「おおおおおおあああぁぁぁぁぁッ!!!」
裂帛の雄叫びを迸らせながら、俺は全力を持ってリンドクレイを目の前の標的めがけて叩き付ける。青く輝くフォトン刃を持つその剣はしかし、飛来した黒紫色の結晶が織りなす幾重もの壁に阻まれ、その勢いを殺されてしまった。
怒りに歪んだ表情のまま、無言で片手を振るい、結晶剣を操作したドライツェンが、苛立ちを露わにしたまま、ふわりと音もなく宙へと浮かんだ。
「――下等な生物の分際で!」
中空で制止したドライツェンが再び手を振るえば、その背で後光を描くように廃されていた結晶剣が、ばらりと分解。直後、そのすべてが意志を持っているかのように動き、俺めがけて殺到してきた。
風を斬って飛来するそれを、俺はがむしゃらに振るったリンドクレイの光刃を持って、全て叩き落とす。そのままの勢いを足に伝えて、俺は一息に跳躍した。
「むっ――」
「だあああぁぁぁッ!!!」
大上段に振り上げたリンドクレイを、ドライツェンめがけて全力で叩き込む。残念ながらその刃が奴を傷つけることは無かったが、それでも一撃をお見舞いすることはできた。
「小賢しい!!」
しかしその直後、再び宙を滑って距離を取ったドライツェンが、幾重にも連なる結晶剣を生み出して、俺へと撃ちこんでくる。構うものかと再びリンドクレイを振るったが、第二波の密度は想定以上だった。結晶剣を弾き、砕き、切り伏せ続けるうち、リンドクレイの刀身そのものへと幾重もの傷がつき、出力されているフォトン刃が弱々しく明滅を始める。
それが伝えるのは、明確な限界のサイン。しかし、今だけはお構いなしだ。そのままありったけのフォトンを流し込めば、盛大なスパークを上げるリンドクレイが、一筋の巨大な光柱を生み出す。
「そこを――動くなああぁぁぁ!!」
巨大なフォトンの刃に変質したリンドクレイを以て、周囲の地形ごとドライツェンを葬らんと振るうが、対するドライツェンは結晶剣を収束させて分厚い防御壁を展開。フォトン刃を真っ向から受け止めて見せた。
「ふむ――中々味な真似をしてくれるではないか、アークス」
「黙れッ!!」
叫びながら、さらにフォトン出力を上げようとするが、不意に光の刃が霧散してしまう。はっとして手元を見れば、そこには黒煙を上げて機能を停止するリンドクレイの姿があった。
「ちっ」
舌打ちを一つ挟み、破損したリンドクレイを収納してから、今度は足元に
「シッ!!」
フォトン斥力を使って、俺は宙を蹴り、ドライツェンへと肉薄する。再び結晶剣が迫りくるが、今度は受け止めるのではなく、ジェットブーツの高い機動力を持って、全てを回避して見せた。
そのまま、後ろへ飛び退って逃れようとするドライツェンめがけて、フォトンアーツ「グランウェイヴ」を発動。残っていた距離を一瞬のうちに詰め、そのまま強烈なフォトンの奔流を纏った連続蹴りを叩き込む。
「ぐぅっ――」
「らあぁッ!!」
再び展開された結晶剣を、俺はグランウェイヴの一環であるサマーソルトで蹴り砕く。そのままくるくると空中で回転して離脱しようとする身体を強引に押しとどめて、俺は再びグランウェイヴでドライツェンへと迫った。
「図に――乗るな!!」
二度同じフォトンアーツを放ったこともあり、ドライツェンも黙ってはいない。数珠繋ぎにした結晶剣を鞭のように振るい、こちらへと鋭い連撃を叩き込んできた。
当然ダメージは負うが、かすり傷に構う必要はない。再びドライツェンの懐へともぐりこんだ俺は、後に続く連続蹴りをキャンセルして、今度はフォトンアーツ「ストライクガスト」を発動。天を切り裂くような連続のサマーソルトを叩き込んだ。
「チッ――アークス風情がァ!!」
