PSO2外伝 絆と夢の協奏曲〈コンツェルト〉   作:矢代大介

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#7 急襲せし闇の眷属

 最高にハイな状態になったシュヴァルツを落ち着かせたのち、俺たちはそのままの勢いで迫りくる原生生物たちを殲滅しながら、着々と特別警戒区域の奥へと歩を進めていた。

 道中で襲ってきたのは、何も浸食された原生生物だけではない。彼らの群れに時折混じる形で、実体としてこの物質世界に顕現したダーカーたちもまた、俺たちの息の根を止めんと攻撃してきた。中には中型のダーカーとして認知されている種もいくつか確認されてはいたが、そこは俺たちもアークス。ダーカー如きに後れを取ることは無い。

 唯一懸念を抱いていたと言えばフィルの存在だったが、市街地での一件もあるため、俺としては言うほど心配はしていなかった、と言うのはここだけの話である。

 

 

 

「……ここか」

 

 足を止めたシュヴァルツの言葉に、後方を警戒していた俺とフィルが後ろを振り向くと、彼女の目の前には数人を一斉に転送することが可能な大型のテレポーターが存在していた。周辺には、補給物資と思しきいくつかのフォトン弾倉やちょっとした回復アイテム、そしてフォトン由来の技術によって大きな傷をもたちどころに治してしまう万能治療機である回復ポッドが設置されていることから、どうやらここが特別警戒区域、その最奥へと踏み入るための仮拠点なのだろう。

 ここに設置されているテレポーターの先には、このエリア一体の異常の原因となったとみられる、大型の生物が捕らえられた隔離領域がある。俺たちの最終的な目的は、その異常の原因を討伐し、このエリア一体の安定化、および凶暴化した生物の沈静にあった。

 

「よし、各自準備しろ。終わった奴からテレポーターに立て」

 

 シュヴァルツがそう指示すると、待ってましたと言わんばかりにルプスがウキウキとした足取りで補給物資の方へと歩を進める。それを見て、俺もまた肩の力を抜いて、体力の回復がてら一息つこうとアイテムパックを改めた。

 

「フィル、今のうちに弾を補給しといた方が良いぞ。テレポーターの先は隔離領域だから、一度踏み込んだら緊急回収以外に脱出の手段はないからな。……あとほら、これ飲んで回復しておけ」

 

 言いつつ俺は、アイテムパックの中から取り出した、小さなパックの飲み物をフィルに手渡す。受け取って、それを眺めるフィルは、それがどういう意図で渡されたものなのかをわかりかねているようだ。

 

「それはアークスで使われている回復用のアイテムだよ。回復テクニックに使われるフォトンを飲み物に混ぜ込んであるから、飲めばサクッと回復できるって寸法さ」

 

 アークスと言う職業は、様々な場所を転々として戦うがために、ゆっくりと傷を癒せる機会にはあまり恵まれない。こと、戦場で重傷を負ったとしても、すぐに回復のための治療を受けられる機械など稀だ。回復テクニックであるレスタを使えるアークスが居れば良いのだが、そう運よくメンバーに恵まれる機会もないし、何より回復ができる人間がすぐさま治療に当たれる状況である確証もない。

 そんなアークスたちが、回復要員や治療施設に頼らずとも自力で傷を癒すことができるように考案されたのが、パック飲料に治癒力促進効果のあるフォトンを混ぜ込んで作られた携帯回復アイテム「メイト」である。飲むタイプであるため、戦闘中でもわずかな時間ですぐに効果を得られるとして、正式採用から現在まで、全てのアークスに愛用されているアークス御用達のアイテムだ。

 ――という説明を終えてから、俺は喋って乾いた喉を潤すがてら、自分の為に取り出した回復アイテムであるモノメイトの封を切り、一息に飲んで見せる。市民たちに愛飲されているらしい栄養ドリンクとよく似た独特の味が、俺の口の中をいっぱいに満たした。

 

「あの、苦くないですか?」

「ん、まぁ苦いのは苦いかな。でも、そんなうえーってなるもんじゃないから、大丈夫だよ」

 

 実はフィル、コーヒーなどの苦みを含んだものが嫌いで、スイーツなどの甘いものが大好きな、典型的甘党らしい。それゆえか、俺の「栄養ドリンクっぽい」という評価を受けて、わずかに顔をしかめている。

