PSO2外伝 絆と夢の協奏曲〈コンツェルト〉   作:矢代大介

5 / 11
#4 一つ屋根の下

「あのー、コネクトさん。私は、その、気にしてませんから……」

「ああ、うんわかってるんだよ。わかってるけどさー……心の準備だとかその辺がなー」

 

 マイルームを擁する大型の建物までは、アークス課が設置されている建物からそう遠くない。それこそ、俺のツアラー型バイクを飛ばせばそう時間はかからないというのは、俺の中での常識だ。

 ……常識なのだが、今日と言う日ばかりは、そのそう遠くないはずの道のりが、不思議とやたら長く感じてしまう。こうなったのはきっと、俺の気分が沈んでいるからであり、その原因である、数十分前にベルガから放たれた、衝撃の一言が最たる理由だ。そうに違いない。

 

***

 

「要するに、今後ふた月ほどの間は、君たち二人で一つの部屋に住むことになる。色々不備はあると思うが、上の決定だからな。そこのところ、宜しく頼むよ」

 

 一週間前。ダーカーたちのアークスシップ襲撃を退けた後、応接室にて今後の方針を話し合っていた時。

 本当に何でもないように、ごく自然にその旨を告げるベルガの発言に、俺は思わず目を点にして、開いた口を塞ごうとしないままに、

 

「ウソやん」

 

 と、思わずぼやいてしまったのである。

 

「つまり、相部屋……ですよね?」

「そうなるな。心配せずとも、コネクト君の家には荷物置きに使っていた空き部屋があっただろう? そこを片付ければ、どうにでもなるさ」

「そう言うことじゃなくてですねぇ!」

 

 俺と同様、ぎょっとするフィルの言葉にも動じることは無く、ベルガはさも当たり前のように言ってのける。その態度が気に食わなくて、俺は思わず握った拳で自分の膝を叩いてしまった。

 

「そう言うことじゃなくて……俺とフィルは、異性ですよ?!」

「問題があるかね?」

「大ありでしょうに! 付き合ったりとか、そう言う関係にあるんならともかくとして、ただの友人関係ってだけで同棲生活ってのは、流石に論理的な問題があるんじゃないでしょうかねぇ!」

 

 共同生活……というか一つ屋根の下で生活するって言うのは、色々とデメリットがある。同性ならともかく、異性ならばなおのこと、問題となる事柄には枚挙にいとまがない。

 まして、俺とフィルは今日初めて知り合った関係だ。世間話や過去の話をできるくらいには距離を縮められてはいるが、それでも初日から同じルームで生活するのはさすがにハードルが高すぎる。これが浮ついた考えのアークスだったら……例えば知り合いにいるキャストのエロジジイとかだったら喜んで受け入れるんだろうけど、あいにくこちとらただのいち一般人であり、健全な男子アークスなんだよ!

 それに、彼女の容姿――見た目正式な士官候補生かも怪しい背格好じゃ、論理的にアウトもいいところだ。いくら俺と同年代と言う情報があるにせよ、白い目で見られるのは火を見るよりも明らかだろう。

 

「まあ、確かにそうだな。……フィルツェーン君、君はどうかね?」

 

 俺のツッコミをサラッとスルーしながら、ベルガの質問はフィルの方に向いた。

 常識はずれな所をたらいまわしにされていたとはいえ、さすがにフィルの方も論理はしっかりと持ち合わせているらしい。ベルガの言葉にわずかに目を伏せ、ちらちらと明後日の方向へと目を泳がせていた。

 

「……えと、わ、私は別に、大丈夫です、けど」

 

 前言撤回、論理はしっかりしてるけど感性はしっかりしてない。

 

「本気かよ?!」

「ふぇっ、あ、はい。私は別に、そう言うの気にしませんから」

 

 なんてこった、最近は肉食系が多いとかいうけど、その余波がここまで……ってそういう意味じゃないか。ともかく、俺の周りに普通な感性の人間はいないのか!

