ポケットモンスターSPECIAL 新約 ブラック2ホワイト2編 作:ナタタク
「さーて、ついたぞー。ここまで来たら安全だ」
高層ビルが立ち並ぶ街の中で、ポツリと残っている古びたホテルの一室に、クチナシら3人が入る。
イッシュ地方では珍しい和風の部屋のあるホテルであり、どこか異質な空気を感じた。
ヒウンシティに到着した彼らはどこにいるかわからないプラズマ団から身を隠すため、このようなマイナーなホテルに隠れている。
「これで少しは落ち着けるな…」
「あの、ありがとうございます。あなたが助けてくれなかったら…」
「気にすることはないさ。それより、屋上へ行かねえか?おじさん、狭いところの空気が少々苦手でね」
つまらない嘘をつき、クチナシを部屋を出ていく。
疲れてしまったのか、ファイツは眠っており、起きる気配はない。
「ファイツを頼むよ、ゾロちゃん、ダケちゃん」
2匹のポケモンは力強くうなずき、それを見たラクツは部屋を出ていった。
「この街はごちゃごちゃしてうるさいなぁ…。俺が暮らしているところの方が静かで心地いいや」
煙草を吸い、外の景色を見ながらクチナシはぼやく。
通勤時間になっているためか、表通りを中心にサラリーマンが歩き回っており、走っているバスはぎゅうぎゅう詰めになっている。
車の数も多く、排気ガスのせいか空気がよどんでいるように感じた。
「たばこ、ポイ捨てはダメですよ」
屋上へ来たラクツが下に落とそうとしたクチナシに注意する。
そういうところも窮屈だと思いながら、クチナシはしぶしぶ設置されている灰皿で火を消してから捨てた。
そして、2人で並んで景色を見始める。
「こんなところに呼び出して、何のつもりですか?ファイツに聞かれたくないこと…ですか?」
今だ何者かわからないクチナシに警戒心を抱きながら、ラクツは質問する。
若いせいか、気を付けているが感情が隠しきれていないのを見透かすように、クチナシは苦笑する。
「…何か、おかしいんですか?」
「いや、何だ。最年少で国際警察官になった少年がどんな男だろうと思ったが、まさかこんなガキだったとはって思ってなぁ。ククク…」
「悪かったですね、ガキで。幻滅したでしょう?」
こらえるように笑うクチナシを見て、少し不機嫌になりながらも、怒るのだけは我慢する。
ようやく笑いが収まったクチナシはまた煙草を吸い始めた。
「ま…お前がそんな態度じゃ話しにくいから、先に俺の正体を言っておくか。俺は…まぁ、元お前の師匠の先輩ってことになるな」
「師匠…まさか、ハンサム先生の?」
「あーあー、未熟だなぁ。コールド・リーディングを使うやつがいたら、騙されるタイプだ」
クククと笑いながら指摘されたラクツはむっとした表情を見せる。
同時に、本当に彼がハンサムの先輩なのか疑問を抱く。
ラクツはハンサムからクチナシについて何一つ聞いてことがないからだ。
それだけでなく、彼はプライベートや過去について一切口にしたことがない。
「ま…いろいろあったからな。アイツとは…。まぁ、これは大した話題じゃないな。お前のルカリオ、出しな」
「ルカリオを…?」
「そうだ。早く出せ」
急かすように言うクチナシに理由を聞くのは難しいだろうと思い、仕方なくラクツはルカリオを出す。
すると、彼につけられている拘束具に手を加え始めた。
短時間で調整は完了し、ルカリオは驚きながら自分の手を見ている。
グッと力を入れ、集中すると、両手に1つずつ波動弾が生まれた。
「まさか…!」
「ああ。少しだけ拘束を緩めておいた。これで波動弾は解禁だ」
「一体、そういうつもりでそんなことを…!?」
確かに、ルカリオの力の封印が少しでも解けたら、ファイツを守る戦力が大幅にアップする。
しかし、この拘束具の技術は門外不出で、国際警察の一部の人間しかそのようなことができないうえ、上層部からの許可を得ずにそんなことをしたら、ただでは済まない。
やるとしたら、それを上回るように利益がない限りはやらないはずだ。
「ああ…念のために言っておくが、特に俺から要求するものは何もないぞ。おじさん、今の生活に大満足してるからさ」
また、ラクツのいうことが分かっているかのようにクチナシはニヤリと笑う。
もう彼とどう話せばいいのかわからなくなったラクツは沈黙するしかなかった。
