PSO2外伝 絆と夢の協奏曲〈コンツェルト〉   作:矢代大介

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プロローグとほぼ同時投稿になります。


#1 出会い

 

「……はぁ」

 

 朝。仮想の空と空気が作り出す清涼な空気に包まれた、小さな人間たちの箱庭。沢山の人々が暮らす巨大な街中の一角に建てられた、アークス専用の宿舎――「マイルーム」と呼ばれる場所。その中に構えた自室にて、俺は朝っぱらから重苦しいため息をついていた。理由は、隠せない面倒くささである。

 本日は非番だということで、先ほどまで気持ちよく寝こけていたところを叩き起こされたのが主な原因ではあるのだが、その寝こけていた俺をたたき起こしてくれた存在――つまるところ、メールを受信した俺用の携帯端末に映し出されたメールの文面を見てしまったのが、もう一つの主な原因だ。

 内容はなんてことはない、世話になった恩師であり上司でもある人間から伝えられた、明日以降のおおまかな任務予定をはじめとした、一種の業務連絡のようなものである。だが、その内容の文末には、俺の憂鬱さを加速させてくれる内容が記されていた。

 すなわち「ついでと言っては何だが、頼みたいことがある。内密に処理したいので、直に会いに来てほしい」と。

 

「……はぁ」

 

 もう一度、ため息。今度は大げさに大仰についてみたが、そんなことをしたところで何かが変わるわけもなく。結局のところ、行くしかないのだろう。

 ……正直な話、ものすごく嫌な予感しかしない。あの人が俺に頼みたいこと、なんて言った時には、大抵ロクなことがないのだ。

 以前その言葉を断り切れず引きうけた依頼が、なんだかわからない新型のでっかいロボット型パワードスーツの操縦テストだったりして、制御不能で暴走の憂き目にあって、結果きりもみ急降下墜落。全治一か月のありがたいお言葉を頂戴したことがある。そんなことになるのは金輪際御免だ。

 まぁ、そんなことがそうそう何度もあったら困る。今回はそうでないことを切に願いながら、俺は携帯端末をポケットに突っこんで、マイルームの扉をくぐった。

 

 

***

 

 

 アークス用宿舎(マイルーム)から、アークスシップ居住区角を統括する行政ビルへの道はそれほど長くもなく、愛用のツアラー型バイクを飛ばせば10分とかからない。この船で暮らすようになってからの長い付き合いである相棒を駆り、風を切る俺は現在、絶賛テンション急降下中だった。

 はたして、本日はいったいどのような無茶ぶりを押し付けられるのだろう。そんな若干の期待と諦めを交えつつ、俺は行政ビル内に設置されているアークス課に足を向けた。

 アークス課と言っても、表向きにやることと言えば、アークス内のどこの部署にいる誰が何をしたか、なんていうのをほかの課に報告する中継を担うことが仕事だと、俺の上司からは聞かされている。

 基本的な仕事はアークスの上層部そのものに一任しているため、暇で暇でしょうがないと彼はよく愚痴っていた。主に俺の端末宛のメールで。

 

「すみません、課長に呼ばれて来たんですが」

「あぁ、少々お待ちくださいね。すぐにいらっしゃると思いますので」

 

 受付の人とは、何度も顔を突き合わせている顔なじみである。毎度俺が彼――このアークス課の課長を務める人物に振り回されているのを知っているのか、俺に向ける笑顔は営業スマイルとは別の、気遣うような苦笑だった。

 

 

 通された応接室で暇をつぶしていると、「彼」はすぐに応接間へと姿を見せる。

 がっしりとした体格と、正装の隙間から垣間見える隆々とした筋肉に加え、無数の傷跡を刻んだ精悍な顔立ち。すでに齢60をとうに超えていたはずだが、その割には衰えなんてものを微塵も見せない瞳は、年を重ねたが故の深い叡智を湛えるかのように光り輝いていた。

 彼こそが、現在のアークス課長であるベルガ・ディルクルムだ。もともとは俺たち新米アークスの指導を行っていた熟達の大先輩であり、その威厳は今なお衰えていないことを、まざまざと感じさせてくれる。

 

(……こんな人が、なんでまた俺ばっか指名するんだか)

 

