ポケットモンスターSPECIAL 新約 ブラック2ホワイト2編 作:ナタタク
「ミジュマル!水鉄砲!!」
「マジュ!!」
トレーナーズスクール運動場で、ミジュマルの口から放たれた水鉄砲が別の男子生徒が出したガーティに直撃する。
炎タイプは水タイプが苦手であり、ガーティは一撃でダウンする。
「ガーティ戦闘不能!ミジュマルの勝ち!よってクラス内トーナメント優勝者はラクツ!!」
アホ毛のある黒い二等辺三角形のような髪形で、白いYシャツと青いズボン、オレンジのネクタイ姿の少年が倒れたガーティの様子を見て、ラクツの勝利を告げる。
「くっそー、ミジュマル1匹にいいようにやられた…」
悔しがりながら、男子生徒は戦闘不能になったツタージャとガーティ、コダックを連れて、学内に設置されている回復マシンへ向けて走っていく。
「さすがだぜラクツー。ミジュマル1匹でここまでやるかー?」
観戦していた男子生徒が感心しながらラクツのミジュマルを見る。
このミジュマルはトレーナーズスクールに入る際にもらえる3匹のポケモンのうちの1匹だ。
ほかの2匹はポカブとツタージャで、これらのポケモンはカノコタウンに住んでいるアララギ博士が管理するハウスの中で育てられている。
「マグレさ。同じようにやれって言われたら、できないし…」
「謙遜するなって。でも、草結びやら燕返しを覚えてるのにはびっくりしたぜ」
「いろんなタイプの技を覚えさせておいたほうが、いろいろと都合がよくてさ」
「ああー。そろそろ、話してもいいかな?」
「あ…すみません。チェレン先生」
チェレンそっちのけでおしゃべりをしてしまったことを詫びる。
チェレンは今年からトレーナーズスクール中等部で教鞭をとることになった新人教師で、2年前にポケモンリーグに出場するほどの猛者だ。
その実力と面倒見の良さ、そして豊富な知識を買われたことで、史上最年少でトレーナーズスクール講師の資格を得るに至った。
「じゃあ、これから優勝者であるラクツに商品を授与するよ」
そういって、チェレンは安全のために運動場の端に設置されているロッカーから箱を出し、その中身をラクツに手渡す。
画面部分がスライドすることで2つにすることができる、下部にコントローラーを兼ねてついている赤いモンスターボール状の円盤が特徴的な濃い灰色の端末。
「ポケモン図鑑だ。おめでとう、ラクツ君」
「ありがとうございます。チェレン先生」
頭を下げ、大事そうにポケモン図鑑を懐にしまう。
「ああ、くっそーー!!来年は俺が絶対ポケモン図鑑をゲットしてやるーー!!」
「すげーよな、ラクツは。バトルもできて、テストもクラス1位。ザ・優等生じゃないか」
「いつか、ポケモンリーグに出れるんじゃねーか?」
ポケモン図鑑を受け取ったラクツの周りにクラスメートが集まる。
その集まりは再びチェレンが注意をするまで散ることはなかった。
「ポケモン図鑑か…」
昼休み、弁当を食べ終えたラクツは受け取ったポケモン図鑑を運動場で見ていた。
既にクラスメートや自分が所持しているポケモンのデータは入っており、改めて見てみると、ポケモンの様々な特徴が見えてきて、面白い。
「よぉ、相変わらず1人か?」
図鑑を見ているラクツに1人の少年が声をかける。
青いハリーセンのような髪形をしていて、茶色い目と白い肌をした、ラクツと同じ学生服の少年だ。
「ヒュウ…」
「俺も手に入れたぜ、ポケモン図鑑」
ラクツの隣に座ったヒュウはポケモン図鑑を見せる。
ヒュウはラクツとは別のクラスの生徒で、彼もまたポケモンバトルの実力はかなりのものだ。
「ということは、ヒュウもクラス内トーナメントで優勝したんだ。おめでとう」
「ポカブとナックラーが俺に応えてくれたおかげさ」
「そうか…。そういえば、この前手に入れた卵はどうなってる?」
「ああ。もうそろそろ孵るんじゃないか?」
ヒュウが言っている卵はサンギ牧場での学年合同フィールドワークの課題で手に入れたタマゴだ。
牧場にいるポケモン達の中から雄と雌、2匹選び、2人一組になって世話をする、2泊3日で行う学習だ。
こういう校外での活動をする場合に限り、ラクツはヒオウギシティを出ることが許可される。
もちろん、監視している国際警察官に申告し、それを証明するものを提出する必要があるが。
そこでラクツとヒュウが一緒に世話をしたポケモンから卵が産まれた。
現在、その卵をヒュウが世話をしている。
「そろそろか…。早く孵るといいな」
「あいにく、俺らのポケモンの中に炎の体の特性を持ってるポケモンがいないからなー。気長に待つことになるな。近いうちに俺の家に来いよ、お前も手伝ってくれりゃあ、きっと早く孵るさ」
「うん…。時間ができたら、見に行くよ」