「だんまりか。まぁいいさ。俺の今回の仕事はこれまでだからな」
そういうと、クチナシはたばこを灰皿に捨て、屋内へと戻っていく。
すれ違う際、彼は小さな声で気をつけろよ、と言われ、驚くように振り返った時にはもうクチナシの姿はなかった。
「…よかった、まだ寝てる」
部屋へ戻ってきたラクツはスヤスヤと眠ったままのファイツを見て、一安心すると、売店で買ってきたカップ麺を食べ始める。
ボートに乗ってから、緊張感が必要な時間がずっと続いていたため、つい先ほどになって空腹に気づき、買ってきた。
コーンポタージュ味というラーメンに合うのかどうかよくわからないが、残っているカップ麺はそれしかなかった。
部屋にあるポッドのお湯を入れ、机の上に置く。
3分経つのを待つ間、ふとラクツは荷物と一緒に置いてある卵に目を向ける。
「今のうちに温めておこうかな…?」
部屋に置いてある大きめのタオルを手にし、ポッドの中にあるお湯の温度を水を使って調整する。
トレーナーズスクールで学んだ授業によると、冷たいところで生息しているポケモンを除くと、たいていのポケモンは摂氏37度から40度程度で温めるとふ化するスピードが早くなるらしい。
一番いいのはマグマッグやブーバーのような炎の体を持つポケモンに温めさせることだが、当然のことながら、そんなポケモンは持っていない。
温度調整を済ませると、お湯をタオルにかけて、温まったタオルでケースから出した卵を巻いた。
「元気に生まれて来いよ…」
ラクツはタオルごと卵をケースに戻すと、それを抱く。
気のせいかもしれないが、卵がかすかに揺れるのを感じた。
「ふう…うん…」
少しだけ時間がたち、ファイツは目を覚ますと背伸びをし始める。
あくびをして、近くにいるラクツに目を向ける。
そこには卵を抱えたまま眠っているラクツの姿があった。
「寝ちゃってる…」
ホテルの中ということで、安心したかのように眠る彼を見て、その寝顔を不意にかわいいと思ってしまう。
ラクツが童顔なせいか、同年代の子供と比べると少し幼く見えてしまうのが大きいかもしれない。
そのため、知らない人から見ると、彼がトレーナーズスクールでも腕利きの生徒だということを疑ってしまうかもしれない。
彼を見ていたファイツは何かに気付いたのか、急いで自分のカバンの中を調べる。
中にはポケモン用の傷薬や治療のための木の実、それをすりつぶすための道具などが入っていた。
そして、彼女にとって重要なペンダントについては、二重構造になっている内ポケットの中から見つけることができた。
カバンの中身をぶちまけるだけで、ポケットの中身の構造については見落とされていたのが幸いした。
ペンダントを手にしたファイツは安心したかのようにハァーと大きく息をする。
「ん、んん…」
「ラクツ君…?」
「いか…行かないで…」
抱いているケースが落ち、ラクツの体が震えている。
行かないで、という彼の寝言を聞いたファイツはどういう意味か分からず、じっと彼を見る。
「どうして…どうして、僕を…」
「ラクツ君…!」
危ないと思ったファイツは必死にラクツの体を揺らす。
体を揺らされたことで彼はゆっくりと目を開いた。
「ファイツ…ちゃん…?」
「ラクツ君、大丈夫?すごくうなされてた…」
「…なんでも、ないよ」
ファイツの手をどけ、立ち上がったラクツは部屋についている脱衣所へ向かう。
少し時間がたつと、シャワーの音が聞こえた。
「ラクツ君…そういえば私、ラクツ君のことを何も知らない…」
「はあはあ…こんな時にもあんな夢を…」
シャワーを浴びるラクツは鏡に映る自分を見る。
眠っていたにもかかわらず、疲れ切った雰囲気を出しており、それが彼を不快にさせる。
「そういえば…あいつ…」
ラクツは港で戦ったシルクハットの男を思い出す、
なぜか自分の名前を知っていた男で、プラズマ団のメンバー。
だとしたら、その正体として推測できるのは1人だけだが、彼は顔を隠しているうえにボイスチェンジャーで声も変えている。
そして、決定打となるあのポケモンを持っているかわからない。
(彼が…先輩だというのか…?)
しかし、今はそれを考えるよりも、これからどうするかを考える必要がある。
ラクツは頭に浮かんだ疑念を洗い流したいと思い、シャワーの温度を上げた。