惑星ナベリウス。銀河の片隅に浮かんでいる、多数の原生生物が息づく自然豊かな惑星のことだ。
かつてはダーカーのいない惑星として認知されていたが、少し前に出現し、復活したダークファルスが一柱、【巨躯】が封印されていた地として、現在は多数出現するダーカーの殲滅作戦にアークスが駆りだされることも多い。
また、その【巨躯】が封印されていた影響なのか、森林地帯と【巨躯】封印に用いられた区域である遺跡地帯の間には、一面の銀世界が広がる凍土地帯が存在している、非常に多様な気候を内包している惑星だ。
この星はたびたび、新人アークスたちの修了試験として運用されている。2年前には俺もここで修了試験をやったのだが、その時は局所的なダーカーの発生に伴い、ほとんどうやむやな形で終わってしまった……という事件は記憶に新しい。そこで保護された記憶喪失の少女と、その少女を保護した一人のアークスが、現在アークス最高戦力として数えられる守護輝士の一人だというのだから、何が起こるのかわからないものである。
そんなナベリウスをはじめとした、アークスの手が入っているいくらかの惑星にて、いつからかダーカーの浸食反応が異常な数値を見せることが頻出し始めた。
ダーカー因子の影響によってか、異常反応の見られた地域周辺にて、近隣に生息する原生生物が異常な凶暴性を発揮し、生態系の破壊や調査に来たアークスたちに被害をもたらすようなことがたびたび発生しているのである。
凶暴化したエネミーと、それに付随して発生する各種ダーカーの殲滅を目的として、特別警戒区域に指定された該当領域へと出撃。鎮圧を図るのが、今回俺たちが受けたクエスト――「
***
大気圏降下の衝撃も和らいだころ。俺たちは、ナベリウスの大半を占める森林地帯の上空にて滞空するアークス用の高機動輸送艇――「キャンプシップ」と呼ばれる船の中で、各々武装の点検と備品の最終確認を行っていた。
現在のパーティメンバーは、シュヴァルツをリーダーとして、ルプス、俺、フィルの4名。クラスの内約としては、近距離格闘戦担当のハンターが一人に、遠距離攻撃担当のレンジャーとガンナーがそれぞれ一人ずつ。メンバーのサポート役を兼ねる遊撃担当のバウンサーが一人、といった具合だ。
今回はアドバンスクエストということで、非常に凶暴な連中を相手取ることとなる。加えて、発生するエネミーの総数もバカにならないので、それを踏まえて今回は銃剣をオミットして、大剣と飛翔剣という俺の十八番構成へと切り替えていた。
ちなみに今回は、以前のダーカー襲撃の時のような私服姿ではなく、きちんとしたアークス用の戦闘服を着こんでいる。ハンターをはじめとした近接格闘に比重を置くクラスに就くアークスへと支給されるスーツであり、余計な装飾品を極力省き、動きやすさを追求したそれは、「クローズクォーター」という名前を持つ。燃えるような真紅に染まっているのが、俺の使用しているモデルの特徴だ。
「コネクトさん、今日はガンスラッシュ、使わないんですか?」
ふと、準備を終えたらしいフィルが、俺の隣に歩いてくる。「サウザンドリム」と呼ばれる、射撃職の為に誂えられた、桜色のドレスの様な防護服のスカートパーツを揺らすその様が、柔らかで神秘的な雰囲気を持つ彼女には良く似合っていた。
腰裏に吊り下げられているのは、過酷な極地での戦闘用に設計され、その高い堅牢性と信頼性から、一部の射撃職アークスからは根強く愛好されている大型のアサルトライフル「ヤスミノコフ5000SD」である。小柄な彼女には分不相応だと、最初見た時には思ったものだが、実際に携帯しているところを見ると、中々どうして様になっているように見える。
「あぁ、後衛担当はフィルとルプスが居るからな。俺はシュバさんと一緒に、前線で暴れることにするよ」