蹴り飛ばされながら、ドライツェンは結晶剣を無数に展開する。一息のうちに広域へとばらまかれたその本数は、ゆうに50を凌駕した。
とたん、そのすべてが俺めがけて殺到してくる。さすがにこれだけの結晶剣をさばき切る余裕などなく、いくらかは蹴撃によって落としたものの、飽和攻撃によってリンドブルムのみならず、俺の身体さえも千々に引き裂かれた。
「があああぁぁぁッ!!!」
痛みに耐えかねて絶叫を上げつつ、それでもなおジェットブーツの跳躍機能を駆使し、ドライツェンに追いすがろうとするが、不意にがくんと体が重力に引き寄せられる。バランスを失い、自由落下する自分の足元で作動していたはずのリンドブルムは、すでに結晶剣によってズタズタに引き裂かれ、ジェットブーツとしての体を成していなかった。
ギリギリで体勢を立て直し、致命的なダメージを避けながら、俺は地面に激突する。数度バウンドしてから停止した俺は、震える手で回復用のテクニックである「レスタ」を発動。ズタボロになった身体を、再び動かせる領域まで強制的に回復させた。
何とか立ち上がるが、ふらりと身体が揺らぐ。どうやら、あの一瞬で随分な量の血を流してしまったらしい。まだ危険な域には程遠いだろうが、それでも改めて、奴の規格外ぶりを思い知らされる結果になるとは、皮肉もいいところだ。
「ッ……まだまだぁ!!」
だが、この程度で倒れるような柔な身体はしていない。破壊されたリンドブルムを収納して、今度はガンスラッシュ型の姉妹機「リンドオネット」を「両手に」装備する。
――リンドオネットをはじめとしたガンスラッシュ系の武装は、その小ささに反して内部機構がとても複雑だ。それゆえ武装そのものを駆動させるためのフォトン量もバカにならず、結果的に小型軽量な武器として生み出されながら、ツインマシンガンなどのような両手同時運用は不可能という、ちぐはぐな武器として運用されているのである。
しかし、俺の身体に宿ったチカラを以てすれば、この程度の技を実現することなど、造作もない。常人には成しえない技を駆使して、再び俺はドライツェン目がけて肉薄を試みた。
両手に構えたリンドオネットをガンモードへと切り替え、フォトンアーツ「エイミングショット」を連続で撃ちこむ。一つの技に昇華され、その威力を何倍にも増したフォトン弾は、しかしドライツェンの放つ結晶剣を破ることは叶わなかった。放たれたすべての弾丸が、結晶剣とぶつかり合い、青と黒紫の粒子として空間へと霧散する。
青と紫の燐光が舞い散るどこか幻想的な空間を駆け抜けながら、リンドオネットをソードモードへと切り替え、ドライツェンめがけて肉薄。そのまま奴の後方めがけて走り抜けながら、二本のリンドオネットを横なぎに振り抜き、奴の身体へとフォトンの軌跡を叩き込んだ。
「ぬぅっ――」
明確なダメージが入った手ごたえを感じながら、俺は強引な急制動をかけて停止し、再びドライツェンめがけて弾丸のように突っ込む。
「ぜええぇぇああああぁぁぁぁぁッ!!!」
両の手に構えたリンドオネットを、本能のままに乱舞させる。可視化された小さな嵐のように舞うフォトンの軌跡は、狙いたがわずそのすべてがドライツェンめがけて叩き込まれた。
フォトンアーツ、というわけでは無い。そもそもガンスラッシュを二刀流するなど、アークス側で想定された運用方法ではない以上、フォトンアーツと呼ばれる武術体系は、一部を除いて役に立たないのは明白だ。
なので、この乱撃はただの連続攻撃。しかしその斬撃の一つ一つには、俺の身体から生まれる強烈な力が宿っている。
「ぐおおああぁぁァァ!?」