 わずかに逡巡していたが、やがて意を決したように封を切り、くっと中身をあおったフィルの顔は、想定していたような味とは違う……とでも言いたげな、意外そうな表情だった。そんな彼女を横目に見つつ、俺は背負っていたブレードレボルシオを解除して、別の武器を現出させる。

 新たに俺の脚部を覆うように出現したのは、俺が専攻しているバウンサーにあてがわれたもう一つの専用装備である「ジェットブーツ」だ。フォトンを噴射しての急制動に優れる蹴撃用装備であり、同時に法撃に用いたフォトンの残滓を吸収、増幅することによって、ブーツ自体に法撃を纏わせて攻撃することが可能な法撃武器でもあるという、二重の特徴を持った奇抜な兵装である。

 俺が使用するのは、一般アークスに支給されるモデルを大幅に強化し、フォトン出力を爆発的に上昇させた高出力ジェットブーツ「リンドブルム」だ。神話に名を連ねる飛竜の名を冠するこの装備のポテンシャルは伊達ではなく、熟達のジェットブーツ使いが蹴撃を放てば、その一撃は空間さえも切り裂く……とかいう大仰な触れ込みが悪目立ちしていたのを覚えている。

 

「二人とも、準備はいいな?」

 

 新たに装備したリンドブルムの状態を確認していると、補給から戻ったシュヴァルツがこちらを振り向き、最終確認の言葉を口にした。

 モノメイトを飲み干したフィル共々、しっかりと肯定の頷きを返してから、俺たちはテレポーターの中へと足を踏み入れる。

 

「気をつけろよ、二人とも。(やっこ)さん、だいぶ気が立ってるっぽいぜ」

「ああ、わかった」

 

 鋭い直感を持つルプスの忠告を素直に受け取り、しかと気を引き締めた直後。

 

「行くぞ!」

 

 起動したテレポーターが放った光に包まれて、俺たちは一瞬で空間を跳躍した。

 

***

 

 天地が反転したかのような錯覚が過ぎ去ると、そこはすでに大型エネミーのテリトリーである隔離領域の中だった。すぐさま警戒の体勢を取り、素早く周辺を見渡してみるが――

 

「居ない……?」

 

 フィルのつぶやき通り、俺たちの眼前に広がっているのは、一面に生い茂る草木とのどかな青空だけで、そこに居るはずであろう大型エネミーの姿は、何処にも認めることができなかった。

 

「いや、違うな」

 

 しかし、俺の隣で警戒していたシュヴァルツが、否定の言葉を口にする。ちらりと彼女の方を見やると、その瞳にはどこか面倒臭げで、しかしわずかな生きがいを感じているような、そんな色の光が宿っていた。

 

「お出ましだぞ、構えろ!」

 

 直後、いち早く「何か」の接近を感じ取ったらしいルプスが、腰のホルスターに下げていたワルキューレA30を引き抜きつつ、俺たちに向けて忠告を飛ばしてくる。鋭い言葉につられるがままに、フィルはヤスミノコフ5000SDを、俺は先ほど装備したリンドブルムを展開する準備をし、各々警戒を最大限に強めた――まさにその瞬間。

 風を切る音がわずかに響いたかと思うと、巨大な衝撃波と地響きを巻き上げながら、それは空から降ってきた。

 

「ぐッ……!」

 

 全身を叩いて過ぎていく暴風に晒され、一瞬飛ばされそうになる身体を地に縫い付けながら、俺はそいつの正体を垣間見んと必死に眼をこじ開ける。そうしてそこに見えたのは、一般的なアドバンスクエストではまずもってお目にかかれない、漆黒と赤の入り混じった巨大な体躯だった。

 一瞬視界にとらえただけならば、それはきっと誰もが口をそろえて「蜘蛛」と形容するであろう、甲殻に覆われた丸太のように太い四つの脚。それが支える胴体もまた、蜘蛛と呼ばれる昆虫のそれとよく似たシルエットを持つ、蟲の様な体躯。

 四足とは別に胴体から生えた二本の腕らしきそこには、生半な防具程度ならば容易く抉り取ることが可能な、鋭利な爪。まさしく凶器と形容できるその二本の腕は現在、獲物を求めてか虚空を揺れていた。