同行しているルプスの専攻クラスはガンナー/ハンターであり、安定性と堅実さを求めたクラス構成になっている。ガンナーの撃たれ弱さを、サブクラスに設定したハンターのポテンシャルで補い、ライフルとツインマシンガンの両方を用いた射撃支援を主とするスタイルだ。
対照的に、シュヴァルツの専攻クラスはハンター/ブレイバーである。俺も使用しているソードの利点を最大限に生かすためのクラス構成であり、こと大剣を扱う戦闘に関しては右に出る者はいないほど、とも言われる、まさにソードの専門家と言えるスタイルだった。
今回の戦闘では大まかに、俺が雑魚の掃討と各種強化テクニックによる補助、シュヴァルツとルプスが大物や強敵の殲滅、フィルが全体のサポートに回る、という構成となっている。ちなみに、アドバンスクエストではあらゆる事態に対応できる柔軟性が必要であることから、ある程度自己完結できるメンバー構成にしようと話し合っていたのだが、全員の得意分野を鑑みると、特段その必要はない、という話で決着がついたのは、全くの余談だ。
「よし、お前たち。準備はいいか? 私たちはこれから、別動隊が先に突入した特別警戒区域へと進入する。全員、アドバンスカプセルをスロットにはめろ」
シュヴァルツの号令で、全員がテレパイプを塞ぐゲートの横に設置された、アドバンスカプセル挿入口へと歩み寄る。シュヴァルツ、ルプス、俺、フィルの順番で、全員がスロットへとカプセルをはめ込んだ。
《カプセル、認証しました。ゲート解放、カウント、3、2、1――Go》
男性の声を模した合成音声が響くと同時に、半透明の材質で作られたゲートが跳ね上がり、その奥にあったテレパイプがあらわとなる。
「先に行くぞ」
「フィルちゃーん、心の準備しっかりとな!」
ボロボロのコートにガントレットという構成の、彼女の普段着を兼ねた防護服「フロワガロウズ」の裾をなびかせながら、シュヴァルツが悠然とした足取りでテレパイプへと飛び込む。遅れて俺たちの前へと躍り出たルプスが、人懐っこい笑顔で俺たちにハンドサインを送りつつ、軽快な動作でテレパイプへと飛び込んだ。
「よし、俺たちも行くぞ」
「はいっ。私、頑張ります!」
控え目なガッツポーズで意気込むフィルをつれて、俺たちもテレパイプへと身を躍らせる。フォトンによる超高速移動手段として、アークス内では日常的に使われているその光の中へと突入した俺たちは、流星となってナベリウスの地表へと降下を開始した。
***
衝撃を相殺するフォトンの放射により、周囲の草葉を吹き散らしながら、俺の身体は惑星ナベリウス、その森林地帯の一角に設けられた降下ポイントへと到達する。数秒遅れて、俺の隣には着地体制をとったフィルも現れた。
衝撃相殺の為の硬直から抜け出し、静かに身を起こした俺は、すぐ目の前で周辺を警戒しているシュヴァルツとルプスの背中を発見する。恐らく俺たちの降下に気付いているであろう二人は、一通りの確認を終えた課と思うと、特にこちらを見やることもなくスタスタと先へ進み始めた。
「ここがナベリウス……すごいですね、士官学校の資料で見たジャングルとそっくりです」
彼らに倣って進行を開始しようとしたその前に、隣で少なくない感動を覚えているらしいフィルが言葉を漏らす。そういえば、フィルはこうして実際に惑星の地表に降り立って任務活動を行うのは初めてなのだ。
「緑がいっぱいで、綺麗だよな。……ちょっと、故郷を思い出すよ」
故郷。それはすでに人の住む地ではなくなり、忌むべき地として誰にも知らされないまま閉鎖された場所。
「ロビニアクス」と呼ばれていたその惑星は、オラクルが手掛けている惑星開拓事業の一環で開拓され、開発が進められていた。人口はアークスシップ一隻分にも満たないし、何か便利なものがあるということもない、いわゆる田舎の惑星だったが、緑豊かで穏やかな気候と、明るくも親しみのある人柄を持つ優しい住民たちが、そこに確かに在ったのである。