それが意味するのは、ダーカーへの、闇の力へと向けた、絶対的な致命打。そのすべてを見に受けたドライツェンは、聞くに堪えない悲鳴を上げながら、かなたへと吹き飛ばされていった。
地を慣らして着地すると同時に、吹き飛んだドライツェンが壁へと叩き付けられる轟音が響き渡る。しばらくして瓦礫の音が鳴りやんだところで、崩れ落ちた壁だったものの中から、ガラガラと音を鳴らしながらドライツェンがはい出てきた。
「ぐ、っふふふ……流石はアークス、流石は我が憎き者どもの尖兵と言ったところか。今の一撃、中々に堪えたぞ」
その身に纏うコート型の戦闘服をボロボロにし、震える声音のまま、この世の全てを呪い殺さんとするかのような殺気を孕む瞳でこちらをにらみつける。
「――だが、そんな貧弱な攻撃程度で、私を下すことが叶うとは思わないことだ」
翼をはためかせ、瓦礫を吹き飛ばしながら宙へと飛び上がったドライツェンが、今度は両の手に一振りずつ、それまで飛ばしていたモノとは形状が違う結晶剣を生成する。――どうやら、今までの攻撃は小手調べに過ぎなかったようだ。
「遊びは終わりだ。――死ね」
冷たく吐き捨てたかと思えば、ドライツェンは背の翼をばさりと鳴らし、こちらめがけて猛烈なスピードで突っ込んでくる。弾丸もかくやと言わんばかりのその速度に眼を剥きながらも、どうにか身体をひねって突進を回避する。
「ちっ――」
「避けたと思ったか?」
体勢を立て直しつつ振り向こうとしたその寸前、まるで自分の中から聞こえたかのように錯覚するほどの距離で、ドライツェンが嘯いた。直後、巨大な何かにわしづかみにされるように全身を拘束された俺は、重力も物理法則も意味をなしていないかの如く、軽々と投げ飛ばされた。
「ぐううぅぅッ!?」
猛烈に回転する視界の中、必死に地面の位置を捉えて転がりながら着地する。したたかに打ちつけられたダメージを頭の片隅で感じつつ、起き上った俺の目の前では、ドライツェンが「何か」を腕から展開していた。
「砕け散れ!!」
天へと振り抜く腕の一閃に合わせて、ドライツェンが巨大な衝撃波を撃ち放つ。着弾までいくばくかの猶予があるはずのそれは、まるですぐ目前で轟々と渦巻き、すぐにでも俺を食らい尽くそうとしているかのような、そんな圧倒的な力を放っていた。
(避け――ッ!!)
言葉よりも早く、体が動く。足に力を込め、大きく横へと跳んだ俺のすぐそばを、死の旋風が吹き荒れ、通り過ぎていった。
再び地を転がりながら、今度はしかとドライツェンの姿を捉える。見れば、奴が腕から展開していたのは、まるで獣のそれを想起させるような、黒紫の結晶で象られた、巨大な鉤爪だった。おどろおどろしい光を湛えるそれは、負のフォトンが結晶化したものだということを、嫌というほど実感させてくれた。
「チッ――なら!」
吐き捨てながら、再びリンドオネットから巨大なフォトン弾を連射する。先ほど放った時は牽制程度になってはいたのだが、今度はしなやかに蠢き、幾重にも重なりあった翼が防壁となって、ドライツェン本体には傷の一つもつかなかった。
ならば、接近戦で突破あるのみ。胸中でそう叫びながら、俺はソードモードへと切り替えたリンドオネットを振るい、再びドライツェンめがけてとびかかった。
「はあああぁぁぁぁッ!!」
赤と黒で彩られた異形の世界に、青白いフォトンの軌跡が無数に乱舞する。しかし、俺が撃ち放った剣戟の全ては、翼の盾を解いたドライツェンが無造作に突き出した片手――から展開されている巨大な獣の腕に、悉く防がれていた。
「その程度か? ――痒いなァ!!」