 そして、俺たちの存在を認めてかこちらへぐるりと回ってきたのは、蟲のそれというよりは爬虫類のそれを想起させる、ねじれながらも鋭くとがった甲殻を持つ、巨大なあぎと。ふしゅるるるる、と怖気の走る吐息が漏れ出る口の上には、相対する者の心を凍てつかせるかのような、血よりも深く、どす黒い赤に輝く眼が輝いていた。

 それは、こんな原生生物たちがたむろするのどかな森にはとても似つかわしくない、邪悪が形をとってこの世に這いずり現れたかのような、巨大な闇の化身。

 ――アークスたちから「ダーク・ラグネ」という識別名称を与えられたそいつが、俺たちめがけて大気を震わせる咆哮をあげた。

 

「おいおい……、なんでこいつがここに居やがるんだ? 隔離領域のボスっつったら、普通はロックベアかファング夫妻だろうに」

 

 ワルキューレを構えつつ、困惑の表情を見せるルプスの口から、疑問の言葉が飛び出す。

 彼の言う通り、ナベリウスの森林エリアと言えば、ダーカーの因子による汚染係数も低く、比較的安全な地域である――と言うのが、全アークス共通の一般見解だ。今回のように汚染係数が高まり、特務先遣調査任務が通達されることもあるにはあるが、それとて他の惑星に比べれば、まだまだ深刻とは言い難いレベルの汚染である。

 それに、この場に隔離されるべき大型エネミーと言えば、ルプスが挙げた通りロックベアやファングバンサー、バンシーの番などの、森林地帯固有の原生生物が大半。しかし、俺たちの目の前に屹立する四足の巨躯は、紛れもなくダーカーの眷属が一体だった。

 

「大方、何処からか出てきて本来討伐するべき対象を捕食したんだろう。……他の調査隊がやられたというのも、コイツが原因のようだな」

 

 シュヴァルツの苦虫をかみつぶしたような言葉につられ、彼女の剣呑な眼が見据える場所へと目線を映すと、ダーク・ラグネの頭部付近、その甲殻に深々と突き立っている、大きな三角形のシルエットを持つソード「ヴィタキャリバー」が俺の視界に飛び込んだ。

 それは紛れもない、抵抗の後。そしてそれは紛れもない、敗北の証だった。

 

「強敵、か」

 

 無意識のうちに、俺の口はその脅威を言葉として表す。俺自身、アークスとして、アークス課として、幾多のダーカーたちと刃を交えた実績はあるし、ダーク・ラグネをはじめとした強力な大型ダーカーたちとの交戦経験だってある。しかしそれは、12人の12人態勢(フルレイド)で行われる合同作戦の中であったり、ダークファルス【若人】が封じられている採掘基地の防衛戦の中であったりと、必ずしも大人数が仲間としてついていたのだ。

 それが、今回は俺たちを含めた四人だけ。その事実に、知らずのうちに額から汗が滲む。

 

「フ、だからどうした。……たとえ何が立ちふさがろうと、私たちのやることはひとつと決まっている。そうだろう、コネクト?」

 

 しかし、一瞬脳裏をよぎった「勝てないかもしれない」という思考は、直後に俺の真横に立つシュヴァルツの不敵な笑みにかき消された。

 そう、俺たちはアークス。不倶戴天の敵たる闇からの使徒、ダーカーたちを討滅し、この宇宙に安寧をもたらすための存在だ。――ならば彼女の言う通り、やることは決まっている!

 

「フィル、戦うぞ。あいつを倒して、やられていった奴らの仇を取るんだ」

「か、勝てるんですか?」

 

 俺の言葉に、隣でヤスミノコフを握りしめて表情を硬くしていたフィルが、思わずと言った様子でそう聞いてきた。

 無理もない。ダーク・ラグネと言えば、士官学校の教本にも名前が掲載されるほど有名な、ダーカーの代名詞と言える存在。そして同時に、ダーカーの中でもかなりの危険性を持つ、大型ダーカーの代名詞と言える存在なのだ。その凶暴性と危険性は、新米アークスどころか一流のアークスであっても、気を抜けば命を取られてしまうほど、と言えば、あいつの強さは推して図れるだろう。そんな強敵に、俺たちは挑もうとしているのだ。彼女が当惑するのも無理はないだろう。もちろん、俺だって勝てるとは思っていない。

 

 ――ここに居る人間が、普通のアークスだったとしたら、の話だが。

 

