大きな病院の中を1人の女性が駆け抜ける。その背後には複数のゾンビが彼女を追いかけてきていた。曲がり角を曲がり、手すりに掴まりながら1段飛ばしで駆け下りていく。突き当たりを左に曲がり、とある診察室のドアを叩く。
「うみー、私よ」
するとドアが開錠され、1人の女性が顔を出した。
「はやくしなさーい」
「はい」
ドアが閉められ、再び施錠される。白衣をまとい、スルメイカを咥えながら白衣のポケットに両手を入れている女性の名は
「海、既に6階でも患者が……」
「ひとみ〜、あんたも医者なんだから落ち着きなさいよ」
「そう言う海さんはしっかりしてください!」
海は、椅子に深々と座りスルメイカを食べている。戦場と化している場所でもこの余裕である。瞳は逆に心配症だ。2人の子供のことが心配で堪らなかったのである。
「電話も繋がらないし……」
「回線混んでるからね」
海は腕を伸ばしリラックスしている。ここには2人しかいなかった。そもそも、この病院は診察室が複数存在する総合病院である。手術も出来るような設備も整っている。海は凄腕の外科医で、ポケットにメスが入っていると噂されている。
「ひとみー、足音」
「ホント、地獄耳よね」
瞳は白衣の内ポケットから1丁、銃を取り出し構えた。しばらく待つとドアは乱暴に叩かられ、男性の声が聞こえた。
「おい! 開けてくれ!」
「杉本さんね、どうする、海?」
「話だけでも聞けば〜」
ペロペロキャンディを取り出し、噛み付いている。全く以て緊張感がなかった。瞳はため息をつき、ドアを開けて銃を突きつけた。
「ひっ……」
杉本が後ろに引いた瞬間、瞳は杉本が怪我していないか確認した。現段階で感染している可能性が高いからである。
「左足首……」
杉本の左足首は赤く汚れていた。出血自体は止まっているようだ。杉本は急に瞳の腹部を殴った。観察に集中し過ぎていた瞳の反応は遅れた。
「おい、助けろよ」
右足で杉本は瞳の顔を踏みつける。瞳は銃を拾おうとするが、杉本は銃を取り上げると自分のポケットに忍ばした。
「おい、お前のその汚い足を退けろ。殺すぞ?」
怒りで海の顔には血管が浮かび上がりそうだった。彼女は内ポケットからメスを取り出した。勿論、保護されているため刃は出ていない。しかし、彼女はその保護を取り、それを杉本に向けて投げた。メスは杉本の左肩に突き刺さる。白衣は血で汚れた。
「貴様……!」
「あんたはもう感染してんだよ。諦めな」
海は杉本の額に向けてメスを投げた。杉本はその場に崩れ落ち、額から血を流した。海は杉本を蹴り飛ばし、部屋の外に出す。
「瞳、大丈夫?」
「大丈夫よ」
ゆっくりと立ち上がり、2度首を左右に振りため息をついた。
「また、ため息?」
「それより、早くドアを閉めて」
海はドアに寄ってドアを閉めた。閉める際、周囲の状況を確認した。現在、彼女達は5階にいる。いつまでもここに立てこもるのは無理だと2人は理解していた。だけど5階が1番安全であると分かっていたから彼女達はこのフロアに立てこもっていた。
「ひとみ、そろそろ移動しよー」
「わかったわ、とりあえず3階を目指そ。そこに私の車の鍵があるから」
「そうだね」
海はポケットから小さな鍵を取り出し、引き出しに差し込み回した。引き出しを思いっきり引き、中に入っているものを取り出した。
「メス、まだあったの?」
「縦ロールのシューティングゲームの従者に憧れてね。メスは隠し持っていたんだ〜」
苦虫を噛み潰したような表情で海は答えた。そして、引き出しに入っていたメスを全て取り出した。更に、1番上の引き出しに入っているペロペロキャンディを取り出した。
「お待たせー、行こっか」
「そうね」
ドアを横に引き、通路にでた。
「右の方が30mくらい近いね」
そう言って彼女達は足音を気にせず、全力で走り始めた。この段階でメスは20本、銃弾は40発である。