煌めく光芒の奥から顔をのぞかせたドライツェンが、獣の腕を振るう。先ほどの巨大な衝撃波を造り出したその腕を、今度は直接こちらへと叩き付けんとしてきたのだ。
「く――ッ!?」
直撃を防ごうと、とっさに交差させたリンドオネットが、甲高い音を立てて
直後、爆砕音と共に全身を痛みが貫いて駆け抜ける。そのまま再び地を転がされる感触を味わいながら、俺はようやくドライツェンに吹き飛ばされたことを理解した。
悲鳴すら許されないほどの重い一撃。恐らくは、破壊される前のリンドオネットが作り出していたフォトン力場によって、多少中和されていたのだろう。まともに食らったならば、良くて致命打と言ってもいいと思えるほど、その一撃は強烈だった。
おぼろげに感じ取れる身体の感覚で、糸操り人形のように覚束ない身体を必死に起き上がらせる。何度目ともわからないレスタを繰り出して、どうにか全身の感覚がよみがえってきた。
「……ふむ、しぶといな。確実に息の根を止めたと思っていたのだがな」
少し気を緩めればすぐに闇に呑まれてしまいそうな意識を必死につなぎとめていると、先ほど俺を吹き飛ばした位置からさほど動いていないドライツェンが、そう口にする。
「あたり、前だ……。ッ、お前を、倒すまでは――ッ死ねない!!」
悠然とした立ち振る舞い、高圧的な声音、圧倒的な実力。そのすべてが、たまらなく憎い。あいつが、俺の大切なものを奪っていたことが、たまらなくたまらなく憎い。
今の俺の胸中を支配しているのは、奴への憎悪と、復讐の感情だけだった。
「そうか。ならば――――その志半ばにて、私の糧となれ」
ゆらりと身じろぎしたかと思えば、ドライツェンが翼をはためかせ、猛烈な速度でこちらへと突進してくる。その腕の結晶が再び鉤爪状に変化しているのを見るに、とどめを刺すつもりなのは、誰の目に見ても明らかだった。
幾ばくかの空白を経て、大音響がこだまする。
「――だから」
それを打ち鳴らしたのは、一振りの刃。
「お前を倒すまでは―――死なないって言ってるだろうがああぁぁぁぁあッ!!」
ハンドガードと一体化した、身の丈ほどもある刀身を携える、蒼いフォトン刃の剣――コートエッジを握りしめながら、俺は吼えた。そのままの勢いで、天へと斬り上げる一撃を――フォトンアーツ「ライジングエッジ」を放ち、間近に迫ったドライツェンめがけて光芒の一閃を叩き込む。
「ぐっ――小癪な!!」
よもや、あの状態からはむかってくるとは思わなかったのだろう。吹っ飛ばされながら、わずかばかり怒りをにじませた顔で吐き捨てるドライツェンが、羽ばたいて空中で体勢を立て直すと、再び獣の腕に変じた腕を、地面めがけて叩き付けた。
ざわり、と第六感が危険を知らせる。とっさに身をよじった直後、先ほどまで俺がいた地点の地面がぼこりと隆起し、そこから黒紫の結晶が巨大なトゲとなって突き出してきた。そのまま走り抜ける俺の後を追うように、次々と突き出してくるのを見るに、俺がいる地点を狙いすました攻撃らしい。
「チリと消えろ!!」
さらに、逃げる俺を確実に仕留めんとするドライツェンが、空いたもう片方の腕を変化させる。いびつな獣の頭部を模した結晶体の口ががぱりと開いたかと思えば、その中で渦巻いていた禍々しいフォトンが、黒紫色に輝く烈風となって俺めがけて撃ち放たれた。
「ぐ……おおぉぉぉぉッ!!」
無数の水晶トゲに追い詰められた俺に、その烈風を避ける術はない。肉厚なコートエッジの刀身を盾にして、どうにかダメージを最小限に抑えるので精いっぱいだった。
――長く使い込んできた愛用品だったとはいえ、コートエッジはすでに旧式の型落ち品えである。その火力は現行の武器たちとは比べるべくもないし、その性能そのものも今となっては完全な時代遅れ。そんな武器で強敵の攻撃を受ければ、どうなるかは自明の理だ。
