念押しに武器は装備していた、もうすぐここもゾンビによって制圧され、脱出することになることをどこかで察していた。
「……まさか」
時雨は唖然としていた。既にゾンビが複数体だが、スーパーマーケット内に侵入していたからだ。ほのかは素早くドアや窓を確認したが、割れている痕跡はどこにも無い。無論、ドアも窓も締め切りである。
「スーパーマーケット側の裏口を誰かが開けたんじゃね」
「可能性は高いな、義理じゃないが、人数を数えておこう」
彼らは商品棚の間を縫うように進み、時々食料を確保しつつ人数を数えた。けれでも、人数が2人足りない。しかも男女1人ずつだ。恋人同士が立てこもるのが限界で、逃げ出そうとしたのだろう。食料はスーパーマーケットで確保して、武器も予めホームセンターの方で得ていたと推測できる。また脱出後の足となる車も確保事態はそう難しくはない。
「ねえ、お兄ちゃん。あの人たちじゃない?」
銃を片方の肩にかけている夏奈が指を指す方を見ると、確かに男女1組が呆然と立っていた。
「間違っても助けようと思うな。これ以上、人数が増えたら定員オーバーと食糧難が加速するだけだ」
「……時雨。食料を出来る限り詰め込んでここを出ろ」
「錬? どうしたんだ」
「嫌な予感がするんだよ。勘だけどな」
「わかった」
錬の言葉を聞いた他のメンバーは、缶詰めやインスタント食品を抱えホームセンターの方に全力で駆け出した。
「錬、何している! 行くぞ」
「いや……時雨。多分、こっちの裏口から雪崩のように流れ込んでくる。もちろん、お前と夏奈ちゃんでなんとかなるだろう。でもな、弾は本当に節約しないと駄目だ。……まあ、何て言うか……」
時雨は、こういう時に何と声をかけてたらいいのか、わからなかった。
「やっと、まとまった。……俺にも格好つけさせろ」
時雨は、にこやかに笑い親指を突き立てた。そして、振り返ることなくホームセンターの裏口を目指して駆け出した。
「……我ながら、シリアスなシーンは苦手だぜ」
鞘から刀を抜いたとき、時雨に伝言を残す事を忘れていることに気がついた。錬は、右手で頭を掻きながら名残惜しそうに笑った。
「君の妹の心を掴んでやるってな……」
「お兄ちゃん!? 錬さんは?」
「俺らに格好良いところを見せたいんだとよ」
「錬さん、既にカッコいいのに……」
「何か言ったか?」
夏奈の声は、か弱く細々としていたため、誰にも聞こえなかった。由美がドアを開き、先陣を買って出る。駐車場のゾンビの数は昨日の来たときに比べて、多少は減少していた。いや、スーパーマーケットに移動していた。それでも残っているゾンビを由美はサバイバルナイフ1本で倒していく。
車に何とか近づき、キーを刺してエンジンをかける。車内は少々冷えていたが、今はそれを気にしている余裕はない。錬以外が乗ったことを確認した由美はアクセルを踏み込み、車を発進させる。
「次は、何処に行く予定なのかしら? あの規模の店でも一晩しか越していないのね」
ため息混じりに、ほのかが言う。すると、ほのかのスマホのバイブ機能が作動する。着信相手は『お母様』。そう、大道寺早紀である。
「そろそろ、時雨達は脱出出来た頃かな」
陽気にも鼻歌混じりに錬は、ぼやく。格好つけたかった以外にも錬が、ここに残る理由はあった。人数を数えた時に見かけた他の生存者達。彼らを助けたいという衝動が防衛意識を越したからである。ふざけた言動をよくする錬ですら、あのメンバーのなかで3番目にふつうである。
「素直になれない馬鹿、それに気がつかない馬鹿、完璧すぎる馬鹿、重い愛を持つ馬鹿、馬鹿の専属メイド、そして……俺」