 

「……変なこと言いますけど、コネクトさんにそういうことを気にしてもらって、私すごくうれしいんです。昔から私、世間一般に言うまともな扱いっていうの、受けてなかったんで」

 

 が、続くフィルの言葉に――その言葉の中に含まれていた彼女の人生の重さに、俺は思わず口をつぐむ。

 

「別になにも、アクシデントを期待しているとか、そう言う不純な動機ではないさ。君に課せられている任務が、彼女の保護と観察。となれば、彼女を近いところに置いておくのは、不思議な話じゃあない」

「そりゃ、そうですけど……」

 

 ベルガの説く理由は、俺が彼に抱いている疑念を除けば、至極納得できるものだ。確かに、任務を優先するならばそうする方が得だろう。

 

「それにこれは個人的な話だが、君たちには是非とも好い関係を築いて欲しいと私は思っている。何せ、君たちの縁は長く続くと、私の勘が言っているのだ」

 

 真面目な顔のまま、ベルガはふと小さく笑む。

 目の前の人物のことを良く知っている俺から言わせてもらえば、この人が「勘」と公言するときは、往々にしてよく当たるのだ。たいがいはしょうもない方向に的中するものなのだが、ここ一番と言う時には怖いくらいに的中する。かつてはその勘を頼りにダーカーを蹴散らしたものだ、とは彼の弁だ。

 そんな人間の勘が、下手をすれば人一人か二人の命運を変えるようなところで発揮されている。ならばその勘を信用している人間の一人として、その意見を無碍にはできない。

 

「まあ、そう難しく考えなくともいい。本当に無理だと思うまでで構わんから、彼女と一緒に居てやってくれ」

 

 黙りこくった俺の返事を是ととらえたのか、ベルガが苦笑とからかいが混じる声で俺を促した。その言葉に逆らう言葉を持たず、結局なし崩し的にフィルを家に住まわせることになり――今に至る。

 

***

 

 

「あ、アレですか?」

「ん、ああ。外はあんなだけど、住み心地はなかなかだぞ」

 

 通常速度で進むバイクに乗る俺たちの目の前に立っていたのは、複数の流線型を組み合わせたような意匠をもつ、一見するとその辺のどこにでもある、味気も個性もない建物群。それら数棟をまとめて、俺たちアークスが居住するための総合施設――通称「マイルーム」として運営されている。

 基本的な生活用のルームのほか、大規模な食堂に大浴場など、生活に必要最低限のものならば、一々アークスシップの居住区に出向く必要が無いように配慮されているという、外見に反して非常に便利な施設だ。

 ただ、俺は食堂はあまり利用せず、大抵は内部の売店で買ってきた出来合いのもので済ませているし、浴場に関してはそもそもルーム内にシャワーボックスを設置しているので、わざわざ出向く必要もないのが現状である。――お察しの通り、仕事以外はだいたい自室に引きこもってる半ニートである。

 

「コネクトさんの部屋って、どういうのなんですか?」

「どういうの、って言われてもなぁ……んー、なんて説明したもんか」

 

 フィルにせがまれるが、俺の部屋なんて特段説明することなんて何にもないのが現状だ。強いて言うならば、使ってなかった部屋を含めて三部屋という広さがささやかな自慢である。

 

「正直なんもないけど。ま、入ってからのお楽しみにしといてくれ。……っとそうだ」

 

 ルームグッズのありきたりさを思い浮かべてため息を付きそうになっていた時、俺はふとあることに気付いた。何事かと後ろで小首をかしげるフィルに、背中越しに声をかける。

 

「フィル、なんか揃えてほしいルームグッズってあるか? 多少なら経費で落ちるだろうから、揃えてやることもできると思うけど」

「え、いいんですか?」

「いいも何も、俺の部屋は本当に何もないからなぁ。あの部屋をそのまま使わせるのも、ちょっと気が引けるし」

 

 フィルに使ってもらうのは、半分倉庫として使っていた何もない一室なのだ。何かと物入りになる女の子に一部屋宛がって終わり、と言うほど人間関係に疎い男じゃない。

 それに、一緒の部屋に住むことになる以上、彼女と俺の関係は常に対等。なら、それ相応にこちらが心配りをするのが得策だ。

 

「……ありがとうございます。でも私、ベッドとかテーブルとか、本当に最低限のもので構いませんよ」

 

 なんていう慣れない気づかいを見透かされたのか、苦笑交じりの声色でフィルがそう告げてくる。

 

「ほかに、要る物あるんじゃないのか?」

「いえ、本当にお構いなく。あまり物を求めても、使わないなら不要なものと変わりませんからね。それに私、あんまりごちゃごちゃした自室って好きじゃないんです」

 