 かつての悲劇を経験するよりも前。無垢な子供のままアークスを志した少年時代の俺の目には、彼の姿はとてもまぶしく映りこんでいた。それが今では、甥っ子に愚痴るただの中年オヤジにまで評価が下降している。オフの時の態度とか、毎回頼んでくる無茶ぶりが理由の大半であるとはいえ、人間、何が評価点のプラスかマイナスかわからないものだ。

 とは言ってみたものの、基本的に彼は有能な人物であることに変わりない。かつてはアークス大隊を率いて、かの「ダークファルス【巨躯(エルダー)】」の封印作戦にも参加。アークス屈指の戦力たる六芒均衡(ろくぼうきんこう)たちと肩を並べて戦ったという、リーダーとしての器を持ち合わせる豪傑だ。その力強さは、何もすることがないこんな部署に飛ばされてからも、今なお衰えるところを知らない。

 

「またせたな、コネクト君。わざわざ呼び出してすまんな」

 

 そう言うとベルガは俺の前に座って、自分で淹れたのだろうコーヒーをすする。わざわざすまんとか言いつつ俺には何も飲み物はないのだろうか……という不満を黙殺しながら、俺はとがらせていた口を開いた。

 

「別にかまいませんよ、厄介ごとに巻き込まれるのは百万のダーカーを見るより明らかですからね」

「ははは、違いないな」

 

 否定してくれよ頼むから、と内心で眉をしかめる。この人に巻き込まれて無事で済まなかったことなんて、両手足で数えて足りるかどうかというほどなのだ。正直勘弁してほしいのだが、直属の上司である手前断るのもあまり良いものではない。それをいいことに俺を振り回しているのではなかろうか――なんてことを考えると胃痛がするので、この辺でやめておこう。

 

「で、今回はどんな要件なんですか? ……せっかくの非番の日くらい、ゆっくりさせてほしいものなんですけどね」

「すまんすまん、何しろ急に決まったことだったんでな……君にしか頼めないことなんだ。そこを踏まえて、話を聞いて欲しい」

 

 飄々とした雰囲気が、一瞬にして硬質な、冷たいものに変わる。この雰囲気を纏っているときは、十中八九間違いなくまじめな話が振られるのだ。

 まぁ、そんなことだろうとは思っていた。俺を用事に付き合せる日と言えば、決まって俺がアークスの任務に忙殺されている日で固定されている。それを破って非番の日にまで呼びつけたとなると、中々に緊急度が高い依頼なのだろうと、俺は考えていた。

 

「……君に頼みたいのは、ある人物の保護と監視だ」

「保護と、監視?」

 

 おうむ返しにつぶやくと、ベルガはこっくりとうなずく。

 

「その人物と言うのが、少々特殊な身の上でな。……保護の対象となる人間となれば、本来はしかるべき施設に入れるべきなのだが、今回に限っては事情が事情でな。正規の施設に入所させ、他の人々と過ごさせるのには少しばかり問題があると、他の課から言われてしまったのだよ」

「はぁ。まぁ、事情は分かりますけど……どうして俺のところなんですか?」

「件の人物は、君と年が近くてな。近しい世代の人間と居る方があの子のためになるだろう、と言う意見が、他の課から持ちあがっている……と言うのが、表向きの理由だな。――我がアークス課で身柄を引き受けたい、と言うのが私としての本音なのだが、君も知っている通り、我が課の業務形態は他に比べるとかなり特殊だ。首尾よく保護ができたとしても、その後常に監視を行えるだけの人材がいないのだよ」

「で、余計な人件費を浮かせるために俺を犠牲にする、と」

「話が早くて、いつも助かっているよ」

 

 ははは、と乾いた笑いをもらしつつ、ベルガは額を抑えて眉をひそめていた。この分だと、本当に猫の手でも借りたい状況だったんだろう。――全然俺にしか頼めない依頼でもないじゃないか、というツッコミは、喉を出る寸前でとどめておいた。

 まぁ、俺としても別に異論はない。アークス課は表向き暇を持て余す部署ではあるが、暇でも暇なりに仕事はきちんと存在する。加えて、課自体が十数人程度で構成されているという都合もあって、全体的に慢性的な人手不足なのが現状なのだ。

