ポケットモンスターSPECIAL 新約 ブラック2ホワイト2編   作:ナタタク

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第13話 ヒュウ

「…」

ポケウッドの楽屋の中で、打ちのめされたヒュウは何も言わず、うつむいたまま椅子に座っている。

笑ったり怒ったりするところしかヒュウについて、印象が浮かばないラクツは彼がこのような状態になるのを見るのは初めてのことだ。

ホワイトからジュースが渡された時も断っており、話しかけないでほしいと言っていたこともあって、そのショックは深刻だ。

だが、これは彼に限った話ではない。

「ラクツ君…何か飲まないと…」

「ごめん、今は何も…。それ、ファイツちゃんが飲んでいいから…」

ラクツほどの力量であっても、あの仮面の男に対して傷を負わせることすらできなかった。

「けど…プラズマ団にあんなに強いトレーナーがまだいたなんて…」

2年前、ホワイトはプラズマ団と戦ったことがある。

その当時の表向きのリーダーであるNはトレーナーの精神をも追い詰める形で勝利を得るタイプだが、あの男は純粋に力で勝利を得る、スタンダードなタイプだ。

問題はどのようにしてあれほどの実力を得たのかだ。

おそらく、独力でここまでトレーナー自身もレベルアップするのは難しい。

「強く…なりたい?」

ホワイトの言葉にラクツがピクリと反応する。

無言であることには変わりないが、何も反応を見せないヒュウと比較すると、マシかもしれない。

「せっかくバッジを1つ手に入れたんだから、このままイッシュ地方のバッジを全部手に入れるっていうのはどう?それに…このままここにいるわけにはいかないでしょう?」

彼女の言う通り、プラズマ団に自分たちの居場所を知られてしまった以上、もうポケウッドにはいられない。

イッシュ地方本土と比較すると、プラズマ団の勢いは小さいが、あの男の存在のせいでそれでも脅威となることには変わりなくなってしまっている。

2年前と比較すると弱体化しているかもしれないが、今のプラズマ団の勢力は未知数だ。

「…あの、ホワイトさん」

「何?」

「本土への船…今夜からでも出せますか?」

朝の5時20分になれば、タチカワシティと本土のヒウンシティを繋ぐ連絡船の始発がここの港から出る。

しかし、追われている以上は多くの人が乗っているような連絡船で移動するわけにはいかなかった。

「出せるのは出せるけど…もう出発するの?」

「強く、なりたいですから…。そのためには、ここで立ち止まるわけにはいきませんよ」

立ち上がったラクツはじっとホワイトを見て、自分の意思を伝える。

力のなさを立ち止まる理由にしたくなかった。

「ラクツ君…わかったわ。すぐに手配するわ」

ホワイトは船を手配するため、楽屋を出ていった。

「ねえ、ヒュウ君。もし…」

「ヒュウ、もしかしてあのレパルダスって…」

ずっと沈黙を続けるヒュウにファイツを割り込んだラクツは尋ねる。

仮面の男が出したレパルダスを出した時のヒュウの様子が明らかにおかしかったうえ、彼自身も復讐のために強くなったと言っていた。

その復讐とレパルダス、更に仮面の男に関係があるのかもしれない。

フゥ、とため息をついたヒュウはゆっくりと口を開く。

「…話、長くなるぞ」

「かまわない」

 

5年前、トレーナーになったばかりのヒュウは妹にねだられて彼女のポケモンを探すためにヒオウギシティ周辺のでポケモンを探していた。

その時に見つけたポケモンがチョロネコで、一目で気に入った妹の願いもあり、ゲットしようとバトルをしかけた。

「出ろ、ポカブ!!火の粉で弱らせろ!」

ボールから出たポカブはすぐにチョロネコに向けて火の粉を吹きかける。

火の粉を受け、やけどを負ったチョロネコは目を回し、その場でうずくまる。

あいにく、当時のヒュウの手持ちには眠りや凍結といった状態異常を与える技を持つポケモンがいなかったものの、それでもやけどで弱らせたおかげで捕まえやすくなった。

トレーナーになって初めて購入したモンスターボールで捕獲し、ポケモンセンターで治療をさせた後で妹にプレゼントした。

「わあ…よろしく、チョロネコ!!ありがとう、お兄ちゃん!!」

 