 彼女も女の子である以上、ある程度はオシャレさやかわいらしさなんかに気を遣うのだろうと勝手に考えていたが、どうやら俺の感性はずれているようだ。まあ、本人がそう言ってるんだから、それでいいか。

 

「んじゃ、とりあえずは入用なもの一式でいいか。他にもあるんなら、また俺に言ってくれ」

「ありがとうございます。……こんなに良くされるのって初めてですから、なんだか気恥ずかしくなりますね」

 

 フィルの言葉で、はたと気が付く。

 そういえば、彼女は長いこと研究施設に入れられていたのだった。だから、ほとんど物のないような環境で育ったのだろう。それこそ、読み物のような娯楽も、情報収集の手段も、周囲の人間とのかかわり合いもない、ひたすら自分と研究しかないような環境で。

 士官学校なんかに通っているような年の人間には例外なく、自分の心境や他社とのかかわり合いに大小なりと疑問を覚えたりして、理想と現実のギャップに悩むような精神状態に陥ることがよくあるらしい。精神学者曰く、自己の形成を促すための期間らしいが、この場合、フィルにおいてはその期間を、ほとんど研究以外のものと付き合ってこなかった。

 だからこそ、フィルには彼女が本来持ち得ていたのであろう「一般人らしさ」がない。初対面の俺と会う時に必要以上におびえたときしかり、先ほどの問答しかり。

 ……もしかすると、俺との同棲生活は、そういう一般人らしさを身に着けてもらうためのものなのかもしれないな、という邪推を脳裏に浮かべながら、俺はバイクをゆったり走らせながら、マイルームへの道を進んでいった。

 

***

 

 

「ほら、入って。なんもないところだけど、住む分には問題ないと思うから」

 

 圧縮空気の抜ける音と共に、俺の部屋に繋がる扉が開け放たれる。先んじて入室、というか帰宅した俺は、くるりと振り向くとフィルに入るよう促す。

 

「ありがとうございます。……すごいですね、施設の個室よりもずっと広いです」

「まー、広いだけが取り柄の部屋だけどな」

 

 実のところ、俺の稼ぎはそれなり、というかかなりいい方だ。アークス課の人間として、ベルガから斡旋される色々な依頼(高額な報酬付き)を引き受ける立場であることから、待遇も一般アークス以上のものが常に用意されている。その待遇の一つが、この無駄に広い3部屋構成のルームだ。中央がLサイズ、左右二部屋がSサイズで構成されたこの部屋だが、入り口から見て左側の部屋は完全に物置状態であり、使われているのは中央と右のみなのが現状である。

 ちなみに、中央のLサイズルームはいろいろと便利なものを置いておくリビングスペースであり、個人倉庫端末やビジフォン端末、来客用の簡単なテーブルのほか、普段着を選択するスペースや、クラフトと呼ばれる武具の改造を行うためのスペースと、要するに自室にいれられない物を全部ひとまとめにしておいてあるのがこの部屋だ。

 

「わ、コネクトさんこれなんですか?」

「それは武器改造用の機械だよ。触っても何もないぞー」

「これは……キッチンですよね?」

「あぁ、そうだな。っつっても最近使ってないけど」

「じゃあこっちは?」

「洗濯機置き場兼風呂場。……そういやこれからの洗濯どうすっかなぁ」

 

 いろんなものに興味津々なフィルが指さす物を、俺は順繰りに説明していく。一通りの説明が終わったが、フィルの目から好奇心の輝きは消えない。

 

「凄いです! アークスの人って、こんな感じで生活してるんですね!」

「ま、俺はかなり質素な生活してる方だけどな。中には部屋の中で娯楽作品の再現とかやる奴もいるから、正直ここはつまらないと思うけど」

 

 肩をすくめてそう言って見せると、帰ってきたのは肯定の言葉。きょろきょろと見まわしながら返答を口にするフィルの顔は、どこか郷愁を覚えているような表情を湛えていた。

 

「そうですね、思ってた以上にすごく普通でした。だって、私が住んでいたところに在った家と、とてもよく似てるんですから」

「アークスの営み方は人の営み方だからな。どこに行ったって、大本が変わるわけじゃないさ。……さて、そんじゃ家具の調達と行くか」

 