「あ……そういえば、コネクトさんの故郷は」
「ああ、滅亡しちまった。……嫌な思い出だけど、今はもう整理ついてるよ」
俺の言葉に耳ざとく気づいたフィルが、申し訳なさそうな口ぶりで聞いてきた。そのあまりにも気にしていそうな態度に、俺は苦笑をもらして肩をすくめる。
――整理はついている、なんてのは、嘘だ。俺は今でもあの日を引きずって、過去を何度も振り返って、ずっとずっと後悔を胸に抱きながら生きてきた。それでもそうして強がって見せたのは、フィルにはそうなってほしくない、という思いがあるからだった。
一度過去を引きずってしまえば、本当に整理を付けられるようになるその日まで、心の中に暗い影を落とし続ける。それで自分の目が――真実と未来を見通すための目が曇ってしまえば、叶えられる願いもかなえられなくなるものだ。
彼女には、幼い日に分かれてしまった大切な人を探したいという、目的がある。それを邪魔するようなことをしたくない、という思いが、俺に強がりを言わせた。
「過去を引きずり続けたって、なにもいいことは無い。未来を見て、これから自分に出来ることをやろうとする方が、よっぽど建設的だからな」
「そう、ですね……はい、そうでした。自分から何かをやらないと、何もできませんからね」
彼女もまた、俺と同じように過去に悲劇に見舞われた。それでもなお、こうして明るく振る舞って生きている彼女には、後ろを向いてうつむいて欲しくない。そう、心から思っている。
「そういうことだ。……二人を待たせるのは悪い、行くぞフィル」
「了解です!」
適当に話を切り上げて、進み始めた俺の背中を、明瞭な声音で返事を口にするフィルが続いた。
数分ほど歩けば、すぐに俺たちの周辺に凶暴な気配が現れ始める。いち早く感づいたらしいシュヴァルツが、しかし悠然とした動作で背負った鋼鉄の塊に手をかけた。
「構えろ、来るぞ」
低い声音のつぶやきを聞き取り、俺たちは即座に臨戦態勢に入る。鋼鉄の塊――人の身をゆうに超える長さを持つ、巨大な鋼鉄製の長剣の柄を握ったまま、ゆらりと構えるシュヴァルツに合わせて、後衛職であるルプスとフィルも、それぞれの得物をホルスターから引き抜いた。
フィルの得物は先ほどの通り、武骨で大型の銃身が特徴のアサルトライフル「ヤスミノコフ5000SD」。それに対してルプスの得物は、シンプルなシルエットが特徴的な鋼色のアサルトライフル「ワルキューレA30」だ。
ワルキューレA30という長銃は、フォトン適性を持たない一般人によって構成され、主に各シップの防衛を行う防衛軍に配備されているライフルを、アークス向けに改修したモデルらしい。残念ながら、銃器系は興味こそあれどびたいち使えないので、あまりそのあたりの知識はないため、穿った説明ができないのは悔しいところだ。
「補助、かけます!」
掛け声とともに、俺はあらかじめチャージしていたテクニックを開放。俺たち四人の周囲を包み込む、強化フォトンのフィールドを展開する。
攻撃に使用するテクニックとは違い、補助テクニックとはアークスの身体能力を底上げするためのものだ。たとえば、「レスタ」と呼ばれる回復テクニックであれば、フォトンを高速循環させて治癒能力を底上げし、爆発的な回復力を発揮。「アンティ」であれば体内の自浄作用を強化し、
「――シフタ、デバンド!」
そして今回、俺が使用したのは、アークス間でも「シフデバ」と略された形で慣用句になるほど浸透している、肉体強化の補助テクニック「シフタ」と「デバンド」だ。
シフタは放った攻撃――打撃なら武器に、射撃なら撃った弾丸に、法撃なら放ったテクニックに、それぞれフォトンを追加で纏わせて、その威力を一段階強化するテクニック。
対照的に、デバンドは対象の体表周囲にフォトンの防護膜を作り出し、身を脅かす攻撃や衝撃から身体を護るためのテクニックだ。