 そんなアークス課が全体で保護監視を請け負った日には、ただでさえ不足している人手がさらに足りなくなるのは火を見るよりも明らかというものだろう。

 

「で、引き受けてくれるかね?」

 

 とまぁ、色々御託を並べてみたが、実をいえば暇な人材はほかにも幾人か存在している。それを知っていてもなお、こうしてわざわざ話まで聞いているのは、結局のところ俺が頼みごとを断れない性分だからだ。我ながら面倒臭い性分だ、と自嘲を心の片隅に浮かべながら、俺は大きくため息を吐き出す。

 

「……どうせ、ハナから断られるなんて思ってないんでしょう? ……まぁ、いいですよ。引き受けます」

「そうか、君なら引き受けてくれると思っていたよ。……誰か、あの子をここに連れてきてやってくれ」

 

 ベルガが部屋の外に呼びかけると、返事と共に足音が聞こえ、やがて遠のいていった。

 

「本当に、すまないな」

「謝るんなら、いっつも笑ってごまかしてるあなたが叩き付けてくる、無茶苦茶な特務に関して謝ってほしいですよ。気になっている女性の尾行だとか、監視を欺くためのスケープゴートだとか、帰還の手配なしでナベリウス調査だとか、何も知らせないままで交渉のためにハルコタンへ放り出したりだとか、惑星の片隅に出来てたダーカーの巣に単独突入して殲滅しろだとか、いろいろありましたよね? えぇ、もう本当に」

「いや、その、なんだ、はははは……」

 

 組んだ膝の上で頬杖を突きながら、俺は半眼でいろいろあったことを追及する。言われた本人は、気まずそうに視線を泳がせるばかりだ。

 とはいっても、俺だって本気で責めているわけじゃない。ちゃんと事前事後のサポートはしてくれるし、万が一があっても身の安全は保障してくれるという契約を取り付けたうえでの任務だ。下手なクエストよりもよっぽど稼ぎが良いし、恩人の頼みだからと深く考えずに引き受ける俺にも責任はあるのだが、それを差っ引いても、彼はなんだかんだといい人なのである。

 ――昔、とある理由から故郷が滅び、路頭に迷っていた俺を拾ってくれたのも、ほかならぬこのベルガ氏本人なのだ。それもひっくるめて、俺は彼に対して悪い感情は微塵も抱いていない。せいぜい、なんで俺にばっかり愚痴ってきて無理難題ばっかり押し付けてくるのだろうか、というくらいか。

 そんなことを考えていると、不意にノックが聞こえる。圧縮空気の抜ける音と共に開いた扉の先には、ベルガの秘書が居た。

 

「失礼します、彼女をお連れしてまいりました」

「あぁ、ご苦労。……さて、それではコネクト君にも紹介しておこうか」

 

 そう言いながら、ベルガは席を立って、去って行った秘書が連れてきていた客人が居るのであろう扉の近くへと歩いていく。彼女、と呼ばれた客人は、理由があるのか姿を見せようとしていない。それを察知したベルガは苦笑して、扉のふちに手をかけて外へ身を乗り出す。

 

「大丈夫だ、彼は口こそ悪いが悪漢じゃない。安心してくれ」

 

 その悪い口癖はどこの誰が手本を見せて仕込んでくれたんでしょうね、という言葉は、ムスッたれた顔だけで表現するだけに留めておいた。ここでいらぬ言い争いを起こしても、印象を悪くして損をするのは俺の方である。

 

「……本当、ですか?」

 

 そうして聞こえてきた声は、まぎれもない少女のものだった。まさしく蚊の鳴くような弱弱しい声だったが、別段内向的な雰囲気は感じない。どちらかというと、不安とおびえから来るようなものなのだろう。少しするとベルガの説得が効いたのか、声の主であろう少女が姿を現した。

 まず目を引いたのは、桃色に近い紫色の左目と、明るい金色を湛える右目の二色に分かれた、特徴的なオッドアイ。象徴的な瞳孔の文様や、黒曜石めいた額の角こそ存在しないが、それは紛れもなく、戦闘に適した遺伝子操作を施した種族「デューマン」の物だ。サクラと呼ばれる花の花弁にも似た色の、淡く白が混じった桃色の頭髪も、どことなくその瞳を強調するような色をしている。