渦巻く烈風に肌を焼かれる俺の手の中で、コートエッジがミシミシと悲鳴を上げる。だがそれでも、どうにか一撃を耐え抜くことはできた。
一瞬で傷だらけに成り果てたコートエッジを振るって、烈風の残滓を吹き飛ばす。見た目は酷いありさまになってしまったが、武器としての性能はいまだに健在。火力に不安は残るが、相手にも手傷は与えているのだ。やってできないことは無い。
「お返し――だあッ!!」
コートエッジを腰だめに構え、脚にフォトンを集中させて、俺は矢のごとく飛び出す。フォトンアーツ「ギルティブレイク」の突進力を以て、ドライツェンの懐へと飛び込んだ俺は、続けざまにコートエッジを奴めがけて突き立てる。
「むっ?!」
確かな違和感を覚えたらしいドライツェンが、身をよじって剣の高速から逃れるが、すでにこちらの攻撃は終わっている。その証拠に、握りしめたコートエッジを取り巻くように、蒼いフォトンの燐光が浮かび上がった。
「はああぁぁぁッ!!」
逃れた勢いのまま飛び退るドライツェンめがけて、俺は特に距離を詰める訳でもなく、ただコートエッジを振るう。誰がどう見ても当たるはずがない無造作な攻撃だったが、その直後、ドライツェンの身体を蒼い燐光が薙いだ。
「ぐっ!?」
そのまま、動かず二撃三撃と繰り出せば、そのたびにフォトンが不可視の刃を形成し、ドライツェンめがけて襲い掛かる。
フォトンアーツ「サクリファイスバイト零式」。以前俺が使ったサクリファイスバイトの亜種で、同じ「攻撃を強化する技」でありながら、その方向性を異とする派生技だ。
通常版が「火力の超強化」とするならば、この零式は「リーチの延長」を目的としている。攻撃のモーションに合わせ、切っ先から不可視のフォトン刃を形成することによって、より広範囲への攻撃が可能となるのだ。派生技なのに零式とついている理由は知らない。
「小癪なァ!!」
飛来した不可視の刃を受け、ドライツェンが体勢を崩して地面へと墜落する。この好機を逃すまいと追いすがった俺めがけて、ドライツェンは再び腕の結晶を獣の頭へ変じさせ、苦し紛れの咆哮を放ってきた。
迫りくる烈風を前にして、俺は止まらず、さらに増速をかける。コートエッジを構え直し、次のフォトンアーツを放つ体制に入った直後、俺の身体をを禍々しいフォトンの嵐が呑み込んだ。
外から見るならば、誰が見ても明らかな致命打となる直撃。しかしその中でなおも構えを取る俺は、先ほどまでの攻防で刻んだ傷を除けば、全くの無傷で済んでいた。
「効くかよぉッ!!」
再びフォトンアーツ「ギルティブレイク」を発動し、烈風が吹き荒れる領域を一息に突破する。直後、俺のすぐ眼前には、驚愕に眼を剥いたドライツェンがいた。
もちろん、無傷で突破できたのは理由がある。一部のフォトンアーツには攻撃の際、
そのチャージ攻撃を放つ時、周囲には通常のフォトンアーツを放つ時よりも多くフォトンが放出される。それを操って簡易的な盾、あるいはバリア状の膜を形成することで、チャージ中の無防備な身を守るのが、先ほど使った「チャージパリング」なのだ。意外なほどに堅牢なそれは、乱戦状態でエネミーに囲まれたときや、先ほどのような不可避の攻撃を凌ぐときにこそ真価を発揮する。
「ぜぇぇあああぁぁぁぁッ!!」
「ぐおあぁッ!?」
懐へ飛び込んで、一閃。チャージされたギルティブレイクの一撃は、驚きに硬直するドライツェンを、袈裟懸けに切り裂いた。
――無防備にさらされた致命的な隙は、俺が持ちえる最大火力を叩き込むのに、充分なもの。チャンスは、今この瞬間!!