 調達? と小首をかしげるフィルをしり目に、俺はリビングルームの一角に設置されている端末――紫色に光るクエスチョンマークのホログラムが目印の、アークス専用総合端末「ビジフォン」に向かい、手をかざしてそれを起動して見せる。わずかな駆動音と共に表示された無数のホログラムパネルを操作する俺に、おずおずとフィルが質問してきた。

 

「あの……家具って、お店に行かないと無いんじゃないですか?」

「普通はな。でも、コイツがあればある程度なら家にいるままで賄えるんだ」

 

 いまいち実感がわかないらしく、フィルは桜色の髪の毛をなびかせつつ、生返事のままで反対側に首をかしげる。その様子に微笑ましいものを感じて苦笑しながら、俺は適当に見繕った安い家具――ルームグッズを購入した。

 ビジフォン端末下部にあるスロット内にアイテムが転送されたのを確認して、俺はスロット内に手を突っ込んで購入したものを取り出して見せる。六角形のキューブ型のそれは、まぎれもなくルームグッズの証だ。

 

「……それが、家具ですか?」

「ああ。普段はこうやって持ち運びやすいようになってるんだけど、っと」

 

 無造作に床に置いたキューブからホログラムを作動させ、実体化の項目を選択すると、フォトンのそれとよく似た光を放って、キューブだった物体は一人がけの小さな椅子に変化した。

 

「えっ?!」

「はは、最初は驚くよな。……マイルームに置けるルームグッズは、みんな持ち運びや模様替えがしやすいように量子変換が出来るんだよ。アークス専用の倉庫やアイテムパックも、だいたいが同じ理論でできてるんだ」

 

 そのアイテムを構成している物質の形を大本から変えて、全く別の形に組み直す技術。それが量子変換技術である。今ではアークスのみならず、広いオラクル中全域で使用されている、フォトンと対を成す技術だ。

 よく知られているところで言えば、量子変換技術は俺たちアークスが任務に使用するアイテム携帯装置「アイテムパック」にも使われている。今日俺たちが戦った防衛戦の中で、俺たちが武器を取り出すときに使った腕輪がそれだ。あの腕輪はアークス用の任務補佐端末であると同時に、大容量のアイテム携帯装置なのである。

 で、そんな量子変換技術を使ったルームグッズだが、量子変換を行うための力場が発生する都合上、配置する際には家具どうしを干渉させられなかったり、弄り方が変だと変なバグが発生したりと使い勝手の悪い部分も存在するが、そこに目を瞑れば持ち運び便利な家具として利用できるのが大きな利点だ。

 そんな感じで説明してやると、やはりフィルの目は好奇心に輝いていた。そのまま、興奮からか若干頬を上気させながら、フィルが感嘆の声をもらす。

 

「へえぇ……やっぱりアークスってすごいんですねぇ」

「慣れると当たり前って思うけど、よくよく考えたら技術的には最先端もいいところだからなぁ。……ま、ともかく何か適当に買ってみろよ。軍資金は経費で落ちるから、っつか落とさせるから」

 

 軽く肩を叩いてビジフォンの前に移動させてから、俺は来客用のソファに腰を下ろして待つことにした。彼女のセンスに一任することにしたのだが、さてどうなるやら――。

 

 

「どう、ですか? 女の子の部屋らしくなりました?」

「うん、なってると思うぞ。実例知らないからわからないけど、少なくとも俺の目だと変な感じはしない」

 

 数時間ほどの後、綺麗に片づけられた元物置は、すっかり女の子らしい部屋に変わっていた。フィルの頭髪とよく似た桃色のルームカラーを起点にして、花柄をあしらった各種の家具が明るい光源の中でよく映える。

 

「あはは……なんか自分の部屋じゃないみたいです。こんなに華やかだと、毎日目がチカチカしちゃいそうですね」

「慣れだよ、慣れ。これからここに住んでもらうんだ、慣れて貰わないと、あとで困るのはフィルなんだしさ」

「ええ、わかってます。ありがとうございます、コネクトさん」

 

 くるりと振り返って、柔らかな笑みを浮かべるフィル。その表情を見てると、どことなくこちらの心まで落ち着いてくる気がした。

 

 

「ま、二か月ってのは短いようで長いんだ。これからよろしくな、フィル」

「はいっ。こちらこそよろしくお願いしますね、コネクトさん」

 

 刺激的でこそあれ、悪い日々にはきっとならないだろう。そんな確信を胸に秘めて、俺は改めて彼女との共同生活を開始するのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。