階段にもゾンビがいた。階段ではより一層音が響くため、海がこの場を担当することになった。彼女は、ポケットからメスを取り出すと額に突き刺しては引き抜いてを繰り返した。1本で処理することでメスの無駄使いを抑えた。
「4階か……」
「ほら、海、行くよ!」
海は引っ張られるように瞳に連れていかれた。勿論4階にもゾンビはいるが、戦うメリットが無いため彼女達はスルーすることにした。
「3階……」
3階は病室と瞳の診察室がある。
「3階のどこ?」
「私の診察室」
メスを投げて行く手を拒むゾンビの額に突き刺していく。それを通り過ぎる際に回収すると流れで瞳の診察室を目指した。
「ここよ」
瞳の診察室の前に着き、引き戸を開けた。中は綺麗に整理整頓されている。机の上に置かれている棚の中からクマのキャラクターのキーホルダーが付いている鍵を握りしめ、瞳は部屋を出た。
「あとは2階と1階を突破して、駐車場に行ければ問題ないわ」
「脱出後はどうするの?」
「スーパーマーケットの前を通る道が一番近いから。そこを通って私の家に行くわ」
海は黙って頷き、駆け出した。それに続けて瞳も、あとを追った。1階に何とか到着した彼女達は入口の近くにあるカウンターの前に来ていた。もし、このゾンビ騒動が最近流行ったウイルスが原因なら、このパソコンを使えば分かると思ったからだ。瞳が探している間、海がこの場の防衛をしている。
「瞳、そろそろ限界なんだけど……」
「もう少し待って……」
瞳は慣れた手つきでキーボードを叩き続ける。しかし、得られたものは何も無かった。
「骨折り損のくたびれもうけね」
「えー」
「ほら行くよ」
海は何か不機嫌そうだったが、瞳になだめられた。彼女達は駐車場に出て呆然とする。駐車場の中にもゾンビが湧いているのだ。
「海、大丈夫。これがあるから」
そう言って瞳は落ちていた空き缶を手に持ち車とは真逆の方向に投げた。投げられた空き缶は放物線を描きながら、地面と接触した。その際、小さいが音がした。その時に彼女達は車に向かって走り出した。
「よし! あとは逃げるだけね」
「ふぅ……」
海は安心したようで再びスルメイカを食べ始めた。瞳はエンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。
「そう言えば名札返してないけど大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ」
そう言って瞳と海は名札を外した。名札には『相川瞳』『黒崎海』と書いてあった。
海は白衣を脱ぎ、後部座席に投げ込んだ。
「ふぅ……。疲れたわ」
「でも、私達の子供の方が無茶してそう」
「くるみちゃん、時雨にゾッコンだからね」
「くるみの母親としてはあれはもう狂気の1種だよ」
2人はそう言って笑った。街の中で機能しているのは信号機だけだった。車は何度かゾンビを轢き殺しながら相川家を目指した。
「そう言えば、昔の事だけど。私達グルだったの覚えている?」
急に海が言い出した。しかし、瞳は海と組んでいたことは覚えていない。
「あった?」
「ほら、ボスが早紀って子でさ。私はブラックメスって呼ばれていたんだけど」
「あぁ、あったわね、そんなこと。懐かしいわね。その後、早紀はチーム抜けて結婚したんだっけ?」
「そうそう」
2人は思い出話に花を咲かせている。まるで女子会のように話しているが、かなり物騒なことも話している。このシーンを見た男性は、女性は怖いと思うだろう。
エイプリルフールの日と更新が重なりましたね。まあ、何も関係ないんですけどね(笑)
さて今回の話は時雨とくるみの母親のお話をちょっとだけ書かせていただきました。
文字数が少なかったので、早紀の過去も合わせて書かせていただきました。