日常が崩壊した世界で。   作:葉月雅也

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実家には安心感と鬼が来る

「お嬢様、到着しました」

「そうね」

 

ミニバンは大きな屋敷の前で止まった。

 

「大っきい……」

 

大道寺財閥

 

 

世界にその名を轟かせる大企業。

主に物流業や生産業を営んでいる。

従業員の総数は数十万人と言われている。

ほのかは、そこの令嬢になる。

 

由美は玄関に設置されている機械の前に立つ。

 

「由美さんは何をしているのですか?」

 

みくは首を傾げる。

確かに端から見ると何をしているか、わからない。

 

「顔認証だ、センサーがあって、そこで顔を判断している。

その次に20桁のパスワードを入力すれば、正門のロックは解除出来る」

「詳しいんですね」

 

時雨は冴えない表情で「まあな」とだけ呟いた。

後ろの席に乗っていたほのかが身を乗りだした。

 

「時雨君、貴方パスワード覚えているかしら」

「1185、3820、7264 ……1103…… 0410だったか 」

「そうよ。覚えているものね」

 

外では由美の顔認証が終わり、パスワードを入力していた。

 

「お待たせしました、行きましょう」

 

再び、車に戻った由美はアクセルを踏み敷地内に入っていった。

 

「やっぱり、大きいね……」

「それはそうだろう、ほのかの両親は大道寺グループのトップ達だぞ」

 

時雨はチラリと、ほのかの方を見る。

ほのかは、どこか寂しそうに流れていく景色を眺めていた。

車はガレージで一度止まった。

そしてゆっくりと車は地下の駐車場に停められた。

 

「ここから、家の中に入れます」

 

由美は一目では、壁にしか見えないドアを開けた。

一行は、最小限の荷物を持ち、屋敷の中に入っていった。

 

「モタモタしないで、資料作って!!」

 

入ると同時に女性のよく通る声が聞こえる。

 

早紀(さき)さん……休ませてくださいよぉ。労働基準法、守ってくださいよぉ……」

「馬鹿っ! 世界が崩壊しているのよ! 休んでる暇はない!」

 

大道寺グループを支えているのは間違い無く彼女だ。

大道寺グループの社長であり、ほのかの母親。

大道寺早紀(さき)だ。

 

「相変わらず、こき使うわね。お母様は」

「ああ、変わらないな」

 

足早に部屋から1人の少女が飛び出し、階段を駆け降りる。

そして、丁度ギャラリーで少女と時雨達は出会った。

その顔に夏奈が、真っ先に反応した。

 

「くるみさん!?」

「ん?」

 

直ぐに気付いた夏奈とは対照的に、くるみは全く気付いていなかった。

声をかけられた時、深紅に染められた長い髪を揺らし、振り向く。

 

「ん? 夏奈ちゃん……と……」

 

くるみは涙目になりながら手に持っていた資料を投げたし、時雨に抱きつく。

抱きついた途端に、くるみの頬に涙が流れる。

夏奈は自分を救ってくれた時とのギャップに、ただただ唖然としていた。

 

「泣くな、泣くな」

「兄貴……兄貴……お帰りなさい」

 

時雨は優しく、くるみの頭を撫でる。

それでも泣き止まなかった。

 

「集めておきましたよ。はい」

 

丁寧に向きも揃えられた資料を、みくから受け取り頭を一度下げ、走り出した。

 

「帰ってきていたのね」

 

明らかに退屈そうに頬杖をついた早紀さんが、時雨達を見ていた。

髪は綺麗にお団子ヘアーにされている。

サングラスを取り、胸の間に挟む。

 

「あら、ライト。お久しぶり」

「お久しぶりです、早紀様」

 

時雨は片足を地に付け、忠誠を表した。

早紀は優雅に階段を降りてきた。

そして笑いを堪えながら、時雨の肩に手をおく。

 

「貴方の(あるじ)は、娘でしょ?」

「はっ」

「由美、キッチンにカップラーメン有るから、適当に皆で食べて。なんなら、カロリーメイト付けていいから」

「承知しました」

 

ヒラヒラと手を振りながら2階に早紀は戻っていく。

この時、夏奈はあることに気が付いた。

自分の娘より先に時雨と話し、ほのかと早紀は会話をしていない事に。

 