能力強化のテクニックにより放たれた、赤と青のフォトン粒子が俺たちを包み込む。身体のうちを流れるフォトンを心地よく感じながら、俺も遅れて得物を構える。
取り出したのは、黒と赤を基調にして、幾何学模様が浮き出て流れていくねじれたフォトン刃が特徴的な、二刀一対の機械でかたどられた双剣――俗にいう「デュアルブレード」にカテゴライズされる武器の一つ「ブレードレボルシオ」だ。
デュアルブレードとは、アークスの兵科の一つであるバウンサーの専用装備であり、その通称通り、二刀一対の双剣を模した形が特徴的な、アークス用兵装の一つである。「フォトンブレード」と呼ばれるフォトン製の刃を自在に操り、時に一撃必殺の巨剣として、時に空間を縦横無尽に欠ける刃の嵐とそして、非常に多様な戦法をとることができるのが、大きな特徴だ。
そして現在俺が握っているブレードレボルシオは、最新型の戦術演算装置を搭載し、使用者の現状や戦況を独自に分析することで、フォトン出力を最適に保ち、常に負荷を最小限に抑える……という機能が試験的に実装された、いわゆる試作型である。
今回の任務に当たり、「ついでだからコレの実地性能試験もやってくれ」とベルガから渡されたいわくつきだ。もっとも、今回大量に相手取ることになるであろうナベリウス由来の原生種たちとの戦いでは重宝しそうなので、面倒臭いがありがたいというのが本音である。
そのままいくばくかの警戒を経て、俺たちの目の前に大量の野生動物たち――ナベリウスの原生種であるエネミーたちが出現した。内約はサル型のウーダンやザウーダン、狼型のガルフとフォンガルフや、鳥型のアギニス、アルマジロ型のガロンゴ。果ては森林地帯奥地にしか生息しないはずの大型エネミー「ロックベア」等、まるでオールスターのような様相を呈していた。
「おーおー、ずいぶんとまぁ大量にやられちゃってるなぁ」
苦い表情を浮かべながら、ワルキューレを構え直すルプスに向けられた返答は、シュヴァルツの至極つっけんどんながらも、全力で信頼しているが故の言葉。
「上等だ。この程度、私らにかかれば物の数ではない。――なんにせよ、突破するならば早い方が得策、か」
言いつつ、シュヴァルツの握っていた柄――正確にはその背に吊られていた巨大な鉄塊が、ゆっくりと引き抜かれた。
実のところ、鉄塊という表現は正しくもあり、間違いでもある。何故かというならば、それは彼女の背負っている剣が、アークス開発の拠点防衛用大型機動兵器「
――「D-A.I.Sセイバー」。本来は「フォトンセイバー」と呼称される、A.I.S専用規格で開発された武装を、無理やり人の手で扱えるように魔改造を施した結果、その規格外っぷりから彼女以外ロクに扱う人間が居なくなってしまった、という裏事情を持つ、実質シュヴァルツ専用ソードだ。
ドガッ! という強烈な破砕音を響かせて、引き抜かれたセイバーの切っ先が深々と大地を抉る。暴力的な運動エネルギーの嵐を孕んだその鋼鉄の刃は、迫りくる大量のエネミーたちを前にして、主の瞳同様、不敵に煌めいていた。
「一気に駆け抜けるぞ!!」
セイバーを担ぎなおしたシュヴァルツが、土を踏み鳴らして足にフォトンを収束させる。姿勢を低くし、突撃の体勢を整え、セイバーを、それを握る腕を、全身を限界まで引き絞って。
瞬間、彼女は黒い弾丸となって、文字通り空間を切り裂いた。フォトンアーツ「ギルティブレイク」によって生み出されたフォトンの剣戟が、エネミーたちを瞬きの間に蹴散らしたのである。
「さぁて、派手に行くか!!」
続けざま、ルプスが両手で持ったワルキューレをアトランダムに連射しながら、シュヴァルツの攻撃の余波で吹き飛ばされたエネミーたちを的確に打ち抜いた。その射撃の正確さたるや、まるで滅茶苦茶な方向に吹っ飛んだエネミーを撃っているにもかかわらず、目視できるだけでもほぼすべての弾丸がエネミーを貫いているのだから驚きである。
