日常が崩壊した世界で。   作:葉月雅也

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人は信じて、恋して、夢を見る

時雨のスマホが着信を知らせるために震える。時雨はディスプレイを覗き、誰からかかってきたのかを確認した。ディスプレイには『大道寺早紀』とあった。時雨は直ぐに応答した。

 

 

「やっと、繋がった。時雨、よく聞きなさい。ファールゼードって会社覚えている?」

「ええ、わかりますが?」

「そこが、とうとう尻尾を出したわ。本社に向かいなさい」

「でも、メリット無いですよね?」

「馬鹿ね、研究所の場所が分かれば解毒剤を作ることが可能よ」

「分かりました」

 

 

時雨は通話を終了して、運転している由美に行き先をファールゼード本社にしてもらった。車にはカーナビが付いているため、ネットで調べた住所を入力して本社に向かった。

 

 

本社まで1時間近くかかった。

 

 

「ここが本社だ」

 

 

道路の片側に車を停め、窓から様子を伺った。いざとなったら強行突破も視野に入れていた。しかし、本社の前に1人の男性が立っていて、なかなか動こうとしない。それどころか左右をキョロキョロと見て警戒しているように見える。

 

 

「お兄ちゃん、アイツ長元じゃないかな?」

 

 

夏奈に言われ、改めて時雨は男性の見た目を確認する。確かに背丈は長元とほぼ変わらなかった。時雨は刀を持ち、夏奈は拳銃を持ち、車を降りた。長元と思われる男性も気づいたようでこちらに歩み寄ってきた。

 

 

「何の真似だ?」

 

 

時雨は刀を抜き、長元の首筋に当てる。長元は両手を上げ、何もしないと告げた。時雨は刀を収めて話だけは聞くことにした。

 

 

「時雨君、よく聞いてくれ。これがファールゼード社の機密情報の入ったUSBメモリーカードだ。それと、これは今回の1件に関係していると思ったから持ち出した資料だ」

「どういう風の吹き回しだ?」

「家でファールゼード社の社長がテレビに出ているのを見たんだ。アイツの行動は怪しい点か多数あったんだ。そこでファールゼード社を調べ上げたらこれだ」

「なるほどな、わかった。今回はお前を信じる」

「助かったよ。一応、私も教師の1人だから子供に信頼されると嬉しいぞ」

 

 

長元は目元の涙を拭き、早く行くように時雨に呼びかけた。時雨は頷き、走って戻った。時雨は車に乗り込むのと車が発進するのを長元は見送ると肩に入っていた力が抜けた。

 

 

「彼らには迷惑をかけっぱなしだな。まあ、アイツにもかなり迷惑をかけられたからな。これくらいは許してもらいたいな」

 

 

安心しきった長元なの体を1発の弾丸が貫く。致命傷は辛うじて外れたが、長元は崩れ落ちる。長元は余力で狙撃場所を探そうとした。

 

 

「向かいのビルの屋上……か」

 

 

その時、長元の頭を2発目の弾丸が貫く。彼は頭から血を流しながら、絶命した。

 

 

「資料はアイツらが持っていったのか」

 

 

フードを被った男性は素早く隣の建物に移った。そして、走行中の車を発見する。その後、拳銃で車に狙いを定めてトリガーを引いた。

 

 

 

銃弾で後部座席の窓ガラスが割れる。幸いにも誰も怪我をしなかった。

 

 

「由美、狙撃されにくい場所を通りながら研究所に向かいなさい」

「御意」

 

 

由美はアクセルを吹かして更にスピードを上げた。その後も何度か狙撃されるも怪我人は出なかった。

 

 

「今のって……」

「間違いないな。あそこの企業のお偉いさんだよ」

「社長ってこと?」

「ああ」

 

 

時雨は内心焦っていた。研究所の規模も内部構成も分かっていない。それでも、謎を解明したいという欲望だけはしっかりと働いている。ふと、時雨は銃声聞いた。

 

 

「まだ狙撃されているのか?」

「お兄ちゃん、それは違うよ。発砲音が違う……。多分警察が使っている物だと思うよ」

「確認だけはしていくか?」

「お兄ちゃんに任せるよ」

 