「お、なになにフィルちゃん? 俺らのこと心配してくれてるの? いやー、鼻が高いね」

「誰がお前の心配なぞするんだ。むしろ、心配しているのはコネクトの方だろう」

「……その言いぐさはひどくないですか? 確かに二人に比べたらまだまだだけど、俺だっていっぱしのアークス課の人間なんですよ」

 

 心配の表情を見せるフィルとは対照的に、俺たちの――厳密には黒づくめ二人組の反応は、至極間延びしたものだった。その態度は、とてもではないがこれから大型ダーカーを相手取ろうとしている者の態度ではないと言っていいだろう。

 だからだろうか、心配げなフィルの表情が、いよいよもって深刻そうなそれにとってかわった。

 

「そ、そんな悠長な……!」

「大丈夫さ、フィル。むしろ、これがあの人たちの……っていうか、俺たち「アークス課」の平常運転なんだよ」

 

 そんなフィルを宥める俺もまた、想定外の強敵が出現したことによる動揺と、それに伴うひと時の弱気を除けば、黒づくめ二人組同様に、平然と落ち着き払ったものだった。

 

 ――アークス課。正式名称「アークス特別任務専門請負課」。守護輝士や六芒均衡などの大きな戦力が回せない状況において、アークス内部の各部門などが対応できない部分を補佐するために設立された部門であり、正規のアークスには回されない、いわゆる裏方の依頼を請け負うための部門。それが、俺たち三人が所属している、特別部門の仕事だ。

「アークス課」という一部門の体を成してはいるが、正規、非正規問わず多種多様な依頼を引き受ける都合上、その領分はいわゆる何でも屋に近い。防衛隊に混じってアークスシップの防衛を引き受けることもあれば、前線で任務中のアークスたちに物資を補給することもある。今回のように大型ダーカーたちとの戦いを引き受けることもあれば、時には同胞と呼ぶはずのアークスを相手取ることだってあった。

 そう、俺たちは何でも屋。戦う相手を選ぶことは無いし、手段を選ぶことは無い、無法者。しかしそれゆえに、俺たちは並のアークスたちとは違う、強みを持っているのだ。

 それに、隣に立つ二人はアークス業界でも名の知れた腕利きである。さすがに守護輝士や六芒均衡とかいうふざけた実力の(最大戦力となる)連中には劣るだろうが、彼女らの実力は十二分に信用に値するのだ。そんな人間たちが味方に付いていて、負けろと言う方が無理な話だろう。

 俺たちの立場を説明し、あの二人が全く怖気づかない理由を説明してやると、釈然としなさそうな表情をしつつも、一応は納得してくれた。未だにちょっと困惑気味だが、ともかくは作戦を説明するとしよう。

 

「いいか、フィル。あいつの弱点は背中にあるんだが、普段は甲殻に隠れて攻撃が届かないんだ。だから、まずは相手の弱点を露出させるために、足を崩す」

「は、はい。普通に撃てばいいんですよね?」

「ああ。ウィークバレットがあれば良いけど、ルプスも撃ってくれるからな。速度の遅い遠距離攻撃があるから、まずはそれに当たらないようにしてくれ」

「分かりました。……コネクトさんは?」

 

 手短に戦闘の方針を説明し、さて攻撃の体勢に移ろうと考えたところで、彼女からの質問が飛んできた。――どうするか、と言われても説明がしづらいんだけどなぁ。

 

「俺はいつも通り、近づいて攻撃だ。動きはそこまで早いわけじゃないから、被弾は少ないはずさ」

「そう、ですか……わかりました。気を付けてください!」

「任しとけ!」

 

 彼女なりに俺の身を案じてくれたことが少しだけ嬉しくて、ついつい語勢も強く言葉を返してしまう。高揚していることが分かった自分に気恥ずかしくなって、俺はそそくさと飛び出そうと構えるシュヴァルツの横に並んだ。

 

「なんだかんだ、いい感じに懐いてるじゃないか。これは、しっかりと良いところを見せないといけないな?」

「茶化さないでください。あと懐いてるんじゃなくて、信頼関係を結んでる、って言ってください」

 

 にやにやと微笑ましそうな笑みを浮かべるシュヴァルツの言葉に、憮然とした表情のままツッコミを入れつつ、表情の切り替えに努める。

 

「それで、どうします?」

「愚問だな。やることはひとつだろう」

「だと思いました」

 

