PSO2外伝 絆と夢の協奏曲〈コンツェルト〉   作:矢代大介

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2017/02/02…一部の内容を削り、前話として新しく挿入した第4話へと移設しました。
2017/06/12…後話との矛盾点を解消するため、一部の改稿を行いました。お話の流れに変更はありませんので、ご理解とご了承をお願いします。


#5 任務の誘い

 

「……ん~……」

 

 朝。仮想の空が生み出し、俺の部屋に入り込んで、俺の瞼を焼く朝焼けに促されて、俺はわずかな身じろぎの後、ぼんやりと目を覚ました。

 のろのろと枕元に放り出しておいた携帯端末で時間を確認すると、時計はいつも通りの起床時間を示している。それを見て、俺はもぞもぞと布団の中から這い出した。

 

「あー……眠ぅ」

 

 ベッドのふちに腰かけて、ぽけーと朝の街を見ながらつぶやく。今日から本格的に任務があるので、しっかりと覚醒しなければいけないのだが、快適な空間と心地よい眠気が俺の意識の浮上を執拗に妨げてきていた。

 少し前までは、このまどろみの中で格闘しながらゆっくりと目を覚ますのが日課だったのだが、今の俺にはのっぴきならない事情がある。早いところ眠気を飛ばさないといけないのだが、あいにくと短くないここでの生活によって染みついた習慣は、高々1週間ほどで矯正できるような根付き方をしていないらしい。

 早く起きないと、という意識と眠気がせめぎ合っている最中、俺の背後――個室と大部屋を繋ぐ扉が開け放たれる音が響く。そのままパタパタと歩み寄ってくる足音を聞いて、マズい――と思ったのもつかの間。

 

「コネクトさーん、おはようございまーす!」

 

 ぼすん、と俺の背中に走った衝撃と共に、涼やかなソプラノボイス――フィルの声が、俺の聴覚を刺激した。

 同時に、首元付近に絡みついてくるのはか細い腕。となると、後頭部に当たっている硬い感触は、彼女の顔の骨――顎あたりだろうか、なんてことをぼんやり考えながら、今だおぼつかない――半ば諦めたとも言う――思考で、フィルの行動を咎める。

 

「こら、フィル。俺の部屋にまでは入ってこなくていいって言ってるだろ?」

「そう言われても、呼んでも毎回来ないんだから仕方ないじゃないですか。ほらほら、朝ご飯食べにいきましょーよー」

 

 ぐわんぐわん、ぎぃこぎぃこと細腕に揺さぶられ、とっても強引に眠気をふるい落とされながら、俺はどうしてこんなことになったのかと、一週間前からずーっと続く至極どうでもいい葛藤を繰り返すのだった。

 

 

***

 

 

「コネクトさーん? なんか顔が元気なさそうですけど、大丈夫ですか?」

「あぁうん、大丈夫。大丈夫だから、ちょっとの間だけ離れてくれ……」

 

 マイルームを収容する建物の一階部分に存在する、アークスがよく利用する大衆食堂。そこへと赴く傍ら、ひっきりなしに距離を詰めてくるフィルをあしらいながら、俺は一週間前のことを思い出して、盛大なため息を吐いた。

 どうしてあの時断らなかったのだろうか、という後悔が今更押し寄せてくるが、請け負った任務である以上仕方ない。そうやって自分を納得させようとして、かれこれ一週間になるのは、言うまでもないだろう。

 おそらく、他の連中から見ればラッキーな野郎だと見えるのだろうが、現実はそうはいかない。異性同士の同居生活なんて気疲れするばかりだし、一歩間違えれば法律抵触ものだ――なんてことばかりが思い浮かんでしまうのが、現在の俺の実情である。

 

「そういえばコネクトさん、今日から任務に行くとは聞いてるんですけど、何か任務が入ってるんですか?」

 

 なんて意味もないことを胸中でつらつら並べ立てていると、小走りに俺の前へと歩み出たフィルが、小首をかしげながら質問してきた。器用なことに、上体をかがませながら後ろ向きに歩いている。

 