 

結局、時雨の独断で警察署に寄ってから研究所を目指すことにした。現在地点から警察署までは車で20分の距離にある。道路上には他に車が無いため、信号機は基本無視している。「時雨君、ここの警察署って……」

「間違いない、親父が働いている警察署だ……」

 

 

しかし、中に人の気配は感じなかった。時雨は車から降りて、中に入っていく。その後を入り口ギリギリに車を停めて、他のメンバーも降りてくる。車をギリギリに停めた理由は直ぐに車に乗って逃走できるようにするためである。

 

 

「お義父さまの席は分かるの?」

「ああ、窓際の……。ここだ」

 

 

机の上に置かれている写真立てには時雨と夏奈の小さい頃の写真が飾られていた。

 

 

「本当に家族思いのお義父さまよね」

「ああ……」

 

 

くるみだけは他の場所を探していた。探していたのは押収物が管理されている部屋の鍵を探していた。持ち出されたのは少量の食料と銃弾だけだ、つまり、押収物倉庫は手をつけていないと、くるみはそこを狙うことにした。

 

 

「あった……」

「何があったの?」

 

 

くるみの手元を夏奈は覗き込む。そして、頷いた。

 

 

「銃弾には余裕があるけど。保険をかけなきゃね」

「うん……」

 

 

けれど、くるみの表情は浮かなかった。夏奈はくるみの視線の先を見ると時雨とほのかが会話をしていた。

 

 

「やっぱり私じゃ、駄目なのかもね」

「そんなこと悩んでいたの?」

 

 

くるみは顔を真っ赤にして俯いた。夏奈はくるみの肩にそっと手を置き、思い切ってある言葉を口にした。

 

 

「お兄ちゃん、昔から好きだった人を探しているんだよね。本人は気づいていないけど」

「それって、誰なの?」

「んー、笑顔が可愛い人。私はその人の見たこと無いけど」

 

 

夏奈は、くるみから鍵を受け取り時雨の元に戻って事情を説明した。時雨は頷き、入口の方に戻ってきた。すれ違い際に、くるみの頭を撫でた。くるみは、再び顔を真っ赤にして棒立ちしてしまった。そして、ほのかがすれ違う際にボソリと耳打ちする。

 

 

「……よ」

「……本気ですか……?」

「ええ」

 

 

由美は首を傾げたが、自信に満ち溢れているほのかの表情を見て何かを察した。

 

 

「何やっているだ? 鍵開いたぞ」

「今、行くわ」

 

 

押収物倉庫に足を踏み入れると、中には数多くの銃を見つけたが弾の形状が合わないため、なくなく置いていくことにした。

 

 

「駄目だ……」

「そうね、早くここから脱出した方がいいかもしれないわ。何故か嫌な予感がする……」

 

 

ほのかの勘はよく当たる。ここは、ほのかを信頼して後にすることにした。

 

 

「お嬢様、長元様から頂いた資料から研究所の細かい住所がわかりました」

「そう、じゃあ……」

「ああ、さっさと行って異変の原因と解毒剤のレシピを持ち帰ろうか」

 

 

時雨は前に手を出した。それに気がついた夏奈も自身の手を時雨の手の上に乗せた。続いてほのか、くるみ、由美の順番で手を合わせる。

 

 

「行こうぜ!」

「おー!」

 

時雨達は車に乗り込み、発進した。研究所の住所を確認すると街から外れた山の一部に作られているようだった。警察署を後にした時雨達は車に揺られること3時間。辺りは闇が支配するようになっていた。

 

 

「何故、車を停めた?」

「エンジンストール。簡単に言えばエンストと言うものです」

 

 

車が止まったのは幸いにも研究所の付近で、歩いて行けない距離ではない。けれども、辺りは暗くなっていく一方である。今晩は、ここで休むことにした。

 

 

「俺は外で……」

「お兄ちゃん、またそう言って風邪ひくよ?」

「う……」

「はいはい、じゃあ、ほのかさんと仲良く1番後ろでねてくださいねー」

 

 

ほのかは満更でもない表情を浮かべている。反対にくるみはナイフを丁寧に拭き、手袋を用意している。その様子を見た夏奈が急いで、くるみを止める。

 