 短いやり取りではあるが、俺たちの仲は昨日今日で築いただけのものではない。言外の意味をしっかりと理解し合ったうえで、俺たちは素早く方針を固めた。

 

「私は奴から見て右をやる。お前さんは左を潰せ。――3つ数えて、同時に飛び出すぞ」

「了解。二人とも、俺たちが叩いていない足を頼んだ」

「オーケー。バッチリ狙い撃つぜ」

「分かりました。精一杯、頑張ります!」

 

 戦闘開始の合図が取り決められ、いよいよ開戦の火ぶたが切って落とされようとしたその時、ダーク・ラグネの頭部がぐるりと向きを変え、俺たちの姿を視界にしかととらえてきた。明確に視線を向けられたわけでは無いのに、血に濡れたような赤黒い光を湛える複眼に射抜かれているような気がして、少しだけ心拍数が上がる。

 

「行くぞ。――3」

 

 俺たちが放つ殺気に中てられてか、奴の放つ威圧感がぐんと増した。どうやら、こちらを得物と見定めたらしい。

 

「――2」

 

 わずかな地響きを伴って、ダーク・ラグネが身体の向きを変え、俺たちと真正面から相対する。ゆっくりと動かされる大きなカギヅメは、徐々に後方へ向けて引き絞られ始めた。――カギヅメ部分を大きく振るい、遠くまで届くカマイタチを放とうとしているらしい。

 

「――1」

 

 戦闘が始まってからもなるべく長持ちするよう、直前までキープしておいたシフタとデバンドのテクニックを開放し、全員の戦闘力を底上げする。朱色と藍色に煌めくフォトンが身体を満たしていくと同時に、俺の中の闘志が眩く燃え上がっていくような、そんな心地よい高揚感が湧き上がってきた。

 姿勢を低くし、足に力を溜め、ギリギリまでバネを引き絞り、いつでも飛び出せるように構えて――幾ばくもせず。

 

「――GO!!」

 

 鋭い号令が響き渡り、俺とシュヴァルツは一気に前へと飛び出した。

 同時に、引き絞られたダーク・ラグネの鎌が振り下ろされて、俺たちめがけてカマイタチが放たれる。ダーカーが操る疑似フォトンとも呼べるエネルギーを孕んだそれは、まともに食らえばただでは済まない。加えて、横への範囲もかなり大きめだ。

 しかし、縦に大きく回避すれば、それに当たることは無い。それを知っている俺たちは、わずかに加速を緩めてから、再び引き絞った足のバネを使い、地を蹴って大上段へと跳び上がった。

 最も、カマイタチは広範囲に分厚くばらまかれるために、ただ一回ジャンプするだけで躱せるものではない。なので俺は、空中をもう一度、軽く蹴って見せる。

 直後、虚空を蹴った足の先からフォトンの波紋が燐光と共に広がった。一瞬だけ発生した波紋は、地面を蹴った時と全く同じ感触を足の裏に与えて、頂点まで跳躍した俺の身体を、更に上空へと押し上げる。

 これが、大型エネミーとの戦いが控えていることを鑑みて、あらかじめ用意したジェットブーツが持つ固有機能「多段ジャンプ」機能だ。空気中のフォトンを特殊な技術で一瞬だけ固形化させ、そこを蹴ることで地上同様に跳躍することを可能とする特殊機能であり、ジェットブーツが他の武器とは違い、足に履いて使用する武器として設計された所以となった機能である。

 本来ならば「飛翔剣」の名を持つデュアルブレードに、フォトンブレード共々搭載される機能だったらしいが、高コスト化と武器サイズ自体の肥大化、フォトンブレード機能と同時搭載されることによる取り回しの悪さに加え、手持ち武器では多段ジャンプを上手く活用できないことから、新たな武器カテゴリを作ってそこにこの機能をねじ込んだ……という話を、兵装開発局の人間から聞かされたことがあった。

 基本的に、隔離領域に入れられるエネミーと言えば、現在相対しているダーク・ラグネのほか、候補の上がったロックベアやファングバンサー系列をはじめとした、大型のエネミーばかり。加えてそいつらは、危険の少ない高所に弱点部分を持つ者が大半だ。それゆえ、俺はこの多段ジャンプを使い、高所へと到達して蹴撃を見舞える武装である、ジェットブーツを選択したのだ。