「あいつ…すごくうれしそうに笑ってくれてた。それだけでも、チョロネコをプレゼントできてよかったって思った…。だけど、トレーナーでないあいつはポケモンを持つことができない。だから、トレーナーの死角をもらうまでは俺が預かるってことになってた…」

「確かに、トレーナーになるには10歳以上になってから受けることのできるトレーナーテストを合格しないといけないからね…」

5年前とすると、ヒュウはちょうど10歳で、彼の妹は当然10歳未満。

安全などを考慮し、資格がない人はポケモンを持つことができず、家族にトレーナーのいる人はこうしてトレーナーになるまで気に入ったポケモンを預けるということはよくある。

「だが…俺はチョロネコを…妹のポケモンを守ることができなかった…」

その時の悔しさを思い出したのか、ヒュウの拳に力が入り、ブルブルと震え始めていた。

 

「ふっ…この程度の実力とはな…」

5年前、ライモンシティのビッグスタジアムで事件が起こった。

当時はそこでトーナメント形式の大会が行われていて、アマチュアからプロまで幅広いトレーナー20名以上が参加していた。

そして、そこにあの仮面の男が現れて、たった1人で参加者を全滅させた。

参加していたヒュウも例外ではなかった。

「く、うう、う…!」

「これで、俺の意思をボスは認めてくれるな?」

「ええ。N様もお喜びになられる」

傷つき、倒れるヒュウのそばで、仮面の男がプラズマ団の下っ端と話している。

仮面の男のそばには

ポカブやナックラー、テッシードはすでに戦闘不能となっており、ギリギリ動くことができるのはチョロネコのみ。

そのチョロネコがヒュウを守ろうと彼の前に立ち、仮面の男たちを威嚇していた。

「やめ、ろ…チョロネコ…」

「ほぉ、傷つきながらも歯向かうか。見事な根性というべきか」

自分の親を守ろうとするチョロネコを見た仮面の男は素直にその非力なポケモンの心の強さを評価する。

そして、ボールからハッサムを出し、小声で指示を出すと、ハッサムはチョロネコをはさみで殴り、気絶させた。

気絶したチョロネコに向けて、仮面の男はモンスターボールを投げる。

他人のボールに入ることがないはずのチョロネコがボールに入ってしまい、わずかに動いた後でカチリとボールが閉まった。

「チョロネコ…」

「さすがはスナッチ団が開発したポケモン強奪システム。テストに問題はなしだ。行くぞ」

チョロネコが入ったボールを手にした仮面の男は後ろを向き、迎えに来たヘリコプターに乗り込もうとする。

「待て…待てよ!!チョロネコを…返せ…!!」

チョロネコを奪われた怒りが力に変わったのか、ヒュウは起き上がり、力づくでも取り返そうと仮面の男に向けて走っていく。

だが、振り返った仮面の男の拳が深々とヒュウの腹部にめり込んだ。

「が…!?」

「己のポケモン1匹すら守ることのできない、自らの非力を嘆くんだな」

鈍い痛みが全身を駆け巡り、ヒュウはゆっくりとうつぶせに倒れる。

男はほかのプラズマ団員と共にヘリコプターに乗って、スタジアムを去っていった。

 

「それで、プラズマ団を憎むようになったのね…」

「はい…。とにかく力がほしかった。チョロネコを取り戻し、奴らに復讐するだけの力が。だから、ポケモンリーグに出場経験のあるチェレン先生がいるトレーナーズスクールに入ったんです」