「こちらへ」

 

由美の案内のもと、時雨達はリビングに向かった。

その間ほのかから、どこか寂しそうな雰囲気が漂っていた。

 

「ここです」

 

案内を頼り、カップラーメンを食べた。

そして、食べ終わったのを見計らったように黒服にサングラスの男性が入ってきた。

 

「お嬢様、早紀様はいらっしゃいますか?」

「お母様なら、仕事部屋よ。何かあったの?」

「いえ、正門にゾンビの群れが……」

「それなら、私と時雨君が行くわ」

「し、しかし……」

「私達が行くわ」

 

黒服の男性は溜め息をつき、早紀様には自分が誤魔化すからと言って部屋を出ていった。

 

「と、いうことよ。時雨君」

「はいはい」

 

ヨイショと立ち上がり時雨は『金月』を持ち、ほのかは『更識』を帯刀し、正門に向かった。

 

 

「あら、ほんとに溢れているわね」

 

ほのかの一言に時雨は頷く。

しかし、今まで見てきたゾンビとは違っていた。

這いずるゾンビが増えていた。

 

「あれは、面倒だな」

「ええ、だけどここで引いたら……一大事よ?」

「わかってる、わかってる」

 

時雨は腰に帯刀している『金月』に触れる。

自分は勝てると念じながら。

 

「行きましょ」

 

ほのかの掛け声に合わせ、2人は走り出す。

時雨達は戦闘には、嫌でも慣れてきていた。

 

 

ほのかは、淡々と首を跳ね飛ばしていく。

力の入れ方や位置は、掴めている様だった。

ゾンビの血液が鮮やかに宙に舞う。

その様子を見て時雨の笑顔はひきつる。

同時に察した。

この人は絶対に……絶対に敵には回してはいけないと。

 

「時雨君、手が止まっているわよ」

 

はっ! と我に戻った時雨も、再び剣を振る。

無心で、無欲で、そして確実に。

 

「ったく、処理大変だな」

 

ゾンビの頭を両断した。

剣を振り、付着した血を軽く落とす。

まるで無限に湧き続けるかの様なゾンビ達を、2人の少年少女が荒々しくも繊細に蹴散らす。

 

ガシッ

 

「!?」

 

この時、時雨は油断していた。

いつもならゾンビは時雨達と、ほぼ変わらない身長だ。

故に、注意に集中していたのは目と同等の高さである。

しかし、この戦闘にはイレギュラーがいる。

這いずり(一種)が。

 

「しまっ……」

 

時雨は声を出すよりも、先に行動することにした。

刀を、這いずりゾンビの頭に突き刺す。

 

「あと一歩……遅かったら死んでたな……」

 

時雨は胸を撫で下ろす、同時に手が震える。

日常が崩壊してから、初めて味わう現実的(リアル)な死の予感。

手に力を込め、震えを止める。

 

「危なっかしいわね」

 

まとめていない髪をかきあげながら、ほのかは時雨に近づく。

 

「あら、服が乱れているわよ」

 

戦闘で乱れた時雨の格好を見るなり、ほのかは時雨の服装を整える。

その様子はまるで、夫婦の様だった。

時雨は感謝の念を伝え、震えていた手を隠す様にポケットに入れ、館に向かう。

その姿を見た、ほのかはクスりと笑い、直ぐに時雨の後を追った。

 

「ズボンの裾汚れているわよ」

「あ、マズイな」

「全然、危機感無いわね」

 

暫く、少年と少女の会話は続いた。

 

ザッ

 

(みのる)様、正門のゾンビは全て片付けられています」

「その様だな」

 

強面(こわもて)の男性は手で自身の顎を撫でる。

実様と呼ばれた人物が注目していたのは、時雨が倒したゾンビだった。

切り方が彼の記憶の中にいる1人の少年と一致すると、納得したかのように頷いた。

 

「どうかないさいましたか? 実様」

「どうやら……ライトが帰ってきたようだ」

「え?」

「すまない、忘れてくれ。それより私は、早く風呂に入りたいのだ」

 

ザッザッザッ

 

男性は手袋を着けた手で暗証番号を入力して門を開ける。

実は呟いた。

 

「お前達、我々は必ず生き延びるぞ」


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