 

「バウンサーは、こういう時楽だな!」

 

 二段ジャンプでカマイタチを回避した俺に向けて、すぐ隣へと降り立ったシュヴァルツのやっかみが飛んでくる。ちなみに彼女の方はというと、空中で身体をひねって身体の重心を移動させ、跳びたい方向へと体重移動を行うことで疑似的に二段ジャンプを行って回避していた。つくづく化け物だ、この人。

 

「お褒めの言葉、どうもッ!」

 

 やっかみに皮肉で答えてから、俺は一足先にダーク・ラグネへと攻撃を仕掛けた。軽く地を蹴り、宙で一回転させた体にフォトンを溜め、標的への向きを調整すると同時に、ジェットブーツを装備した足先からフォトンの奔流を放出し、俺は空中を疾風のごとく駆け抜ける。フォトンの奔流に乗って空間を駆けるその様をサーフィンに例えて、「グランウェイヴ」と呼称されるこのフォトンアーツは、突撃や切り込みに重用される高速移動型のフォトンアーツだ。

 

「はああぁぁッ!!」

 

 一息の元にダーク・ラグネの袂へとたどり着いた俺は、左の前足付近へと急接近の後、フォトンアーツのモーションの一部である連続蹴りを叩き込む。足先に纏わせたフォトンが、蹴撃に合わせて鋭い槍のように突き出され、ダーク・ラグネの脚甲へと確かなダメージを伝えた。

 

「抜け駆けは――許さんぞ!!」

 

 直後、空気の膜をブチ破るかのような破裂音と共に、黒い弾丸と化したシュヴァルツが右の前足へと鉄塊を叩き込む。ギルティブレイクによる突撃を敢行したシュヴァルツは、ついでぐるりと身を翻したかと思うと、背中越しに鉄塊の先端を脚甲めがけて突き立てた。めり込んだ剣先が煌めき、そこから噴き出たフォトンがシュヴァルツの身体に吸い込まれていくその様は、フォトンアーツ「サクリファイスバイト」を放ったとみて間違いない。

 

「ふんッ!!」

 

 突き刺した鉄塊を引き抜くと同時に、シュヴァルツの身体は三度翻る。黒いコート共々、踊るように振るわれた鉄塊が、今度は上空へ向けて振り上げられた。フォトンアーツ「ライジングエッジ」を放ったシュヴァルツは、鉄塊と己の身体で大車輪を描きつつ、上空へと飛び上がる。

 

「おおおぉぉッ!!!」

 

 直後、宙へと投げ出されたシュヴァルツの身体が、今度は空中で逆方向へと大車輪を描いた。眼にもとまらぬ速度で連続切りをお見舞いするその攻撃は、まさしくフォトンアーツ「ツイスターフォール」そのものである。

 着地と同時に地面へと叩き付けられた鉄塊が、その巨大な刀身に蓄えていたフォトンを一気に解放。地を駆ける光の衝撃波となって、ダーク・ラグネの足を真正面から砕いて見せた。千地に吹き飛ばされた脚甲の下からは、分厚い外殻とはかけ離れた、いかにも脆そうな細い基礎部分が露出する。

 

「■■■ーー!!」

 

 足の外殻を破壊されたダーク・ラグネが、身の毛もよだつようなおぞましい悲鳴を上げたかと思うと、ぐらりと体勢を崩して地へと臥せった。体勢の変化に伴い、ダーク・ラグネの背部甲殻がズレ、ダーカー種共通の弱点である、赤黒いフォトンが内部で渦巻く球状の核があらわになる。

 

「今だ、ウィークバレット!」

「あいよ!」

 

 シュヴァルツの鋭い号令に、威勢のいいルプスの声が返ってきたかと思うと、俺たちのすぐ横を飛翔した特殊弾頭が、ダーク・ラグネの核へと着弾。甲高い電子音を打ち鳴らして、ダメージが通りやすい状態へと変化させた。

 

「援護します!」

 

 倒れ伏したダーク・ラグネの身体を伝い、軽やかにコアめがけて突撃するシュヴァルツに追随して、俺もまたジェットブーツの多段ジャンプを活かしてコア付近まで跳躍する。目視によって、真紅の球体を目撃した俺の足元では、すでに放つべきフォトンアーツのチャージが完了していた。

 

「はあぁぁぁッ!!」

 