裏口に向かいながら錬は誘導を忘れない。現在この場所にいるのは、カップルとジャックそして5人。内1人は高齢者である。錬はお婆さんの肩を担ごうとするが外国人にその役を奪い取られる。ジャックはお婆さんを背負い、錬と目を合わせ頷き、ホームセンターの方に駆けていった。錬は走り、米が積まれた台車でドアを仮止めして周囲に居たゾンビを切り殺す。
「時雨だったら同時に全員殺れたな……」
錬は彼らに指示を出すためにホームセンターの方に一度戻るために全力で走った。彼は、けして足が遅いわけではない、寧ろ速い。
「君達、俺のことはいいから。ここにバリケードを作れ。作り方は……」
「大丈夫だ、任せろ」
錬の言葉に重ねるようにジャックが被せてくる。そして、ジャックは右手をスッと出してきた。錬はしっかりと握り返した。
「時雨と約束した、皆を守るって」
「そっか、そっか。それと、そっちに靴ってある?」
錬は、あるものを受け取り振り返らずスーパーマーケットの方に1人で戻っていった。
「よし」
錬が欲しがっていたのは靴の踵付近にローラーの付いたものだった。錬はスケート選手の如くスーパーマーケット内を駆け巡った。店内に無数のゾンビが侵入しているのを見るとどうやら台車はその役目を終えたようだ。ふと、錬はスーパーマーケット側の正面の自動ドアを見るとゾンビが開店セールを待ちかねている主婦の様になっていた。一番前にいるゾンビは既に体が潰れ始めていて血溜まりが出来上がっている。また、内臓が崩れ床に零れている。
「……ひび、入ってね?」
小さなヒビが確実に大きくなる。そして、ダムが決壊するように自動ドアが破られる。錬は、後方にローラーシューズを器用に操り距離をとって、既に店内に居たゾンビの頭を切り飛ばしていく。ゾンビは膝から崩れ落ち、赤い血の池をまた1つ作り出す。錬はコーナーを曲がり、次のゾンビに標準を絞る。ゾンビの脚部を蹴り転倒させる。仰向けに倒れたゾンビの首に刀を当て横に払う。
「問題は侵入してきたゾンビ達だよなぁ……」
錬は滑りながらどう対処するか考えた。何か言ったから効率的に処理しなくては錬の体力限界が来る。
「巨大な刃物があれば入り口に固定するんだよな」
ぼやきながら何か道具が無いか探す。と、何かの線の様なものを見つけた。
「ピアノ線? どうしてここに?」
しかし、今それを気にしている猶予はない。錬はある通りに2箇所、自分の首の高さから計算してピアノ線の罠を作った。次に錬は入り口付近に戻り、床を叩き音を出し先ほど用意した罠まで案内した。けれど、計算式が狂ってしまった。
「……数が多すぎる」
この作戦は数が多すぎると力業で強引に突破されてしまう。ピアノ線もある程度は頑丈だが、無制限に耐久出来るわけではない。また、首に当たらない限り意味がない。戦力をそぐこともできない。
そういった小さなミスが重なり、次第に錬は追い詰められていった。
「これは、ヤバいな。冗談とか言っている余裕はないや」
錬の額に冷や汗が流れる。経験したことがないほどの不安、ついこの間おきた仲間の死。見えない恐怖。それらが形のないプレッシャーとなって錬に襲いかかる。手は小刻みに震え、足もスムーズに脳からの指示を実行するのは難しい状態になっている。
「死にたくない……。死にたくない」
錬は頭を抱えて、しゃがみこんでしまった。しかし、脳裏にとある人物の顔が思い浮かぶ。夏奈である。好きな人の前で格好つけたいように錬は好きな人がいない場所でも格好つけようと念じ始めた。
「……まあ、気楽に……行こう!」
幸いにも一番奥の通路に移動していたのと、ピアノ線のお蔭で周囲にゾンビはいない。刀を握り直した錬の背後から複数のゾンビが襲いかかる。反応が遅れた錬は……。
はい、尻切れトンボとか言わないの! 作者です。
今回も錬くん無双がメインとなりました。まあ、タイトル回収のためなんですけどね。
サブタイトル回収できてましたかね? わかりませんが。それではまた次回に。