ひときわ強く握りしめたコートエッジから、サクリファイスバイト零式によって形成されるそれよりも、さらに鮮烈で巨大なフォトンの刃が迸る。フォトンで象られた巨大な立柱にさえ錯覚するそれは、俺が振るったコートエッジの軌跡をなぞるように、ドライツェンへと叩き込まれた。
一撃の後、切り返して再びドライツェンを横薙ぎに抉る。周囲の地形すら巻き込み、吹き飛ばすほどの強烈なフォトンの奔流に、奴が目を見開いたまま声なき悲鳴を上げていた。
――フォトンアーツ「オーバーエンド」。超圧縮されたフォトンで巨大な光の刃を象り、標的めがけて叩き付けるだけの、シンプルな技。しかしてその破壊力は、凄絶の一言に尽きる、まさに必殺の一撃なのだ。
「ぬ、ぐぅっ……!!?」
二撃を終え、更に大上段へと振り上げられた光の刃を見上げ、ドライツェンが何事かを講じようと身を捻る。しかしそれは、この圧倒的な破壊力を持つ光の刃の前には、何の意味をなすこともないのだ。
「これで――――終わりだあああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
ひときわ強く輝きを増した光の刃を、眼前めがけて振り下ろしながら。
俺は、長きに渡る道の終焉を告げる言葉を、高らかに叫んだ。
***
「っはぁ、はぁっ、はぁっ…………」
荒い息を吐いて、肩を上下させながら、俺はその場にへたり込む。目の前には、今さっきまでドライツェンが立っていた地面と、そこに刻み込まれた巨大な傷痕が残るだけだった。
勝った。八年越しの仇討ちを、ようやく果たすことができた。今の俺の頭は、それだけでいっぱいだった。
気を抜けば暗闇に落ちてしまいそうな意識のまま瞼を閉じれば、そこに今は亡き大切なもの達が浮かび上がってくる。
街、家、人々、家族、そしてあの子の笑顔。もはや懐かしいとさえ思えてしまうそれらが、今のこの瞬間は鮮やかによみがえっていた。
そうだ、終わったのだ。ただ一人生き残って、彼らと共に死ねなかったことに苦しむ日々も、あの子を守れなかった後悔に苛まれる日々も、全てが終わったんだ。
――もっとも、今でもこれで贖罪を果たすことができた、なんて思ってはいない。俺にはこれからも、彼らの分まで生き抜く義務があるんだ。
だけど、今だけは言わせてほしい。長い長い道の果てにたどり着いた自分への、祝福を。
「……父さん、母さん、みんな、ティア。――終わったよ」
「いいや、終わってはいない」
ふと、誰かの声が響く。
――――いや、誰かではない。
その声は確かに、聞き覚えのある声。
――つい今しがたまで、聞いていた声。
「ッ――――!?」
魂まで凍て付いてしまいそうな悪寒を感じながら、俺は振り返る。先ほどまで感じていた酷い倦怠感さえもかなぐり捨て、そちらを見やった俺の視界に映り込んだのは。
「……だが、褒めてやろう。この私の身体に、これほど痛烈な傷をつけたのだからな」
オーバーエンドの奔流に巻き込まれ、消え去ったはずの仇敵。
ドライツェンの、姿だった。
「な………………ッ!!?」
絶句する。
限界まで眼が見開かれる。
意図せず、声が漏れる。
そこに存在する、存在しえない光景を目の当たりにした俺の頭は、何故という疑問の言葉さえ絞り出せないほど、完全にフリーズしていた。
「何故、生きているのかと聞きたげな顔だな」
当のドライツェンは、この状況全てに対して、疑問の一つすら浮かべず、さも当然と言わんばかりの涼しげな表情をしている。嘲るような声音で紡がれた言葉は、俺の耳に酷く不明瞭なノイズのように聞こえた。
「当然だ。私はかつての私と言う殻を捨て、この矮小な器と言う名の枷から解き放たれた存在。貴様のちっぽけな攻撃に滅ぼされるような、取るに足らない存在とは訳が違うのだよ」
凶悪で、醜悪な笑みを浮かべるドライツェンが、その背の翼をばさりとはためかせ、ゆっくりと宙に浮かぶ。その周囲には、先ほどまで纏っていた禍々しいフォトンと似通った、しかし明確に違う邪悪な気配が漂っていた。
「だが、貴様はそんな私へと傷をつけた。その事実を讃えよう。――そして、そんな貴様には特別に見せてやろう。私の――「本当の力」をな!!!」