 瞬間、俺の身体は空中で縦に回転し、重力と物理法則を無視した蹴撃の竜巻と成る。ジェットブーツのフォトン噴射機構を応用し、最大出力を以て自らの身体ごと高速回転。ブーツから放たれるフォトンを足に纏わせ、回転と共に連続でサマーソルトを叩き込むこの攻撃は、暴風の如き蹴撃の様から例えられて「ストライクガスト」と呼ばれている。

 断続的に赤いコアへと蹴撃が吸い込まれていくが、それだけでは終わらない。蹴撃が止むと同時に、再びジェットブーツからフォトンを噴射した俺は、ダーク・ラグネのコアめがけて急降下。しかる後、天からのかかと落としを叩き込んだ。

 ジェットブーツで使用できるフォトンアーツは、従来のように攻撃に使用するほかにも、攻撃の途中でフォトンを瞬時に練り直すことにより、補助テクニックとよく似た効果を発生させられる追加の攻撃が可能となる。ストライクガストの派生攻撃は、かかと落としを見舞うとともに、周辺へと攻撃力上昇(シフタ)の効果を散布することにより、仲間と共に攻勢へ打って出る際、一々テクニックを使わずとも仲間の支援が可能となる便利なものだ。定点にとどまっての連続攻撃から繰り出せる、と言うこともあり、動かない標的やダウンした敵の弱点部分を攻撃するときにも、非常に重宝している。

 

「貰ったぞ!!」

 

 俺の繰り出した攻撃の意図を正確に理解して、シュヴァルツが再び鉄塊を振るった。普段の剣戟よりもさらに力強く、それでいて鋭く連撃を繰り出していくその様は、フォトンアーツの一つ「イグナイトパリング」だろうか。計6回の斬撃を叩き込まれたダーク・ラグネが、たまらずといった様子で身をよじり、俺たちを頭上から振り落としにかかった。

 

「おっと!」

「ちっ、まだ動くか」

 

 お互い、昇ってきた方向へと離脱して、ダーク・ラグネが再び立ち上がる様を見届ける。しかし、その4本脚が地面をしかと踏みしめようとしたその瞬間、先ほど破壊された前足とは反対側にある前足――俺が攻撃し、甲殻にヒビを入れたところへと、一発の弾丸が突き刺さった。そのままそこで紅い光を放ち始めたそれは、後衛の二人のどちらかが放ったウィークバレットだろう。

 

「っしゃ、同時に行くぞ!」

「はい!」

 

 遠くから聞こえてきたルプスとフィルの声が、二人の攻撃が開始されることを伝えてきた。

 直後、甲高い炸裂音を連続で響かせて、二条の閃光がウィークバレットに貫かれた前足を襲う。よく見れば、その閃光は弾丸であり、フォトンアーツ「ワンポイント」によって撃ち放たれた、連続射撃の光に他ならなかった。

 次々と着弾する実体を持つフォトンの弾丸が、炸裂と共に脚甲をガリガリと抉っていく。吸い込まれるように撃ちこまれたアサルトライフルの弾丸たちは、狙いたがわずダーク・ラグネの甲殻を貫通し、中の華奢な足へと強烈なダメージを与えて見せた。

 

「うし、狙い通り!」

「お二人とも、あとはお願いします!」

『任せろ!!』

 

 光栄の二人からの激励を受けて、俺とシュヴァルツの二人は声をそろえ、巨躯を支えるための足を挫かれ、再び地へと頽れたダーク・ラグネへと肉薄する。

 

「外殻は私が剥がす! 最後は任せるぞ、コネクト!」

 

 言うが先か、シュヴァルツは肉薄した体をぐるりと翻し、倒れたダーク・ラグネの身体を足場に使い、軽やかに高度を上げた。頂点に達したのち、今度は足のバネを最大限に活用して、天高くへと跳躍する。

 そのまま、空中で再度身を翻したシュヴァルツの手が、背負い直していた鉄塊を引き抜いた。重々しく振りかぶられた鉄塊と共に、シュヴァルツは高高度からコアめがけ、黒い流れ星となって落下する。

 

「はああぁぁぁあッ!!!」

 

 フォトンアーツでも何でもない、ただ落下の速度と得物の重量だけを用いた、力任せの一撃。しかしてその一太刀は、如何なるフォトンアーツさえも凌駕してしまいそうなほどに、途方もない威力と衝撃を兼ね備えていた。

