PSO2外伝 絆と夢の協奏曲〈コンツェルト〉   作:矢代大介

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プロローグ 追憶

 夢。そう、俺は夢を見ていた。

 

 夢という言葉には、大きく分けて二つの意味がある。

 一つは、人間が睡眠の際に見る、一種の幻覚。大抵は意味も脈絡もなく、突拍子もない奇天烈なものばかりだが、時たまいい夢を見ることもある。もちろん、悪い夢を見ることもあった。

 もう一つは、成功した未来の自分を空想するもの。将来の夢と言えば、それは誰でも持ち得る、ごく普遍的なものだ。

 

 

 人間は誰しも、夢を見ている。それは睡眠時の夢しかり、将来の夢しかり。人間というものは、夢を見ない時はないのだろう。

 ――親しき人の死に直面しようと、人間はこの期に及んで夢を見るものだ。認めたくないと叫び、死を知った人は幸せを夢想する。たとえそれが、もはやかなわない光景だったとしても。

 

 

 大好きな少女を、我が身を以て守りたいという、小さなころのささやかな夢。

 けれどもそれは、俺の目の前ではかなくも潰えた。

 

 

***

 

 

「あ……あぁ…………」

 

 ごく小さな羽虫が鳴くようなか細い声で、俺は少女を抱きかかえる。まだか弱く、頼りない小さな手で抱えられた少女は、まるで眠るようにこと切れていた。

 目にいっぱいの涙をためて、それでも抑えきれなかった大粒のしずくが、わずかな身じろぎさえしない少女の上に落ち、はじける。

 少女が最後に手櫛ですいてくれた、手入れのされていない黒髪をぐしゃぐしゃにかき乱して、少年は一心不乱に泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 やがて涙も枯れたころ、少年は少女をそっと地面に横たえて、自らの足で立ち上がった。

 

「…………ろす」

 

 少年が、ぼそりと何事かを呟く。その一言だけでは飽き足らないのか、少年は呪詛のように、同じ言葉を呟き始めた。

 

「殺す。殺す。殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す……」

 

 ギリリ、と少年は歯を食いしばる。そして、自らをかばって死んだ少女の――守ってやると誓ったはずの少女の前で、一つ決意した。

 

「――――俺が、お前の敵を討つ」

 

 少年が、赤く燃える空を見上げる。そこには、感情と呼ばれるものの色、その一切合財を見せずにただ地平を睥睨(へいげい)する、一つの人影があった。

 

 

「あいつだけは……絶対に殺してやる」

 

 

***

 

 

「…………はぁ」

 

 マイルームと呼ばれる、惑星調査員たち一人一人に借与される、マンションの個室のような場所。その一室に設けたベッドの上で、俺は深いため息をついていた。

 忘れるはずもない。忘れることなどできない、「奴」への黒い感情。その根幹となったあの日の出来事を、夢は否応なく思い出させてくれた。そればかりか、俺の心地いい惰眠を邪魔してくれやがった夢に若干の恨みを込めながら、俺はベッドの上で起き上り、マットレスの上に座り込む。

 そういえば、ここ最近は回される仕事が忙しくて、気に留めることはあまりなかった。それを思い出させてくれたのは、感謝するべきかもしれない。――ともかく、俺は昔のことを思い出していた。

 

 

 今でも、思い出すたびにその情景が脳裏にくっきりと浮かび上がる。

 世界の広さも知らない無垢な少年だったころ、俺の隣にはいつも彼女がいた。金糸の様な眩しい髪をふわふわと揺らしながら、開いたばかりの花のようにみずみずしく、まぶしい笑みを浮かべ、俺に寄り添っていた少女。

 在りし日、俺は少女の前でおもちゃの剣を天に突き立てながら、きっぱりと宣言した。「俺が君を守ってあげる」と。

 

 

 だが、あの日。

 俺たちが住んでいた街を焼き尽くし、そこに生きていたはずのもの全てを、クズ肉と変えていったあいつを目の前にして、俺は恐怖にすくんで、動くことができなかった。同じように、俺の背で恐怖に震える彼女を、かばったままで。

 そうしてあいつが、俺をそこらに転がるモノと同じものに変えようとしたその時――背にかばっていた気配が、ふいになくなったことを知覚する。その時にはもう、あの子の小さくか細い身体は、あの子に宿っていたはずの灯は、吹き飛ばされていた。

 

 

 

「……守るとか、言ったくせにな」

 

 心の中だけでつぶやくつもりだった自嘲の言葉が、つい口をついて出てしまう。それを自分で聞いた俺ははっと我に返って、また深くため息をついた。

 それは、10年以上前の話。しかし、今だ拭いきれずにいた、俺の中に深く根付く悔恨の証。そう考えると、またしてもため息が出そうになる。

 漏れそうになったため息をぐっとこらえた俺は、気分転換に街へと散歩に出かけることにした。お気に入りのシャツとコートを着込みながら、俺はふと窓の外の風景を覗く。

 

 

 

 この街は、一つの惑星の地表にあるわけではない。有限の地面だけしかないこの場所は、どこまでも暗闇で包まれた宇宙空間を進む、巨大な船の中にあるのだ。

 外宇宙探査船として建造されたこの船は、その中に数十万単位の人が安全に住まい、第二第三の母なる星を見つけ出すために、宇宙の深遠めがけて当てもない旅を続けている。

 そして、そこに乗り込んでいる俺の仕事は、この船が発見した惑星に乗り込み、そこに住まう原生生物や地質を計って居住に適しているかを調査したり、敵対する危険な生物と戦い、船に住まう人々の安全を守ることだ。

 

 

 「アークス」。俺をはじめとした惑星調査員、兼対外生物戦闘員のことを、船に住まう人々はそう呼んでいる。

 

 

***

 

 

 新光歴240年。

 人類が母なる星を飛び出し、銀河全土を旅する冒険者となってから数百年が経った、はるか未来。

 銀河系を飛び出して脈々と活動範囲を広げる人類と、その不倶戴天(ふぐたいてん)の宿敵たる超時空生物「ダーカー」による大戦争が続く、そんな時代。

 人々はダーカーに対抗するための力である「フォトン」を使った戦闘方法を確立し、日々巻き起こるダーカーとの戦いをしのいでいた。

 

 

 この物語は、そんなフォトンを使いこなす惑星調査員、兼対外生物戦闘員「アークス」の一員として日々を生きる少年に起きた、絆と夢の物語。

 

 

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