 服装は、数年前にめでたく現役を引退し、新デザインへと役目を譲った、旧式のアークス研修生制服だ。薄く濃紺を混ぜた黒の落ち着いた色調は、少女の容姿をよく引き立てている。どちらかと言えば可愛らしいの部類に入る顔は、現在進行形で不安の色に染まっていた。

 

「紹介する。彼女が依頼の人物である、フィルツェーンだ」

「よ、よろしくお願いしますっ」

 

 ベルガにぽんと肩を叩かれて、フィルツェーンと呼ばれた少女は勢いよく頭を下げる。多く見積もって中学生も怪しい小さな体躯だったが、その挨拶のしぐさは堂に入ったものだった。

 

「……あぁ、よろしく。自己紹介は必要か?」

 

 とりあえず不安を払拭してやらないと、依頼の遂行期間中は接しにくくてしょうがないだろう。そう考えて、俺は何か気の利いた一言でもかけようと思ったが、結局無難な形のあいさつに留めておいた。人間、背伸びのし過ぎは危険である。

 

「あ……えっと、その……失礼じゃなければ、お願いしてもいいでしょうか?」

 

 当たり障りのない言葉だったはずだが、当のフィルツェーンは小さな体をさらに縮こませながら、おっかなびっくりそう言ってきた。

 はて、おびえさせるようなことを言っただろうか、と考えた矢先、フィルツェーンの隣に立つベルガが笑っているのを見て、そういえばまだムスッとした顔だったのを思い出す。言えよ! と胸中で突っ込みながら、俺はぐいぐいと表情筋をもみほぐした後、ゆったりと口を開いた。

 

「んじゃ改めて、アークスとして活動しているコネクトだ。そこのベルガってオッサンから聞いてると思うけど、任務で君としばらく一緒にいることになった。よろしくな」

 

 言いたいことを言いきってから、俺はフィルツェーンの様子をうかがう。いまだ不安げな顔はしていたが、とりあえず第一印象に悪いものはなかったらしい。若干ながら緊張がほぐれたらしく、がちがちに固まっていた表情筋がちゃんと動いていた。

 

「えと、はい。よろしくお願いします。……あの、ベルガさん。一つ質問良いですか?」

「む? あぁ、構わんぞ。なんだ?」

 

 そうして次に出た言葉は、俺ではなくベルガに対しての質問。いったいどうしてだろうと思考を巡らせかけたが、続いたフィルツェーンの一言にそれはあえなく粉砕された。

 

「……彼は、酷いことしませんよね?その、乱暴なことしたり、とか……」

「……へ?」

 

 思わず、素っ頓狂な声が出てしまう。次いで、あぁと一人納得してしまった。そりゃまぁ、男女で行動を共にしてくれと言われれば、女性側としては何か不純な動機があるのではないか、と疑ってしまうのも無理はない。

 加えて、自分では別段なんとも思わないが、俺の人相はアークスの友人曰く「DVしてそう」な顔らしい――もちろん、そんなロクでもないことを言ってたそいつはシメておいた――。そんな顔で変にフレンドリーにされれば、そりゃ疑いたくもなるだろう。呆れてしまったが、まぁしょうがないことだ。

 

「……ふむ、そんなに可愛らしくおびえてしまっては、彼の野性が目覚めてしまうかもしれヌブッ」

「ちょっと黙ってやがってくださいこの色ボケジジイめが」

 

 前言撤回、絶対この色ボケジジイに何か吹き込まれたに違いない。割と本気で頭に来たので、ついでにと装備しておいたアイテムパックからモノメイトを一つ取り出して、色ボケジジイめがけてブン投げてやった。顔面にクリーンヒットしたモノメイトのパックが運よく破れて、中身が色ボケジジイの顔を濡らす。

 

「なんで重要な任務なのに、その任務対象を怖がらせて任務の遂行を邪魔しようとしやがってるんですかねぇ貴方は! そこから関係修復しなきゃならん俺の苦労を考えやがれくださいこの色ボケクソ恩師!」

「ジョークだよジョーク、場を和ませるための粋なジョークじゃないか」

「アンタのジョークは度を越しすぎてるんだよ!!」

 