「ぜ、全部当ててる……?!」
「流石、二つ名は伊達じゃないな。正直逆立ちしても真似できる気がしないわアレ」
如何なる環境下であろうと、如何なる装備であろうと、如何なる敵であろうと、確実に標的を撃ち貫き、葬り去る。その高い射撃技能と、自在に立ち位置を変えて射撃を行う神出鬼没の潜伏スキルから、彼につけられた二つ名。それが、「変幻自在の銃士〈ファントム・ガンナー〉」だ。
「は、あああぁぁッ!!」
そして、再び吹き荒れる
すぐさま、彼女の手にする巨大な鉄剣が、神速と形容するにふさわしい勢いで天へと振るいあげられる。フォトンアーツ「ライジングエッジ」を使い、嵐の如き暴力となった剣戟は、ロックベアの弱点部位でもあるその頭部を、狙いたがわず深々と切り裂いた。たまらず身をよじり、仰向けに倒れ込んだロックベアの身体を、軽やかな身のこなしで昇っていくシュヴァルツは、再びロックベアの顔面めがけて、大上段へと跳躍してからの縦回転切り――ツイスターフォールを叩き込む。おおよそ人の身で起こせる限界をゆうに超える破滅的な衝撃は、いともたやすくロックベアの硬い皮膚を引きちぎった。
如何なる環境下であろうと、如何なる不利な状況であろうと、如何なる敵であろうと、確実に標的を切り裂き、葬り去る。漆黒の外套を身にまとい、人並み外れた卓越の剣技による無慈悲な狩りを展開するその様は、いつからか彼女に「黒衣の狩人〈ダークハウンド〉」という二つ名を定着させた。
銃士と狩人。どことなく、今の俺たちに似ているような響きを胸中でわずかに反芻していると、不意にルプスが俺の方を見やり、俺の後方を顎で示す。
「俺らは前を引き受ける。お前らは後ろのそいつ、頼むぜ!」
その言葉を受け取るがままに振り向くと、その先に居たのは何処からか出現したのか、シュヴァルツが葬ったものとは別固体のロックベア。
どうやら今回は、先駆けが黒狼コンビ、そして殿が俺たちのコンビで分かれることになるようだ。そのことを直感で察した俺はブレードレボルシオを握り直し、フィルに声をかける。
「俺たちも遅れてられない。行くぞ、フィル!」
「は、はいっ!」
直後、負けてはいられないとばかりに俺は飛び出し、フォトンアーツを発動させた。
「だぁぁッ!!」
一息に踏み込んでの、×字に交差する二条の剣戟。空気圧をフォトンで軽減しながら高速で空間を駆け抜け、しかる後に強力な斬撃を叩き込むこの技は、振るった剣を翼に見立てて「ディストラクトウィング」と名付けられていた。その性質上、初動の突進代わりによく使われるフォトンアーツである。
直撃させたその位置は、丁度ロックベアがかがめてきた頭部にある、結晶状の角。小気味良い快音を響かせて、硬い皮膚が×字に裂ける。
「フィル、此処を狙え!」
「分かりました! 「ウィークバレット」、撃ちます!」
まるで射撃の的に刻まれた目印の様な×字の傷めがけて、フィルがヤスミノコフを重々しく構え、一発の銃弾を放った。ぴったりと傷の中央へと撃ちこまれたその弾丸が、直後にキィン、という高い機械音を放ち、赤く発光を始める。
「そらっ!」
そして、俺が虚空めがけてレボルシオを振るうと、その刀身が描いた軌跡に残留するフォトンが瞬時に凝固して、フォトンでかたどられた無数の剣型結晶に変化。風を切る音を鳴らして、剣型の結晶が空間を飛び、ロックベア頭頂部の角めがけて突き刺さった。
デュアルブレードという武器は、よく似た武器であるツインダガーに比べると、大型の本体や「二刀流」というコンセプトの都合上取り回しは悪化している。加えて、減少した攻撃の手数という二つの欠点を補うため、デュアルブレード種に標準で搭載されることとなった機能が、この剣型結晶の発射機構――「フォトンブレード」機能なのだ。