あのスタジアムでの事件までに、ヒュウは3つのバッジを手にしていた。

しかし、スタジアムにはすべてのバッジを手に入れたトレーナーもいて、そんな人物ですらあの仮面の男にかなわなかった。

そのため、ヒュウはバッジの数をトレーナーの実力をイコールにすることができなくなった。

だからこそ、切磋琢磨し、実力を上げることのできるトレーナーズスクールに入る道を選んだ。

ポケモンリーグで準優勝となったチェレンが講師を務めていることも、その道を選ぶきっかけとなった。

「けど、結局何もできなかった…。傷一つ負わせることができず、目の前にいるチョロネコも…まるで俺のことを忘れて、完全にあの男のポケモンになっちまった…」

チョロネコを取り戻すために強くなろうとしていたヒュウにとって、それがあまりにもショックなことだった。

今ではレパンダスに進化したチョロネコにつけられた傷は治療をすれば治すことができるが、これで受けた心の傷は残ったままだ。

立ち上がったヒュウは荷物を手にし、楽屋のドアの前に立つ。

「ヒュウ、どこへ…!?」

「今の俺がいても足手まといになるだけだ。俺は俺のやり方で強くなる。チョロネコを…あいつの笑顔をもう1度取り戻せるなら、俺は何だってやってやる…!」

ドアを開いたヒュウはそのまま走り去っていく。

彼の話の一部始終を聞いたラクツは彼を見送ることしかできなかった。

(ヒュウ…君がそんなんじゃ、たとえ取り戻せたとしても、妹さんは喜ばないと思うよ…)

ラクツはヒュウが座っていた椅子、そして荷物が置かれていた場所を見る。

「あれは…?」

荷物が置かれていた場所にはポケモンの卵が入ったケースが置かれていた。

過去の授業で、ラクツとヒュウが力を合わせて手に入れたポケモンの卵だ。

そんな大切なものを忘れて行ってしまうほど、今のヒュウは追い詰められているのかもしれない。

(結局、私は何を信じていたの…?N様の言う楽園が正しいって信じて…そこでなら、人もポケモンも幸せになれると信じて…)

ファイツはNと初めて会った時のことを思い出す。

イッシュ地方とは別の地方で育ったファイツはトレーナーに散々な虐待を受け、傷ついたポケモンを拾ったことがある。

そのポケモンを救うために、大人たちに助けを求めたが、だれも助けてくれず、自分自身もそのポケモンを救う術を持っていなかった。

そんな絶望に包まれる中でNと出会い、彼がそんなポケモン達を救ってくれた。

その時に彼が言っていた言葉は今でも心に残っている。

「僕たち人間はポケモンを…トモダチを傷つけたり、縛るようなことをしてはいけない。だから、トレーナーに虐げられているポケモンを解放し、自由を与えなきゃいけないんだ」

虐げられているポケモンを救うというのは正しいかもしれない。

しかし、ヒュウの話を聞き、そして2年前のゲーチスの事件で構築されていたファイツの価値観が大きく揺らいだ。

結局、自分たちのやってきたことは他人からポケモンを奪い、ポケモンから親と共に過ごし、成長する時間を奪っただけだった。

眠っているゾロちゃんとダケちゃんを見つめながら、ファイツは消せない自分の過去、自分の罪を悔やむことしかできなかった。

 

そして、夜更けのタチカワシティ港…。

「これは…?」

「電子マネーのカード。中には3万入ってるわ。足りなくなったら、連絡して」

「確かに、キャッシュカードと比べると足がつきにくいですけど…ありがとうございます」

カードを受け取ったラクツはホワイトにお礼を言い、船に乗り込む。

船にはセーラー服を着た中年の船乗りが乗っていて、彼がヒウンシティまで船を動かしてくれるとのことだ。

何度もホワイト自身も世話になっていることもあり、素性は保証されている。

なお、ヒュウはあの後町中を探したものの、その姿はなく、ホワイトもチェレンに連絡したものの、どこにいるのかわからずじまいだった。

「ラクツ君…その」

「わかってます。ブラックさんは可能な限り、こちらでも探します」

「ホワイトちゃん、そろそろ出していいか?」

「はい!お願いします!!」

ホワイトが離れてしばらくすると、船はゆっくりと動き出し、港から離れていく。

満月が照らす中で、2人を乗せた船は連絡船が使っている航路を通り、ヒウンシティへと向かっていく。

見送ったホワイトはじっとその満月を見た。

(ブラック君…必ず会えるって言葉、信じていいのね…?)




ラクツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降) 31匹
入手したポケモン 3匹
バッジ数 1

現在の使用ポケモン
ミジュマル レベル20
技 水鉄砲 冷凍ビーム 草結び 燕返し

ルカリオ レベル45(拘束により、能力はレベル15相当に低下)
技 波動弾(?) サイコキネシス インファイト(使用不能) シャドーボール(使用不能)
・卵(生まれるまでもう少しかかる)

ファイツ
出会ったポケモン(図鑑入手以降)25匹
入手したポケモン 2匹

タマゲタケ レベル18
技 しびれ粉 キノコの胞子 メガドレイン がまん

ゾロア レベル26(親はN?)
技 だまし討ち 守る ひっかく 追い討ち

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