宣言と同時に、ドライツェンの周囲に強烈なフォトンの力が集束する。ドライツェン本人が先ほどまで行使していたモノと、いましがた感じた別の邪悪な力。二つが混ざり、うねり、一つの強大な塊へと変じたのを感じた瞬間、ドライツェンが居た空間が、大きくゆがむ。
「――――括目せよ、アークス。我が名は
ヒトを象った赤黒い肉塊の上から、獣を模した鎧を象った黒紫の結晶を纏い、ドライツェンの名残を色濃く残す、蟲の脚のような三対六枚の翼をはためかせる巨大な異形が、地の底から響いてくるような、この世のものと思えない声で、そう宣言した。
「…………ダーク、ファルス……だと?」
――奴は今、何と言った? この感じた事のある気配は、何だ? ぐるぐると巡る思考の中から、俺はかろうじて一言だけ、言葉を紡ぎ出すことに成功する。
ダークファルス。俺たちアークスが不倶戴天の敵とするダーカーたちを率いる親玉にして、圧倒的な戦闘力を有する、極めて危険な存在だ。四十年前、惑星ナベリウスに出現した個体である「ダークファルス【
しかし、今重要なのはそこじゃない。「目の前に居たドライツェンが、ダークファルスを名乗った」という、事実。
「そう、ダークファルスだ。私は、この世界全てを混沌へ堕とすという目的を果たすため、ダーカーたちの力を取り込んだのだ。その結果が、この素晴らしき力だ!」
大きな衝撃を受ける俺をしり目に、屹立する巨人――ことドライツェンは、身に纏った強烈な邪悪の力を振りまきながら、高らかに嗤う。
「光栄に思え、アークス。私の本当の力をその身に受け、死に行けることをな!!」
ドライツェンの右腕が、先ほどまでと同じように変化を遂げる。しかしその大きさは、先ほどドライツェンが行使していたモノとは、比べ物にならないほど巨大だった。
「くっ――!?」
とっさにコートエッジを構えられたのは、普段の戦いの経験が成せた奇跡だったのだろう。気が付けば俺の身体は宙を舞い、遠く離れた壁面に深々と埋没していた。
「が、っは」
遅れてやってくる、焼けつくような激痛。身体が形を保っているのが奇跡とも思えるような衝撃が、俺の全身を
ぐらり、と身体を揺らがせ、地面へと転がり落ちた俺めがけて、今度はドライツェンが腕に獣の頭を顕現させる。回避しろ、と叫ぶ頭に反して、俺の身体の動きはひどく鈍重で、頼りない物だった。
「灰塵と帰すがいい」
瞬間、烈風が乱舞する。地も壁も構造物も砕きながら迫るそれに、俺は成すすべなく飲み込まれた。
「が――――ああぁぁああああぁぁぁぁ!!?」
スーツが引き裂かれる。肌が引き裂かれる。肉が削り飛ばされる。骨が砕ける。内臓がひしゃげる。
ぱっ、と世界に舞い散る赤い花が、俺の身体から絞り出された血だと理解したその時、俺はぼろきれのような状態のまま、滅茶苦茶になった地面へと投げ出された。
「あ……っが……」
それでも、アークスとして鍛え、いくらかの保護を受けていた身体は優秀なもので、死んでもおかしくないダメージを負いながら、なおも俺の意識と魂を生かし続けていた。
だが、もはや俺の身体は指の一本も動かせないほどのダメージを負っている。それはつまり、逃げることはもとより、ささやかな抵抗すら許されないという、無音の死刑宣告に他ならなかった。
「あの一撃を死さずに耐える、か。中々骨のあるアークスだ」
地響き。巨人となったドライツェンが、言葉と共にこちらへ近づいてくる気配を感じ取る。死をもたらすものが、近づいてくる。
「――だが、これで最後だ。私に楯突いたことを後悔しながら、死ぬがいい」
何事かを呟くドライツェンが、身じろぎをする気配を感じ取った俺は、何をするでもなく、ただ後悔に目を瞑った。
瞼の裏で再びよみがえってくる、かつて奴に奪われたものたち。先ほど思い浮かべた光景を目の前にして、今度はただ、後悔だけが胸に浮かんでいた。
俺の命が、みんなの分まで生きて、奴を討つために燃やそうと決めた命が、消える。そのことが、たまらなく悔しかった。
――――ゴメン、みんな。ゴメン、ティア。
不甲斐ない男で、本当に、ごめんな――――。
「…………?」
ふと、意識を闇の中から持ち上げる。
俺は死んだはずだ。だというのに、意識があった。
不思議なものだ。これがひょっとして、死後の世界と言う奴なのだろうか? そう思って意識を巡らせてみれば、今の自分が倒れている状態なのが分かった。
同時に、全身を串刺しにされたかのような激痛が走る。――生きている?
