌に変えろよ……。あと、だらだらと冷や汗を()くな。そういうのは見せるな、ちゃんと隠すもんだぞ。

 はぁ……ブラウス透けてたりしねぇかなぁ……。

 

 

 ◇

 

 

 さっきまで徹夜の所為で無性に眠かったのに、今は完全に目が冴えていた。

 何故なら──。

「まず、文法が滅茶苦茶ね。なぜいつも倒置法なの? 『てにをは』の使い方知ってる? 小学校で習わなかった?」

「ぬぅぐ……そ、それは平易な文体でより読者に親しみを……」

「そういうことは最低限まともな日本語を書けるようになってから考えることではないの? それと、『能力』に『ちから』なんて読み方はないのだけど。だいたい、『幻紅刃閃』と書いてなんでブラッディナイトメアスラッシャーになるの? ナイトメアはどこから来たの?」

「げふっ! ち、違うのだっ! 最近の異能バトルではルビの振り方に特徴を」

「そういうのを自己満足というのよ。あなた以外の誰にも通じないもの。人に読ませる気があるのかしら。そうそう、読ませるといえば、話の先が読めすぎて一向に面白くなる気配がないわね。で、ここでヒロインが服を着て脱いだのは何故? 必然性が皆無で白けるわ」

「ひぎぃっ!」

 雪ノ下が怒涛の勢いで材木座の精神を刈り取ってく光景は恐ろしくてたまらない。

 雪ノ下の隣に座る由比ヶ浜は苦笑いを浮かべ、遠く離れた場所に座る俺ですら身を縮こまらせていた。

 俺が部室の戸を開けた時はすうすうと寝息を立てていたというのに、今はこれだ。

 陽乃さんとは別の意味で雪ノ下が怖い。もはや言葉が凶器と化している。いつの間にリアル言弾が実装されたんだよ。俺のところにアプデ情報届いてないよー運営さーん。

「お、おい雪ノ下。その辺でいいんじゃないか。あんまりいっぺんに言ってもあれだし」

 体をぴくぴくと痙攣(けいれん)させ白目を剥く材木座はあまりにもオーバーリアクションなのだが、見てるこっちが辛かった。材木座の行動と雪ノ下の精神攻撃が。

「まだまだ言い足りないのだけど……。まぁ、完結していたから、それだけはよかったわ。じゃあ、次は由比ヶ浜さんかしら」

「え⁉︎ あ、あたし⁉︎」

 まさか自分に掛かるとは思ってなかったのか、由比ヶ浜は急いで例の原稿を取り出す。折り目のひとつもない綺麗なそれを由比ヶ浜はぺらぺらと異様に速いペースで捲る。

「え、えーっと……。む、難しい言葉をいっぱい知ってるね」

「ひでぶっ!」

「とどめ刺してんじゃねぇよ……」

 なんなのこの二人。精神攻撃が好きすぎるでしょ……。雪ノ下はちゃんと読んで感想を言ってるからいいけど、由比ヶ浜なんてまったく読んでないじゃん。本人の前でそのことをわからせてから、作家志望のやつにその感想はエグすぎる。一撃必殺技が四回連続で命中するぐらいにエグい。

「じゃ、じゃあ、次はヒッキーどうぞ!」

 由比ヶ浜は逃げるように俺に指名を掛ける。

「は、八幡……」

「うっ……」

 捨てられた子犬のような瞳を向ける材木座に、思わず俺は言葉を詰まらせた。

「お主なら理解できるな? 我と同類のお主なら、我の描いた世界がわかるな?」

 俺の足に(すが)りながら言う材木座にイラっときた。

 俺は決してこいつと同類なんかではない。中二病を(こじ)らせていないし、ぼっちでもない。……学校ではぼっちだけど。

 材木座に世の中の厳しさというものを教えねばならんようだ。俺は一度深呼吸をしてから優しく言ってやった。

「で、あれ何のパクリ?」

 この言葉に豆腐並みのメンタルの材木座がごろごろと床をのたうち回ったのは言うまでもない。

 

 余談だが、でっかいトマトが丸々一個入ってるかと思われた俺の弁当の中には、ちっちゃなトマトと『プチおこだよっ!』というメッセージがあった。

 

 

 

 ◇

 

 

 あれから数日が経った。

 本日最後の授業は体育である。

 俺はいつもと変わらないペアに苦情を言った。

「お前、いい加減痩せたらどうだ」

「お主がその腐った目をどうにかしたら、痩せてあげないこともないんだからね!」

「やめろ材木座。上で気持ち悪いことを言うんじゃねぇっ! ほれ、七、八、九、十っと」

 十まで数えて、物理的に重い材木座をすぐさま下ろす。すごい腰が痛ぇ。二人組ストレッチって腰痛になる原因の元なんじゃないのだろうか。違うか。

「なぁ、八幡よ。流行の神絵師は誰だろうな」

「気が早ぇーよ。賞取ってから考えろよ」

「問題はどこからデビューするかだが……」

「だからなんで賞取る前提なんだよ。っつーか、小説家になるって言ってたのに、なんでいきなりラノベ作家に絞ったんだよ」

 小説家になると言ってた頃は面白かったのに、ラノベ作家を目指すと言った材木座の小説はありきたりで正直つまらなかったのだ。

 例の原稿を読んでからずっと気になってたことをようやく今日言えた。

「ふむ。そんなの決まってるだろう」

 材木座は眼鏡のブリッジを中指でくいっと押し上げる。

「ラノベ作家のほうが声優さんとお近付きになれて、あわよくば結婚……」

「お前、今すぐラノベ作家に謝れっ!」

 そんな(よこしま)な考えを持つ材木座だが、俺は純粋にこいつの夢を応援したいと思っている。

 あの日、俺たちにあれだけ酷いことを言われたのに、それでも前を向く材木座のことを──。

 

『書きたいものがあるから、伝えたいたいものがあるから、物語を綴るのだ』

 

 




次回は戸塚編です。
やっと八幡が高スペックなところが出ます。
次回も読んでくれる方がいたら嬉しい限りです。
不定期更新ながら頑張ります。

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