そのあと、しばらくヒュウとたわいのない会話を続けていくと、ラクツの胸ポケットにしまってある携帯が鳴る。
「ん?電話か?」
「メールだと思うよ、多分」
2回鳴っただけなため、そう予想したラクツは携帯を開ける。
予想通り、メールを受信していたようで、その内容を少し見た後で、携帯を閉じる。
「ダチからか?」
「うん、放課後勉強を教えてくれないかって」
「相変わらず頼られてるなー。そりゃあ当然か、優等生だし」
「よしてくれ…。じゃあ」
「ああ」
右手を挙げたヒュウにハイタッチをした後で、ラクツは教室へ戻った。
「…来ました」
夜になり、ヒオウギシティ北西部にある、ヒオウギシティの名物である展望台に学生服姿のまま来たラクツが茶色いコートを着た男に声をかける。
彼に対し、背を向けていた男はゆっくりと振り返る。
薄い緑色の髪で、しわのある面長な顔立ちをした男はじっとラクツを見る。
「どうかな?ここでの暮らしは」
「…。窮屈ですよ。いつまでこんなところにいなきゃいけないのか…。そう考えたせいか、またあんな夢を…」
「何度も言うが、これは君のせいじゃない。私が彼という人間を見誤ったせいだ」
「仕方ないですよ。実の教え子が裏切る…なんて誰も予想できませんからね。…先生」
ラクツは男の隣に行き、町の外の景色を見る。
このちょっとだけ足を延ばせば入れるこの森にも、許可を得ない限りは入ることができない。
ラクツは男から差し出された缶コーラを口にする。
「先生…か。彼も私をそう呼んでいたな。…いまだに思う、なぜ彼は私たちを裏切ったのか…」
「…」
「それよりも、どうして君はここまで国際警察にこだわる?確かに…それになるのが夢だということは分かっている。だが、君はまだ15だ。ほかにも生き方はいくらでもある」
「…。何度も言いましたよね。僕は国際警察に復帰することしか考えていないって」
「だが…」
男は口に出していないが、ラクツに命じられたトレーナーズスクールへの長期潜入任務は、だれが見ても分かりやすい、ブラック企業が使う追い出し部屋へ送るような任務だ。
クビにすることを決めた人間を飼い殺しにし、自ら辞めることを待つ。
ラクツはそんな任務に、すでに5年就き続けている。
確かに、国際警察官としての最低限の給料は出るが、やりがいを求める人間にとって、とてもつらい環境であるのは確かだ。
「君はわずか10歳で国際警察官試験に合格し、最前線に出ることが許されたほどの実力のある人間だ。そんな君なら、トレーナーズスクール講師になったり、ジムリーダーや四天王にだってなろうと思えば…」
「…くどいですよ、先生。僕は…確かめたいんです。あのときの真実を…。なんで、先輩が僕たちを裏切ったのかを…。それを知らない限り、僕は前に進めない。明日が見えない…」
「…そうか」
何度も、男はここでタクツと会うたびにこうして彼にやめるよう説得をしている。
だが、ラクツからは断られ、オウム返しのようにこうした理由を告げている。
「それより、この前送った成績通知、ちゃんと届いていますよね?」
「ん…?ああ。今回も学年1位だったな」
「ええ。しっかりオールAで。これで、復帰の許可は…」
「…私が何も言わないということは、わかっているな?」
「でしょうね」
空っぽになったスチール缶を缶専用のごみ箱に投げ捨てる。
国際警察から提示された復帰の条件、それは潜入したトレーナーズスクールで学年1位の成績を取り続けることだ。
入学してから、ラクツはずっと優等生を演じ、学年1位を取り続けている。
それでも、国際警察からの許可が一向に出ていない。
「…。上層部から、復帰の追加条件が提示された」
男はコートのポケットから1枚の写真を出す。
「これは…」
「ヒオウギシティにこれを持っている人物が発見された。それを回収することで、特別に君の復帰を許可する…これが上層部の決定だ」
「たったそれだけ…?このペンダントにはどういう意味が…」
「それは私にも知らされていない。それでも、やってくれるか?」
「…言うまでもないじゃないですか…先生」
針が刺さったような黒い球体とそれの周りを囲む薄緑色の輪が特徴的なペンダントがその写真には映っている。
確認するようにたずねはしたものの、ラクツにとってこのペンダントの正体はどうでもよかった。
それよりも、自分の復帰がこれにかかっていることが重要だった。
「それから…一応、今の私のコードネームを伝えておこう。ハンサムだ」
「ハンサム…。あんまり似合わないコードネームですね、先生」
「そういってくれるな。じゃあ…頼むぞ、ラクツ」
苦笑すると、ハンサムは展望台を後にする。
1人だけになったラクツは近くにある椅子に座り、もう1度例の写真を見た。
(必ず…手に入れてやる。そして、もう1度国際警察に…)