 

「今は、おとなしく夏奈の言う通りにしておくよ」

 

 

呆れた様に時雨は呟き、後部座席に足を組んで座り瞼を閉じた。

 

 

「くるみちゃん、私と寝よ? それとも恋バナでもする?」

「夏奈がそう言うんじゃ……」

 

 

くるみもようやく時雨と寝るのを諦めたようでその前の席に座った。

 

 

「時雨君、くれぐれも変なことをしないことね」

「……」

 

 

ほのかは時雨の顔を覗き込むと、既に時雨は寝息を立てて眠りについていた。ほのかは少しだけ口角を上げ、時雨の額に口付けをした。まるで彼は私のものであると示すように。

 

 

 

2時間後……

時雨は急に眠気が覚め、起き上がる。見ると自分は毛布で包まれていたが、ほのかは何も包まれていなかった。冬場にも関わらず、動きやすいように半袖に長ズボンを穿いている。

 

 

「まったく……俺の心配してくれるのは嬉しいけど……無理だけはしてほしくないな」

 

 

そう言って時雨は自分だけ包まれていた毛布を、ほのかにもかけてあげる。ほのかの寝顔を見つめ、ふと彼はあることを思う。

 

 

「そう言えば……あの人の好きな人って誰なんだろう……」

「気になるんですね、兄貴」

「お兄ちゃん、その人に恋しているんだもんね……」

 

 

暗闇で定かではないが、夏奈達はニヤニヤしているのだろう。時雨は、軽くため息をつき素直に答えることにした。

 

 

「確認ですけど、あの人から変わってないんですよね?」

「ああ。俺の命の恩人で……。とても強くて可愛い人だ」

「よく、他の年頃のお嬢さん達がいるのによくそんなことが言えるね」

「それだけ、好きなんだよ」

 

 

時雨は少しだけ顔を紅潮させ、そっぽを向いた。しかし、直ぐに正面を向いて俯いた。

 

 

「こう見ると、お兄ちゃんも普通の恋する高校生だよね」

「夏奈も、普通の恋する中学生だよね」

「夏奈、お前好きな人いるのか?」

 

 

夏奈は少し照れたような表情を浮かべ、とある人の名前を囁いた。時雨はとても驚いたようで目を見開いた。その様子を見て夏奈はふてくされた。

 

 

「し……ぐれくん……」

 

 

ほのかの寝声に3人は集中していた。先ほど完璧に『時雨君』と言ったからである。その先の言葉が気になったからである。それでも、ほのかは何も言わずに再び寝息をたて始めた。3人は肩を落とした。

 

 

「ははっ……ほのからしいや」

「そうですね」

 

「3人とも、いつまで起きているつもりですか?」

 

 

目を擦りながら由美が起きてしまった。時雨はわかったと言い、そのまま恋話を続けた。

 

 

「それで、兄貴はあの人に告白するんですか? 家まで行っていて無しなんて……ないですよね?」

「そうだな……告白する予定だよ」

 

 

ぶっきらぼうに時雨は「もういい」とだけ言い瞼を閉じた。そのとき、ほのかの体の重心が変わった。そして、時雨の肩に寄りかかった。だが、時雨も既に眠りについているため全く気がつかなかった。その様子を見て夏奈は微笑んだ。

 

 

「おやすみなさい、鈍感なお二人さん」

 

 

再び、皆の意識が戻ったのは朝日が登り始めた、早朝の朝7時だった。




はい、どうも。最終回を目前にして目標の10万文字に達成できなそうで焦っている作者です。後書きのところで言うのも、どうかと思いましたが、夏奈は片想いをしています。その相手と将来くっつくんじゃないんでしょうか? 作者のさじ加減次第ですね。
さて、話が脱線しましたが最終回が刻一刻と近づいてきています。ラスボスですが、チートすれすれの力にしようと思っています。ゾンビ側も必死ですからね(彼らに感情はございません)
最終回直前と言いつつ、エンドはどれにでも行けるようにしてあります(ハッピーでもバッドでもノーマルでも)
と、言うことで最終回まで『日常が崩壊した世界で。』をよろしくお願いします。

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