常識的に考えておかしい。俺はドライツェンから攻撃を受けて、死んだはず――。
「――まったく、こうもタイミングがいいと、神様とかいうご大層な偶像に感謝の一つでもしたくなるな」
いや。
いや、一つだけ可能性はある。その攻撃が、何らかの理由で逸らされたか、中断させられたのだ。
そしてそれを成せる可能性を持つ声が、今まさに俺の耳に届いた。
身を起こす。ズタボロの身体に鞭打って、俺は可能性を確信に、真実に変えるために、視界を持ち上げる。
「……シュバ、さん」
はたして、それは真実だった。
俺の目の前には、ボロボロの裾を翻し、アーマーに覆われた左腕に、巨大な鉄塊を――
俺の仲間であり、同じくここへと迷い込んでいた女性が――シュヴァルツ・ヴォルフの後姿があった。
「間に合ったようだな。まったく、随分な有様じゃないか。……おいルプス、スターアトマイザーは?」
「わーってるよ、お袋。そんな急かさなくても、っと!」
振り返り、どこか安堵したような笑みを浮かべるシュヴァルツが、不意に別の方向へと話しかけたかと思うと、もう一人の仲間の声が聞こえてくる。直後、周囲に癒しの力を秘めたフォトンが降り注ぎ、俺が負った傷をゆっくりと癒していった。
「よぅ、コネクト。お前、その状態で良く生きてられんなぁ」
「ル、プス……」
身体に力が入るようになったことを感じた俺が、身を起こそうとするよりも前に、誰かに手を掴まれて身体が引っ張り上げられる。肩を貸される形で俺を引っ張り起こしたのは、シュヴァルツと共にここへきていたもう一人の仲間であるルプスだった。
「どうしてここに、ってか? どえらい強力な反応があったから、急いで急行してきたんだよ。ったく、一人で無茶しやがってよ」
「だが、その無茶のおかげで合流できたのは事実だ。……流石に、これは予想外だったがな」
D-AISセイバーを構え直すシュヴァルツの眼前には、先ほど同様の巨人の姿のままのドライツェンが屹立する。しかしその立ち振る舞いは、どちらかと言えば突然の闖入者に驚いているようだった。
「……ほう、ほう。よもやこんなところで同胞に出会うとはな。その醜悪な姿、どういうことだ?」
「醜悪なのはどちらだろうな。私には、力に溺れる貴様のその姿の方が、何倍も醜悪で愚かしいとしか思えないが」
まるで知り合いかのようなやり取りの後、シュヴァルツが鉄塊を担ぎ直す。ごきごきと首を慣らしながら構えを取るその姿は、まるで黒い獣のように見えた。
「ルプス、二人を連れて脱出ポイントに行け。できるな?」
「オレを誰だと思ってんだよ。お袋こそ、一人で大丈夫かよ?」
「愚問だな。――私がやることなど、決まり切っている」
シュヴァルツから指示を受けたルプスが、俺を担いだまま、まるで普段と変わらないと言わんばかりの様子で歩を進め始める。引きずられるままの俺は、どうにか口を動かして「彼女を置いて行って大丈夫なのか」とルプスに訴えかけた。
「さぁな? でもまぁお袋のことだ、ケロッと戻ってくるさ。……とりあえず、今は休め。あとは俺らに任せておけよ」
俺を引きずるルプスは、実にあっけらかんとした表情のまま、懐から鎮痛剤らしきものを取り出し、俺に打ちこんでくる。
背後で聞こえる重々しい剣戟の音を、どこか遠い場所の出来事のように感じながら。
俺は、鎮痛剤の副作用を受けて、ゆっくりと意識を薄闇の中へと溶かしていった。