 はっはっは、とのんきに笑うベルガに向けて、俺はベルガの奔放すぎる質にイラつきながら怒鳴り気味のツッコミを入れる。そのままの勢いでぎゃーすか言い争いの応酬を続けていると、不意に室内で小さな笑い声が響いた。声の主は、話題の中心人物であるフィルツェーン。

 

「ぷっ、ふふ……す、すみません、ちょっと面白くって」

 

 そうして口元を小さく抑えて笑う少女に、先ほどまでの不安げな雰囲気は見られなかった。それを見て、俺はようやくベルガにまんまとハメられたことを悟る。さすがは腐っても恩師、俺の扱いなど心得ているのだろうか。

 そうとも知らず、人目も気にせずベルガを怒鳴りつけていたことが非情に面白くなくなって、俺は再びムスッたれる。それを見たフィルツェーンは、今度こそくすくすと面白そうに笑っていた。

 

「はは、何はともあれ、第一印象は及第点と言ったところか。……ではコネクト君、改めて君に、任務の内容を通達する」

 

 濡れそぼった顔を優雅にハンカチで拭いていたベルガが、またしても急に態度を変えて俺たちに話しかける。俺はいつものことなので特段何もなく対処しているが、フィルツェーンにとって今の彼の顔は初めて見るものなのだろう。安堵の笑いをもらしていた先ほどとは打って変わって、緊張した面持ちを向けていた。

 

「本日よりコネクト君には、私からの別名があるまで、フィルツェーン君とできる限り近い場に立ち、彼女を監視、並びに保護を行ってもらう。……両名、異存はないかね?」

「はい」

「……大丈夫です、ありません」

 

 事前に通告されているとはいえ、監視と保護を行う人間を目の前にしているこの状況で、さすがに即答というわけにいかなかったのだろう。立場が同じだったら、俺だってそうなるはずだ。

 とはいえ、こうして顔合わせもした以上覚悟は決めてもらうしかない。それを理解しているのか、フィルツェーンは毅然とした表情で頷いた。

 

「よろしい。……それとコネクト君、君には保護、監視と並行して、新米アークスとなる彼女に、色々と手ほどきをしてやってほしいんだ」

「手ほどき……というと、基本的なアークスの仕事を教えるということで良いんですよね?」

「その通り。といっても、アークスになるのは彼女自身が望んだことだ。君が必要ないと感じたのならば、それほど過干渉はしなくてもいいぞ」

「わかりました」

 

 見るからに華奢で、荒事などは好まないである彼女が、自らアークスに志願したというのは少々意外だったが、特殊な身の上であってなお志願したということは、彼女自身のっぴきならない事情があるのだろう。だとすれば、それを詮索するのは野暮というものだ。

 

「フィルツェーン君も、それで構わないね?」

「はい。アークスの先輩に教えて貰えるなんて、光栄です!」

 

 ベルガに釣られてフィルツェーンの横顔を見ると、何か宝物を見つけたような――あるいは一筋の希望を見出せたような、そんな顔をしていた。ダーカーへの復讐のためにアークスに入った俺からすれば、その顔はとても、とてもまぶしい。

 きっと彼女は将来、その胸の内に秘めた大きな目的を達成するのだろう。その目的を達するための手助けができるなら、俺としても光栄だ。この出会いを仕組んでくれた運命の神に、少しばかりの感謝をしていると。

 

 ――不意に、部屋一帯で大きな警報が鳴り響いた。

 

 俺、フィルツェーン、ベルガ。三者三様にその警報を耳に入れて、何事かと天を仰ぐ。よく聞けば、警報は部屋で発されているのではなく、もっと上――仮想の空を映し出す天空から発されているのが確認できた。

 ひとしきりの警報が鳴り終わるのを待たずして、今度は警報同様、天空から声が降ってくる。

 

《アークスシップ統括政府より、緊急警報を発令します。現在、本艦の防衛網を潜り抜けたダーカー軍が、アークスシップ市街目指して侵攻中です。市街地への被害、並びに区画内での大規模な戦闘が予想されますので、該当区画にお住まいの方は、速やかな避難を行ってください。繰り返します……》

 

 それは、俺たちアークスに、人類にとっての敵である存在が襲ってくるという、不吉な予言だった。


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