 瞬きの間に、超威力の一撃を背へと受けたダーク・ラグネが、めきりという音と共に地面へと縫い付けられる。響いてきた嫌な轟音に少しばかりの寒気を覚えながらも、俺はとどめの一撃を放つため、コアのすぐ傍へと飛び上がった。

 コアを目前に見据え、フォトンを調整することによって空中で制止した俺は、フォトン吸入の為に構えを取る。自身の中に蓄えたフォトンのほか、大気中に含まれているフォトンさえもすべて使ったその一撃は、その強大な威力を生み出すために、若干秒のチャージが必要となってしまうのだ。

 だが、それを発動した時の威力は、筆舌に尽くしがたい。並のエネミーであれば一撃のもとに屠れるそれは、ジェットブーツが取り揃えるフォトンアーツの中でも、大型エネミーへの必殺の一撃として名を馳せる一撃。

 

 

「ヴィントォォ…………ジーカァァァァァ!!!」

 

 暴風(ヴィント)の如き、切り札(ジーカー)と成る必殺の蹴撃。それは狙いたがわず、ダーク・ラグネのコアを蹴り砕くことに成功した。

 

 

***

 

 

「す……すごいです! まさか本当に、ダーク・ラグネをやっつけちゃうなんて!」

 

 必殺の一撃を叩き込まれ、フォトンとなって空に還っていったダーク・ラグネの残滓を見届けた後、一息ついた俺たちに、そんな賛辞が投げかけられる。声の主は、もちろんフィルだ。

 

「はは、まぁ、この二人ありきの勝ちって言っても過言じゃないけどな。ぶっちゃけ俺大した戦力になってないし」

 

 事実、与えたダメージの大多数はシュヴァルツのものだし、ダーク・ラグネを手早くダウンさせられたのも、後衛たちの撃ってくれたウィークバレットのおかげである。正直な話、最後の最後で美味しいとこだけ持って行ってしまった感は否めないが、シュヴァルツたちは特に気にしたそぶりも見せないので、これはこれで良しとしておこうか。

 

「――二人とも。気を抜くのはまだ早いみたいだぞ」

「え?」

 

 しかし直後、不穏な空気を孕んだシュヴァルツの言葉に、俺は思わずあっけに取られて周囲を見渡す。

 

 そうして俺の感覚を撫でてきたのは、まるでぬるりと粘ついてくるような、そんな不快な気配だった。

 

「な……なんですか、これ?!」

「お、俺にもさっぱり。……さっぱりだけど、とりあえずやばい雰囲気だってのはよくわかるな」

 

 普段ならば穏やかな青空を覗かせる天蓋は、いつの間にか重苦しい雰囲気を纏った黒雲に塗りつぶされている。よくよく目を凝らせば、それはただの黒雲などではなく、かすかな赤を纏った、赤黒い瘴気のようなナニカだった。

 

「……どうやら、罠っぽいな」

「そのようだ。……何が来るかわからん。警戒を――――」

 

 警告の言葉を紡ぎ終わるよりも前に、不意にシュヴァルツの姿が、ノイズの走る画面のように乱れる。違和感を感じたらしいシュヴァルツが、ピクリと警戒したその瞬間――彼女の姿は、霞のように掻き消えてしまった。

 

「なっ――」

 

 直後、ふっと視界が明滅する。一瞬のことに意表を突かれ、かくりと頽れそうになるのをとっさに踏ん張って耐えたが、視界の明滅は再び襲ってきた。

 

「っく、これは……!」

「マズいな、こりゃ――――」

 

 何事かを言いかけたルプスもまた、ノイズのように姿がぶれた直後、俺たちの視界から消滅する。あまりにも自然に、瞬間的に掻き消えてしまったその様は、とてもではないが自然の現象とは思えなかった。

 

「な、なにが起こってるんですか!?」

「ともかく、此処から離れた方が良い! 行くぞ、フィ――」

 

 そこまで言いかけた俺の視界が、驚いた表情のまま固まるフィルの姿が、先の二人と同じように掻き消える様を捉えてしまった。

 

 同時に、俺の意識が急速に闇の中へ落ちていく。

 何が起こったのか。俺の身はどうなってしまうのか。そんなことを考える暇もなく、俺は半ば無意識に意識を手放した――――。

 

 


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