「あぁ、そのことで今から打ち合わせがあるんだよ。これから食堂で、一緒になる予定のメンバーと合流するのさ」

「なるほど、だから今日は食堂で朝食をとる、って言ってたんですね。それじゃ、ちょっと寝坊した分も急がないと!」

「そういうこと……って待て待て、引っ張らなくていいから急がなくていいって!」

 

 朝っぱらから元気なフィルに急かされるがままに、朝に弱い俺は引きずられるような形で大衆食堂へと向かうのだった。

 

***

 

 アークスが常日頃から住まいとして利用しているマイルームを要する建造物は、景観や部屋の広さの違いでいくらかの種類は在れど、その構造はほとんど大差ない。

 数百人が生活するその居住棟は、一般市民が生活を営む市街地とは少々離れた場所に建てられており、それゆえ通常の生活を行うには、少々の不便が常に付きまとう。

 マイルームの第一階層は、そんなアークスたちの不満を解消するための施設が取り揃えられており、先ほども言及した大衆食堂のほか、日用品を買いそろえられるショップや、娯楽を取り扱う小規模なアミューズメント施設などが詰め込まれた、大規模な総合生活施設なのだ。

 俺たちが向かっているのは、そんな第一階層の端に作られたアークス用の大衆食堂である。大衆食堂、というよりはちょっとしたレストランの様な景観を持っており、窓際席から市街地が一望できる開放感が魅力……と、友人のアークスは言っていた。

 

「お、コネクト。こっちだこっちー」

 

 そんな大衆食堂にやってきた俺たちは、早々に響いた呼び声に引き留められる。そちらを向くと見えるのは、ニヒルな笑顔で手を振る黒い髪の少年。

 

「よ、ルプス。悪いな、待たせただろ」

「ぜーんぜん。むしろ、お袋が寝坊したからこっちが遅刻しかけたぜ」

 

 いたずらっぽくも人懐っこい、不思議な印象を与える笑みを浮かべる少年の名は「ルプス」。数年前から一緒にアークスとしての仕事を受けるようになった仲であり、本来ならば彼の方が後輩にあたるのだが、お互いにこっちの方が接しやすいからという理由で、普段からくだけた態度で接し合っているのが実情だ。

 

「フィルちゃんも、こんちは。相変わらずべったりだなぁ」

「こんにちは、ルプスさん。そりゃあ、コネクトさんは私の先輩ですからね」

 

 ルプスに関しては、一週間前のゴタゴタからずっと俺たちの関係を知っているためか、基本べったりで離れようとしないフィルに関しても特段追及することは無い。無いだけで茶化しては来るので、そのたび回避するのが面倒くさくはあるが。

 

「雑談は後でいいだろう? 今日の任務は手がかかるんだ、手短に打ち合わせをしておきたいんだが」

「あぁ、ごめんなさいシュバさん」

 

 そしてルプスの横から聞こえてきたのは、トーン低めな女性の声。澄んだ声質に似つかわしくない硬派な言い回しに、迫力というよりけだるさを覚えた俺は、小さく会釈を加えながらフィルと共に席へと着いた。

 着座したルプスの横に座り、腕を組んでふんぞり返っているのは、一見すると姉妹と言えるほどルプスと似通った顔立ちを持つ女性。腰まで伸びる灰色がかった黒い髪を無造作に流し、着古してヨレた黒いコートを着込んだその様は、妙齢の女性というよりは、わが義父(ちち)ベルガとよく似たオッサンくささを感じてしまう。

 彼女の名は「シュヴァルツ・ヴォルフ」。2年前にアークスへと入隊した、年上の同期である女性にして、顔合わせの機会は少ないながらも、同じアークス課に所属する同胞だ。アークスとして登録した名前が本名まんまであるが故、長いので俺はシュバさんと略している。

 シュヴァルツとルプス。この二人は、少し前に絶大な戦果を打ち立てた「守護輝士(ガーディアン)」とかいう連中や六芒均衡には劣るものの、たった数年間の間に数多のダーカーを屠り、シュヴァルツはダーク・ビブラスを、ルプスはブリュー・リンガーダを、それぞれ単騎で討滅した実績を持っている。

 その活躍ぶりと、戦いの際に自信を振るい立て、味方さえも鼓舞する勇壮な雄叫びから、二人はいつからか「咆哮する双狼(ウルブズロア)」という二つ名を付けられるようになった、知る人ぞ知る指折りの実力者だ。