そして、先ほどフィルが撃ちこんだのは、レンジャー系職業が扱えるアサルトライフルに装填できる特殊弾頭「ウィークバレット」である。これは、撃ちこんだ場所に滞留させたフォトンを刺激することにより、強力なフォトン反応を引き起こさせ、攻撃の通りを良くすることにより、通常の攻撃より高い威力を叩き出すことを可能とさせるという、特殊な弾丸だ。その性質上、弱点の存在しない敵に撃ちこみ弱点を作り出したり、元々ウィークポイントを有する敵の弱点部に撃ちこみ、更に攻撃を通用しやすくするなど、使い方によって様々な戦略性を生み出すのが最大の特徴である。
ウィークバレットの撃ちこまれた傷口に、俺の放ったフォトンブレードが着弾。ズドドドドッ! という快音を響かせて、光刃の切っ先が深く傷口にめり込んだ。
「とど、めぇぇッ!!」
そして、空中へと跳んだ俺は新たに生成したフォトンブレードを使って、自らの眼前に軌跡を用いた印を生み出す。中空に描かれたそれは、アークスの象徴ともされている五芒星。
直後、俺がレボルシオを振るうと、ウィークバレットを撃ちこまれたロックベア目がけて、五芒星が勢いよく射出される。一泊程の間を置き、ウィークバレット部に着弾した五芒星は、勢いよく集束したのち、ロックベアから背を向けて着地した俺の背後で、青白いフォトンの大爆発を引き起こした。
フォトンブレードが生み出した斬撃の軌跡を用いて五芒星を描き、それを飛び道具として射出することにより、遠距離へと投射しての攻撃が可能なこのフォトンアーツは、どこぞの大衆娯楽のヒーローが使う技のようだ、という意見から「ジャスティスクロウ」と呼ばれている。実際、フォトンアーツを使った連撃に組み込むのは向かないものの、単発の攻撃として放つには充分な威力を有しているため、必殺の一撃として撃つのにも最適だ。
軌跡として残ったフォトンが集束したことによる大爆発を受けたロックベアは、ウィークバレットによって被ったダメージも重なったらしく、ぶすぶすと黒煙を上げながらゆっくりと倒れ伏した。そのまま動かなくなったことを確認すると、一息ついてからシュヴァルツらの方を確認する。
「おっ、終わったみたいだな。ちょーっと待っててくれよ、今お袋がハイになっちまってるからさ」
すぐそばまで下がってきていたルプスの言葉に釣られ、俺たちの進路となる方向を見ると――目をそむけたくなるような光景が広がっていた。
その辺に無造作に転がる、おびただしい量の原生生物の死骸はまだいい。しかしそのことごとくが、暴力の塊によって無残に引きちぎられていたり、あるべき体の一部や頭を抉り取られていたりと、とりあえず死屍累々としか形容できない様相を呈していた。
「オラオラオラオラオラオラアァァァ!!!」
そしてその向こうで、いつの間にか出てきていたファングバンサー――大型原生種の一体であり、普段は番であるファングバンシーと行動を共にする、大きな獣型のエネミーだ。非常に凶暴であり、高い身体能力もあって、並のアークスが単独で相手取るのは非推奨とされているという――めがけて、重量を活かした連続攻撃を叩き込むフォトンアーツ「イグナイトパリング」を叩き込んでいる黒い影、ことシュヴァルツの姿があった。遠景ゆえに表情はおぼろげにしか読み取れないが、纏っているオーラの感じから、なんというか非常に「イイ」笑顔をしていることは容易に読み取れた。
「う、うわー……すごいですね、コレ」
「まあ、お袋はだいたいこうだからな。やることないから楽だし、もうちょっと観戦してようぜ」
広がる惨状に引き気味のフィルと、いつも通りの光景であるがゆえに至極まったりした表情のルプス。
どっちかというと俺もルプスよりなんだよなぁ、という、喉の寸前まで出かかった意見を押し込めながら、俺たちはあっさりとファングバンサーを切り伏せたシュヴァルツに合流するため、気持ち急いで彼女の元へと向かうのだった。