 俺としては付き合いも長いため、この二人――ことシュヴァルツの性格は熟知しているつもりである。なので、不機嫌そうな表情の彼女は、決して俺たちの到着が遅いことに怒っているわけでは無いことはすぐに見て取れた。

 

「すまないな、そっちもドタバタしているタイミングなのに誘ってしまって」

「とんでもない。一応こっちの方は落ち着いたんで、そろそろ本業を再開しようと思ってたところでしたし」

 

 ベルガから言い渡された共同生活だったが、もちろんそこに苦難が無かったなんてことはない。お互い、新しい生活に適応することにかかりきりだったり、アークスシップのことを知らないフィルの為にあちらこちらへ出向くことも多かったがために、俺たちはアークス業を半分休んでいたのである。

 なのでフィルにとっても、今回の任務が本格的な実地訓練だ。それがわかっているのか、先ほどの緩い表情とは打って変わって、今は真剣そのものの表情に変わっている。

 

「……今回私たちが行うのは、惑星ナベリウスに異常発生したダーカー因子の原因を調査し、凶暴化した原生生物の鎮圧、並びに出現が予測されるダーカーの殲滅。……いわゆる先遣隊としての調査だな」

 

 シュヴァルツの口から告げられた内容は、まさしくアークスの任務のうちの一つに数えられるクエストのものだった。

 特務先遣調査(アドバンスクエスト)。内容に関しては彼女が語ってくれたとおり、異常なダーカー浸食反応を示す地域――特別警戒区域に指定されたエリアへと赴き、凶暴化したエネミーらの鎮圧と、浸食反応の元であるダーカーらの殲滅を目的とした、特別なクエストだ。

 実力証明書となる「アドバンスカプセル」というアイテムを必要とすることからそう名付けられた、と言われているが、詳しい経緯は定かではないという。

 

「……でも、ナベリウスと言えばあの「【巨躯(エルダー)】」が居なくなってから、ダーカー因子の反応ってあまり検出されなくなったんじゃありませんでしたっけ? なんでまたナベリウスなんかに」

「さてね。あのウジ虫連中の考えることなんざ、誰も理解はできねえよ」

 

 座席であるソファに悠然と身を預け、頭の後ろで両手を組んでそう口にしたルプスだったが、直後に彼の表情は普段の軽薄そうな色をひそめさせた、ある種生真面目とも言える真剣なものに切り替わった。

 

「――ただな。どうにも今回のは、普通のアドバンスクエストで討伐対象に指定される連中とはわけが違うらしいんだ」

「ああ。……私たちより前に何度か先遣隊が行ったらしいが、そいつらは悉く返り討ちに遭うか、消息不明になったらしい。――何か、未知なる謎の存在によってだ」

 

 ルプスから話を引き継いだシュヴァルツの言葉に、俺は顔に出さないまま驚愕する。

 アドバンスクエストと言うのは、その任務形態の特殊性から、上層部からその腕を認められた一部のアークスにのみ斡旋される任務だ。それゆえ、任務に赴くアークスたちは、目の前にいる黒ずくめ二人組をはじめとして、誰もかれもが指折りの実力者と評価して良いだろう。

 ――そんな実力者のみで構成された先遣隊が、返り討ち。この事実一つを抜き取っただけでも、今回の任務はいつも通りの、俺たちアークス課に回されるにふさわしい依頼のようだ。

 

「……今回の任務は、正直な話生半な実力では厳しい。だから、同じアークス課の人間であるお前たちに声をかけたんだ。……どうだ、お前たちも来てくれるか?」

 

 強大で底知れない「ナニカ」。それが何を意味しているのかはまだ分からないが、それが俺の「仇」へと繋がっているかもしれない、という期待は大きい。

 ……やっぱり、俺はまだあの日のことを引きずっている。拭い去ることはできない悔恨と憎悪を、今はこれでいいんだと胸のうちへときつく押し込めて。

 

 

「ええ、わかりました。俺たち二人も、そのアドバンスクエストに参加させてもらいます」

 

 しっかりとした頷きを交えて、俺は了承の言葉を二人へと返して見せた。


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